第276話◆南の港町から
「うおおおおおおおおお!! 暖けええええ!!!」
アベルの転移魔法で到着したフォールカルテの町は、海に面した町の為、春とはいえ海からの風で寒いと思っていたのだが、想像以上に風は暖かく気持ちよかった。
オルタ・クルイローでジュストと別れ、オルタ辺境伯領の南東にあるプルミリエ侯爵領の領都フォールカルテにやって来た俺達は、観光がてらに町を見て回りながら買い物をした後、冒険者ギルドに立ち寄って面白そうな依頼があれば受けてみようかなと思っていた。
今日はこのフォールカルテで一泊する予定だ。
町の少し手前の海が見える街道沿い、アベルと並んで海を眺める。
「この辺りは海流の関係で、海風が南からの暖かい風だから、一年を通して比較的暖かいね、ってグラン、以前もフォールカルテ来た事あるでしょ?」
「ああ来た事あったな。でも、かなり前の話だし、暖かい季節だったしな」
この町には何度か来た事があるが、海が近くて海産物は美味いし、心地の良い暖かさと海風が気持ちのいい気候だし、町も整っていて綺麗だし、外国やユーラティアの東部からの物資が集まる場所で活気があり、とてもお気に入りの町だ。
「あーーー、海風気持ちいいーーー!! 兄上に押しつけられた仕事をさっさと終わらせて、グランの里帰りについて来て良かった」
俺の里帰りにアベルが同行してくれると言うので、少し寄り道をしようという事になって、それを楽しみにしていたのだが、俺よりアベルの方が楽しそうだ。
「さっさと町に入って、買い物を済ませて冒険者ギルドも行ってみようぜ」
「そうだね。フォールカルテなら高ランクの依頼あるかも」
少し、いや、かなりワクワクした気持ちで、町に入る為の検問の列に並ぶ。
春の陽を浴びてキラキラと輝く広い海には、俺の知らないものが無限に詰まっている。そして、その海の向こうには、俺の知らない国がいくつもある。
海を見ていると世界の広さを改めて感じるな。
先日保護した後、無事親元に帰って行った灰色ちゃんを見て、ふと自分も久しく帰っていない実家に戻ってみようかなと思ったら、アベルが付いて来ると言うので、ラト達に留守を任せて俺の故郷までの小旅行という事になった。
ジュストをオルタ・クルイローまで送った後、その足で俺の故郷までお出かけ。その途中に少し寄り道でもしながら、アベルと二人のんびり気ままな、短い旅路の予定だった。
「丁度良い高ランクの依頼あるかと思ったけど、やっぱ海沿いの町だと海の依頼ばっかりだったねぇ」
「だなー、海上の依頼は日を跨ぐものばっかりだな。町の周辺で、尚且つ半日で終わりそうなのはCランク以下ばっかりだしなぁ」
買い物の後、冒険者ギルドに来てみたが昼前という事もあって、俺達のランクにあった手頃な依頼が残っていなかった。
ランクが上がると、こういう事もあるんだよなぁ。
海の依頼は船で出るものばかりで、今から受けて夜までに終わりそうなものがない。
しかも、海上の依頼だと魔法が使えるアベルはともかく、俺はやる事がない。
仕方ないので、少し早いが海の見える定食屋に入って、昼飯が出てくるのを待ちながら、この後の事を話し合っている。
「海は毒持ちや麻痺持ちが多いから、新しいピアスの効果楽しみだったのにー」
耳に付いている真新しいピアスを弄りながら、アベルが拗ねたように言う。
以前タルバに土台を頼んだ、状態異常耐性特化のピアスだ。
タルバに土台のピアスを作ってもらい、俺が付与を施した。
タルバが細工を頑張ってくれたうえに、追加で付与に適した宝石をはめ込んでくれたおかげで、見た目も性能も非常に良い仕上がりになった。
アベルの方は、月をモチーフにしたデザインで、月金とユニコーンの角で作られた土台にムーンストーンがはめ込まれている。
このムーンストーンがかなり質の高い物で、白を基調とした中にやや青が強めだが、角度によって色が虹のように変化するし、まるで海の中から明るい満月を見上げているような彩りである。
そして、それがアベルの銀髪に妙に似合っている。
良いのは見た目だけではない、ユニコーンの角の状態異常耐性に加え、精神保護と浄化効果のあるムーンストーンを取り付けた為、状態異常や精神攻撃、呪いなどに対してガッチガチに特化したピアスになっている。
一方俺の方は、太陽がモチーフのようで、ルビーがはめ込まれている。ルビーは浄化と相性が良く、毒や麻痺耐性に特化した物になっている。
耐性にものを言わせて、毒のあるものを掴んだり殴ったりする事があるから、この効果はありがたい。
そして、ルビーは火属性とも相性がいいので、状態異常耐性系以外にも火に対する耐性をガッツリ付与しておいた。
炎吐いてくる魔物は多いので、きっと役に立つ。
「あまりピアスの効果が、役に立ちすぎるのは勘弁かな? うーん、丁度良い依頼がなかったし次の町に行くか? それとも近場で面白そうな素材のある場所に行くか、釣りをするのも悪くないな」
「結局グランは素材集めに回帰するんだね。近くにダンジョンはあるけど、俺のカードだとダンジョンは入れないし……」
「あー、ダンジョンじゃないけど、近くにリザードマン達の島がなかったっけ?」
フォールカルテの南の海に、二足歩行のトカゲの亜人――リザードマン達が暮らす大きな島があり、海産物や果物が豊富だが、島の中央部はジャングルで魔物も多く、南部には活火山もある。
そして、その活火山にはSSSランクに指定されている、巨大な火竜が棲んでいる。
幸い人間には無関心で、手を出さなければ襲われる事はないので、自殺志願者以外は火山には近寄らない。
この島のリザードマンは人間に友好的な種族で、この島はプルミリエ侯爵領の一部でリザードマン達の自治区という扱いになっている。
自治区ではあるが、彼らはプルミリエ侯爵領の領民であり、ユーラティア王国の国民である。
中には人間以外の種族を嫌う者はいるが、ユーラティア王国は異種族に対しては、共存できる者、良き隣人というスタンスである。
意思疎通と法に従う事ができ、納税の義務を果たす事ができるなら、国民として受け入れられる。
人間よりも古い種族も多く、人間の手の入っていない地域もあり、大きな国になるほど人間だけの国というのは難しいのだ。
世界を見れば、人間至高主義の国もあるが、そういった国の方が珍しい。
「ルチャルトラ島かー、船で行くと丸一日かかるけど、あそこなら行った事があるから転移できるし、あっちで一泊するならのんびりできるよね」
「明日の昼過ぎまで、ルチャルトラのジャングル探索して次の町に移動がいいかな」
アベルの転移魔法に頼りっきりである。
ここのとこずっとうちに引き籠もっていたし、転移魔法で魔力とカロリーをたくさん消費して肥満対策だな!?
この後、運ばれてきた料理を食べて、ルチャルトラ島へピョーンした。
昼飯の魚介のスープパスタ美味かった。
フォールカルテから船で半日ほどの南の海上にあるルチャルトラ島は、やや南北に長い形をした島で、その北部にリザードマン達の集落が集中している。
フォールカルテからの船が到着する桟橋がある集落が、ルチャルトラ島で一番大きな集落で、ここには冒険者ギルドや宿屋もある。
ルチャルトラの冒険者ギルドって、半数以上がリザードマンなんだよね。以前来た時はギルド長もリザードマンだったのを覚えている。
ルチャルトラのリザードマン達は少し血の気が多いが、陽気で豪快な南の海の民と言った民族だ。
身長は人間より少し高いくらいだが、リザードマンの男性の中には二メートル半に達する立派な体格な者もいる。
アベルの転移魔法でルチャルトラの港付近に到着すると、緑色の鱗と長い尻尾を持つリザードマン達の姿が目に入った。
島の付近を暖かい海流が流れている為、フォールカルテよりも気温が高く、初夏のような暑さだ。
気温が高い為、リザードマン達は皆軽装で、男性はともかく女性はやや目のやり場に困るのが、この島の難点だ。
トカゲの亜人と言っても、体型は人間に近いので、リザードマンの女性はナイスバデーなお姉さんが多い。
頭部はトカゲでもそこはやはり女性なので、きわどい服を着たリザードマンの女性を見ると、お年頃の俺としてはちょっと恥ずかしい。
島に到着後は、まず冒険者ギルドに向かい、周囲の状況と依頼を確認して、ジャングルへと向かう事にした。
一年を通して温暖なルチャルトラ島のジャングルには、本土では見ない植物や魔物が多い。
ジャングルの中には、すでに調査済みのものがほとんどだが、古い時代の遺跡も残っていたりする。
調査済みなので古代の宝物とかが残っているなどという事はほとんどないが、ジャングルの中に残る失われた古の文化の痕跡は、見るだけでもなんとなくワクワクする。
ジャングルの入り口に近い辺りにある遺跡は観光名所になっているが、奥の方は調査後は放置されて魔物が住み着いている場所もある。
また、ルチャルトラ島には土着の神々への信仰が強く残っており、町には一見魔物にも見える地元の神様の像が置かれている。
ジャングルの中にある遺跡にも、元は神殿らしき場所だったと思われるものも多い。
「グラン、浮かれすぎないでよ?」
本土では見かけない魔物や薬草の宝庫だし、古い遺跡は見ているだけで楽しいし、思わずスキップをしたくなるような気分でジャングルの中を歩いていると、アベルが目を細めてこちらを睨んだ。
この島にはジャングルの少し奥へ行けば、上位の竜の巣に近い場所にしか生えないドラゴンフロウという稀少な薬草が生えている。
稀少な薬草があるジャングルなので、それだけでテンションが上がってしまうのは仕方がない。
しかもルチャルトラの竜はSSSランクと非常に強い竜の為、竜の強さと比例するドラゴンフロウの品質も期待できる。
できればそこまで行きたいなー。ドラゴンフロウは、ヒーリングエクストラポーションの材料なんだよね。
木の密度が高いし遺跡に入る可能性も考えて、ワンダーラプター達はギルドに預けて徒歩にしたので、あまり奥まで行けないだろうが、ジャングルの中央辺りまで行けばドラゴンフロウは生えているはずだ。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと周りには細心の注意を払ってるから。お、バナナの木だ!」
少し急いで進むつもりが、バナナの木を見つけてしまった。
本土ではバナナは高いからな! 葉っぱも役に立つし、回収はちゃんとしておこうな!
木に登ってバナナを採るだけだからそんなに時間はかからないからな!?
ピョンとバナナの木に飛びつき、身体強化を使いながら五メートルほどのバナナの木に登り、房ごとバナナを回収。葉っぱも何枚か毟っておく。
前世のバナナと違って中に種があるし、酸味も強いが、ピエモン周辺では手に入りにくい果物だ。
キルシェや三姉妹達にいい手土産ができたな。
「グランってサルみたい」
下からアベルの呆れた声が聞こえてきた。
誰がサルだよ!! アベルだってバナナ好きだろ? ウッキーッ!!
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