第265話◆渡りの季節

 季節が変わるこの時期、空を見上げれば渡り鳥の姿をよく目にする。

 渡っているのは鳥だけではない、魔物や妖精や獣人にも季節によって長距離を移動する種が存在する。

 生きている者だけではない、アンデッドの中にも渡り鳥のように、季節で大移動をするものがいる。


 気持ちよく晴れ上がった日の午前、ふと空を見ると、白い鳥のような生き物が数匹纏まって、北へと飛んでいるのが目に入った。

 渡り鳥かと思ったが、よく見ると尻尾が長い。その形状からして、フェザードラゴンの一種だろうか。

 大型のドラゴンは、その大きさ故、遠目だと遠近感が狂ってしまう。地上からは野鳥ほどの大きさに見えるが、普通の鳥よりも遙か上空を飛んでいる大型のドラゴンだろう。

 白い鳥のような姿と言えば、シルキードラゴンだろうか。纏まって飛んでいるという事は、家族で越冬地から北へと移動中なのだろうか。


 シルキードラゴンは四足歩行の獣のような体に、美しい光沢の白いフサフサの長い体毛と、鳥のような翼を持つ上級の竜種で、季節で住み処を変える渡りドラゴンだ。

 性格は比較的大人しく、縄張りに踏み込んだり、攻撃をしたりしなければ積極的に襲って来る事は滅多にない。森や山の奥地に棲息している為、あまり目にする事もなく、こちらから探しに行かなければ、渡りの季節にこうして目にするくらいだ。

 時折、その美しい毛皮に目がくらむ愚か者もいるが、ドラゴンの仲間なので成体の強さはAランク以上で、Sランクを超える個体もいる為、並の者では生きて帰って来る事はできない。

 そんな生き物が複数で纏まって飛んでいるのだ、いくら高級素材だとしても絶対に手を出してはないけない。うっかり手を出してしまうと、周辺が焦土にされてしまいそうだ。

 まぁ、彼らが飛んでいるのは普通の人間が手を出せるような高さではないので、そんな事が起こる心配はないはずだ。

 北へと飛んで行くシルキードラゴン一家らしき渡りドラゴンの姿を、家の庭からしばらく眺めた後、俺は薬草採りに森へと向かった。



「ホッホッホーッ!!」

 家の門を出て森へと続く道を歩いていると、フクロウの鳴き声が聞こえたので振り返ると、ピエモンの方角から飛んで来る毛玉ちゃんの姿が見えた。

「おかえり、毛玉ちゃん。今日もジュストを町まで送って行ってくれたのかい? ありがとう」

「ホッホーッ!」

 声を掛けると、毛玉ちゃんは俺の肩の上にとまって、誇らしげに胸を張った。

 毛玉ちゃんは、自分より後にうちに来たジュストや騎獣達を弟分のように思っているのか、ジュストがピエモンに行く時は町の近くまで見送りに行ったり、三姉妹と騎獣達が森に行く時は一緒に行ったりしている。

 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。

 ものすごく可愛いし、ジュストを送ってくれたお駄賃も兼ねて、マフィンを一つ渡す。

 毛玉ちゃんは、すっかりでっかいフクロウの姿になったが、相変わらず甘いおやつが大好きである。その辺、すごく妖精っぽい。


「今日は森にバーデの木を探し行くんだ。案内してくれるかい?」

「ホッホッホッ!」

 森に棲んでいる毛玉ちゃんは、とても森に詳しい。何か欲しい物があれば、毛玉ちゃんに聞いてみると案内をしてくれる。

 見た目もすっかり立派なフクロウになったのもあって、森の賢者感が半端ない。


 バーデの木は、葉も花も実も樹皮も全てポーションや薬の材料になる、優秀な植物だ。

 丁度この時期が新しい葉が出て、花も咲き始める時期だ。

 葉はヒーリングハイポーションに、花はお茶に、皮は軟膏や入浴剤になる。実はもうすこし先の時期だが、こちらもヒーリングハイポーションにもなるし、酒に漬けても果実酒にしてもいい。

 森の日当たりの良い場所によく生えているので、今日はこれを探しに行く予定だ。

 今日の本命はバーデの木だが、春は薬草や山菜の多い季節。バーデ以外で役に立ちそうな物があれば、回収をしておく。


 随分と春らしくなった暖かな日だが、今日は北からの風が少々強く、やや冷たさを帯びている。

 だが、日当たりの良い場所で動き回れば汗ばむような陽気の中、そのひんやりとした風は心地よさもある。

 その冷たい風に吹かれて散った花びらがチラチラと落ちてくる森の道を、少しわくわくした気持ちで森の奥へと進んで行く。

 この地に越してきて、すっかり歩き慣れた森の中だが、季節でコロコロと変わるその表情は、まだまだ知らない面が多く今でも新しい発見も多い。


 花が咲く前のヤーロ草。

 春から初夏に掛けて身近な場所によく生えており、白い小さな花を付ける。

 開花前の若い葉は、ヒーリングポーションの材料になる。効果はやや低めだが、手に入りやすい為コスパもよく、他の素材と合わせて効果を底上げすれば問題ないので、お気に入りの薬草の一つである。

 パッセロ商店に納品しているヒーリングポーションには、だいたいこのヤーロ草を使っている。


 木の陰になる場所にはルーブ草。

 この薬草の茎はポーションにすると、強烈な下剤になる薬草だが、そのままだと消化を促進してお腹の調子を整える効果がある

 匂いと酸味が独特なので、砂糖を加えてジャムにすると食べやすい。

 肉ばかり食っているアベルの為に、ルーブ草のジャムをたくさん作っておくか。

 葉っぱには弱い毒があり、殺虫剤になるので茎と葉を回収。そしてこの葉っぱ、金属の錆取りにも使えて優秀である。


 うわ、あちらの日なたにあるのは羊草だ。

 少しモコモコした葉っぱで手触りがいいのだが、羊草のポーションはリラックス効果が非常に強く、思考力が低下してしまい、命令された事に素直に従ってしまうようになる。その為、洗脳や催眠術に用いられる事のある、物騒な薬草だ。

 この薬草で作ったポーションを飲むと、羊のように従順になるという意味から羊草らしい。

 うむ、一応持って帰っておこう。使う予定はないが念のためだ。


 森の中の湖の少し手前の木の陰にはイエール草。

 こいつは若葉が柔らかくて食べやすいし、体力回復ポーションの材料になる。

 成長が早いので、摘んでも摘んでも次々と葉が出てくるという、とてもお得感のある薬草だ。

 根っこも乾燥させてお茶にしてもいいし、灰汁抜きをすれば料理にも使える。

 イエール草は今夜のおかずかな?


「ホッホッホッホッ」

 道草を摘みつつ、毛玉ちゃんに先導されて森の中を進み、湖が見える場所までやって来た。

 そういえば、ラトと初めて会ったのもこの湖だったな。

 あの時はユニコーンの角が手に入って旨かったな。そういえば、ラトに貰った角もまだ収納の中に入ったままで、使っていないな。

 当時は少しでっかいシャモアだと思っていたけれど、今思えばあの角ヤバイ奴では?

 いや、深く考えないでおこう。

 そうだ、今はバーデの木だ。


「ホッホーッ」

 毛玉ちゃんに先導されるがまま、湖を通り過ぎ更に森の奥へ。

 そういえば、湖から奥はあまり行った事がないな。

 湖でユニコーンなんていうBランクの魔物がいたから、奥には更に強い魔物がいるかもな。

 隔離された場所で特殊な事案だったが、ニーズヘッグみたいなとんでもない魔物までいたし、気を付けよう。

 毛玉ちゃんがいるおかげか、気配はするがここまでほとんど魔物の姿を見ていない。


 湖を通り過ぎ、しばらく進んだ先の少し森が開けた日当たりの良い場所で、緑の葉を茂らせ、その葉の隙間に白い小さな花を密集して咲かせている木を見つけた。

「お、バーデの木だ。さっすが毛玉ちゃん、物知りだね。案内ありがとう」

「ホッホッ!!」

 俺を先導してくれた毛玉ちゃんが、バーデの木の枝にとまり、誇らしげに胸を張る。

「俺はしばらく収穫をしているから、毛玉ちゃんはこれでも食べて、のんびりしておいで」

「ホホッ!」

 お礼を兼ねたクッキーの袋を差し出すと、毛玉ちゃんは木から下りて来て、クッキーの袋を足で掴んで、森の方へ向かって飛んで行った。

 俺が収穫している間、遊んで来るのかな?

「お昼ご飯はお弁当があるから、太陽がてっぺんに来る頃に戻っておいで」

「ホッホーッ!」

 元気良く返事をして森の中へと飛んで行った毛玉ちゃんを見送って、俺はバーデの収穫作業を開始した。


 バーデって確か挿し木で増やせるんだっけ?

 使い道の多い素材だし、枝をいただいて帰って日当たりの良い場所に植えておくか。

 枝を斜めに切って収納の中にしまっておく。

 使い道が最も多い葉は多めに摘んで持って帰る。

 花はお茶になるので回収するが、後に実になるので採りすぎない程度に回収。

 樹皮は剥がしすぎると木が枯れてしまうので、必要分だけにしておこう。

 少し太めの枝を持って帰って、キルシェの為の短杖でも作ってみようかな。

 付近にも何本かバーデの木が生えていたので、一つの木から採りすぎない程度に回収したら、他の木へ移る。


 高い場所の花や葉を回収する為に木に登っていると、天気が良く暖かい事もあって少し汗ばんでくる。

 時々吹き抜ける爽やかな春の風が、非常に心地よい。

 あー、このまま日なたで昼寝したくなるな。

 いやいや、さすがに魔物がいる森の中で昼寝はしないけれど、ここで昼寝したら気持ちいいのだろうな。


 そうこうしているうちに、陽が高い位置まで来ていた。

 そろそろ、昼ご飯の時間かな?

 毛玉ちゃんは戻って来るかな?


「ホッホッホッホッホーッ!!」

 森の方から妙にテンションの高い毛玉ちゃんの鳴き声が聞こえて、黒い大きなフクロウの姿が見えた。

 お昼ご飯を察知して戻って来たようだ。

「ピャー……」

 え? ピャー?

 毛玉ちゃんの鳴き声と一緒に、か細くて高い鳴き声が聞こえた気がした。


 よく見ると、毛玉ちゃんより二回りくらい小さい灰色の毛玉を、毛玉ちゃんが足で掴んでいる。

 え? 毛玉二号? もしかしてお土産!?


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