第277話◆ジャングルの妖精
「ウッキーーーーーッ!!」
鳴いたのは俺ではない、近くにいた本物の猿だ。
どうやら、このバナナの木は彼の縄張りだったようで、俺が登っているバナナの木のすぐ近くの木の上で、猿の魔物が敵意むき出しでこちらを威嚇している。
おいやめろ、その手に握っている物はなんだ!? 君、バナナ食べるんでしょ!? そんなばっちぃものを手に持つのはやめなさい!! こっちに投げようとするのもやめなさい!!
近くにいた猿君に不穏な物を投げつけられそうになったので、慌ててバナナの木から飛び降りてアベルの横に着地した。
「うお!?」
「ぎゃっ!」
その着地点めがけて、猿が手に持っていた物体を投げつけてきて、アベルと左右に分かれるようにそれを避けた。
危ない、ジャングルに入った直後にあんな物に当たるのはまっぴらご免だぜ。
「もー、グラン何やってるの!?」
え? 俺悪くなくない!?
「だってバナナ……」
「ウキッ!」「ウキッ!!」「ウキキッ!!」
アベルのお説教が始まるかと思ったら、木の陰から次々に猿が顔を出した。
その手には、当たると痛い物から汚い物まで、様々な物を握っている。
「ぬあっ!? 増えた!! 群系は一匹殺すと後が面倒くさいから、逃げるかっ!!」
「あんなのと戦うと臭くなりそうだから、逃げるよ!!」
アベルと共に森の奥に向かって駆け出す。その後ろを猿の群が、物を投げつけながら追いかけて来る。
なんか、シランドルでも同じような事があったよな!? デジャヴか!?
いや、今日はアベルと一緒だから迷子になっても大丈夫だな!!
「酷い目に遭った。アベル大丈夫か?」
「ジャングルの中なのに、グラン足速すぎ。前世猿だったんじゃないの!? 途中からグランをターゲットにして、空間魔法で追いかけてたよ」
失礼だな、前世は間違いなく人間だったぞ!? その前は知らん。記憶にないだけで、どっかで猿だった可能性があるのは否定しない。
って、走らずに俺をターゲットにして、空間魔法でワープして来たって事か!?
それって、アベルの目視範囲にいると絶対逃げられないって事じゃん? こわっ!! 魔力消費はすごそうだけど、こわっ!!
「適当に走って逃げて来たから、今どの辺かわからなくなったな。周囲に魔物はー……、あまり強そうなのはいないな」
ジャングルに入る前に冒険者ギルドで買って来た地図を確認するが、周囲は植物ばかりで目印になりそうなものがなく、現在地がよくわからなくなってしまった。
まぁ、迷子になってもアベルがいるから大丈夫。今日は思う存分迷子になれる。
「そうだね、もうちょっと奥まで行かないと強い魔物はいなさそうだし、このまま奥の方に行っているうちに、目印になる遺跡があるかもしれないね。困ったら転移魔法で戻ればいいし進んじゃお」
無計画万歳。
たまには行き当たりばったりで散策するのも悪くない。
適当に移動しているが、視界の悪いジャングルの中なので、周囲の気配には念入りに気を配っておく。
「ん? 何かいるな? んんんん?」
「あ、ホントだ。少し離れているけどCランクくらい?」
歩き難いジャングルの中の道を歩いていると、強い魔力を放つ生き物の気配を拾った。
ただの魔物と言うには少し違和感のある気配。周囲には小さな人……いや、リザードマンのような気配が複数ある。
殺気立っているような感じはなく、魔物っぽい気配と複数のリザードマンの子供のような気配が一緒にいる。どういう状況だ?
「んーーーー、魔物と複数のリザードマンの子供が一緒にいる? でも襲われてるとかそんな感じじゃないと思う。なんだコレ?」
「え? ジャングルの中に子供が複数? まぁ、リザードマンは子供の頃から狩りをする種族だしね、ジャングルに出入りしていても不思議じゃないか。でも魔物と一緒? 一応様子を見てみる?」
「そうだな、どうせ進行方向だし、ちょっと様子を見てみるか」
リザードマンの子供達と魔物のような気配がする方に進むと、水の流れる音も聞こえはじめ、近くに川がある事がわかる。
しばらく道に沿って歩くと、気配は道なりとは別の方向――獣道に入った先にある事に気付いた。
植物の枝や葉で歩き難い獣道へと入り、魔物の気配のする方へ近付く。
獣道の先、木々が途切れジャングルの中を流れる川の河原へと出ると、黒灰色の毛むくじゃらの大きな生き物と、それを囲んでいるリザードマンの子供達の姿が目に入った。
「見た事ない魔物……いやあれは妖精の一種かな?」
アベルが毛むくじゃらを鑑定したようだ。
魔物と妖精の線引きは非常に曖昧だ。
人から見て、異形の生き物を全て魔物と括る事もあり、その分け方で行けば妖精も魔物の括りになるのだが、妖精は種ではなく個の者が多い。
トンボ羽君のように似たような姿の多いものは、妖精の代表格としてピクシーという括りにされているが、毛玉ちゃんのような特殊な生い立ちを持って生まれて来た為、他に同族がいない者が妖精には多い。
ちなみにピクシーは幼くして死んだ子供の化身だとかなんとか。
「誰か来た!」
「バロン隠れて!」
獣道を抜けて河原に出ると、毛むくじゃらと子供達が俺達に気付いて、子供達がバロンと呼ばれた毛むくじゃら妖精を背中に隠すように、バロンと俺達の間に立った。
背中に隠しているつもりなのだろうが、どう見ても毛むくじゃら妖精の方が大きく、その毛むくじゃらもリザードマンの子供の背中の後ろに隠れようと、でっかい体を小さく丸めているのが、悔しいくらいに可愛い。
河原にいたのは、子供達にバロンと呼ばれた、三メートル程の大きさの、長い牙が口から見える獅子っぽい顔で、体は毛むくじゃらで四本足の獣のような妖精と、リザードマンの子供が四人。
俺達が近付くと、子供の後ろに隠れていたバロンがサッと子供の前に飛び出し、子供を庇うようにこちらを睨んでウーウーと唸った。
「バロン出て来ちゃだめだよ」
出てくるも何も隠れていなかったけれどな!!
「バロンはただのでっかい犬だから、悪い魔物じゃないよ!!」
犬にしてはデカすぎるな!? 顔も犬というかネコ科の顔だよな!?
「バロンは悪い事しないから、やっつけないでよ!」
「バロンは僕らの友達だから、魔物じゃないよ!」
今度はバロンの後ろから子供達が出てきて、バロンを庇うように手を広げてその前に立つ。
「あーあー、別にそのバロン?君をやっつけに来たわけじゃないから。こんなジャングルの中に、子供の気配がしたから様子を見に来ただけだよ」
手に武器を持たず、両手を軽く挙げて敵意のない事を示す。
子供達よりもバロンにだ。
子供達と仲が良くても、いきなりこちらに襲いかかってくれば、対処をしなければならなくなる。
「ホントに?」
「バロンの事いじめない?」
「でも大人はバロンの事を、怖い魔物って言うよ」
「お兄ちゃん達、冒険者でしょ? バロンをやっつけない?」
冒険者といえば魔物を倒すのが主な仕事だから、警戒されるのは仕方ないな。
「うん、攻撃しないよ。バロンは妖精さんだろ?」
妖精は人間にとって危険がないわけではないが、目の前にいるバロンという妖精とリザードマンの子供達の関係は、悪いようには見えない。
俺の横にいるアベルも、バロンと子供達の様子に警戒を解いて、すでに興味のなさそうな表情になっている。
「そーだよ! バロンはジャングルの妖精で守り神なんだよ!」
え? 守り神?
「ねー、バロンは僕らの事を守ってくれる守り神なんだ」
ああ、そういう。
「バロンがいるから、ジャングルの中も怖くないもんね」
雰囲気からしてCランクくらいだな。この強さなら、ジャングルの入り口付近にいるような弱い魔物は寄ってこなそうだ。
「バロンがいると、怪我をしても変な毒蛇に噛まれても、治してくれるもんね」
なかなか厳つい顔をしているバロン君だが、回復魔法が使えるのか。
「バロン、仲良し。仲良し、友達、守る、当たり前」
え!? バロン君喋れるの!?!?!?
獅子の口から、低い声で片言の言葉が聞こえてきてバロンの方を見ると、守り神と言われて嬉しかったのか、子供達の後ろで獅子の妖精が、得意げな顔をしていた。
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