第286話◆バロンの怖いもの

「妙に良い匂いがジャングルの中まですると思ったら、バロンと仲良くランチタイムか?」

 魚や肉を焼いてわいわいとやっていると、茂みを掻き分けてジャングルの獣道から真っ赤な巨体リザードマンが姿を現した。

 姿を現すまで全く気配は感じなかった、さすが高ランク冒険者というかギルド長である。

 ってギルド長がこんなところで一人で何やってんだ!?


「えぇと、こんにちは? ん?」

 疑問は飲み込んで、こちらに向かってくるベテルギウスに挨拶をすると、バロンが身を隠すように俺の後ろに来て、ぴったりとくっついた。

 もちろん俺よりバロンの方が大きいので全然隠れていないのだが、

「赤い、怖い。バロン、悪い事してない」

 俺の後ろですっかりバロンが、身を縮こまらせて不安そうに呟いているのが聞こえる。

 あー、昔シュペルノーヴァに祠に閉じ込められたんだっけ? 実物を見た事はないが、真っ赤な鱗の火竜だと聞いている。

 それを思い出させる、鮮やかな赤い色が苦手なのだろうか?

 俺の髪は赤いが、くすんでいるからセーフだな?


「おじちゃん、バロンをいじめに来たのか?」

「冒険者ギルドのおじちゃんだ。バロンは魔物じゃないよ!」

「バロンは悪い事してないよ!」

「バロンは僕らの友達だからいじめないでよね!」

 子供達が俺の周りに集まって来て、バロンを庇うように、俺とベテルギウスの間に立つ。


「おう、勘違いすんな。別にバロンをいじめに来たわけじゃないぞ。たまたま、ジャングルの奥の調査に行った帰りに通りかかっただけだ」

 ジャングルの奥の調査って、昨日報告したルチャドーラや島南部の魔物の件かな?

 ギルド長がわざわざ調査に行ったのか? まぁ、小規模な支部だと冒険者の数も少ないし、突発的な高ランクの仕事はギルド職員が出る事になるのもおかしくないか。

 ベテルギウスクラスの冒険者になると、ジャングルの中の単独行動も問題なさそうだ。いや、このレベルだと半端な者が付いて行くよりソロの方がいいのかもしれない。


「昨日報告したやつか? あ、昼飯まだだったら一緒にどうだ?」

 俺達だけ食っているのは気まずいんだよ。

 ちょうど焼き上がった串をベテルギウスに差し出す。

「ん? 朝から調査に行っていて腹が減っていたところだ、頂こう」

 焼き上がった魚の串と、ブラックバッファローの串、グレートボアの串をそれぞれ一本ずつ渡す。

 ベテルギウスがでかすぎて、串が爪楊枝のようだな!?

「この魚はバロンが獲ってくれたんだ。それを捌いて串に刺したのはそこの子供達。随分と慣れているようだったから、日頃からやってるのかな?」

 バロンの事は放っておいていいと言っていたが、さりげなくバロンと子供達が仲が良い事をアピールしておく。

「バロン、いつも子供達、魚獲る。みんな、食べる、美味しい」

 俺の横からバロンがヒョコっと顔を出して、おどおどした様子でベテルギウスに訴える。

 まぁ、俺よりバロンの方が大きいから全然隠れていないのだけど。


「ギルド長ともなると書類仕事も多くて、外でこうやって飯を食う事もあまりないからな、こういう飯も悪くないな」

 パリパリに焼けた魚を頭からかぶりつく。ペロリとほぼ一口である。そして残りの二本も一口でいってしまう。

 体がでかいからおやつを摘まんでいるように見えるな。

「まだいるなら、焼けばあるぞ」

 どう見ても、ベテルギウスの体格には三本程度では足りないだろう。多めに作っておいて良かったな。それでも足りなかったら追加で肉を出せばいいか。

「足りない? バロン、魚獲る」

 ベテルギウスの様子に、バロンも少し落ち着いたようで、川の方へ行く素振りを見せる。

「うむ、一本ずつ頂こうか。してバロン、みなと一緒にいるのは楽しいか?」

「みんな、楽しい。友達、嬉しい、大好き。バロン、ジャングル、友達、大好き。どっちも大事。子供弱い、バロン、守る。バロン、力、上手に使える、練習した、上手くなった」

 俺の後ろでコソコソしていたバロンは、誇らしげにそう言って、川の方へ走って行った。

 その後ろ姿をベテルギウスが目を細めて見ている。


「お前達はバロンが怖くないか? バロンと一緒にいて怪我などはないか?」

 ベテルギウスが子供達に問う。

「うん! 最初は顔が怖くて驚いたけど、でもバロンは優しいよ」

「ね、ちょっと力加減が苦手だけど、危ない事はしないよ」

「バロンはでっかいから、木が折れたり、岩が崩れたり、水が跳ねたりするけど、危ない時はちゃんと守ってくれるからね」

「僕らが大きくなったら、今度は僕らがバロンを守るって約束したもんね。あ、バロンの手伝いに行こ!」

 ベテルギウスの問いに答えた子供達は、バロンのいる方へと我先にと走って行った。


「いい関係だな」

「裏表がない関係は羨ましいね」

 アベルと並んでバロン達のいる川の方を見る。

「ふむ、思ったより化けたな。昔話なんて大袈裟なものだが、それでも暴れ者と言われたバロンが、自らの力を制御する努力をしたようだな。バロンは悪い奴じゃないんだがなぁ……、いろんな意味で不器用な奴なんだよ。だが、友と呼べる者が出来て少し成長したか」

 まるでバロンの事をよく知っているような口ぶりで、ベテルギウスが語る。

 赤いリザードマンは、ジャングルの奥深く、火山地帯に近い地域に住む種族だと聞いた。

 ベテルギウスの住んでいる集落では、バロンの事は海沿いの集落とは違う伝わり方をしているのだろうか。

 昔話なんてだいたい脚色されて大袈裟な話になっているものだしな。複数の集落の言い伝えを比較すると、真実に近い答えが出てくるのかもしれない。


 バロンが魚を河原に向けて跳ね上げ、それを子供達が拾って捌く。

 バロンが魚を跳ね上げる度に川の水が舞って、子供達の周りでキラキラと光る光景は、彼らの関係を示すかのように輝いている。

 すごく、平和で暖かい。


 そう思った直後、バロンの前の水面が大きく盛り上がった。

 ザバアアアアアアアアアアアッ!!

 大きな水しぶきが上がって、巨大な魚が河原に投げ上げられ、子供達が慌ててそれを避けた。

「バロン、大物獲った!!」

 河原でビチビチと跳ねる巨大魚から水が飛び散り、子供達がキャアキャアと騒いでいる。

 さすがにアレは子供達が捌くのは無理だな。

「魚を捌くのを手伝ってくるよ」

 収納から解体用の短剣を取り出して、バロン達の方へ向かう。

「やはり、調子に乗ると加減を忘れるようだな」

「まぁ、あのくらいなら何とでもなる範囲だし、問題ないでしょ」

 後ろからベテルギウスの呆れた声と、アベルのあっけらかんとした声が聞こえてきた。








「じゃあ俺達はそろそろ行くよ」

「またねぇ」

 アベルと並び、別れを告げる。

 楽しく昼ご飯を食べて、ついでにバロンが獲ったでかい魚を捌いて、後片付けが終わったら、名残惜しいがお別れの時間だ。

 この後、村でワンダーラプター達を引き取って、次の町へ向かう予定だ。


「バロン、楽しかった。離れても友達。また、いつでも来る。バロン、ずっとジャングルいる」

 すっかり愛着が湧いてしまったバロンの片言のしゃべり方とも、お別れだ。

 このすっとぼけた守護神には、たった一日ですっかり絆されてしまった。

「おう、お前らまた絶対来いよ。その時は、Aランクにふさわしい仕事を俺が厳選して用意しておいてやる」

 昼飯のお礼だと、ベテルギウスは食後すぐに戻らず、後片付けを手伝ってくれた。

 ギルド長がこんなところで油を売っていていいのか!?

 それに、ベテルギウス基準のAランクの仕事って何だ!? 嫌な予感しかしないぞ!?

「お兄さん達またねー」

「次に来た時は僕達も冒険者になってるかもー」

「ねー、僕達も冒険者になってバロンと冒険すんだー」

「大人になったら、お兄さん達とも冒険したいー」

 嬉しい事を言ってくれるが、君達が大人になる頃には、俺達はきっとおじさんになっている。


「それじゃ、またな」

 もう少しゆっくりしたい気持ちはあるが、実家に帰る途中だし、ラト達に留守を頼んでいるので日程をずらして長居するわけには行かない。

 また、時間を作って会いに来よう。

 ドラゴンフロウもいっぱい獲りたいし、必ず来よう。

「ギルド長サンも村に戻るなら、転移魔法で一緒に連れてくよ」

「おう、頼んだ」

 ドスドスとベテルギウスがこちらにやって来る。

「お前、バロン友達、また必ず会う。お前の旅路、楽しい、願う」

「おう、ありがとな!」


 別れの言葉を口にしながら飛び回るバロンに、名残惜しい気持ちで手を振っていると、パチンとアベルが指を鳴らす音が聞こえて、景色が切り替わった。


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