第285話◆バロンのおうち

「ふいいいいいい、綺麗になったぞ」

「バロンの家、綺麗になった! バロン嬉しい! みんな、バロンの家、遊び来る!」

 それっぽくなった祠の前で汗を拭うと、俺の後ろでバロンがピョンピョンと跳ねて全身で喜びを表した。

「何で、俺まで、こんな土いじり、手伝って……っ!!」

 アベルが横でブツブツ言っているが、何だかんだで最後まで手伝ってくれたツンデレ君だ。

「すごいすごい!」

「バロンのお家だ!」

「お兄さん達すごい!」

「これでもう、雨に濡れなくて済むね!」

 バロンを囲んでいる子供達もキャッキャッと声を上げて、バロンと一緒に飛び跳ねている。


 俺達が今いるのはバロンが閉じ込められていたという祠の前。

 目の前には、昨日までは土砂と木々に埋もれて入り口が少し見えるだけだったその祠が、今ではその姿の全てを晒している。

 そして、俺だけ泥まみれである。




 ルチャルトラ島に来て二日目、朝からジャングルに入りバロンに会いに来た。

 バロンの気配を辿って行くと、バロンは閉じ込められていたという祠に体を突っ込み頭だけを出して寝ていた。ヤドカリかな!?

 聞けば長い間閉じ込められていたが、出てきた後はここを寝床にしているらしく、辛うじて扉だけが見える祠で雨風を凌いでいたらしい。

 土砂と木々の隙間から見える入り口には覆い被さるように植物が伸び、そのままでは狭くバロンは出入りに十分な隙間がなく、頭を外に出して寝ていたようなので、昨日のお礼も兼ねて祠を綺麗にしてやる事にした。


 アベルに風魔法で周囲の木を少し切ってもらい、土砂は片っ端から収納して祠を掘り出してやった。

 うむ、バロンの寝床も掘り出せて、俺の土砂も補充できて一石二鳥である。

 祠自体はバロンを封印する為に作られた物なのか、頑丈にできていたようで、掘り返してしまえば元の形を残していた。

 土砂に埋まっていた為、石造りの祠の表面は泥だらけで、これはアベルの水魔法で綺麗にした。

 掘り起こして綺麗にした後は、バロンが出入りしやすいように周囲の地形を整えて、ボウボウと生えている草を毟って、邪魔な植物は撤去。

 作業をしていると、昨日の子供達もやって来て草むしりを手伝ってくれた。

 祠が姿を現して、周りがスッキリした後は、見栄えが良くなるように飛び石と石の祭壇を設置してみたら、すごく守り神の祠っぽくなった。

 うむ、なんとなくお参りしたくなる雰囲気に出来上がったぞ!!


「このテーブルみたいなのは何ー?」

 扉の脇に設置した小振りな祭壇を、子供が指差した。

「これはバロン用のテーブル? バロンのご飯……いや、みんながお土産を持って来たら置いておく場所かな? バロンが留守でもここに置いておけば、バロンが帰って来たら気付くだろ?」

 守護神の祠というなら、祭壇があった方がそれっぽいかなと思って、石材を重ねて簡単な祭壇を作ったのだ。

 オルタ・クルイローの建築ギルドで買って来た建材の中に、少し大きめの石材もあったので丁度良かった。

「なるほどー、おやつやお弁当を持って来た時や、ジャングルで果物を採った時は、ここに置いておけばいいんだね」

「そうだな、こんな感じで置いておけばバロンが家に戻ってきた時に気付くからな」

 昨日ジャングルで手に入れたバナナを一房、石の祭壇の上に置く。

 置いてある物はしょっぼいが、すごくお供えっぽいな!!

 祭壇には軽い停滞効果が付与してある為、通常よりかは食べ物は傷み難くなっている。

「バロンにお土産? バロン嬉しい! バロンお土産貰う、ちゃんとお礼する!」

 俺が置いたバナナをバロンが丸ごとペロリと食べて、嬉しそうにピョンピョンと跳ね回る。

 それ皮ごといっちゃうんだ……豪快。

 


 喜びを体全体で表現しながら踊るように飛び回るバロンを横目に空を見上げれば、太陽が天頂近くまで来ている。

 グウウウウウウウウウ……。

 誰かのお腹が鳴ったのが聞こえた。

 確かに腹が減ったな。

「みんな、お腹空いた。バロン、魚獲る。家、お土産、嬉しい、いっぱいお礼、お礼するする」

 バロンはそう言って、子供達の服を咥えてひょいひょいと背中に乗せた。

 流れるようなその動作は、日頃からバロンが子供達を背中に乗せている事を窺わせる。

「そうだね、お腹空いてきたね」

「川魚かー、悪くないな」

「ご飯、みんなで食べる、楽しい、美味しい」

 そう言って、子供達を背中に乗せたバロンが川の方へと駆け出した。

 その後を俺とアベルも走って追いかけ、川へと向かった。



 ジャングルの中を走るバロンは、リザードマンの子供を四人乗せていても俺達の足より速く、バロンに遅れて俺達が河原に到着した時には、バロンが川の中に入り、魚を前足で掬い上げて河原へと投げ上げているのが見えた。

 その魚を子供達がせっせと回収し、ナイフを使って手早く内臓とエラを取り除いて、木の串に刺している。


「さすがジャングルの王者……じゃない守護者バロン。足がクソ速いな」

「グランも人間なのに十分速いよ。やっぱり前世はサルだったんじゃない?」

 うるせぇ、前世は人間だったつーの!! ウッキーッ!!

 俺より少し遅れて河原に到着したアベルは、ゼェゼェと肩で息をしている。

 最初は走っていたが、疲れたのか途中から俺をターゲットにしてワープで付いて来ているのが見えた。

 最近、引き籠もりくんだったから体がなまってるんじゃねーの? 鍛え方が足らないぞ!!


 川の方ではバロンと子供達が魚を獲っているので、俺とアベルは火の準備をするか。

 子供達に手を振って、俺達は火の準備をすると伝えて準備に取りかかる。

「アベル、火の準備を頼んでいいか? 俺は食材の準備をするよ」

 魚以外にも何かあってもよさそうなので、俺は追加の食材を用意する事にした。

 収納から横長の野営用の炭火コンロを取り出し、そちらはアベルに任せる。

 河原なので、石を積んでその中で火を使ってもいいのだが、野営用のコンロを使った方が、燃え残りが散らからないので後片付けが楽だ。

 外で火を使った後はちゃんと後片付けをしなければいけないからな。木の多いジャングルの中ならなおさらだ。


 バロン達が魚を獲ってくれているので、俺は肉と野菜を用意しよう。

 ブラックバッファローのバラ肉を一口サイズに切って、隙間にタマネギを挟みながら、鉄製の串に刺していく。

 グレートボアのバラ肉も同じようにタマネギと一緒に串刺しに。

 ピーマンも一緒に刺してやろうかと思ったけれど、昨日からずっとアベルの転移魔法の世話になっているので、今日は勘弁してやろう。

 余ったら別の機会に食えばいいし、少し多めに用意しておくかな。大は小を兼ねる、良い言葉だ。


 アベルが野営用の炭火コンロのセッティングを終える頃には、俺の方も食材の準備がほぼ終わっていた。

 バロン達も魚を集め終わったようで、俺達のところにやって来た。

 ジャングルで楽しいバーベキューの時間だあああああああ!!





 パリッ!


 塩を軽く振って炭火で焼いた魚に腹から齧り付くと、心地の良い歯ごたえがして、炭火の香ばしさと程よい塩味、そして川魚独特のほろ苦さが、口の中に広がった。

 野営用のコンロは、簡単に誰でも作れる串焼きを想定して、外周に串を刺せる穴がいくつも空いているので、そこに魚や肉の串が並べて刺してある。

「んー、獲れたてはやっぱ美味いな。バロンは火を通してある方が好きなのか?」

 バロンはでっかい前足で、器用に串を掴んで魚の串を食べている。

「バロン、肉も魚も、焼いても好き、生も好き。みんなで食べる、全部美味しい」

 みんなで食べると美味しい、すごくわかる。

「バロン、バロン! お兄さんが持って来た肉も美味しいよ!」

「バロン、知らない肉、美味しい肉」

 リザードマンの子供が差し出したブラックバッファローの串に、バロンがパクリと食いつく。

 ブラックバッファローもグレートボアも、ルチャルトラにはいない魔物だが、バロンも子供達も気に入ったようでよかった。


「そろそろイラマットもできたかも!」

 コンロの隅っこに網を掛け、その上に置いてあるバナナの葉の包みを、リザードマンの子供の一人が指差した。

 イラマットとは、穀物を挽いた粉と脂をよく混ぜた物で具材を包み、長細く形を整え、それをバナナの葉に包んで蒸した料理で、ルチャルトラの一般家庭でよく食べられている料理だ。

 子供達が弁当としてイラマットを持って来ていたので、それをコンロの隅に網を置いて温めていた。


 コンロの上は熱いので、子供達に代わってバナナの葉の包みを解くと、蒸し焼きにされたイラマットが程よく固まって、バナナの葉からパリッと剥げた。

 肉を提供した代わりにと、子供達がイラマットを分けてくれた。

 中に入っている具や味付けは家庭によってまちまちのようで、四人の子供達から少しずつ分けてもらった。

 イラマットは皿代わりのバナナの葉の上に載せて、一つずつ美味しく頂く事にしよう。

 バナナの葉は料理を包むのに使えるし、皿の代わりにもなるので、非常に便利である。


「へー、見た目はすごく素朴なのに、味はすごく複雑なんだね。トウキビの味がすごくするけど、その甘味と少しスパイシーな中の具材の絡まり具合が、絶妙だねぇ。本土じゃあまり見ないタイプの料理だ。あ、こっちのは中身がフルーツだね。温めたせいかな? すごく甘くていいね、これは俺の好みかも」

 アベルは貴族だが、冒険者としてあちこち飛び回る事もあり、こういった庶民の家庭料理にほとんど偏見がない。食に関して、野菜以外には非常に寛容である。

 アベルに続いて俺もイラマットを口に運ぶ。

 イラマットは集落や季節によって、使われる穀物の配合が変わるらしい。そして、中に詰められる具は家庭によって変わるそうで、まさに家庭の味といった料理だ。

 アベルの言っていたとおり、子供達に分けてもらったイラマットは黄色味が強く、これはトウキビの色だろう。

 口にいれると、トウキビの甘味がふわりと広がり、その後から中身の具材の味がくる。

 俺が食べたのは中に何かの挽き肉が入っていた。非常にジューシーな肉のようで、噛んだらブワリと熱い肉汁が口の中に溢れた。

 それに少しクセのある香りと、ピリッとした辛さ。確かにこれは本土ではあまりない味付けだ。

 あまり難しい調理法ではないので、俺も自分で作ってみようかなぁ。工夫したらスイーツ風のもできそうだ。


 楽しそうに串焼きを食べるバロンと子供達を見ていると、やはりバロンがただの暴れ者妖精だったというのは信じ難い。

 昔話の裏にはバロンしか知らない真実があるのだろう。

 昔話は昔話、これから先の未来、バロンがルチャルトラの住民に受け入れられる事を願う。

 いや、この様子を見れば、集落の大人達も昔話のバロンとは違うとわかってくれるのではないだろうか。

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