第270話◆親子のカタチ
「ピャアァ……ピャアァ……」
夜中に灰色ちゃんの鳴く声が聞こえて目を覚まし、リビングへと様子を見に行くと、リビングの掃き出し窓に張り付いて窓を開けようとカリカリとしている灰色ちゃんと、それをオロオロとしながらなだめている毛玉ちゃんの姿が目に入った。
「どうしたんだい? 外に何かいるのかい?」
もしかすると親が迎えに来たのかと周囲の気配に注意を払うが、ドラゴンのような大きな魔物の気配はおろか、細かい魔物の気配すら近くにはない。
「ホーホー」
毛玉ちゃんが少し困ったような鳴き声をして、灰色ちゃんを自分の羽で覆うような仕草をする。
「外が気になるなら外に行ってみるかい?」
「ピャァ……」
窓をカリカリとしている灰色ちゃんを抱き上げ、そこからリビングの前のテラスへと出た。
昼間は動けば汗ばむ程の暖かさになったが、夜の空気は冷たく薄着だとまだまだ肌寒い。
灰色ちゃんを抱えたままテラスから庭に出ると、少し靄のかかる春の空に星が薄く瞬いていた。
念のため、周囲の気配には十分に注意を払っているが、やはり何も怪しい気配は感じ取れない。
「ピャーピャー」
灰色ちゃんが空を見上げながら細い声で鳴く。
「グランー、騒がしいけどどうしたのぉ? って、外寒っ!」
寝起きのボサボサ頭に、シワシワに着崩れたシャツのアベルが目をこすりながら、リビングからテラスに出てきた。
「どうした、何かあったのか?」
ラトまで起き出して来た。
こちらはアベルと違って寝癖一つないストレートな髪の毛に、服も全く着崩れてない。これが森の番人の力か。
「ああ、灰色ちゃんの鳴き声で目が覚めて、外が気になるみたいだから、少しだけ外に出てたんだ」
「ピャアァァ……」
灰色ちゃんはしきりに北の空を気にしているようで、俺の腕の中から必死に首を伸ばして空を見上げて鳴いている。
「周囲に何か大きな生き物がいる感じはしないよね。トレースしてみる?」
アベルのトレースなら、より確実に周囲の様子を把握する事できる。
もしかすると、俺達が気付いていないだけで何かいるのかもしれない。
「いや、周囲には異常はないぞ」
森の番人様が断言する。
じゃあ、灰色ちゃんは何が気になっているんだ?
「どうした? 何が気になるんだ?」
庭から灰色ちゃんがしきりに気にしている、北の空を見上げながら灰色ちゃんに語り掛ける。
「ピャァピャァァ……」
灰色ちゃんは俺の腕の中でゴソゴソとしながら、首と前足を一生懸命空へと伸ばす。
「ホーホー」
毛玉ちゃんがテラスの屋根の上でから、灰色ちゃんを呼ぶように鳴いたので、俺は手を離して毛玉ちゃんに任せる事にした。
「ピャアアアア!!」
俺の手を離れた灰色ちゃんが、パタパタと一気に二階の屋根上まで飛んで行くが、そこまで行って戸惑ったようにクルクルと円を描いて飛んだ後、二階の屋根のてっぺんにとまった。
その横にテラスの屋根から移動した毛玉ちゃんが寄り添うように降り立ち、二匹で並んで北の空を見上げている。
「ピャァピャァ」
「ホーホー」
少し湿気の多い春の夜空に、灰色ちゃんと毛玉ちゃんの声が響いた。
「親が恋しいのだろう。竜と言ってもまだまだ子供だ。急に親と離れれば、突如として親が恋しくなる時もあるのだろう」
「あー、わかります。夜になると何だか突然、家族に会いたくなる時があるんですよね」
ジュストも騒ぎに気付いて起きて来たようだ。ラトの横に並んで空を見上げている。
今世ではあまり家族に甘えた記憶がないので、前世にくらべて家族に対しては淡泊な感じだが、それでも冒険者になったばかりの頃、上手くいかない事が続くと田舎の事思い出していたな。
結局この後、屋根の上で鳴き疲れて寝てしまった灰色ちゃんを、アベルの転移魔法で回収してベッドへと戻った。
シルキードラゴン達が向かったと思われる北の空を見上げて、鳴いている灰色ちゃんを見ていると、何だか自分も里帰りをしたい気分になった。
やっぱ、一度実家の様子を見に帰ろう。ホームシックではないけれど、やっぱ自分の家族の事は気になるから、時間を作って里帰りをしよう。
「ふあああああああああー……ねみぃ。昼寝しようかな」
朝食の後片付けが終わり、リビングでのんびりとアクセサリーを作っていたが、昨夜は夜中に一度起きてしまった為、猛烈な眠気が襲ってきた。
今日はジュストも冒険者ギルドの仕事は休む日で、一緒にアクセサリーを作る練習をしている。
ラトも珍しく森には行かず、三姉妹達と一緒に箱庭を弄っている。あの箱庭は大丈夫なのだろうか……。
「まだ昼にもなってないよ」
そう言いながら、本を広げているアベルもやや眠そうな顔をして、コーヒーを飲んでいる。
アベルにしては珍しく、砂糖もクリームも少なめのリクエストだったので、やはりアベルも眠いのだろう。
ラトもジュストも眠そうで、夜ぐっすりと眠っていた三姉妹だけは元気そうに、キャッキャッと箱庭を弄っている。
大丈夫、箱庭を弄っているのはいつもの事だから、箱庭は大丈夫。
夜中に起きてしまった灰色ちゃんも、朝飯の後、籠の中に戻ってすやすやと寝てしまい、毛玉ちゃんもその横でうとうととして、カクンとなってハッと目を覚ますというのを繰り返している。
リビングは南東向きで、午前中の柔らかい陽の光が差し込む為ぽかぽかとしており、三姉妹以外ねむいねむいモードだ。
「ふわあぁ……っえ?」
睡魔の波状攻撃に耐えていると、突如のしかかるような重い魔力を感じて、半分出かけた欠伸が途中で止まった。
「何か大きな生き物がこっちに来てる」
アベルも手を止めてソファーから立ち上がる。
「ひえええ……びっくりした金縛りみたいになりました」
ジュストも気付いたようで、重い魔力に当てられて少し乱れた呼吸を整えている。
「ッピャ!? ピャアアア!!」
籠の中で寝ていた灰色ちゃんもその魔力に気付き、パッと顔を上げて籠からとびだして、掃き出し窓の方へと走って行った。
この感じはもう間違いないだろう。
細工用の工具を置いて立ち上がり、灰色ちゃんを抱き上げ掃き出し窓からテラスへと出た。
「ホッ!」
その後ろから毛玉ちゃんが羽を広げてバランスを取りながら、パタパタと走って来てピョコンと俺の肩に飛び乗った。
「来たか」
箱庭を弄っていたラトも箱庭から離れて、テラスへと出て来た。
ラトはこの事を予想して、今日は家にいてくれたのかもしれない。
「あら、お迎えが来たのね」
「良かったですわね」
「お母さんのところに戻れますよぉ」
ラトの後ろから三姉妹達も外に出て来た。
その後をアベル、ジュストと続いて、全員で庭に出て空を見上げた。
見上げた先には、うちの遙か上空を旋回しながら飛んでいる、シルキードラゴンらしき姿が複数見えた。
「良かったな! お迎えが来たぞ!」
「ピャアアアアッ!」
灰色ちゃんを頭の上まで持ち上げると、灰色ちゃんが羽をパタパタとさせたので手を離し、灰色ちゃんが上へと舞い上がって行くのを見上げた。
その様子を、俺の肩の上で毛玉ちゃんが首を捻りながら見上げているのが、視界の端っこに見えていた。
俺の手を離れた灰色ちゃんはどんどん上へと飛んで行き、うちに来てからは母屋の屋根くらいまでの高さまでしか行かなかったが、そこを超え更に上まで舞い上がった。
それを地上から、ハラハラしながら見上げる。
肩に乗っている毛玉ちゃんの足にも力が入り、俺の肩に食い込んで少し痛い。
「がんばれ! がんばれ! 上で家族が待ってるぞ!」
下から声を掛けて応援をする。
家族らしきシルキードラゴンがいる場所は遙か上空で、灰色ちゃんはまだまだ上へと向かわなければならない。
手を貸さず上から見守るのは、この世の生物の頂点に立つ竜ならではの親と子の関係なのだろうか。
厳しい弱肉強食の世界で、最強種族として在らねばならない上位の竜族だからこそ、親は子の力を試すような事をするのだろうか。
仲間のいるところまで上る力がなければこの先、共に生きるのは無理だとでも言っているように思えた。
随分高いところまで上がったが、シルキードラゴン達のいる位置はまだまだ上だ。
上空ではシルキードラゴン達が弧を描いて飛びながら、灰色ちゃんが上って来るのを待っている。
順調に上昇していた灰色ちゃんだが、何故か途中で止まり、羽をパタパタさせながら、その場に滞空して仲間の方を見上げて、それより上に行かなくなってしまった。
「どうしたんだ?」
まだ体力が回復していなくて、仲間の高さまで上るのが辛いのだろうか?
「ふむぅ、何かを恐れているようだな」
ラトが空を見上げながら言う。
そういえば、灰色ちゃんはうちに来てからずっと、屋根より高くまでは飛ばなかった。
やはり、高いところから落ちたのがトラウマになっているのだろうか。
「空にはたくさん危険がありますからねぇ」
「ね、最近も変なゴーストの塊が空を徘徊していたしね。あれにぶつかって落っこちちゃったのかしら?」
「ドラゴンの子供でも、あれにぶつかるのは、怖いかもしれませんわね」
三姉妹が言っているのはワンダリング・ホロウの事だな。
灰色ちゃんが高く飛ぶのを怖がっているのは、ただ落ちて来たからだけではなく、ワンダリング・ホロウに接触して落ちて来た可能性もあるのか。
しかし、もうそのワンダリング・ホロウはいない。
がんばれ、灰色ちゃん。
灰色ちゃんが途中で戸惑っているうちに、群の一番大きなシルキードラゴンが動いた。
一度大きく旋回した後、北へと移動を始めた。
それに倣うように、他のシルキードラゴン達も最後に大きく旋回した後、北へと飛び始めた。
「お、おい! もう少し待ってやってくれ!」
空に向かって叫ぶが、シルキードラゴン達は次々と北へと向かい始めた。
最後まで上空を回り続けていた、少し小さなシルキードラゴンが灰色ちゃんを振り返るように、何度も首がこちらに向いて動いたのが見えたが、それもまた北へと体の向きを変えるのが見えた。
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