第282話◆ジャングルの守護神

「臭い水、来てる。水、近寄る、ダメ。バロン、臭い、嫌い」

 バロン達がいた場所に戻って来ると、バロンが水辺に居座って、リザードマンの子供達を川から離そうと、頭でぐいぐいと子供達を押していた。

 バロンの様子を見ると、バロンはどうやら上流の水に、ルチャドーラの毒が混ざった事に気付いたようだ。


「君達、バロンの言う通り、今日はもう川から離れるんだ」

「あ、さっきの冒険者のお兄さん達! 川で遊んでたら、バロンが急に僕達を川の外に出したんだ。ジャングルの奥で何かあったの?」

 子供達とバロンに近付いて声をかけると、子供の一人が不思議そうに首を傾げた。

 バロン優秀。

 川は先ほどと変化がないように見えるが、妖精のバロンには上流から毒混じりの水が流れて来ている事がわかるのだろう。

「ああ、上流で毒を持つ魔物と戦った時に、その毒が川に流れ込んでしまって、それがこの辺りまで流れて来る可能性もある。戻って冒険者ギルドに浄化を要請するから、安全が確認できるまで川には入らないでくれ」

「うん、わかった。でもバロンは川で水を飲んで、魚を獲ってるよ」

 子供達が心配そうにバロンの方を見る。

 そうだなぁ……、バロンは妖精だが、毒の混ざった水を飲んでも絶対に大丈夫とは言い切れない。

 ルチャドーラと戦った場所はここから離れているが、水が流れている限り、ここにも毒の混ざった血が流れてくるはずだ。

 想定外の変異種だったとしても、周囲に毒を振りまいてしまうような戦い方をしてしまった俺達にも責任はある。

 肉食なら食料は森にもありそうだが、水は川で飲むしかなさそうだし、水の魔石と桶でも置いて帰るか?


「バロン、大丈夫。水、綺麗にする。臭い水、綺麗にする。大丈夫、村まで、臭い水、行かない」

 ん? バロンが水を浄化するって事か?

 そういえば、バロンは回復魔法が使えるみたいな事を、子供達が言っていたな。

「ここから離れた場所から流れて来ているから、範囲も広いがいけるのか?」

「大丈夫、バロン強い。バロン、任せる。バロン、信じる、応援する、バロン、もっと強くなる」

 バロンに問うと、バロンは自信ありげに頷きながら応えた。

「バロンは強いもんね! バロンなら毒だって綺麗にしちゃうよね!」

「バロンがんばって! バロンは毒消しの魔法得意だもんね!」

「バロンはジャングルの守護神だもんね!! バロンなら何だってできるよね!!」

「川が綺麗で魚がいっぱいいるのはバロンのおかげだもんね!!」

 そのバロンを子供達が応援すると、バロンがブルブルと大きな体を震わせた。

「バロン、任せる。バロン、絶対、水綺麗にする」

 そして、空気が震えるような咆吼を上げた。


「これはすごいね……」

「Cランク程度かと思ってたけどB+はありそうだぞ」

 咆吼を上げたバロンを中心に魔力の風が巻き起こり、黒灰色だったバロンの毛がガラスのような銀色になった。

 バロンと子供のやりとりを静かに見ていたアベルからも、驚きの声が漏れた。

「これはホントに流れて来た毒を、綺麗に浄化しちゃいそう」

 バロンがここで毒を綺麗に浄化してくれるなら、うっかり川に流してしまったルチャドーラの毒の証拠隠滅ができる!!

 あ、いや、違う。冒険者としてちゃんと報告はするけれど、川の浄化とかいうめちゃくちゃ手間のかかる事を、ギルドでやらなくて済むし、下流の集落に毒の影響が出る事もないしな!!

 結果、俺達無罪!! いや、元々無罪だけど。


「信じてるぞ、バロン!! 頼んだぞ!!」

 めっちゃ応援する!!

 不可抗力だったとはいえ川に毒を流してしまう結果になったからな!!

 ギルドに報告したらお小言くらい貰いそうだったし、ここでバロンが浄化してくれるなら、バロン様々だ。

 ありがとう、バロン!! 超拝んじゃう!!


「お前、バロン応援してくれた。バロン、頑張れる」

 バロンの体から溢れだした魔力が可視化し、銀色の炎がバロンの体を包んだ。

「うわ、すごい。あの炎、聖属性の魔力だ。しかも、ただの守護者の称号を持った妖精だと思ったら、守護者が守護神に変化したけど!? どうなってんの!?」

 バロンからは、俺達ですら圧倒されるほどの魔力が吹き出している。

 アベルもバロンの変化に驚いて声を上げた。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 やや赤くなり始めた夕方の陽を浴びるジャングルにバロンの遠吠えが響き渡る。空気が震えてバロンを中心に魔力が広がり、その風に煽られ、髪の毛と装備がバタバタと揺れた。

 かなりの突風だが、子供達は平然とバロンの傍に立っている。きっとバロンが子供達が吹き飛ばされないように守っているのだろう。

 子供達は楽しそうにキャアキャアと声を上げて、バロンを応援している。


 そして銀色の炎を纏ったバロンが、川の水面の上を上流に向かって走り出した。

 バロンの駆け抜けた後の水面にバロンが纏う、銀色の炎の火の粉が落ち、そこからキラキラと輝きが増す。

 バロンは川を上流の方へと駆けて行き、その姿が見えなくなった。

 しかし、バロンの走って行った方からは、銀色に輝く魔力の霧が上がっているのが見えた。

「すげぇ……、守護神ってホントに守護神だったのか」

「だね。最初見た時は神格までは見えなかったのに、称号がいきなり守護者から守護神に変わってびっくりしたよ」

 アベルと並んで、バロンの消えた川の上流の方角を呆然と見つめる。

 ついでに、俺達が戦った場所の辺りも綺麗にしてくれないかな……。

 あ、いや、後でバロンにはしっかりお礼をしよう。

 想定外だったとはいえ、俺達の戦いで汚れた川を綺麗にしてくれたからな。

 はー、ホント、バロン様々。マジ、ジャングルの守護神様。



 陽が西に落ち始め、空の赤さが増した頃、銀色の炎を纏ったバロンが、上流から水の上を走って戻って来た。

 赤い陽に照らされた水面の上に銀色の火の粉が落ちキラキラと輝く。その上を滑るように走るバロン。

 パッと見恐ろしい顔だが、銀色の炎に包まれるバロンは、まさにジャングルの守護神というにふさわしい神々しさだ。


「バロンおかえりー!」

「すごくかっこよかったよ!」

「さすが守り神だね!」

「キラキラしてすごく綺麗だったよ!」

 川の上から河原に戻って来て、体に纏っていた炎が消えたバロンに、子供達が次々と飛びついて、もふもふとした体に顔を埋める。

 銀色だった体毛も、元の黒灰色に戻っている。聖属性の魔力を纏うと銀色になるのだろうか? どちらにしろただの妖精だと思っていたが、すごく神々しくてありがたい妖精のようだ。

「バロン、頑張った。川もう綺麗。臭い水、もうない、安心、水入って大丈夫」

 水辺でバロンと戯れる子供達を見て、ほっこりとした気分になる。


「すごいね。ルチャドーラの毒はまだここまでは来てなかったようだけど、この辺り一帯すっかり浄化されちゃったね。聖の魔力が溢れまくってるよ」

「天気のいい日の早朝の空気みたいで、気持ちいいな」

 バロンの行った大規模浄化で、周囲はすっかり浄化され、聖の魔力が苦手な魔物は鳴りを潜めている。

 水もすっかり綺麗になったみたいだし、バロンにはお礼を言わなきゃな。

 すっかり綺麗になっているので、俺達がルチャドーラの事を報告しても、安全確認の為の調査だけで終わりそうだな。


「バロン、ありがとう、助かったよ」

「ね、君、すごいね。ありがとう」

 アベルと一緒にバロンにお礼を言うと、バロンの口角が上がって嬉しそうな顔になる。

「バロン、褒められた、嬉しい! ありがとう、言われた、嬉しい! お前達、バロン信じた、バロン、頑張れた!」

「このお礼に何か俺達にできる事はあるかい?」

 せっかくなので、妙に愛嬌のある毛むくじゃらに、ちゃんとお礼をしておきたい。

「バロン、お前、友達。ずっと友達、それでいい」

「ん? それだけでいいのか? 俺達はこの土地の者じゃないぞ?」

「遠く、近く、関係ない。どこにいても友達」

 どこにいても友達か。

「わかった、じゃあどこにいても友達だな! また来た時は会いに来るよ。明日出発する前にも、会いに来るよ」

 どうせ、明日は半日くらいルチャルトラを散策してから、次の町に移動する予定だったし、明日は町を離れる前にバロンに会いに来よう。

「そうだね、明日もう一回会いに来ようか。今日はもう日が暮れるから、戻らないとね。君達も遅くなると、危ないから村に戻ろうか」

 空の色がだんだんと紺色になり始め、日没が近い事を知らせる。

 子供達に帰宅を促し、リザードマン達の集落に戻ろうとした時――。


「動くな!! これはどういう事だ? どうして魔物と子供達が一緒にいるんだ」

 ジャングルの方から声が聞こえて、木々を掻き分けてリザードマンの冒険者パーティーが姿を現した。

 先ほどジャングルの奥で会ったパーティーだ。


 あちゃー、このタイミングで来ちゃう!?


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