第281話◆面倒くさい変異種

 周囲には触るとまずそうな水球。横からは毒霧。

「くそっ!」

 舌打ちをしながら角材を収納に収め、代わりに一枚のマントを取り出した。

 王都のギルドで買ってきた中古品の竜鱗のマントだ。

 買った時は大きく破れていたが、それを繕って、強力な魔法耐性と衝撃耐性を付与してある。もちろん毒系に対してもある程度の効果はある。

 それを頭から被り、浴びせられた毒霧を受け止めつつ、漂う水球にぶつかりながら後ろへ下がった。

 ぶつかった水球がパンパンと弾け、マント越しに衝撃が来るが、付与により軽減され吹き飛ばされる事はなかった。

 案の定、破裂した水球が毒を含んだ霧となって周囲を漂い、吐き出された毒霧と混ざって周囲の毒が濃くなるが、これもマントとタルバのピアスのおかげで、少し喉がチリチリするくらいで済んだ。

 

 周囲の植物を枯らしながらこちらに向かって伸びてくる。

 このままだと、アベルのいる方まで流れて行きそうだ。タルバのピアスがあれば大丈夫そうだが、アベルの魔法が中断されると、決着まで更に時間がかかり、周囲の汚染被害が拡大してしまう。

 ならば。

 収納から、エンシェントトレント製の扇子を取り出した。

 これは、以前アベルに渡した鉄扇の劣化版で、あの鉄扇と同じように風魔法が付与してあり、扇げば突風が巻き起こる。

 木製なので殴るのには向いていないし、アベルに渡した鉄扇よりも風の威力は低いが、毒霧を散らすくらいの風は起こせる、


「それっ」

 扇子を開いて振るうと、ヒューッと風が吹いて、毒霧をルチャドーラの方へと押し流していく。

 扇子を振るいながら、とある薬草の葉を乾燥させて粉末にした物を収納から取り出して、風に乗せてルチャドーラの方へ飛ばした。

 ルチャドーラ自身の毒はルチャドーラには効かないと思われるが、この薬草の粉末はめちゃくちゃ臭く、蛇はその香りを嫌う。ルチャドーラにも効果があるかもしれない。

 風に乗って流れて行った薬草の匂いに怯んで、次の攻撃に移ろうとしていたルチャドーラの動きが止まった。

 しかしルチャドーラに返却した毒が、その周囲の植物を枯らし、川の方へ流れた分は水を汚してしまっている。

 狭い河原で大型の敵と戦っている為、どうしても周囲を巻き込んでしまう。何度も毒霧を吐かせるのはまずい。


 ルチャドーラが怯んだ隙に、扇子とマントを収納に投げ込み、代わりに解毒用ポーションを取り出して飲み干す。喉がイガイガして肌がチリチリする程度だが、治せるものはすぐに治して、コンディションの良い状態で戦いたい。

 臭い薬草の粉末で一旦は怯んだが、二つの首による攻撃に押され気味で、勢いはルチャドーラの方にある。

 上手く二本とも捌かなければ、片方の首が俺を追い詰めている間に、もう片方の首がアベルの方に遠距離攻撃を放ってしまいそうだ。

 もうすこし粘れば、アベルの魔法が完成するはずだ、それまで二本の首を俺の方に引きつけておかねばならない。

 まずは、毒を吐き出してくるその口を封じたい。


 まだ臭い薬草の匂いで怯んでいるルチャドーラの首の一つに、少し大きめの瓶を投げつける。

 狙ったのは口。粘着力の強い樹脂から作った、トリモチみたいな薬剤。

 床に投げて足止め用に使うつもりだったのだが、これでルチャドーラの口を封じられる気がする。

 俺の投げた瓶は、ルチャドーラの鼻の下辺りに当たり、口の周りにべったりと白っぽいトリモチが張り付いた。

 とりあえずこれで、トリモチの付いた方の首は口が開けないはずだ。


 残るは後一本。

 最後の一本の首がぐるりと首を捻った後、高く鎌首をもたげこちらを睨む。

 先ほど口の中に電撃キューブを投げ込んだ方の首なので、それを警戒してか口は閉じられたままだ。

 そして口を閉じたまま、高い位置から突進するように勢いよくこちらに首を伸ばして来た。

 収納から先ほどの角材を取り出し、突進してきたルチャドーラの鼻先を横にずれて避けながら、その角材で振り抜くようにぶん殴った。

 大型のルチャドーラの勢いのある攻撃を正面からぶん殴ったので、身体強化状態の上からでもその衝撃で腕が痺れる。

 流石クソ硬いエルダーエンシェントトレントの角材。その衝撃でも折れる事はなかったが、鼻先を殴ったせいでルチャドーラの鼻から血が飛び出して角材にかかり、その部分がジュワッと変色する。

 これもう建材としては使えないな。変色した部分を削って別の事に使おう。もしくは、補強して棍棒の代わりにするか。


 俺に角材で殴られた首が、大きく仰け反った。

 いいぞ、こっちのペースだ。

 このまま、たたみ掛けようと思ったら、口にトリモチを張り付けた方の首がこちらに向けて、首を伸ばして突っ込んで来たのでそれを慌てて躱した。

 口の周りにトリモチが付いているので、顔面を殴ったら角材にベタベタがくっついてしまいそうだ。

 トリモチの付いた首を躱した直後、視界の隅っこにルチャドーラの尻尾が高く持ち上げられているのが見えた。

「やっば」

 尻尾の先端に魔力が集中するのを感じた直後、尻尾からすごい勢いの水が一直線に俺に向かって放出された。

 首二本に加えて尻尾から魔法を撃ってくるとか無理無理。

 尻尾からの放水攻撃をまともに食らって、ジャングルの方へと吹き飛ばされる。

 水の勢いが非常に強く、その衝撃は大きかったが、川の中ではなかっただけマシだと思おう。

 幸いな事に吹き飛ばされた先には茂みがあり、それがクッションになって地面に叩き付けられる事はなかった。

 それでも、ぶつけられた水の衝撃で体は痛いし、全身に水を浴びた為、装備がぐっしょりと濡れて動きにくい。


 しかし、そんな事を気にする余裕などはない。

 すぐに立ち上がり体勢を整えるが、すでにルチャドーラが俺のすぐ目の前まで来ており、次の攻撃を繰り出す為、二本の首が高く持ち上がり俺を見下ろしていた。

 その後ろには尻尾の先端もこちらに向いている。

「くそっ!」

 首二本でギリギリなのに、尻尾まで追加はキツいな。このままでは、すぐに追い込まれてしまう、いや、すでに追い込まれている。

 背に腹は代えられないので、どれか一つを切り落とすしかないと、収納からロングソードを取り出したところで、周囲の気温が急激に下がってルチャドーラの動きが止まった。

 暖かいはずのジャングルの空気が、まるで真冬のような冷たい空気に変わり、吐く息が白くなった。

 やばばばばばばばばっ!!

 取り出したばかりのロングソードを収納に戻し、全力でその場から離れる。

 冷たい空気の範囲外まで逃げた頃には、俺の装備の表面や髪の毛にはうっすらと白い氷が張っていた。

「寒っ!!」

 それを手で払うと、パリパリと音がして氷の破片が地面へと落ちる。

 視線をルチャドーラに戻すと、高く持ち上がっていた首と尻尾が、ズシンと音を立てて地面に崩れ落ちたのが見えた。

 アベルの方を振り返れば、キラキラと銀色の魔力の靄を纏ってルチャドーラの方を見ている。



「ふー、あれだけ大きくて水耐性の高い魔物の血液を凍らせるのは、しんどかったよ。グラン、水浴びてたけど大丈夫?」

 完全に沈黙したルチャドーラから目を離し、アベルが髪の毛を掻き上げた。

 血を流さずに倒す為に、その血液を凍らせたようだ。恐ろしい事するな、おい!?

 内部から凍らせた為、ルチャドーラは白い鱗は綺麗なままで絶命しており、素材としての価値も高い。

 更に変異種なので、これは良い儲けになりそうだな。

「氷魔法の冷気に当たって、少し凍ったけど暖かいし大丈夫かな?」

 横たわっているルチャドーラと、水を浴びた時に手を離して落としてしまった角材を回収。

 少し体は冷えてしまったが、周囲の気温は高いので問題はない。

 装備と髪の毛が濡れているのは、放っておいてもそのうち乾きそうだ。


「血液は毒だし、毒水球や毒霧なんてめんどくさい変異種だったね。川にも毒が少し流れちゃったみたいだし、地面や木も毒の影響を受けているし、戻ってギルドに報告しようか」

「そうだなー……あっ!! この川の下流ってギルドのある集落の方面だよな?」

「うん、そうだね。川に流れた毒はそこまで多くないけど、強力な毒だったし報告して浄化してもらった方がいいね」

「そうなんだけど、リザードマンの子供と毛むくじゃら妖精がいたのはこの川の下流だよな?」

 下流まで流れて行く頃には毒も薄くなっていそうだが、少し降りかかっただけで植物が瞬時に枯れてしまう程の毒だ。

 薄くなっていても、子供の体に悪い影響があるかもしれない。

 下流まで毒が流れて行くまでもうしばらく時間はかかりそうだが、川沿いで子供達とバロンがまだ遊んでいるなら、避難させておかなければならない。

「あ、そっか。まだ川で遊んでたら危ないかも。村に帰る前にさっきの場所に寄って帰ろうか。うん……あそこなら、転移しても大丈夫だよな?」

 先ほどの、転移場所にルチャドーラがいた事を思い出したのか、アベルが眉を寄せる。

「さっきの事もあるしな。あの辺りはバロンの縄張りで魔物は少なそうだったけど、念のため用心して飛ぼう」

 流石に連続で出オチ案件は起こらないと思うが、少しビクビクしながら、子供達とバロンのいた場所にアベルの転移魔法で移動した。


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