第280話◆手数で勝負

「行けっ!」

 俺の手を離れた矢は、ルチャドーラの真ん中の首の喉に刺さった。

 頭は平べったくて狙い難い為、確実に当たるよう喉を狙った。

 ルチャドーラはずんぐりと太い為、矢は貫通とまでいかないが、矢には追加効果が付与してある。


 バリバリバリバリッ!!


 ルチャドーラに刺さった矢が音を立てて、黄色い火花を散らした。

 今回使った矢は、ニーズヘッグの骨を使った矢尻で、電撃効果が付与してあった。

 刺さった矢のダメージと電撃の追加ダメージで、ルチャドーラが仰け反る。

 追加の電撃が効いて痺れたのか、こちらに向かって来ていたルチャドーラの動きが遅くなった。

「もう一発食らえ!」

 電撃矢で動きが遅くなった為、もう一発矢を撃ち込む余裕ができた。

 二発目も一発目と同じ箇所を狙い、狙った場所に矢が刺さって、電撃の追加効果でルチャドーラが再び怯む。

 動きが一瞬鈍くなるが、一発目ほどではない。電撃の追加攻撃に慣れたか?

 電撃の効果に慣れられたのなら、このまま矢を撃ち続けても、相手に対して矢が小さいのであまり効果がなさそうだな。

 それにこの矢はニーズヘッグ素材を使っているので、何発も撃つのは勿体ない。


 弓を収納に投げ込み、代わりにロングソードを取り出す。

「とりあえず首の数を減らすよ」

 俺がルチャドーラをつついている間に、アベルが回転する水の円盤を作り出して、それを俺が狙っていた首に向けて飛ばした。

 エルダーエンシェントトレントの枝を、バッサバッサと切り落としていた円盤だ。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 アベルが撃ち出した水の円盤が、俺が狙った首と同じ首へ向かって、次々に飛んで行く。

 変異ルチャドーラの鱗は堅く、水攻撃に対する耐性も高いようで、アベルの放った円盤の四発目が当たったところで漸く、首が一つ落ちて切り口から赤黒い血が噴き出た。


「随分硬いな、は!?」

「え? うそ!? マジ?」

 アベルが切り落としたルチャドーラの首の切り口から噴き出した血が周囲に飛び散り、近くに生えている植物の上に降りかかる。

 そして、その血に濡れた植物が次々と、茶色に変色して地面に崩れ落ちていく。

 小さな草は泥のようになり、大きな木々もルチャドーラの血が付いた場所から腐り始めている。

「血液が毒なのか!?」

「変異してヒドラみたいになっているようだね」


 ルチャドーラは毒持ちの蛇の魔物だが、普通なら血液が毒という事などはない。

 ヒドラという血液が猛毒の多頭の蛇のそれのようである。しかしヒドラのように、切った首から新しい首が二本生えてくるような事はないようだ。

 この大きさで、ヒドラのような強烈な毒を持ち、首が増えるならAランクどころでは済まなかったな。

 だが、傷口から猛毒の血液をまき散らすのは非常にまずい。

 周囲の植物にかかれば植物が枯れ、近くに川がある為川に血が流れ込めば、川が汚染されてしまう。

 川に大量の血が流れれば、水で薄まったとしても、下流にある村にも影響が出る可能性がある。

 あまり広くない河原、すでに川にも血が落ちて、水面に小さな魚が数匹ぷかぷかと浮いてきたのが見えた。

 帰ったら冒険者ギルドに報告だなぁ。もしかしたら、明日調査に付き合わないといけなくなるかもしれないな。


「くそ、血が毒なら剣が使えないぞ!」

「グラン、少しだけ時間を稼いで。雷……いや、水場が近いから雷はダメだな、氷で仕留める。魔力耐性全般高そうだから、少し時間がかかるけどよろしく」

 俺の主力武器の剣が使えないので、止めはアベルに任せるしかない。

 剣を使わずに、このバカでかいルチャドーラ相手に時間稼ぎか……少ししんどいけれど頑張るか。

 剣を収納に戻し、素手でルチャドーラと向かい合う。

 アベルによって首を一本切られた為、ルチャドーラの注意はアベルに向いている。ルチャドーラの注意を俺が引きつけて、アベルが魔法を自由に使える状態にしなければならない。

 そして、切られた傷口からダラダラと出ている血を、どうにかしなければならない。

 近付いて傷口を焼きたいが、森が近いので大きな炎は使い難いし、ヒーリングポーションを投げつけようにも、真ん中の首を切った為、左右の首が邪魔で切り口を狙い難い。

 こうしている間にも、ルチャドーラから流れ出した血液が、周囲を汚染している。

 あんだけデカイから失血死はしないだろうなぁ。

 まぁ、ルチャドーラの血液で汚染されたのはギルドに報告して、浄化作業はギルドに丸投げしよう。今回は想定外の変異種なので、俺達は悪くないはずだ。始末書や罰金はないと思うが、お小言くらいは貰ってしまいそうだな。

 対応の悪いギルドだと始末書とか罰金くらいそうだけれど、そうなったら適当に言い訳して誤魔化そう。

 ジュストかリヴィダスがいたら垂れ流しても気にならなかったのになぁ。むしろジュストがいたら、聖魔法のスキル上げに使えそうだったのにな。勿体ない。

 アベルは聖魔法というか回復系の魔法は苦手だから、この規模の毒の浄化は期待はできないな。


 とりあえずは、アベルを狙ってこちらに近付いて来ている、ルチャドーラをどうにかするか。

「んじゃ、引きつけておくから、アベルは後ろに下がってろ」

「よろしく~」

 俺が前に出て、アベルが後ろに大きく下がると、アベルを狙っているルチャドーラが大きく首を伸ばして、前進する速度を上げた。

「お前の相手は俺だぜ。食らえ! 微妙な重力ボンバーッ!!」

 ボンバーといいつつ、黒い石ころをルチャドーラの進路上にばら撒いた。

 トイトイ鉄鋼という、土属性と非常に相性の良い鉱石である。

 手で握れるくらいのサイズのトイトイ鉄鋼には、触れた物が重くなるという効果が付与してある。

 いつぞや作った、荷物が軽くなる指輪の逆バージョンだ。

 ただの鉱石に付与がしてあるだけなので、効果はすぐ切れるが、デカイ相手には非常に有効だ……と思う。


 Aランクになった俺は、バルダーナとの試験を振り返り、手数を増やす事にした。

 うちにいる時に、思いついた物の試作品をちょいちょい作っていて、この重力小石もその一つだ。

 いつもニトロラゴラばかりだと、面白くないし、爆発を伴う攻撃が使えない場所もあるし、爆発させすぎると素材もいたむし、穏便で素材に優しい爆弾を増やす事にしたのだ。


 残った二本の首を擡げてこちらに這って来ていたルチャドーラが、俺がばら撒いたトイトイ鉄鋼の上を通り過ぎ、その効果が出たようで、ルチャドーラの首がカクンと揺れて動きも少し遅くなった。

 だがすぐにその効果は切れて、ルチャドーラが元の速度に戻りこちらに迫って来る。

 やはりただの鉱石に付与をしただけなので効果はすぐ切れるし、鉱石のサイズも小さいので大型のルチャドーラには効果は持続しないようだ。しかもダメージもないので、俺の方に注意が向く事はない。

 俺の方に向く事はないが、進路上にばら撒いておけば、動きを制限する事はできる。

 俺の役目はアベルが魔法を完成させるまで、時間を稼ぐ事。

 こちらに注意を引く事ができれば十分なので、致命的なダメージを与える攻撃を狙う必要はない。

 そもそも、主力武器の剣が使えないので、致命的なダメージを与えるのは厳しい。

 じゃあどうするかって?


 殴るんだよおおおおおおおおおおお!!!


 自分の身長より少し長い程度の、エルダーエンシェントトレントの角材を収納から取り出し、それを担いでルチャドーラに向かって駆け出した。

 エルダーエンシェントトレントは硬いから、その角材の角で殴ると痛いよなあああ!?

「そりゃあああああああああああっ!!」

 重力小石の上を通って、動きが鈍くなっているルチャドーラの、残っている首の片方を狙って、角材を叩きつけた。

 角材で殴った方の首が仰け反り、もう片方の首がアベルの方から俺の方に向き直り、口を大きく開け首を伸ばして来た。

「食らえ! パチパチキャンディー!!」

 角材を肩に担いで後ろに下がりながら、反対の手で収納から取り出した黄色味がかったキューブを、ルチャドーラの口の奥を狙って投げつけた。

 キューブ型の回復薬の改良に行き詰まり、ちょっとした出来心で作った攻撃用のキューブである。

 雷属性のスライムのゼリーと、雷属性の魔石を砕いた物を混ぜて固めた物で、衝撃を与えるとバリバリと放電する。その放電は、キューブがなくなるまで続く。

 対魔物用なので、握って投げやすいくらいのサイズだ。人間にも使えない事はないが、結果を考えるとあまり人間の口の中には、突っ込みたくない。


 俺の投げた電撃キューブは、ルチャドーラの口の奥で炸裂して、その首も大きく仰け反ったので、がら空きになった喉を狙って角材を叩きつけた。

 ここまでやれば、ルチャドーラのヘイトはアベルから俺に移るだろう。

 相手は大型の魔物で首が二本あるので、狙われたら無理をせず、回避に集中した方がよさそうだ。


 最初に殴った首が立ち直って、こちらに勢いよく首を伸ばしてくるのを後ろに下がりながら、その鼻先を角材で殴り返す。

 もう一本の首はまだ電撃キャンディーでバチバチしているが、すでに動き始めている。

 そちらの首は、電撃キャンディーを警戒しているのか、首を少し引いたまま水魔法で作った水球を空中にいくつも出した。

 ぷかぷかと浮いた水球がゆっくりとこちらに漂って来る。

 わかる、触ったら破裂するやつ。

 触ったら爆発するだけとは限らないだろう。破裂した後に毒がまき散らされるかもしれない。

 くっそ、そんな機雷みたいなの撒かれると行動が制限されるぞ。

 ……と思ったら、もう一本の首が大きく口を開け、こちらに向け紫色の霧を吐き出して来た。


 うええええええ!! 毒霧いいいいいいいいいい!!


 周りには水球。避けきれるのかこれ!?


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