第279話◆変異した蛇

「そろそろ移動する? 採取も飽きて来たし?」

 川から飛び出して来た、小型のワニの魔物を仕留めたアベルがこちらを振り返って言う。

 飽きたも何も、お前は随分前から採取やめて、近くの魔物を駆除する作業していたよな?

 取り尽くさない程度にドラゴンフロウは採取したし、まだ完了していない依頼を終わらせて帰るか。

 手を止めて空を見上げると、日暮れまでにはまだ時間はあるもの、夕方が近付いている日差しになっている。

「そうだなぁ、受けてきた依頼でまだ終わってないの何がある?」

「水棲系の魔物は、グランがドラゴンフロウに夢中になってる間にやっておいたよ。後はジャングル方面の魔物が少しだけ? 採取関係は終わってるんだよね?」

「ああ、採取系はここに来るまでに回収できてるよ。んじゃ、残りの魔物を狩ったら帰るか」

 本音では、もっとドラゴンフロウが欲しい所だが、ここら辺に生えているものはかなり採ったし、今回はこれで諦めよう。

 

「ん?」

「あー、どうする?」

 川沿いでドラゴンフロウを採取していると、川の上流――火山のある南の方角に、何か大型の魔物の気配を感じた。

 川の中にいるようで、距離は少々離れている。

 アベルもそれに気付いたようで、上流の方に注意を向けている。

「んー、Bくらいか? 蛇系っぽい? ルチャサーペントあたりかな? 少し距離があるし水中にいるなら、でかい魔物とか面倒くさいし、放置でいいんじゃないかな? 雷を落としたいならやってもいいけど、水中の大型の魔物だと俺は戦力外だな」

 ルチャサーペントはルチャルトラ島固有種の大蛇で、大型で肉食だが毒は持っておらず、生息域は森の奥の川沿い付近で、引きこもり気質なのか自分の縄張りから出て来る事はほとんどない。

 距離も離れているし、素材は微妙だし放置でいいかなぁ。それに俺はレンジ弱者なので、水中や空中の魔物はできれば触りたくない。

「いいや、ルチャサーペントなら美味しくなさそうだし、素材も魔石くらいしかないし、解体する手間を考えたら無視でいいかな?」

 その解体するのは、俺なんだけどね。というか、基準は味なのか?

 うむ、魔石くらいしか旨味ないし、距離も離れているし、今回はスルーでいいな!!





 川沿いからジャングルの中に戻り、依頼対象の魔物の討伐も終わり、そろそろ戻るかと思っていると、ジャングルの奥から複数の人の気配が、こちらに向かって来ている事に気付いた。

 雰囲気的に冒険者かな? 急いでいるようで、足早にジャングルの中を進んでいるのが感じられた。

 人の気配のする方の様子をしばらく窺っていると、リザードマンのパーティーの姿が植物の隙間から見えた。

 彼らも俺達に気付き、手を上げながらこちらに向かってきて、パーティーのリーダーらしきリザードマンに声を掛けられた。

「おう、兄ちゃん達は奥へ行くのかい?」

「いや、そろそろ戻るところだ。急いでるみたいだが何かあったのか?」

 リザードマンなので、人間の俺達から見ると表情がわかりにくいが、おそらく険しい表情をしている。

「ああ、シュペルノーヴァが元気みたいで、南の方の魔物が北に押し上げられている。普段は南の方にしかいない、大きなルチャドーラがすぐそこの川を泳いでいるのを遠目に見たからな。この辺りにもそろそろB以上の魔物が増えるかもしれないから気をつけろ」

「あー、ちょっと前に川の方で、でっかい魔物の気配があったのはそれか?」


 ルチャドーラはルチャサーペントより大型の蛇の魔物で、こちらは二つの頭を持つ巨大毒蛇だ。

 魔法や毒のブレスを使ってくるだけでも面倒くさいのに、首が二つある為、その首による同時攻撃が非常にやっかいで手強い。

 強さはBランクの上からAランク。日頃は島の南部、火山に近い辺りの水辺に棲んでいる。

 こちらはルチャサーペントに比べて好戦的だが、棲んでいる場所的に普段は人間やリザードマン達の生活圏に来る事はない。


 俺達が現在いる場所より更にジャングルの奥へ進むと、地震でできたと思われる巨大断層があり、その辺りで魔物の強さがぱっくりと別れている。

 その断層を超え更に南に進むとジャングルは途切れ、シュペルノーヴァの棲む火山地帯になる。

 断層から南は休眠期でもシュペルノーヴァの魔力の影響が強く、珍しい植物や魔物の宝庫だが、シュペルノーヴァの影響下でも生活できる程の強力な魔物が棲息しており危険な地帯だ。

 幸いジャングルを横断するように断層がある為、それより奥の魔物が集落のある北部に来る事は滅多にない。

 ルチャドーラもその南側に棲息する魔物で、あちら側の魔物の中で弱い部類である。

 おそらく活動期に入ったシュペルノーヴァを避けた他の強い魔物に、押し出されるように断層の北側に移動して来たのだろう。

 弱いと言っても断層の南側の基準で、実際はB+以上という高ランクの魔物である。


「このまま川の流れに沿って下流まで行くと、人や家畜に被害が出るかもしれない、下流のどこかで陸に上がれば周囲の冒険者達も危険だ。それで道中にいる冒険者に警告しながら、村まで戻っているところだったんだ。俺達はこのまま、近くにいる奴らに声を掛けながら、村に戻ってギルドに報告するから、アンタ達も気をつけて戻れよ」

「おう、了解! そっちも気をつけて」

 冒険者同士、こういった予想外の異変についての情報共有を現地で行う事はよくあり、危険な場合は撤退を促す。

 俺達にルチャドーラの存在を教えてくれたリザードマンのパーティーは、俺達の前を通り過ぎ村の方へと戻って行った。


「俺達も戻ろうか。転移魔法あるから彼らより俺達の方が先に村に戻りそうだし、ギルドに報告入れとこ」

「その前に、さっきドラゴンフロウを採取してた場所に一度戻れるか?」

 先ほどの気配がルチャドーラなら、シュペルノーヴァの気配を嫌ってあのまま川を下っていては危険だ。

 念のため確認をして、倒せるようなら倒しておいた方がいいだろう。

「うん、戻れるよ。さっきの気配がルチャドーラなら、倒しといた方が良いかもしれないね。Aランクなら魔石も良い値段だし、ルチャドーラなら皮も水耐性が高いから良い値段で売れそう。それじゃさっきの場所に行くよ」

 アベルがいつものようにパチンと指を鳴らす。

 やーーー、転移魔法ホント便利!! アベル様々!!




「ふぉっ!? ふぉおおおおおおおおおおお!!!」

「はっ!?!?!?」

 アベルの転移魔法が発動して、流れる水と共に風が吹き抜ける川沿いの空気になったと思うと、目の前に巨大な白い蛇の顔があった。

 アベルが俺のフードを掴んだ感覚がした直後、白い巨大な蛇の姿が一瞬で遠ざかった。

 いや、正しくは俺達が、蛇から離れたのだ。

 そして、その蛇には首が三つあるのが見え、その一つが、俺達が一瞬前までいた場所でパクンと口を閉じた。


「あぶねえええ……」

 転移魔法の便利さにすっかり慣れていたけれど、稀にある転移魔法あるあるの危険な偶然。

「びっくりしたー。うわ、あれ首が三本あるけどルチャドーラだよ。大きさもかなり大きいし、変異種っぽい。さっきのリザードマンのパーティーが言っていたやつかな?」

 首回りの太さは二メートルを超えているだろうか。そんな首が蛇の胴体から三本生えているのが見える。

 全長は三十メートルを超えるくらいか? 首の太さのわりには短めで、ずんぐりとした印象を受ける。

 ルチャドーラはその名の通り、ルチャルトラ島固有の双頭蛇だ。普段はジャングルの奥地に棲んでいるので、実物を見た事は数えるほどしかない。

 目の前にいるルチャドーラは首が三本、大きさも以前に見た事のあるルチャドーラよりも大型で、色も不自然なほどに真っ白い。

 古代竜の魔力に当てられて、変異してしまった個体なのだろうか。

 かもしだしている雰囲気からして、Aランク相当の個体だ。


 この河原の辺りは、ギルドで貰ったマップによるとCランク、強くてもB-程度の魔物が棲息している地域で、この辺りにはそのランク帯の冒険者パーティーが活動している区域だ。

 そんな場所にAランクの魔物がいるのは非常に危険である。

 ここはやっぱAランクの冒険者の俺達が、このルチャドーラの変異種を倒しておくべきだよなぁ。


 白い鱗は高そうだし、古代竜の魔力の影響をたっぷりと受けた変異種なら、その素材も通常の個体よりも質もいいはずだ。

 そんな変異種だから魔石の品質も良く大きさも大きいはずだ。

 あ、もうルチャドーラが金の塊に見えてきた。


 突然目の前に現れ、そして一瞬で目の前から消えた俺達を探してキョロキョロとしていた三本の首が、少し離れた場所にいる俺達に気付き、シャーシャーと音を出しながら体をうねらせこちらに向かって来た。

 俺は収納から大弓を取り出して構える。

 ルチャドーラとの距離はまだ離れており、重い弓の一撃を撃ち込む余裕は十分にある。


 金属の矢をつがえ、ルチャドーラの首の一つに狙いを定める。

 これだけ大きければ、外す方が難しい。


「行けっ!」

 堅い弦を、身体強化を使って引き絞り、こちらに向かって這ってくるルチャドーラに向かって放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る