第273話◆秘密のランチタイム

 ここ数日、俺は倉庫の作業場に籠もって、ひたすら料理用のスープを色々と作っていた。

 何かと便利なブラックバイソンのスネ肉や骨、野菜を煮込んだスープ。

 コクが強く、そのままでもスープとして出せるし、シチューや煮物にも使う。

 これは使う事が多いので、日頃からこまめに作っている。


 ロック鳥の肋骨と野菜を煮込んで作ったスープ。

 こちらも日頃からよく使うスープで、こまめに作ってストックするようにしている。

 ロックバイソンのスネ肉の方のスープより甘味があり、ふんわりと優しい感じのスープだ。


 それから、ワイルドボアのバラ肉と一緒に野菜やリンゴなどを煮込んだスープ。

 これが中々思うように行かず、ここ数日倉庫に引き籠もる原因になっている。

 そして、失敗作がどんどん収納に溜まっている。やばい、寸胴鍋が足りなくなりそう。

 それもようやく、完全に納得まではいかないが、なんとなくイメージしていた味に近付いてきた。


 そしてもう一つ、オーバロ周辺で手に入れた魚介類をベースとしたスープ。

 内臓を綺麗に取り出して切り身にして焼いた物や、干物にした物を鍋でコトコトと煮て作ったスープ。

 オーバロ周辺で手に入れた魚介類以外にも、シーサーペントの干物やミミックの干物も入れてみた。

 ミミックは海ではなくダンジョン住みだけれど、俺の中ではだいたい二枚貝の親戚だと思っている。


 どれもアクを丁寧に取って、濁りの少ないスープに仕上げた。

 スープ作りに夢中になり、倉庫に籠もりっぱなしだったせいで、最初はちょいちょい様子を見に来ていたアベルや三姉妹も、すぐに飽きて覗きにこなくなった。

 一人で作業をしているとつい時間を忘れて作業をしてしまうし、キリのいいところまでとなると、夕食の後も倉庫に来て深夜まで作業をしていた。

 おかげで作業に集中する事もできて、少し作りすぎた感があるが、色々とスープを作る事ができた。

 空いた鍋をほとんど使ってしまったから、パッセロ商店ででっかい鍋を買ってこないといけないな。


 出来上がったスープのうち、ワイルドボアのスープに魚介系スープを足して、醤油で味を調えた。

 先日も作ったアシュ麺を、今回は前回よりも少し太めに切って、それを少し手で握って縮れさせておく。

 ニーズヘッグの肉をすり潰して、気合いを入れて裏ごし。塩で味を調えた後、手のひらサイズの長方形の板に、そのすり身を乗せて蒸し器で蒸す。白一色だが、だいたいカマボコってやつだ。

 タマネギをみじん切りにして水に晒している間に、醤油とイッヒ酒で煮卵を作っておく。

 出来上がった煮卵は縦に半分に切る。タマネギも水から上げてザルの上でよく水を切っておく。

 歯ごたえのあるキノコをロック鶏ベースのスープと醤油で煮込んで、アッピというピリ辛の香辛料で仕上げ、薄切りにした。思ったよりメンマっぽくなったぞ!!

 後は海苔。前世の海苔ほどつやつやしていないし、ガサガサで形も綺麗な四角ではないが、腹に入れば関係ない。重要なのは味と雰囲気だ。

 そしてもう一つ、とても重要な具材。

 グレートボアのバラ肉を醤油と砂糖とササ酒で煮込んだチャーシュー。スープを作っている横でコトコトと煮込んで、焦げ茶色にテカテカと艶のある外見に仕上がっており、見た目だけで腹が減ってくる。

 薄切りにしてつまみ食いをすると、程よい甘辛さにとろける脂身。臭味もなく、自画自賛しても許されるな!?

 あー、これほかほか炊きたてのご飯に載せて食べたくなるやつだ。


 今日はアベルも実家へ行っていて家にいない。ラトも三姉妹も森へ出かけて行き、夕方まで帰って来ないと言っていた。

 ジュストだけは、今日はギルドの仕事を休む日だったようで家にいる為、今日はジュストと二人っきりのランチタイムになりそうだ。

 そのジュストには、お昼に腹が空いたら倉庫に来るように言ってある。

 朝から作業をしていて、窓から入ってくる光は、陽が高い位置にある事を示している。

「そろそろかな?」

 作業台の上にごちゃごちゃと散乱している素材や調理器具を片付け、布巾で綺麗に拭く。

 今日は皆には内緒で、ジュストと二人で秘密のランチタイムだ。

 そのメニューは、ユーラティア風醤油ラーメンだ!!


 スープはほぼフィーリングだし、材料も前世の記憶にある物が全然揃わないしで、前世の記憶にあるラーメンに近付けてはみたけれど、そっくりな物までとは行かない。

 ジュストがもうすぐここを出て、ドリーの所へ行く事になるので、その前に俺とジュストにしかわからない懐かしい料理を、日本語を話しながら一緒に食べたかった。

 何を作ろうか迷って、先日アシュ麺を作った事だしラーメンにした。

 ラーメンを啜るなんて、アベルのような育ちのいいお坊ちゃんには無理だろうし、ジュストと二人でこっそり食べるには丁度いいかなと。

 そう思っていた時に偶然みんな外出して、ジュストと二人で昼食になる日ができた。




「グランさんー、そろそろお昼ご飯の時間ですかー?」

 ほぼ準備が終わった頃に、ジュストが倉庫の入り口から顔を出した。

「お、来たか。それじゃあ、仕上げるからテーブルで待っていてくれ」

 アシュ麺を湯にくぐらせ、オーバロで買って来たどんぶりへ。

 ラーメン用ではないので少し小さめだが、手元にある器でラーメン向きな物はこれしかなかった。

 麺の上に準備しておいた具を盛り付けていく。

 青ネギの代わりにみじん切りにしたタマネギ。

 メンマの代わりに、歯ごたえのあるキノコ。

 ニーズヘッグのカマボコに、グレートボアのチャーシュー、煮卵を載せて、作っておいたスープを注ぎ、最後に海苔をどんぶりの縁に刺す。

 グレードボア肉と海鮮ベースのあっさり醤油ラーメン、ユーラティアラーメンの完成!!


「ほい、おまたせ」

 テーブルにラーメンの入った器を置いて、ジュストと向かい合って座る。

 俺は普段から箸を使う事が多いし、ジュストもだいたい箸を使う。ラーメンなので迷う事なく、箸を二人分用意してある。

「うわ、ラーメンだ!!」

 目の前に置かれたどんぶりの中身を見たジュストが、目をキラキラさせる。

「色々材料が足りないから、別のもので代用したから、少し……いや、かなり違うが、雰囲気だけは大分近付いたはずだ。おろしニンニクとコショウは好みでかけてくれ。それじゃ、伸びる前に食べよう」

「はい! いただきます!!」

『おう、いただきます』

 日本語でいただきますと言うと、ジュストがキョトンとした表情になって、言い直した。

『いただきます!』


 ズルズルと音を立てながらラーメンを啜る。

 イメージ通りとは行かなかったが、それっぽい味に仕上がっている。

 醤油味の透き通ったスープに、程よく油膜が浮いていて、太めで縮れた麺にあっさりとした醤油味のスープが引っかかり、麺と一緒にスープもしっかりと口の中に付いてくる。

 豚骨ではなく、肉から取ったスープなので脂でコッテリしすぎない。そして少しだけ混ぜた海鮮ベースのスープのせいで、醤油味の中に魚介ダシの甘味がある。ハラワタはしっかり取ったので、変な雑味は少ないはずだ。


『ジュストはラーメンは何派?』

 ラーメンは好みが人によって違いすぎるからな。今回は手持ちの材料で作りやすさを優先した味付けと具材になってしまった。

『やっぱりトンコツですかねぇ。あー、塩ラーメンにバターとコーンをたっぷり載せたのも好きですし、醤油味なら刻みタマネギがたくさん乗ってるのが好きですね。味噌とコーンも捨てがたい。グランさんのラーメンは刻みタマネギいっぱいで嬉しいです』

『塩バターコーンはいいな。あれは、飲み屋をハシゴして飲み歩いた後の締めに食うと特に美味い気がしてたな。タマネギは、青ネギがなかったから、その代用だな。俺もラーメンに刻みタマネギを載せるの好きなんだよなぁ。くそ、ゴマと高菜があれば、コッテリとしたトンコツラーメンでもよかったなぁ』

 そうだ、アベルが以前話していた食材ダンジョンに行けば、新しい食材が見つかるかもしれない。

 そうしたらラーメンが完成に近付くかもしれない。

『あー、このスープあっさり系でしつこくないので、麺を食べ終わったら飲み干せそうですね』

『あっさり目だけど、塩分はあるから後で喉が渇くぞ?』

 そういう自分も、最後にスープを飲んでしまいそうだ。

『でも、美味しいから全部飲みますよ。ここを離れたら次にいつグランさんの料理を食べられるかわかりませんし、ラーメンなんて食べられるのグランさん所だけでしょうし』

『好きな時に帰って来ていいぞ。ジュストがそう望むなら、ここを実家だと思っていい。いや、ジュストの実家は日本だな。ここはこっちの世界の実家だとでも思ってくれると嬉しいな。だから、好きな時に戻って来ていいぞ』


 ジュストが日本に帰れる可能性はほぼないだろう。それでも万が一があるかもしれないし、ジュストにとっても実家は日本の実家だろう。

 だけど、帰る家や家族がいないのは寂しいだろうと勝手に思ってしまった。

 だから、もしジュストが帰る所が欲しいと思った時、うちに帰って来てくれたらなと思う。


『はい! 帰って来ます!! グランさんの家をこちらの世界の実家だと思わせて下さい。日本には帰りたいと思いますが、こちらの生活を好きになる事ができたのは、グランさんのおかげです。グランさんに助けて貰ったから、この世界を知って短い間でこの世界を好きになる事ができました。きっと、これからもっともっと好きになれる気がします。グランさんありがとうございました』

 ジュストの言葉は最後の方が声が震えていて、俺にまでそれが伝染しそうだった。

『俺こそ、ジュストに会えてよかったよ。こうして、懐かしい話もできるし、秘密を一人で抱えなくてよくなったのはジュストに出会えたおかげだ』

 親兄弟そしてアベルやドリーにすら話せなかった、長年抱えていた秘密を共有する相手ができたのは嬉しかった。

 ジュストの為と思いつつ、実は自分が前世の記憶の話をしたかっただけかもしれない。

 一人で秘密を抱えるのは辛い。俺もジュストも秘密を共有出来る相手に恵まれてよかったと思う。


 そしてこれから、俺の元を離れてこの世界の事をきちんと知る為に、旅立って行くジュストの無事と成功を祈る。

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