第284話◆ルチャルトラの冒険者ギルド長

「ルチャドーラの件は了解した。それで、バロンか? 特に問題を起こしてないなら、放っておいていいだろ?」

 ものすごく軽い感じで答えたのは、俺達の前で三人掛けのソファーの真ん中にどっしりと座る、真っ赤な鱗のリザードマン。アベルよりも更に眩しい金色の目が非常に印象的である。

 その体格の良さは、三人掛けのソファーが小さく見えるほどだ。威圧感やべぇ。

 ドリーと並べたら、ドリーが小さく見えそうなくらい、超ムッキムキの巨体である。

 この真っ赤なリザードマンが、ルチャルトラの冒険者ギルド長ベテルギウスだ。

 ルチャルトラの冒険者ギルド長がリザードマンだというのは知っていたが、こうして話すのは今日が始めてだ。

 人間にも民族で違いがあるように、リザードマンも種族で違いがある。

 赤いリザードマンはルチャルトラの南部の火山地帯に近い地域に住んでいる種族で、リザードマンの中でも炎耐性が高く、戦闘に特化した種族だとかなんとか。


 ギルドの応接室に通されると、その威圧感やばいベテルギウスが出てきて、ルチャドーラとバロンの報告をすると、深く考える間もなくあっさりと返事をした。

 正直バロンの安全性は俺達には証明できないし、地元の住人のバロンに対する印象や地元の伝承についてよくわからない。

 明日にはこの地を去る俺達だから、無責任な事も言えない。だがバロンの事は信じてやりたい。

 そういう思いを抱えて、どういう落とし所でどう説得しようか悩みつつギルド長との対話に挑んだのだが、予想外にあっさりした返答をされ拍子抜けである。


「おっと、そこのボク。無闇に格上を鑑定するのは危険だぞ? 自衛の為かもしれないが、逆に寿命を縮める事もあるぞ。俺のように気付く奴もいるから相手を選んでやる事だ」

「……っ!?」

 俺の隣でアベルが息を飲む音が聞こえた。

 ベテルギウスがニヤニヤとしながらアベルの方を見た。しかしその目は笑っていない。

「それで、何か見えたか?」

「リザードマン、釣り人。って、偽装するなら、もうちょっと説得力ある偽装してよね!? それと、申し訳ありませんでした」

 うお!? アベルが不満げだが素直に謝った!?

「ふむ、釣り人は説得力ないか。もう少し気の利いたのにしておこう。まぁいい、怖いもの知らずだが、身の程を知れる若者は嫌いじゃない。貴重な意見、感謝する」

 そこ、感謝するところなのか!?

 ヒエエ、アベルが完全に圧倒されている。なんだこのギルド長。

 確かに威圧感は、今まで会ったどの冒険者よりすごい。もしかしてSランクというやつか!?

 恐怖というより圧倒的強者といった威圧感だ。いや、これはあえて抑えてこの程度なのだろう。


「それで、バロンの事は放っておいても、地元の人も納得するのか?」

 バロンの件があまりに、軽く流されてしまったので不安になって、ベテルギウスに確認をする。

「納得するかしないかは、今後のバロン次第だな。バロンが祠から出てきて、今までバロンによる大きな被害は何もない。ならば冒険者ギルドとしても、無理に討伐の指示を出す必要はない。神格を持っているならなおさらだ。それにアレは倒してもいずれ復活をする。もし再び島を荒らすようならまた封印する事になるだろうし、バロンが自らの力で島の民の信用を勝ち取るならそれでいい。まぁ、暴れても俺の方が強いから問題ない」

 断言する自信すげぇな。

 だが、それも納得するほどの空気がベテルギウスにはある。

 そのベテルギウスの口ぶりは、バロンが随分前に祠から出てきていた事を知っていた感を受けた。

 それでも冒険者ギルドが、バロンをすぐにどうこうするつもりがないのは安心した。


「ところで、グランと言ったか? お前は何故、会ったばかりのバロンに肩入れをする? あの見た目は人間から見れば、恐ろしい魔物のようであろう?」

 安心したのが表情に出てしまったようで、ベテルギウスが俺に問うた。

「自分でも甘いのはわかっているのだが、バロンを見ていると憎めないというか、愛嬌があるというか、一生懸命さや喜怒哀楽が伝わってくるというか、なんか信じたくなるんだよなぁ。それに友達になったし?」

 確かに顔は凶暴な魔物のようだが、少しとぼけた表情に、あのおもしろ片言の話し方が何だか憎めなくてつい……。

 それに、俺達がやらかした始末をしてもらったという借りもある。

「友? アレを友と呼ぶのか? 人間とは全く違うアレを」

「まぁ、見た目はちょっと怖いけど、よく見ると可愛い気がしないでも? 妖精と人間は全く価値観は違うけど、仲良くできるなら友達と言ってもいいかな」

「グランは何でもかんでも仲良くしすぎだとは思うけど」

 横でアベルがぼやいているけれど、争うより仲良くする方が楽だろ!?

「ふはっ! なるほど、よくわかった。そうか、友か。お前達は遠くの地の者だったな、またこの島を訪れた時はバロンと仲良くしてやってくれ。変異ルチャドーラは討伐報酬もつけておくから、それを受け取ってゆっくり休むといい。報告感謝するぞ」

 俺の答えに何かを納得したのか、ベテルギウスがうんうんと大きく首を縦に振った。

 この感じだと明日の現地調査に付き合う必要もないようだ。

 なんだか妙にあっさり報告が終わって、逆に腑に落ちない気もするが、ギルドのお偉いさんには、俺達みたいな下っ端が知らないような情報もたくさんあるのだろう。




 ベテルギウスとの対話を終えて、受付カウンターで報酬を受け取りギルドを後にした。

 受けていた依頼以外にも、ルチャドーラの変異種を駆除した報酬も上乗せされいい儲けだった。

 冒険者ギルドの建物の外に出ると、外はすっかり暗くなり、星がキラキラと瞬く空の下、予約していた宿屋へと向かう。

 陽の落ちた後の海風はひんやりとしており、風が吹き抜ければ、ぶるりと身震いがする。

「うへー、さむぅー」

「すっかり遅くなっちゃったね。それにしてもルチャルトラのギルド長、直接話したのは始めてだったけど、何なのアレ? 王都のギルド長よりも強そう」

 アベルが眉を寄せながら話す。

 そういえば、いきなり鑑定してバレて威圧されていたな。こわいこわい。


 王都のギルド長は、流石ユーラティア最大の冒険者ギルドの長だけあってむちゃくちゃ強い。

 Aランクの昇級試験ではアベルですら負けた相手だ。

 聞いた話によると、ドリーもカリュオンも勝てなかったらしい。

 結構いい年のおっさんなのだが、恐ろしい強さである。

 そんな話を聞いていたから、王都にいた頃は、俺なんかがAランクになれる気がしなかったんだよな。

 その鬼のように強い王都のギルド長の冒険者ランクはAだと聞いた事がある。あれでSじゃなかったらSってどんだけなんだよ!?


 先ほどまで話していたベテルギウスは、強者の威圧感はあったが、ただ話しているだけなら、すごく強そうなリザードマンといった印象だった。

 それは、静かに噴煙を上げている火山のような印象。しかし決して噴火させてはいけないと思わせられる威圧感。

 不気味と言っていいような計り知れない強さを感じた。


「世の中には、上には上がいくらでもいるもんだしな」

 夜の海は暗くどこまでも広がり、その先は夜空と混ざり合って、どこまでも続いているように見える。

「そうだねぇ。驕らない為にも、たまにはちゃんと思い出さないといけないね」

 南の空を見上げれば、ジャングルの向こうに月明かりに照らされた火山の影がうっすらと見える。

 そこには、俺達なんか足元にも及ばない程の強さの生き物が住んでいる。

「広いなぁ……」

 無意識に言葉が漏れる。

 冒険者になって色々な事を知ったつもりだが、まだまだ知らない事はたくさんある。

 いや、今まで冒険者として過ごしてきた時間より、これから冒険者として過ごす時間の方が長いだろう。

 改めて自分の世界の狭さを感じた。


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