第274話◆閑話:それでも兄弟

「ねぇグラン、このピアス三つとこっちのネックレスに付与お願いしていい?」

 モール族のタルバの手によって精巧に作られた、魔法白金製のピアスを三組と小さなネックレスをテーブルの上に置いた。

「ん? 何を付与すればいいんだ?」

 俺の向かい側のソファーに座って、アクセサリーを作る準備をしていたグランが手を止め、テーブルに置いたピアスを摘まみ上げた。

「できれば状態異常関係全般。特に毒と呪いの耐性を高くして欲しい」

「了解。これ、タルバが作ったやつかー、見えない場所を少しだけ弄るぞ。ああ、ピアスのキャッチの部分なら見えないから、ここに魔石追加するとキャッチにも付与がいけるな。ネックレスは後ろの留め具を少し弄るか」

 俺の注文を聞いてグランがブツブツ言いながら、小さなアクセサリーを弄り始めた。

 よくもまぁ、あんな小さな物を弄くれるものだと感心をする。


 グラン達と一緒に王都のダンジョンに行った時に起こった、あの妙な襲撃のせいで、一番上の兄からしばらくダンジョン禁止を言い渡された。

 その腹いせと襲撃事件のお礼を兼ねてちょっといたずらをしたら、兄上から大量の仕事を押しつけられて、ダンジョン禁止どころかほぼ謹慎状態である。

 グランの家でおやつを摘まみながらやっているから構わないけど。

 おかげで、ここ最近はずっとグランの家にいて、朝食後からリビングで兄上に押しつけられた、ふっるい本の翻訳作業をするのが日課となっている。

 そんな俺と向かい合って、装備品や装飾品を作っているグランと、他愛のない会話をして毎日が過ぎている。

 たまには、こういうのんびりした生活も悪くないな。

 

 俺には上に二人の兄と、下に双子の弟と妹がいる。

 一番上の兄は外面はすごく良いが、頭が非常に良く、とんでもなく腹黒い。

 俺にとっては大切な兄ではあるが、少々苦手意識もある。思慮深い人で、何事も先の先まで熟慮した采配をする為、兄上の手のひらの上で転がされているようで、少し気に入らない。ぶっちゃけ、腹黒いし性格はすごく悪いと思う

 そのうえ、隠れてコソコソやった事は何故かぜーーーーーんぶバレている。

 今回のダンジョン禁止も大量の翻訳作業も、すべてこの一番上の兄の命令だ。禿げてしまえばいいのに。


 二番目の兄は悪い人ではないのだが、何かとまとわりついて来るし、性格も粘着質でちょっと鬱陶しい。そろそろ、弟離れして欲しい。

 騎士としては非常に優秀な人で、その実力はドリーやカリュオンに匹敵する。そして、頭の筋肉具合も彼らと同等である。

 一番上の兄と二番目の兄は同腹で、正室の子である。


 下は側室の子で双子の弟と妹。

 おっとりとして優しい義母上に似ず、誰に似たのかめちゃくちゃ奔放で、二人揃っていると何をやり出すかわからない超問題児達だ。

 あまり一緒にいたわけでもないのに、俺の事を兄と慕ってくるので悪い気はしないが、油断をすれば極悪ないたずらに巻き込まれる。

 本当に誰に似たんだ。


 冒険者になって以来、兄弟と顔を合わす頻度は減ったが、それでも彼らは俺にとっては血の繋がった家族である。


「これ、アベルが使うやつ?」

 作業をする手を止める事なく、グランが俺に尋ねた。

 そんな細かい作業、会話しながらよくできるな。

 グランはものすごく大雑把な性格で、ものすごくうっかり者なのに、こういう作業に関しては非常に丁寧で細かい仕事をする。

「ううん、前に作って貰ったネックレスとは別の兄弟と義母上にプレゼント。二番目の兄上が、俺が付与した耐呪用のアクセサリーを壊したって言うからさ、ついでに他の家族の分も合わせて、プレゼントしようと思って」

 あのシルキードラゴンの兄弟に影響されたわけではないが、兄弟に何かプレゼントでもしたい気分になった。


「アベルの付与で壊れたのかー、お兄さん危険な仕事してるんだな。うーん、じゃあもう少し効果の底上げ出来る方法を考えてみるかー」

 グラン? 何かのほほんと話しているけれど、またとんでもない物を作っていないよね?

 うわ? なんか初めてみる金属が出てきたけど何それ?

 星金? 月金じゃなくて? え? ミスリルと金の合金??? どうやって作ったのそんなの!? 普通その二つは綺麗に混ざらないよね!?

 ああ、月金と同じ方法? ああ、あの臭いスライムね。って、それまた表に出せない物じゃないか!!

 星銀もあるって? それはミスリルと魔法銀? こっちは普通の酸性系のスライムでいける? その普通ってグランの普通だよね?

 秘密の液体があればだいたいいける? 何だよその秘密の液体って!? あ、そこは教えてくれないんだ。

 え? 金属も人体も溶けるからここで出したくない? うん、出さないで収納に封印しておいて? そんな物騒な物、絶対に世の中にも出さないでね?

 もうどっから突っ込んでいいのか俺にはわからないよ!!

 考えるの面倒くさくなってきたから、全部隠蔽効果を付与しておこうね。隠しちゃえば問題ないね、そうだね、そうしよう。

 ホント、グランの収納の中には、物騒な物がありすぎだろ!?












 翻訳の終わった本と、グランに付与をして貰ったアクセサリーを持って、兄弟達のいる実家に戻って来た。

 一番上の兄は面倒くさいし、二番目の兄は暑苦しいので、最初は双子からにしよう。

 丁度午後のティータイムだ、義母上も一緒にいるかもしれない。

 双子達と義母上が暮らす離宮へ向かっていると、バタバタとこちらに近付いてくる妙に騒がしい気配に気付いて、心の中で舌打ちをする。


「おかえり、エクシィ。帰って来たと聞いて、仕事を抜けて来たよ」

 騒がしい気配の方を振り返ると、二番目の兄が部下を連れてこちらに走って来るのが見えた。

 いつもより連れている部下の数が少ないところを見ると、部下に仕事を押しつけて来たのだろう。

 仕事しろ仕事。

「兄さん、耐呪装備が壊れたって言ってたでしょ。コレ新しいのね。前のより耐性上がってるはずだから、そう簡単には壊れないはずだよ」

 グランに付与をして貰ったピアスが一組入った箱を兄に渡すと、その中身を確認した兄の表情が緩んだ。

「ありがとう、エクシィ! 今度は壊さないように大切に使うよ!!」

 バッと両手を広げてこちらに向かって来た兄を躱した。

 いい大人なのだから、暑苦しいスキンシップはやめて欲しい。

 二番目の兄は騎士な事もあってやや汗臭いので、躱しながらシュッシュッと浄化魔法を掛けておく。

 兄さんは、そろそろ加齢臭に気を遣った方がいいよ。


「ところで、兄さん。俺達がシランドルに行っている間に、グランの家に行った?」

 ニコリと微笑んで問えば、あからさまに兄の目が泳いだ。

「ああ、うんうん、ちょっとあの辺りに用事があったついでに? エクシィがどんな所で暮らしてて、お世話になってる人がいるなら挨拶をしておこうと思ってね。うんうん、そうそう、挨拶挨拶。って誰に聞いたの!?」

「秘密。俺はちゃんと暮らしてるから、俺の友達の家にいきなり押しかけたりしないでよね。兄さんみたいな人がいきなり来ると、普通の人はびっくりするでしょ?」

 ホント、いきなり押しかけて来るのはやめて欲しい、先触れを出したとしても、来るなとしか言いようがないけど。

 あそこは絶対に変な事には巻き込みたくない。


「エク兄様! おかえりなさいませ!」

「エク兄、おかえり! 帰って来てこっちに向かってるって、先触れが来たから迎えに来たよ。うげぇ、ノワ兄までいる」

 二番目の兄と立ち話をしていると、離宮の方から護衛を伴いこちらに向かって来る双子が見えた。

 俺が冒険者になった頃はまだ小さな子供だったが、今では見た目だけは随分と大人に近付いた。今年から、貴族向けの学園に入学する歳だったかな?

 昔はそっくりだった双子が、今は弟と妹で体格にも差がつき始めている。

 それを見ると、俺が家族と距離を置いてから、随分と時間が流れた事を思い出させられる。

 長い間兄弟とはできるだけ関わらないようにし、冒険者というけっして綺麗とは言えない世界で生きて来た俺を、今でも変わらず血の繋がった家族として扱ってくれる。

 ここで生活していた頃、そんなに多く共にいたわけでもなく、ただ兄弟というだけなのに。

 血の繋がった親子でありながら俺に全く興味のない父。一方で半分しか血は繋がっていないのに、いつまでも俺を家族として扱う兄弟達。

 いっそ全員に嫌われた方が楽だったのにと思った時期もあるが、今では俺を大切にしてくれる人だけを大切にしようと思っている。


「ただいま。なんかノワ兄さんまで来ちゃったけど、みんなでお茶でも飲みたいな」

「俺だけじゃなくて、兄者も来るって言ってたよ」

「うわ、マジで? 兄上は忙しいと思って、帰って来た知らせだけで済まそうと思ったのに」

 一番上の兄とは正直顔を合わせたくない。また仕事を増やされたら、たまったもんじゃない。

「エク兄、何かやらかして謹慎中なんだっけ?」

「エク兄様、謹慎中なら、ずっとこちらにいらっしゃればいいのに」

「謹慎じゃないの! ダンジョン禁止なだけなのに、兄上が仕事を次々に押しつけるから、冒険者やってる暇がないの! ホント、禿げちゃえばいいのに。あ、そうそう、これは双子達に俺からのプレゼントね。できればずっと付けておいてね。こっちのは義母上に渡しておいてくれるかな?」

 双子達とその母の為に用意した、ピアスとネックレスを渡す。

 女性はピアスではない方がいいのだが、ピアスの方が常に身につけておきやすい。

 いつ何があるかわからないから、ずっと身につけておいて欲しいから。

 義母上だけは社交界に出る機会も多いので、そうはいかないと思いネックレスにした。


「やった! エク兄から貰った物ならずっと付けておくよ。お茶しながら色々話を聞かせてよ」

「エク兄様、ありがとうございます。お母様もお喜びになるはずですわ。早くわたくし達の宮でお茶にしましょ」

 双子達に両手を取られ、引っ張られるように離宮の方へと歩き出す。



 一度ここから逃げ出した時は大嫌いだった場所だけど、今ではここも俺にとっては大切な居場所の一つになっている。

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