第283話◆暴れ者バロン?
「えぇと、これには深い事情があって、話せば長くなるというか、結論だけ言うと、そこの毛むくじゃら君はバロンと言って、魔物じゃなくて妖精というか守護神? とりあえず悪い奴じゃないし、子供達と仲がいいみたいだし、今も助けて貰ったんだ。つまり、無害!!」
話せば長くなりそうなので、結果だけ端的にリザードマンのパーティーに伝えたのだが……。
「バロンだと!?」
あれ? リザードマン達の表情がすごく険しくなったぞ!? 何かマズイ事言った!?
「バロンは悪くないよ!!」
「バロンはジャングルを守ってるんだ!」
「今もバロンが川を綺麗にしてくれたんだ!」
「昔話のバロンとは違うんだ!!」
子供達がバロンの前に出て、庇うように両手を広げる。
え? 昔話? そういえば昼に会った時にもそんな事を言っていたような……。
「それが本当にバロンなら、危険だから離れるんだ!!」
リザードマン達が今にも動き出しそうなほど殺気立って、武器に手をかけながら子供達に促す。
しかし、子供達はバロンの前に立ったまま動こうとしない。
当のバロンは悲しそうな顔で、大人のリザードマンと子供のリザードマンの顔を、交互に見ている。
「ねぇ、とりあえず、子供達とバロンの言い分も聞いてあげたらぁ? 俺、生き物の鑑定できるけど、バロンは守護神の称号を持ってるよ? 守護神の称号持ってる者を、無闇に攻撃しちゃったらまずいんじゃないかな?」
ピリピリした空気の中、口を開いたのはアベル。
魔物や妖精の中には時折、その地の守り神のような存在がおり、そのような存在は神格持ちと呼ばれ、無闇に攻撃したり排除したりしない事を推奨されている。
神格持ちの存在は、身体能力だけではなく知能が高い者も多く、無闇に攻撃をしてしまえば、攻撃をした本人以外にもその周囲の者や周辺の土地にまで呪いをかけられる事もある。
「守護神だと?」
リザードマンが怪訝そうに首を捻る。
「しかし、バロンは……なぁ」
他のリザードマン達も顔を見合わせている。
「バロン、ジャングル守る。バロン、信じて」
子供達の後ろから、バロンが目尻を下げながら困った顔で訴えた。
「大丈夫、僕達はバロンを信じてるよ」
「うん、バロンは怖い魔物をやっつけてくれるし、怪我もなおしてくれたし」
「魚を獲るのも上手いし」
「バロンは友達だもんね」
子供達が口々に訴える。
「あー、俺もバロンの言い分を信じるかなぁ。アンタ達もさっきの強力な聖属性の魔力に気付いて、ここまで来たんだろ? あれは、ルチャドーラの毒を浄化したバロンの魔力だ」
「そうだねぇ、この地の話は俺達は知らないけど、昔の伝承なら何か食い違いがあってもおかしくないんじゃないかな? ま、今日はもう日が暮れそうだし、一旦お開きにして戻った方がいいんじゃないかな? バロンもでっかい魔法使って疲れたでしょ?」
「バロン大丈夫。でもちょっと、疲れた。夜のジャングル、危ない。子供、家、帰った方がいい」
アベルとバロンの言葉に空を見上げれば、陽はジャングルの木々の向こうに消え、空は西に僅かに赤みを残し、紺色へとかわって小さな星がチラチラと光り始めていた。
バロンが頭で子供の背中を押し、帰るように促すと、子供達は渋々バロンから離れる。
「バロン、また明日会いに来るよ」
「バロン、いつでもジャングルにいる。いつでも、会いに来い」
声をかけるとそう答えてバロンは大きく跳んで、俺達の上を飛び越え、暗くなり始めたジャングルの中に消えて行った。
少し気まずい空気の中、リザードマンのパーティーと一緒に、子供達を連れて村へと向かった。
むかしむかし、ルチャルトラ島のジャングルにバロンという獅子の姿をした暴れ者がいました。
大きな体に、長い牙、鋭い爪を持った暴れ者バロンを、島の民は皆恐れました。
暴れ者のバロンは、ジャングルに棲む他の妖精や魔物といつもケンカをしていました。
バロンが暴れれば、海は荒れ、川は氾濫し、風が吹き荒れました。
ある時、いつものようにジャングルで暴れていたバロンは、大きな地震を起こして火山を噴火させてしまいました。
それに怒ったのは、火山に棲む赤い竜でした。
バロンは不死身の妖精だったので、赤い竜はバロンの力を奪い、ジャングルの中の祠に閉じ込めてしまいました。
これがルチャルトラ島のリザードマン達の間に伝わる、バロンの昔話である。
ジャングルからの帰り道、冒険者のリザードマン達が、この地に伝わる昔話を話してくれた。
ケンカばかりしていると、バロンになるとか、悪い事をするとバロンが攫いにくるとかと、子供達をお説教する時にはよくバロンの話が出されるそうだ。
俺達が出会ったバロンの印象とは全く違う印象の話だ。
しかしバロンが「失敗」とか「閉じ込められた」とか、言っていたのを思い起こすと、伝承はバロンで間違いなく、伝承の内容とバロンしか知らない真実に食い違いがあるのだろう。
赤い竜というのはシュペルノーヴァの事だろう。
昔話から事実っぽい箇所を拾い上げると、バロンは昔はこの辺りで暴れていた妖精で、暴れすぎてシュペルノーヴァの住み処を荒らしてしまい、祠に封印されたって事だよな?
しかし、俺にはバロンがただの暴れ者の妖精には思えなかった。
って、バロン不死身の妖精だったんかい!?
帰り道、昔話と合わせて子供達とバロンの関係についても話を聞いた。
子供達とバロンが出会ってから、かれこれ一年以上が過ぎており、その間、何度もバロンの姿は大人達にも目撃されており、ジャングルの中に大型の獣がいる事はすでに把握されていたが、それが昔話のバロンだとは大人達は全く気付かなかったそうだ。
子供達はバロンは昔話のバロンだと気付いていたが、昔話でのバロンは悪者の象徴として語られる為、大人達には内緒でバロンと過ごしていたらしい。
子供達がバロンが閉じ込められていた祠を見つけたのは偶然。
幼い頃からジャングルの中で遊びながら狩りを覚えるリザードマンの子供達は、いつものようにジャングルの魔物の少ない場所で遊んでいた時に、土砂に埋もれ成長した植物に覆われた石の扉を見つけ、それを開きバロンと出会ったと言う。
中にいたのがバロンで良かったな!?
この手の古い遺跡には良くないモノが封印されている事もあるので、不用意に開けてしまうのは非常に危険だ。
これは、後でちゃんと注意しておこう。
しかし、子供達がその扉を開けたから、バロンは外に出る事ができたんだよな。
最初は恐ろしい見た目のバロンに子供達は怯えたが、直後に出てきた魔物から子供達を守り、それをきっかけにバロンと話し、仲良くなったとの事。
それからは、ジャングルに入る度にバロンと遊ぶようになり、仲を深め今に至る。
子供達によると、バロンは強いが昔話にあるような暴れ者ではなく、むしろ子供達を危険から守ってくれていたらしい。
ただ、バロンの戦い方は豪快で、その過程で岩が崩れたり、木が倒れたりが頻繁にあったとかなんとか。
その戦った時の周りの巻き込み方によっては、暴れ者に見えてしまったのだろうなぁ。そこら辺の加減の基準が、バロン自身の基準なのはさすが妖精と言った感じだ。
昔話なんて伝わる間に話が大きくなっているもんだし、事実があるとすれば、地震を起こしてシュペルノーヴァに封印されたってところあたりか?
島の南にある大きな断層はまさか……。
正体のわからない妖精を信じすぎるのは危険だが、少ない情報だけで全てを否定してしまうのも、すでにバロンと交流を持った後なので納得し難い。
そして、子供達とバロンの関係をできれば尊重してやりたい。
大人達やギルドを説得するには、バロンの力を間近で見た俺とアベルが、状況を説明するのがいいだろう。
それに昔話の通りにバロンが不死身と言うなら討伐は無理だ。
古代竜シュペルノーヴァですら、バロンを封印するに止まったのなら、伝承にある不死身というのは本当の可能性が高い。もしくは排除しない理由が別にあったのかもしれない。
アベルの言う通りなら、バロンは神格持ちだし、あれだけの力を持っているなら、無理に事を構えず友好的な関係を持つ方がいい。
かと言ってバロンとの関係は、この地に生きる人々の問題だ。部外者の俺達が深く首を突っ込める事ではない。
俺から見るととても悪い妖精には見えず、子供達も長い間バロンと良好な関係を続けているが、それが絶対にこの地の人々にとって害がないかまではわからない。
だけど、あのちょっと変わった守護神を信じたいなと思う。
帰り道で双方の詳しい事情を聞く為、徒歩で集落まで戻ったので、集落に到着する頃にはすっかり日が暮れていた。
バロンの事を心配して渋る子供達を家に帰し、俺達は冒険者ギルドへ向かう。
依頼完了報告と一緒に、変異ルチャドーラとバロンについての報告だ。
ルチャルトラは温暖な気候だが、夜は冷える。
ルチャドーラと戦った時に水を浴び、アベルの魔力の冷気にも当てられ、その後そのまま放置していたので、陽が落ちてからは肌寒さを強く感じた。
丸太を組んだ作りのルチャルトラの冒険者ギルド。人口の少ない村の為、その建物もあまり大きくない。
入り口をくぐり中へと入り、どう報告すれば丸く収まるかを考えながら、受付カウンターへと向かい受付嬢に依頼の完了報告をした後、ルチャドーラとバロンの事を報告すると、奥の応接室へと通された。
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