第五章

第275話◆それぞれの旅立ち

 ピエモンのあるソートレル子爵領の東、オルタ辺境伯領。その領都オルタ・クルイローはピエモンから馬車で三日から五日程度の距離だ。

 ソートレル子爵領とオルタ辺境伯領の間には山地があり、天候によってかかる時間は前後し、馬や騎獣ならもっと短い時間で到着する。


 このオルタ・クルイローから東に行けば、シランドルとの国境の町オルタ・ポルタ、北方面の山岳部に行けばオルタ・ポタニコという町があり、このオルタ・ポタニコのすぐ近くに食材ダンジョンがあるという。

 そしてオルタ・クルイローの南西部にある山脈の向こう側には、俺の生まれ故郷がある。

 高い山脈の為山越えをするより、時間はかかるが整備された街道沿いに大きく南に迂回して行く方が楽だ。


 領都オルタ・クルイローは北側と南西部には高い山脈、西部にも山地、東部から東南部にかけては平地という山に囲まれた地域への入り口のような場所にある町である。

 仮にシランドルが国境の大河を越え攻めて来て、大きな街道沿いを進んでオルタ・クルイローの攻略に向かった場合、東側以外山に囲まれた場所に誘い込まれるという形になる地形だ。

 そして、そのオルタ・クルイローを抜けたとしても、進みやすい大きな街道沿いを西に進めば、北と南と山脈に挟まれたソートレル子爵に入る事になる。ソートレル子爵領に入った直後に北に向かう街道もあるが、北部は雪に埋もれている時期が長く、夏以外の行軍には向いていない。

 国境に大河がある為シランドルと戦争になるような事はまずないと思われるが、ユーラティアの東部は戦略的にも守りやすい地形になっている。




 今日は、そのオルタ・クルイローにアベルとジュストと共に来ている。

 そう、今日はついにジュストが、オルタ辺境伯領にある職業訓練施設へと行く日だ。

 当初はドリーが俺の家までジュストを迎えに来る予定だったが、アベルの転移魔法で送った方が楽な事と、俺が大きな町で買い物をしたかったという理由で、オルタ・クルイローの町でドリーと待ち合わせる事になった。

 冬の真っ只中シランドルから戻って来て、ジュストがうちに滞在するのは最初は一週間から半月だった予定が、伸びに伸びて気付けば二ヶ月以上うちにいた。


 待ち合わせの場所はオルタ・クルイローの冒険者ギルドの前。

 防衛の要であるオルタ・クルイローは城塞都市で、その城下町は敵が攻めて来てもすぐに砦までたどり着けないように、道が複雑に入り組んでいる。

 建物も石造りのゴツゴツした建物が多く、町の構造も立体的で、あちこちにトンネル状の陸橋がある。陸橋は多いのは敵に攻められた時に、それを落として進路を塞ぐ為だとかなんとか。

 

「おう、待たせたな。元気そうで何よりだ」

 俺達の到着に少し遅れて、ドリーが待ち合わせ場所に姿を現した。

 久しぶりに見るドリーは、心なしかスレンダーになったというか、シュッとしたというか……少し痩せた?

「お、久しぶり? と言っても二ヶ月程度か」

「お久しぶりです、そしてこれからよろしくお願いします」

 オストミムスを連れたジュストがペコリとドリーに頭を下げた。

「久しぶりだな。ちょっと見ない間に、随分冒険者らしい顔つきになって、装備もそれらしくなってるじゃないか」

「装備はグランが色々張り切っちゃったからねぇ」

「うちにいる間もずっと鍛錬を続けて、ピエモンで冒険者の仕事もしてたし、俺とアベルで冒険者の基礎知識についても色々教えたし、ダンジョンにも行ったしな。装備は、うちにいる間に家の事を色々手伝ってくれたお礼と、がんばったジュストにご褒美かな?」


 うちに来てから、かなり詰め込み気味だったが、ジュストには俺に教えられる事は出来るだけ教えたつもりだ。

 ダンジョンに行く機会もあったし、自ら進んで冒険者ギルドの仕事をしていたし、短期間でジュストは随分冒険者らしくなった。

 それには、ジュスト自身の強い意志と決意があったのだろう。

 そして装備は、お礼と応援と餞別を兼ねて、俺が色々と作り足した。

 ローブやウーモに作って貰った防具は強いがそれ以外が心許ない為、ローブの下に着るアンダーウェアや、装飾品、せっかく袖の広いローブを着ているのだから、袖口に隠せる暗器など色々と作った。

 ジュストの呪いの事を考えて、殺傷能力を抑えた相手の行動を阻害する事を目的とした物が中心だ。

 自分はローブではないので、衣服に暗器を仕込みづらいので、ジュストの装備を弄るのはすごく楽しかったよね。

 ついでに、日本食が恋しくなった時のつまみ食い用の食料と、この辺りで手に入る素材で作れそうな料理のレシピも添えた。

 これは、俺からの餞別だ。装備を上手く生かして、この先もっともっと伸びてくれ。


「グランさん、アベルさん、長い間お世話になりました」

 ジュストが俺達に向かいペコリと頭を下げる。

「今生の別れってわけでもないし、ジュストが冒険者になる道を選ぶならまた会えるからね。辺境伯の施設でがんばっておいで」

「そうだな、たくさん学べば、進む道の選択は増えるからな。どんな道を選んでもジュストはジュストだ。冒険者にならなくてもまた会えるし、いつでも好きな時にうちに戻って来い」

「はい! 必ず戻ります」

 すっかり見慣れたパタパタと揺れるジュストの尻尾も、しばらく見られなくなるな。


「そういえばアベルの謹慎もそろそろ解ける頃か? 俺も漸く面倒くさい仕事から解放されそうだし、近いうちにオルタ・ポタニコのダンジョンにでも行くか?」

 ああ、なんかドリーはシランドルから戻って来て、ずっと忙しそうだったな。

「謹慎じゃなくてただのダンジョン禁止令! 俺は被害者だから謹慎なわけないでしょ!? オルタ・ポタニコのダンジョンに行くのは賛成だよ。あそこまだ調査中の場所が残っててAランクしか入れない場所もあるしね。グランのAランク祝いにパァーッと遊びに行こ」

「お、そういう事なら行くぞ」

 食材だらけとかいう夢のようなダンジョン、一度は行ってみたいと思っていた。

「そうか、グランもついにAランクになったか。おめでとう」

「おう、ありがとう」

 改めて、おめでとうとか言われると照れくさいな。


「では、そろそろ行くとするか」

「はい。グランさん、アベルさんまた!」

「うん、がんばってね」

「無理しすぎるなよ」

 あまりしんみりとしたくないので、あくまで笑顔だ。

 手を振るジュストに手を上げて応え、姿が見えなくなるまで見送った。

 思ったより長く一緒にいたので寂しくはなるが、いつかお互い違う道を歩む日は来るものだ。

 一生会えないわけでもないので、ジュストの新しい生活の成功を祈って、笑顔で見送った。



「じゃあ、俺達も行こうか」

 ドリー達の姿が見えなくなって、アベルがこちらを振り返り、少し腹黒そうな笑顔になる。

「ああ、そうだな。でも、その前に建築ギルドに寄って行きたい」

 フローラちゃんの温室も建てたいし、家を増改築する事もありそうなので、建築ギルドで建築関係の教本と建材を購入しておきたい。

 そしてその後は、アベルと二人でプチ旅行を予定している。

 オルタ・クルイローまで来たついでに、ラト達に留守番をお願いして、ユーラティアの南東部を観光しつつ里帰りをする事にしたのだ。

 翻訳作業を終わらせたアベルも一緒に来ると言うので、帰りはアベルの転移魔法でサクッと帰って来られる。

 俺に付き合う為に、大急ぎで翻訳作業を終わらせたとかなんとか。出来上がった物は戻って来て渡しに行くそうだ。


「兄上に言われてた期日よりかなり早く終わらせちゃったからねー。早めに持っていくと次を渡されて損した気分になるし、グランの故郷も気になるし、息抜きも兼ねた旅行だね」

 なんか俺よりアベルの方が楽しそうである。

 まぁ、一人旅より道連れがいる方が楽しいし、何かトラブルがあっても対処しやすそうだ。

 建築ギルドでの用事を済ませた後、冒険者ギルドに戻って預けていたワンダーラプターを引き取って出発だ。

 ワンダーラプターを連れたままだと、どこに行くのかドリーに詮索されそうとアベルが言うので、冒険者ギルドに預けていたのだ。

 ドリー経由で翻訳作業をサボっているのがお兄様にバレるのかな?

 

「それじゃあ、最初の目的地、港町フォールカルテに飛ぶよ」

 アベルの指パッチンと共に、景色がゴツゴツした城塞都市から、潮の香りの溢れる港町の入り口前に切り替わった。

 オルタ辺境伯領の南、プルミリエ侯爵領の領都フォールカルテ――ユーラーティア王国南東部の海の玄関口。豊富な海産物に加え、南国からの輸入品、そして国内から南国へと輸出される品の集まる、ユーラティア南東部の物流の要となる港町だ。


 さぁ、俺の里帰りの旅のスタートはここからだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る