第271話◆兄弟の絆

 仲間達が北へ向かったのが見え、灰色ちゃんの高度がゆっくりと下がり始めた。

「ホッホッ!!」

 灰色ちゃんをずっと見守っていた毛玉ちゃんが俺の肩から飛び立って、灰色ちゃんの方へと一直線に飛んで行く。

 灰色ちゃんのところまで飛んで行った毛玉ちゃんが、灰色ちゃんを先導するように上空へと昇って行く。何度も灰色ちゃんを振り返りながら。

 まだ、シルキードラゴン達の姿は見えている。一番後ろの小柄なシルキードラゴンは、しきりに後ろを振り返っているようだ。

 まだ、間に合う。

 空を飛べない俺は下から応援する事しかできないのがもどかしい。


 毛玉ちゃんに促された、灰色ちゃんが再び少しずつ上へと昇り始めた。

 よっし! いいぞ、がんばれ!!

 少し気がかりなのは、シルキードラゴン達のいる高さは、普段毛玉ちゃんが飛んでいる高さよりずっと高い場所だ。

 毛玉ちゃんはどこまで昇る事ができるのだろう。そして、そんな位置まで行って大丈夫なのだろうか。

「危なくなったら俺が回収するよ。見えてる範囲なら回収できる」

 俺の考えている事がわかったのか、アベルがいつでも空間魔法を発動できるように、じっと毛玉ちゃんの方に視線を向けている。


 上空は風が強いようで、普段よりずっと高い位置にいる毛玉ちゃんの体が、グラグラしているように見える。

「ふむ、フクロウの翼ではあの辺りが限界だろう」

 ラトが目を細めて空を見上げて言った。

 かなり上空まで昇り、毛玉ちゃんも灰色ちゃんも、点のようになっていた。身体強化を使えば視力も上がるので、ただ地上で立っているだけなのに、身体強化を発動して目を凝らす。

 流石に限界なのか、毛玉ちゃんが上昇を諦め、灰色ちゃんに上に行くよう促しているように見える。

 灰色ちゃんが戸惑うように、上昇を始めたその時、上空で強い風が吹いたのか、二匹が煽られて散けた。


 その直後、白く長い陰が灰色ちゃんに一直線に飛んで来て寄り添った。風に煽られた毛玉ちゃんもすぐに体勢を立て直しているのが見えた。

 灰色ちゃんに寄り添っているのは、最後まで残っていた小柄なシルキードラゴンだ。

 小柄なシルキードラゴンが何か灰色ちゃんに語り掛けるような仕草をした後、二匹揃って毛玉ちゃんの方を振り返った。

 彼らの間で何か会話があったのかは俺にはわからないが、その直後小柄なシルキードラゴンと灰色ちゃんが一緒に、高い位置までいっきに舞い上がって行ったのが見え、ホッと胸をなで下ろす。


「先頭を行く親に逆らって、兄弟が助けに来たのか。群に合流できたならもう大丈夫だろう。大きさからして一番近い兄弟と見えるな。しかしこれは、あの兄は、後で親に説教を貰うかもしれないな」

 ラトが目を細めて、飛び去るシルキードラゴンの兄弟の姿を見送っている。

 どんどんと遠ざかるシルキードラゴン達の姿を、全員が黙って見つめていた。


 兄らしきシルキードラゴンに寄り添われ、群の方へと飛んで行った小さな灰色ちゃんは、ついに身体強化後の視力でも見えなくなってしまった。

「先に飛んで行ったのは、お父様の檄だったのかしら?」

「灰色ちゃんとあのお兄様は、後でお父様にお説教されるのかしら? 厳しそうなお父様でしたわ」

「お父さんもお母さんも心配だから迎えに来たのですから、きっと大丈夫ですよぉ。自然は厳しいですけど、親子は親子ですよぉ」


 力が足りない者が置いて行かれるのは自然の中では仕方のない事なのだろう。

 群で行動するなら、一匹が足を引っ張れば、群全体の存続も危うくなる事もあるはずだ。

 仲間の場所まで昇って来られない者を諦め、仲間を優先した群のリーダーの判断は、自然の中では仕方のない事なのだろう。それでも兄弟を最後まで見捨てなかった、若いシルキードラゴン。

 灰色ちゃんには頼もしいお兄ちゃんがいるようで安心した。

 この先の旅路、灰色ちゃん達が無事に目的地に到着する事を祈るばかりだ。


「優しいお兄ちゃんがいてよかったですねぇ」

「そうだねぇ、親に逆らっても助けてくれる兄弟がいるって、心強い事だね」

 アベルがパチンと指を鳴らす。

「ホッ!?」

「お帰り、毛玉ちゃん。ご苦労様」

 アベルが空間魔法で引き寄せられて目の前に現れた毛玉ちゃんに、ねぎらいの言葉を掛ける。

「毛玉ちゃんは立派なお兄ちゃんだったね」

「ホッホッホーッ!!」

 アベルにそう言われ、毛玉ちゃんはパタパタと羽ばたいて嬉しそうに返事をして、アベルの肩にとまった。

 アベルが動物に好かれているとか、ものすごく珍しいものを見たぞ!?


「ホホォー」

 しかし、せっかくできた弟分が旅立ってしまって少し寂しいのか、灰色ちゃん達が飛んで行った北の空を、毛玉ちゃんはずっと見つめていた。

「また、秋になるとこの上を飛んで行くかもしれないなぁ。その時に会えるといいな」

 通り過ぎるだけかもしれないけれど、姿を見る事ができるかもしれない。

 ほんの数日間だけだったが、毛玉ちゃんは灰色ちゃんの立派な兄役だった。


 シルキードラゴン達の姿が見えなくなった空を見上げる。

 快晴の春の空の下、遠くに鳥の群が見える。

 あれも渡り鳥だろうか。

 心地の良い暖かな風に吹かれながら、遠くの鳥の群を見送る。

「おお、あれを見ろ。シルフの嫁入りだ」

 ラトが指差した先には、どこから飛んで来たのか、白やピンクの花弁が森の上を舞っていた。

「風の精霊さんが、森に引っ越して来たみたいですねぇ」

「今年は天候に恵まれそうですわ」

「怒らせたら嵐が来るかもしれないわよ」

 三姉妹達がクスクスと笑った。

 精霊もまた、季節の変わり目にこうして住み処を変える事があるという。

 シルフの嫁入りも、その現象の一つである。

 シルフの嫁入りがあった地は、その年の天候に恵まれると言う。


 たくさんの者が渡るこの季節、灰色ちゃん達の旅路に幸がある事を願う。








 この後、毎年春と秋に、うちの門の前に遠くの地の物が、こっそりと置かれるようになった。



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