第267話◆竜という生き物

「うむ、これは間違いなくシルキードラゴンの子供だな。渡りの季節だから、群からはぐれたのだろう」

 夕方戻って来たラトに灰色ちゃんを見せると、予想通りの答えが返ってきた。


 大きめの籠に柔らかい布と毛布を敷き詰めて、灰色ちゃんはその中でスヤスヤと眠っている。

 時々目を覚ました時に水と一緒に、茹でたロック鳥のササミをすり潰した物や、すり潰した果物を与えている。

 俺の記憶が正しければ、シルキードラゴンは雑食だったはずだ。


「シルキードラゴンは毎年この時期に、森の上空を飛んで北の山脈の方へ行きますわ」

「秋になると今度は北の山脈から、森の上を飛んで南の方へ移動して行くのよ」

「森のすごく奥の方に、シルキードラゴン達の休憩場所がありますよぉ。そこに行く途中ではぐれたのかも知れませんねぇ」

 戻って来た三姉妹達も、興味津々ですやすやと眠っている灰色ちゃんを見ている。


「ドラゴンの子供ですか? ドラゴンって爬虫類みたいな鱗のイメージでしたが、もこもこふわふわで羽の生えた子犬みたいで可愛いですねー」

「シルキードラゴンは鱗の上にふわふわの体毛が生えているドラゴンなんだ。翼も鳥の翼みたいなんだ」

 確かにジュストの言う通り、シルキードラゴンの子供はもこもこふわふわの毛の塊から、四本の短い足が生えていて犬の子供のようだ。


「で、グラン、そのシルキードラゴンの子供どうするつもりなの? シルキードラゴンの生態はよく知らないけど、もし親が取り戻しに来たら、流石に巨大なドラゴンの前には魔物避けの結界なんて意味がないし、迎えに来なかったとしても、ドラゴンなんて大きくなるから、ずっと家に置いておくのは難しいよ」

「お、おう。わかってるよ、でもこのまま森に戻すわけにもいかないし、とりあえず元気になるまで面倒を見て、その間にどうするか考えるかな」

 問題解決を先延ばしにしただけだが、このまま放り出すわけにもいかないので仕方ない。

 親に迎えに来て欲しいところだが、できれば穏便に迎えに来て欲しい。


「親が迎えに来る可能性は半々だな。シルキードラゴンは家族の絆は強いが、厳しい自然の弱肉強食の中で生きる生き物だ。毎年二回の長旅について来る事のできない弱者は、見捨てて行く事もある。この子供が途中で脱落して見捨てられたのなら、迎えは来ないだろうな」

「こんな小さな子供でも、自力で長距離を飛ぶのか」

 大型のドラゴンの子供だけあって、大きめの鳥くらいのサイズはあるが、まだまだもこもこの産毛で翼も大きくない。

「子供とは言ってもドラゴンの子供だから、普通の渡り鳥なんかよりずっと強いし体力もあるわ」

「小さな子供は群に守られながら親や先に生まれた兄弟が、補助しながら移動しているはずですよぉ」

「それでも落ちてしまったという事は、何か事情があったか、脱落してしまったという事で、置いて行かれる事もありますわ」

「竜とは強い生き物だ。いや、強くなければならない生き物だ。それ故に幼くとも、長旅では自分の翼で親と共に飛ぶ事を求められる。無論、仲間の助けはあるが、その中で子は親に従い自力で付いて行かなければならない。強い種族が強く在る故に必要な事なのだ」

 移動についていけなくて脱落してしまうのは、自然の世界なら仕方ない事なのだろうが、もしそれで家族に見捨てられたと思うと、勝手な人間の価値観で可哀想に思ってしまう。

 毛玉ちゃんが拾ってこなければ、命を落としていただろう。


「ホー……」

 いつもは夜になると森へ帰って行く毛玉ちゃんは、今日は灰色ちゃんの籠の傍でずっと灰色ちゃんを見ている。

 親に捨てられた人間の赤ん坊と、巣から落ちたフクロウの雛が融合して生まれた毛玉ちゃんには、この子の置かれている状況に思うところがあるのかもしれない。

「毛玉ちゃんも一緒にご飯を食べようか。その後は、泊まって行くかい? そうだな、毛玉ちゃんが灰色ちゃんに付いていてくれると、俺も助かるし、灰色ちゃんも安心するかもな」

「ホッ!? ホッホッホーッ!」

 毛玉ちゃんがずっと灰色ちゃんに張り付いているので、一度休憩をさせてやりたい。

 今夜はうちにお泊まりかな?

 灰色ちゃんの横に毛玉ちゃん用の籠を並べておこう。










「ホッホー」

「ピャッ?」

「ホホッ?」

「ピャアアア」

 翌日、少し元気になった灰色ちゃんと毛玉ちゃんが、リビングの日当たりの良い場所でひなたぼっこをしながら、何か会話のようなやりとりをしている。

 全く違う種族だが、この会話は成り立っているのだろうか?

 何を話しているのかは、俺にはさっぱりわからない。


 一晩明けて、灰色ちゃんは少し元気になって、気持ちも落ち着いたのか、今朝はロック鳥のササミをガツガツとたくさん食べた。

 食欲があるのはいい事だけど、いっきに食べ過ぎるとお腹がびっくりしそうだから、ほどほどにだな。

 まだポーションや回復魔法を使うのは怖いので、傷口には化膿止めの軟膏を塗って様子見。

 翼の怪我以外にもあちこち怪我をしているので、傷口付近を触られるのをイヤイヤする灰色ちゃんと、格闘しながらの作業だ。

 昨日より随分元気になったようなので、ひとまず安心かな?


 傷の手当てをする時、傷口周辺を触る為か、俺の事は少し警戒しているようだが、餌は食べてくれるのでご飯をくれる人と認識されていそうだ。

 一方、一晩ずっと横にいた毛玉ちゃんにはすっかり懐いてしまったらしく、朝からずっと毛玉ちゃんにべったりだ。

 昨夜は灰色ちゃんが気になって、夜中に何度か籠を置いているリビングの様子を見に来たが、毛玉ちゃんが寄り添うように一緒に寝ていたので、灰色ちゃんの看病は毛玉ちゃんに任せてもよさそうだ。

 俺もあのふわふわもこもこをもっと触ってみたいのだが、警戒されているので今は諦めよう。

 もう少し元気になったら、綺麗に洗ってやるかな。間違いなく、めちゃめちゃふわふわになって、触り心地が良さそうだな。


「毛玉ちゃんも会った時は黒い毛玉みたいだったし、兄弟みたいだね」

 今日もリビングで本を広げているアベルが、作業の手を止めて毛玉ちゃん達を見て言った。

「ホッ!」

 それが聞こえたのか、毛玉ちゃんがアベルの方を見て胸を張る。

 可愛いな、おい。

「ふふふ、弟ができた気分なのかい? でもお兄ちゃんなら、あんまり弟を構い過ぎると鬱陶しがられるから、気を付けるんだよ」

「ホホッ!?」

 アベルの言葉に毛玉ちゃんがハッとした表情になって、灰色ちゃんの方を見た。

 おい、アベル!?

「でもねぇ、チビちゃんは親と離れて寂しいのかなぁ。だったら、お兄ちゃんがチビちゃんを守ってあげないとねー。お兄ちゃんは家族だからね」

「ホッホッホッ!!」

 アベルの言葉を理解したのか、毛玉ちゃんのテンションが妙に高くなった。

 そして、鼻歌でも歌い出しそうな勢いで体を揺らしながら、灰色ちゃんの毛繕いを始めた。


「あーあ、めちゃくちゃ張り切っちゃった」

「まぁ、灰色ちゃんはまだちっちゃいし、家族とはぐれて不安だろうし、毛玉ちゃんが付いててくれるなら、その方が安心するんじゃないかな?」

「そうだねぇ。チビちゃんは毛玉ちゃんに任せて、俺達は親を探すか、親が見つからなかった時にどうするか考えておく方がよさそうだね」

「だなぁ……。シルキードラゴンの休憩地かー、ラトか三姉妹に聞いてみるしかないよな」


 町から多少離れているが、それでも人間の生活圏が近いこの場所で、将来巨大になる事がわかっているドラゴンを飼うわけにはいかない。

 親に返すか、一人で飛べるまで面倒を見て自然に帰すかである。

 毛玉ちゃんがとても楽しそうに灰色ちゃんの世話をしているのを見ると、引き離すのは可哀想なのだが、こんな人間の町に近い場所にシルキードラゴンを留めるのは、灰色ちゃんにとってもよくない。

 シルキードラゴンの成獣は、その美しい毛並みから毛皮を狙う者がいる。毛皮以外にも大型のドラゴンの素材は高額で取り引きされる。

 こんな小さくて可愛い子供なら、見世物や愛玩用として欲しがる者もいるだろうし、ドラゴンなら欲しがる魔物使いも多い。


 ここは灰色ちゃんにとって、安全と言える場所ではないのだ。


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