第268話◆スローライフは忙しいから仕方がない

「シルキードラゴンの休憩地? ここから北……いや、やや北西寄りだな。森の北側にある山脈と森の境目付近だな。フォッフ!? あ"ぁ"っ!」

 夕食の席でラト達にシルキードラゴンの休憩地について聞いてみたのだが、その会話の途中で、メインディッシュのカニクリームコロッケを、丸ごと口の中に入れたラトが手で口を押さえた。

 わかる、コロッケの中身が熱かったんだな。


「このコロッケは中はトロトロですごく熱いから、気を付けて食べるんだぞ?」

 ラトが現在進行形で口を押さえてもごもごしているので、三姉妹達は真似をしないと思うが一応な?

 シランドル旅行で持ち帰って来たシオマネキの殻を使った細工をしようと思い、その身をほぐしたので今日の夕飯はカニクリームコロッケになった。

 外はサックサクで中はほどよくとろけたホワイトソースに、カニのほぐし身がたっぷりの贅沢カニクリームコロッケ、我ながら良い出来だ。


「そうですわね、ここから徒歩で森の中を抜けるとなると、人間の足だと半月近くかかりそうですわ。これは見るからに中が熱そうですわね、少しずつ頂きましょう」

 熱々のカニクリームコロッケを頬張って、目を白黒させながら白ワインで口の中を冷やしているラトを横目に、ウルは丁寧にコロッケを半分に切って、上品に少しずつ食べている。

「グラン達は加護があるから森の奥まで入れるけど、それでも森を抜けてシルキードラゴンの休憩地まで徒歩で行こうと思うと大変だと思うわよ。これは、中身がグラタンってやつに似てるわね。グラタンもだけどこの白くてトロトロしたの好きだわ……あっつ!」

 最初はちょっとずつだったヴェルも、半分くらいのところで残りを一口でいってしまい、熱かったようだ。

「森の中に抜け道はありますが、森の北側はごちゃごちゃしてますし、強い魔物もたくさん住んでますから近道をしても、時間はかかりますねぇ。外はサクサクで中がトロトロで、不思議ですねぇ」

 クルも火傷をしないように、少しずつ食べている。


「地図上ではここのずっと北に、東西に伸びる山脈があって、その山脈に沿ってある大きな森がアルテューマの森でしょ。アルテューマ森の深い場所に踏み入った者はほとんどいなくて、調査もされてない場所だから、そこに大きな森があるって事しか知られてないんだよね。ん? これシオマネキだよね? サルサルで食べた時は、焼いただけでの塩味でも料理として成り立ってたけど、こういう風にすると全く別物になっちゃうね。殻ごと焼いた時みたいに食べにくくないからこれはいいね。でも味はどっちの食べ方も捨てがたいな」

 ああ、確かここから北の辺りには、東西に伸びる高い山脈があって、その山脈の向こうは年中通して気温が低めで、冬は豪雪地帯なんだっけ?

 そういえば、あの辺には全く行った事がないな。

 アベルやドリーとパーティーを組んで行動した時も、国の北東部には全く行かなかったな。


「僕、クリーム系のコロッケ大好きです。カニの身がたっぷり入ってて、贅沢な気分になりますね。灰色ちゃんは家族の元に戻れるといいですねぇ。いきなり離ればなれになっちゃうと、最初は平気でもだんだん不安になりますし、会いたくなりますからね」

 いきなりこちらの世界に来る事になったジュストの言葉には非常に説得力がある。

「ホォー……」

 ジュストの言葉に、部屋の隅で灰色ちゃんと一緒に、茹でたロック鳥の肉をつついていた毛玉ちゃんが、くるりと回転させるように首を傾げた。

 せっせと灰色ちゃんの世話をしている毛玉ちゃんには少し辛いかもしれないが、親に返せるなら返した方がいい。


「そう心配する必要はない、シルキードラゴンは本能的に渡りをする種族だ。こちらから親を探しに行かずとも、傷が癒えて体力が戻れば、自らの翼で仲間のいる地に向かうだろう。一匹で長距離を飛ぶのはこの齢の竜には厳しいかもしれぬが、もし途中で力尽きたとしても、それもまた自然というものだ」

「ホホッ!!」

 毛玉ちゃんがラトに抗議をするように短く鳴いた。

「そうだな、いつか旅立つ日が来るなら、その日までにちゃんと怪我を治して、ご飯もいっぱい食べて体力を付けて、長旅に備えような?」

「ビエェ?」

 俺達の会話を理解しているのかしていないのか、口の周りをミルクでびちゃびちゃにした灰色ちゃんが、顔を上げて首を傾げる。

 首の傾げ方が若干毛玉ちゃんに似ているような気がするが、シルキードラゴンの首はフクロウほど曲がらないと思うからやめるんだ。









「グランさんの家族はどんな方なんですか?」

 夕食の後、リビングの床に座り込んで毛玉ちゃんのブラッシングをしていると、隣で灰色ちゃんを膝の上に乗せてブラシをかけているジュストに聞かれた。

「あ、それ俺も聞きたい。グランって自分の事ほとんど話さないし」

 ラトと一緒にソファーで酒を飲んでいたアベルがこちらを振り返る。

 いや、そんな事ないと思うけど? それに俺の家族なんて一般的平民農家で、話しても何の面白みもないし。

「そんな事を言われても普通の田舎の農家だよ。兄弟はめちゃくちゃ多い、もしかしたら帰ってないうちに、俺の知らない兄弟が増えているかもしれないな」

 そういえば冒険者になってから、全く実家には帰っていないな。冗談抜きで知らない兄弟が増えていそうだ。

 いや、兄弟多すぎて俺の事なんて忘れられていそうだな。


 豊かではない小さな山村の生活では、子供の死亡率は高い。

 また山奥の為、魔物も多く、山に入った大人達が戻って来ない事は、俺が村にいた頃にも度々あった。

 そんな事情もあって、俺が生まれた村では、皆兄弟が多く幼なじみともいえる友人も多かった。

 それも、俺が村を出る頃には半数くらいに減っていた気がする。

 流行病があれば子供はすぐに死ぬ。俺の上の兄弟も何人かは、俺が生まれる前や子供の頃にすでに亡くなっていた。

 俺と同じように村を出る者も多く、その大半はその後ほとんど音沙汰がない。


「グランの故郷って王国の南東部だっけ?」

「ああ、うん。ここからだと、オルタ辺境伯領から一度南に行って、山岳地帯を迂回して北西に行った辺りかな」

 ピエモンと直線距離では遠くないが、南には高い山々が連なっており、更にその先の荒野を越えないといけない為、そのルートよりも街道を通って迂回して行く方が安全である。

「あの辺りって山も険しいけど、山の麓に荒野があるよね。グランって子供の頃、そこ超えて一人で王都まで来たんだよね? やっぱ、その頃から普通じゃなかったんだ」

 普通じゃないってどういう事だよ!?

「荒野はあるけど、そこは迂回して綺麗な道を通って王都まで行ったよ。乗合馬車があるなんて知らなかったし、当時は金をあんまり持っていなかったからほぼ徒歩だったけど」

 村を出て近くの町で王都までの道を教えてもらって、整備された街道がある事を知れたので、荒野を突っ切る事はなかったが、乗合馬車というものがある事は、王都付近まで行って初めて知った。

「あの距離を子供の足で歩いたのがすでに普通じゃないよね? グランと会った頃は世間知らずすぎてびっくりしたよね」

「うるせぇ。山奥の村引きこもりの子供舐めんな」


 隔離されたような環境の山奥の村で育ち、時々親に連れられて行った山を下りた所にある小さな町ですら、当時の俺にとっては大きな町だった。

 そんな環境で育ったから世間知らずでも当然だろ!?

 ただ、村には小さな教会があって、そこの神父やシスターが読み書きや、簡単な計算や村の外の事を教えてくれていたのは助かった。

 そのシスターに、冒険者という生き方もあると教えてもらったんだよな。

 今思えば、あんな田舎に似つかわしくない、若くて綺麗なシスターだったな。今でも元気にしているかな。

 家族の事も少し気になるし、そのうち里帰りするかー。

 でも、遠いんだよなぁ……。ワンダーラプターで走っても片道十日以上かかりそうだ。


 この後、冒険者になった頃の俺の黒歴史をアベルにバラされまくった。

 うるせぇ、あの頃は知らない事も多かったし、若さ故にノリと勢いで何とかなると思っていた事が多かったんだよ!!



 家族か。

 兄弟が多く、裕福とはいえない農家で、両親も上の兄弟達も毎日忙しく働いていた為、歳の近い兄弟に面倒を見られていた。

 そのせいで、歳の近い兄弟以外は家族といっても、かなり淡泊な感情しかない。

 かれこれ七年近く戻っていないのだよなぁ……。

 疎遠になっているが、血の繋がった親兄弟だし、時間がある時に一度顔を見せようかな。

 ……時間がある時にな。

 スローライフは忙しいから仕方ない。


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