第269話◆空に在る者
竜種、その中でも上級竜種は人間より遙かに強靱な体と強大な魔力を持ち、この世の生物の中で最も強い部類の種族である。シルキードラゴンもその上級の竜種だ。
上級の竜族の生命力、回復力は高く、体の一部が欠損しても再生をするほどだ。
古代竜と呼ばれる、竜族の中でも最上級の竜ともなると、心臓を貫いたくらいでは死なないと言われている。
灰色ちゃんも流石は上級の竜種で、順調に傷が回復し、うちに来て一週間も経たないうちに包帯が取れて、パタパタと庭を飛び回るまでになった。
ドラゴンは翼を羽ばたかせて飛んでいるように見えるが、実際は翼の力ではなく翼に纏わせた魔力で飛んでいる。
そりゃそうだ、あんなデカイ生き物が空を飛ぶなんて、普通の鳥とは仕組みが違って当たり前だ。
その為、長距離を移動するには膨大な魔力と体力が必要だと思われる。
灰色ちゃんが回復して群に合流する為には傷の回復だけではなく、体力と魔力の回復も必要なのだ。
傷も回復して、うちの環境にも慣れたのか食事の量も増えて、うちに来た時よりも随分魔力が安定したように思える。
そして、毎日もりもりとよく食べるので、体も少し大きくなった気がする。たくさん食べて早く体力を付けて、仲間と合流できるといいな。
畑仕事をしながら、庭でじゃれ合っている毛玉ちゃんと灰色ちゃんを見る。
薄々気付いてはいたが、灰色ちゃんはあまり高い場所までは飛んで行かない。
毛玉ちゃんが飛びながら誘導するのだが、母屋の屋根くらいの高さまで上がると地面に降りてきてしまう。
まだ怪我が治っていないのかと思ったが、見た目はほぼ完治している。体力的なものなのかとも思ったが、低い位置ならずっと飛んでいる。
もしかして、高い場所が怖いのだろうか。
シルキードラゴン達が飛んでいる高さから落ちて来たのなら、高いところが怖くなるのは仕方ないが、季節で住み処を変える渡り竜にとってそれは致命的ではないだろうか。
シルキードラゴンの生態はよく知らないが、夏は北の方にいるという事を考えると、夏の暑さが苦手なのかもしれない。
この辺りも夏は暑いからなぁ。
ふと空を見上げると、渡り鳥の群が飛んでいるのが見える。
「ピャァ……」
灰色ちゃんもその事に気付いたのか、地面に降りて空を見上げている。
「たくさん食べて、体力も魔力もいっぱい付けて、仲間と合流しような」
肉なら収納の中にたくさんあるので、大飯食らいが一匹増えたとしてもしばらくは問題ない。
「ホッホッ」
毛玉ちゃんも地面に降りてきて、北へと向かう渡り鳥の群を見上げている。
「ん? あれはー……」
長い帯状の黒い靄が、渡り鳥の群に正面からぶつかるように、北の方角から流れて来たのが目に入った。
その靄を避けるように渡り鳥の群が左右に割れ、その隊列が乱れる。
黒い靄は渡り鳥の群を割るようにまっすぐと南へと流れて行く。
そして、その黒い靄に触れたと思われる渡り鳥が、動きを止めて地面に向かって落下していくのが見えた。
「ホォー?」
その様子を毛玉ちゃんが首をクルクル回しながら見ている。
「あれは、ワンダリング・ホロウだろうな。成仏できなかった色々な生き物の魂が、固まって生まれたものだと言われているよ。この世に未練や恨みがあり、天に昇れずああやって空を彷徨っているとかなんとか」
ワンダリング・ホロウは空を彷徨うゴースト系のアンデッドである。
生前に未練を残しすぎ、成仏できず彷徨い続けるゴーストが、自分と似たようなゴーストを次々と吸収、融合し巨大なゴーストとなったのが、このワンダリング・ホロウである。
そこには元からあったゴーストの自我はなく、ただ生への渇望と生前への未練、天への渇望があるだけで、生きる事も成仏する事も出来ず、同じように彷徨うゴーストを吸収しつつ、少しでも天に近付こうと地と天の狭間を彷徨い続けている。
その性質はゴーストと同じで、触れた者の生命力を奪い取る。単体のゴーストよりも規模が大きい為、その威力はゴーストよりも遙かに高く、生命力の低い生き物なら、一瞬で死に至る。そして、その魂もまたワンダリング・ホロウに吸収されてしまう。
死に至らずとも、ワンダリング・ホロウに触れるだけで、精神にも大きなダメージを負い恐怖に支配され、心の弱い者は錯乱発狂状態となる。
厄介なアンデッドなのだが、地上に未練がありながら天に昇りたい彼らは空の高い位置を彷徨っている事がほとんどで、空を飛ぶすべのない人間がワンダリング・ホロウと直接遭遇する事はほぼない。
今日みたいに、空を漂っているのを遠目に見る事があるくらいだ。
ワンダリング・ホロウの餌食になるのは、空を飛ぶ生き物ばかりだ。
「ピャ……」
ワンダリング・ホロウと接触した渡り鳥の群の隊列が乱れ、その一部が地上に落下していく様子を見上げていると、足元から灰色ちゃんの細い鳴き声が聞こえた。
そちらに目をやると、灰色ちゃんが毛玉ちゃんの羽の中に頭を突っ込むような形で、プルプルと震えている。
空を飛ぶ生き物にとって、ワンダリング・ホロウは危険な存在だ。
超巨大化したワンダリング・ホロウにぶつかれば、大型のドラゴンですらダメージを受ける事もあると聞く。
「ホーホー」
「空は広くて自由に見えて憧れるけど、俺が思っている以上に過酷な場所なんだな」
感慨深い思いで再び空を見上げると、金色の一筋の光がワンダリング・ホロウに向かって行くのが見えた。
「これはまた珍しいものが見れたな。あれを見てごらん」
金色の光を指差し、毛玉ちゃんと灰色ちゃんを促す。
その間に金色の光はワンダリング・ホロウに接触して、パチパチと空中で何度も強い光を発している。
遠目にはただの金色の光に見えるが、目を凝らしてよく見ると骨の竜の上に黒いローブを着た人の姿があり、それが神々しい金色の光を発している。
「ホホォ?」
「あれは、死者の王とも言われるリッチというアンデッドだよ。そのリッチの中でもリッチ・ビショップと呼ばれる、徳の高い聖職者のリッチだ。死してなお天には行かず、ああして世界を巡りながら修行を続けてるという、真面目で物好き……じゃない修行好きの聖職者さんなん、イテッ!」
上空で交戦していると思われる、リッチの乗っている骨の竜の一部だと思われる、骨の破片が降ってきて、俺の頭に当たった。
物好きとか言ったから、罰が当たったか!?
ドラゴンゾンビの骨っぽいから貰っておこうかな?
世の中には自ら望んで命を捨て、アンデッドになる者もいる。
誰でも簡単にアンデッドになれるわけではなく、成功する者のその大半は魔道士や聖職者だ。その目的は様々だが、自ら望んでアンデッドになった者は、生前の性格や能力の一部を引き継いでおり、その中でも強力な力を持った者はリッチと呼ばれる。
アンデッドとなった後も生前の性格や目的を引き継ぐ為、リッチには人間に友好的な者とそうでないものがいる。
そういった者達は、肉体を捨て不死を手に入れた後も己の力を磨き続ける為、生前よりも遙かに強力な力を持っている。味方なら頼もしく、敵対すれば恐ろしい相手である。
聖職者には更なる高みを求め、死後も修行をする為、自ら望んでアンデッド化する者がいる。
そういった目的でアンデッドとなった者は、アンデッドになった後、人里離れた秘境に引き籠もっていたり、各地の修行場を転々としていたりする。
季節の変わり目のこの時期は、修行場を移動するリッチ・ビショップの姿を稀に目にする事がある。
そしてリッチ・ビショップは修行ついでに、その地の災厄を払って行ってくれる、とてもありがたいリッチなのだ。
パァンと金色の光が空中で弾けて、ワンダリング・ホロウの黒い靄がキラキラとした金色の粒子になって、煙のように天へと昇って行く。
「ホォー?」
「ピャァ?」
その様子を毛玉ちゃんと灰色ちゃんが不思議そうに首を傾げながら見上げている。
「あれは、リッチ・ビショップがワンダリング・ホロウを浄化したんだよ。あの金色の光は死んでも天国に行けず彷徨ってた魂達が、天国へ昇って行ってるんだ」
……多分。
ぶっちゃけ、信仰心があまりない俺にもよくわからないが、多分そんな感じのはずだ。
「まぁ、つまり、この辺を彷徨ってたワンダリング・ホロウは、あのリッチがやっつけてくれて空は平和になったし、ワンダリング・ホロウも天に召されて万事解決って事だな」
地上には被害はないとはいえ、頭上をあんなものが漂っているのは少し気持ち悪いし、ありがとう、リッチなお坊さん!! いや、神父様かな!?
見上げているうちに、ワンダリング・ホロウの黒い靄は消え、空中には金色に光るリッチ・ビショップが残った。
その神々しい金色の光はこの距離からでもはっきり目視でき、渡り鳥が避けて通る程の大きさのワンダリング・ホロウを、簡単に浄化してしまうとはさぞかし高位の聖職者のリッチなのだろう。
なんだかありがたいものを見た気分だ。
ん? こっちを見た?
何か、リッチがこちらを振り返った気がする。
あれ? こっちに向かって来ていないか?
気のせいかな? いや来てる! 何で!?
もしかして、さっきの落とし物?
骨の竜に乗ったリッチがだんだんこちらに近付いて来る。
えっと、どうしよう。ラトとアベルの結界が張ってあるし、何かあっても困るから敷地の外に出るか?
手に持っていた鍬を畑の脇に投げて、柵の方へ向かって走り、勢いを付けて柵を跳び越えて外に着地すると同時に、目の前に金色の粒子を纏ったリッチが降りてきた。
金色の光を纏い、フード付きの黒いローブを纏ったリッチ。そのローブには金色の細かい刺繍がされている。このローブが生前の物なら、地位の高い聖職者だったと思われる。
深く被られたフードの奥には、人の頭蓋骨がチラリと見え、ローブの袖から見える手も白い骨である。
リッチが俺の目の前に降りて来たすぐ後、俺の後ろを付いて来た毛玉ちゃんと灰色ちゃんが、柵の上にとまる気配がした。
「ええと、落とし物ですかね?」
リッチから目を離さず、降ってきた骨の破片を差し出すと、リッチから金色の光が伸びてきて、骨は光に捕まれたように竜の体へと戻っていった。
落とした骨を拾いに来たのかな? と思ったらリッチの視線が俺の後ろに移ったのを感じた。
「この黒い子は事情はあるが、今では俺の家族みたいなもんで楽しくやってるんだ」
毛玉ちゃんは元は成仏できなかった人間の赤子とフクロウの雛だったが、今はフクロウの妖精として平和に暮らしている。
ほぼ毎日顔を合わせる毛玉ちゃんは、もはや俺の家族みたいなもんだ。
「ホッ!」
俺の言葉に反応したのか、毛玉ちゃんが短く鳴いた。
ふと、リッチの気配が柔らかくなった気がした。
なんだろう、前世のお寺のお坊さんみたい雰囲気だな。
そうだ、相手は聖職者だし、ワンダリング・ホロウを払ってくれたし、お布施渡した方がいいよな?
あまり詳しくはないが、ユーラティアでは教会や神殿でお布施を渡す時は、月桂樹の木の枝と一緒に渡す。
リッチだからお金を渡しても仕方ないし、質のいい魔石かな?
「えっと、これをお納めください?」
月桂樹は料理にも調合にも使うので収納にストックしてある。
月桂樹と先日手に入れたローズクォーツを複数添えて、リッチの方へ差し出す。
リッチが祈るようなポーズで一礼をし、俺の手から月桂樹とローズクォーツがふわりと浮いて、リッチの手の中へと移動した。
そして、リッチは再び手を合わせて何かを祈り、リッチは骨の竜に乗って空へと舞い上がり、飛び去って行った。
「ふうううううううううう……」
リッチの姿が完全に見えなくなり、大きなため息をついてその場に尻餅を突くように腰を下ろした。
ものすごく穏やかな魔力だったが、明らかにSランク、いやSが複数付く程の高ランクのリッチだった。
その姿が見えなくなって、一気に緊張の糸が切れて、座り込んでしまった。
ビショップでよかった。
「ホッホォ」
「ピュエ」
柵にとまっていた毛玉ちゃんと灰色ちゃんが柵から下りて、俺の横でピタリと体をくっつけてくる。
彼らもリッチの強さを感じ取ったのだろう。
「うん、大丈夫だ。あれは、俺達に良い事がありますようにってお祈りをしてくれたんだ」
多分。
教会とか神殿に行ったらやってくれる、お祈りみたいなものだと思う。
すごく高位の聖職者のようだったし、お布施もしたし何か御利益あるかもしれないな!?
「グラン! 何があったの!? 大丈夫!?」
家の方から声がして、アベルがこちらに走って来るのが見えた。
「ああ、高位のリッチ・ビショップが通りかかった」
「それでか、すごい魔力を感じたから行こうと思ったら、転移魔法弾かれて何かと思ったよ。家の中で油断しているとこにいきなりだったから、魔力に当てられてしばらく動けなかったよ」
アベルが魔力に当てられるなんて相当だな。
「まぁ、たまたま上を通過したワンダリング・ホロウを浄化して去って行った。お布施しといたから大丈夫じゃないのかな?」
「ああ、浄化っぽい魔力だったのはそれか。悪いものじゃなくてよかった。むしろ良いものだったね」
「まぁな、ありがたいリッチでよかったな」
ワンダリング・ホロウが消え、リッチ・ビショップが去って、いつもの平穏さを取り戻した空を見上げため息をついた。
そして、その日の夜。
「ピャアアアアアアアッ!」
リビングから聞こえてきた灰色ちゃんの鳴き声で目が覚めた。
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