第264話◆もっちもち食感
おやつタイムの後、ふと思い出してこっそり逃げようとしたら、アベルに勘付かれチリパーハの会話タイムを一時間ほど。
お前はどうして、他の国の本を母国語に翻訳しながら、それらとは別の国言葉で会話できるんだ!?
最近ではチリパーハ語の会話タイムに、三姉妹も加わるようになり仲間が増えたと思ったのは束の間、ウルとクルは上達早くないか!?
ヴェルは語学は苦手なようで、俺と一緒に苦戦しているので、勝手に仲間意識を持っている。
彼女達は森から出る事がないと言っていたけれど、チリパーハ語を使う事があるのだろうか。
せっかくおやつを食べたのに、頭を使ったらまたお腹が減った気がする。
チリパーハ会話タイムが終わって少しのんびりしたら、夕飯の支度に取りかかる時間だ。
今日の食材は、昨日フラワードラゴンの花園で手に入れた、ローパーの触手。
夕飯はそのローパーの触手を使った料理だ。
ローパーの触手はそのままだと生臭く毒も残っているので、食べる為にはしっかりと下処理をしなければならない。
フラワードラゴンの花園で手に入れた小型のローパーの触手は、帰宅後すぐに、エンシェントトレントを燃やした灰を溶いた水の上澄みに一晩漬けておいた。
一晩置いたそれを朝一で、エンシェントトレントの灰水から取り出して水分を拭き取った後、塩をたっぷりと振りかけてひたすら揉む。
今回は試しにサルサル塩原で手に入れた、サルサルラゴラをすりおろしたものを使ってみた。塩分たっぷりなので問題ないはずだ。
しっかり揉んだ後は、新しくすりおろしたサルサルラゴラの中に漬けて半日放置。
夕方も近くなった頃、放置していたローパーの触手の様子を見ると、手に入れた時は茶色くて汚い色だったローパーの触手だが、処理が終わる頃にはふんわりした黄土色になっていた。
鑑定してみると問題なく抜けたようだ。
これをしっかり水で洗い流し、今日使う分は二センチ程の長さに切り、たっぷりの湯に塩を少々入れて茹でる。
「よし、毒も抜けたし臭味もない。食感ももちもちした歯ごたえがあって、良い感じだな」
茹で上がったローパーの触手を一つ摘まんで味見をしてみた。
毒抜きでサルサルラゴラを大量に使ったので、塩味が利いていてこのままでも十分食べる事ができる。つまり、問題ない仕上がり、下処理は大成功である。
最初に取りかかるのは、一番時間のかかるグラタンから。
ローパーの触手以外に、キノコとコットリッチの肉を使う。
怪鳥コットリッチの肉は、ロック鳥の肉に比べ味がはっきりしており、非常にジューシーな為、唐揚げやチキンステーキ向きである。グラタンもコイツの肉を使う。
肉は一口大より更に小さめに、キノコはスライス、タマネギはみじん切りに。
深めのフライパンにバターたっぷりでタマネギのみじん切りを半透明になるまで炒めたら、コットリッチのモモ肉とキノコを加える。
肉の表面の色がかわってきたら、小麦粉を加えて焦がさないように具材と馴染ませる。
具材と小麦粉が馴染んだら、ミルクを数回に分けて加えながらトロトロになるまで、ゆっくり丁寧にかき混ぜる。
ここで油断して焦がすと見た目も味も悪くなるから、グラタン作りはこの作業が一番神経を使う。
トロトロになったら短く切ったローパーの触手を入れて塩を少々振って、グラタン皿に分け最後にチーズをたっぷり載せて魔導オーブンへ。
人数分より一つ多く、小さめのグラタンも作る。
これは、時々台所に現れる妖精君用だ。
姿を見かける事は滅多にないのだが、俺達が寝ている夜の間にこっそりと台所の片付けや掃除をしてくれていて非常に助かっている。
夕飯の時にお裾分けを置いておくと、朝になるとなくなっているので、きっと片付けるついでに食べて行っているのだろう。
その時の食器も毎回綺麗に洗って伏せてあるので、すごくいい妖精さんだ。
おそらく以前、獣舎を作る時にトンボ羽君が連れて来た妖精のうちの一匹は、この台所妖精君だ。
この台所妖精君の為に、お裾分けは毎日忘れずに置いている。
グラタンを焼いている間に、今日使わなかった分のローパーの触手を水洗いして収納に入れておこう。
あー、くそ、オーブンからチーズの焼ける良い匂いがして腹が減ってきたぞ。
「グランー、チーズの焼ける良い匂いがするから、お腹空いてきちゃった。今日の夕飯なに……うわああああああああ……見るんじゃなかった」
ローパーの触手を水洗いした桶からビローンと持ち上げたところで、アベルがフラリと台所にやって来た。
そして、この反応。
元の色に比べたら食べ物っぽい色にはなっているが、ローパーの触手である。長いまま纏めると、なかなかエグい見た目をしている。
「今日のメインはローパーのグラタンかな。もう少し時間がかかるから、待っててくれ。ジュストとラトは、まだ帰って来てないよな?」
「う、うん、まだ戻って来てないよ。良い匂いがするからのぞきに来ただけど、ローパーの触手を見たら夕飯まで我慢できる気がしてきたよ。ローパーの触手は小さく切ってあると平気だし、美味しいけど、長いままだとね……出来上がるまで食堂で待ってるよ」
さてはコイツ、つまみ食いに来たな?
長いままのローパーの触手を見て、つまみ食いを諦めたアベルがそそくさと台所を出て行った。
おっと、手が止まってしまった。
使わないローパーの触手を収納に投げ込んで、料理を再開。
おやつでも食べたが、夕飯にもリュフシーを使う。
みじん切りにしたタマネギとベーコンを炒めて、灰汁抜きの終わったリュフシーの地下茎をすりおろしたものと、ミルクを足してコトコトと煮る。
キノコと短く切ったローパーの触手も足して、リュフコンとローパーの触手のトロトロポタージュだ。
最後にパラパラと刻みパセリを散らして完成。
更にサラダ。
トレントの根とニンジンを細切りにして湯がいて、ローパーの触手と一緒にマヨネーズで和える。
ニンジンは入れなくてもよかったのだが、色が寂しいかなって思ってな?
少しだけだから、アベルには我慢してもらおう。
ついでに、今夜の酒のつまみも作っておくか。
ボウルの中にはサラマンダーの挽き肉。塩コショウとナッツメグを少々。
しっかり捏ねて、十センチくらいに切ったリュフコンをその中にブスッ刺す。
穴だらけのリュフコンの、その穴の中に捏ねた挽き肉が入るようにグリグリとする。この作業無駄に楽しい。
穴の上まで肉が入ったらそれを一センチくらいの幅に切って、両面に片栗粉をまぶして砂糖醤油味で焼いたら完成。
香ばしい砂糖醤油の香りでいっきに腹が減ってくる。このタイミングでアベルが来たら、つまみ食いされていたな。
どうせラトがたくさん食べそうだし多めに作っておこう。余りそうなら明日のジュストの弁当に入れてしまえ。
料理も出来上がり、ラトとジュストが帰って全員揃ったら、ディナータイムだ。
テーブルに今日のメインディッシュのグラタンを並べると、香ばしく焼けたチーズのいい匂いが食堂にひろがった。
「む、非常に食欲をそそる香りだが、ローパーだと……? 人間とはそんなものまで食べるのか」
ものすごく長生きしていそうなラトだが、ローパーの触手は食べた事がないようだ。
「ローパーって昨日倒した触手がいっぱいのアレですよね? それと、ウーモさんに作ってもらった籠手に使ってある素材」
ジュストもローパーと聞いて驚いた顔をしている。
「昨日倒した、ちっこい方のローパーだな。大きくなるとそうでもないが、ちっこいローパーの触手は美味いんだ」
「そのままだと見た目は気持ち悪いけど、料理すると意外と美味しいんだよね」
そんな事を言っているが、アベルもさっき台所に来て長いままのローパーの触手を見て、引いていたじゃないか。
「グラタンは熱いから火傷に気を付けて食べてくれ」
「わたくし、ローパーは初めて食べますわ」
「初めて食べるけど、これは案外いけるわね。生臭くもないし、苦くもないし、ちょっと歯ごたえのある食感が癖になりそうだわ」
「ふあぁ……熱いですけど、中のトロトロソースとチーズが、具材に絡んで美味しいですぅ」
三姉妹はなんとなくグラタンが好きそうだなぁと思っていたが、予想通り気に入ってくれたようでよかった。
「やっぱローパーの触手はグラタンだよね。この触手の歯ごたえがたまらない」
ローパーグラタンはアベルの好物の一つだ。
「ホントだ。あのローパーから想像もできないくらい食べやすい。一緒に入っている肉が鶏っぽいのに肉の味がしっかりしててすごく口の中に味が残る」
コットリッチのモモ肉の事かな。
「ふむ、確かにこの食感はいいな。こちらのスープとサラダにも入っているのか。おお、サラダの方はマヨネーズとローパーの触手の組み合わせが非常に良いな。それにこのトレントの根のシャキシャキ感、一口で全く違う食感が楽しめる」
ラトはトレントの根とローパーの触手のマヨネーズ和えが気に入ったようだ。
皆の食事風景を見ながら自分もグラタンを口に運ぶ。
熱々のホワイトソースの上のたっぷりチーズがトロリと溶けて、程よく付いた焦げ目がパリッとした食感はチーズグラタンの醍醐味である。
中身はトロッと、ローパーの触手はほんのり塩味のもちもち食感。コットリッチの肉は噛めば熱い肉汁が出てくる。
あー、これは白ワインが欲しくなるやつだ。
食後にどうせアベルとラトと一緒に酒を飲むのが日課になっているし、今は白ワインが欲しくなるのを我慢して、リュフシーのポタージュを啜る。
すりおろしたリュフシーとミルクのトロトロポタージュは、一緒に入っているベーコンの塩味が染み出して、程よい塩味だ。
これに、少し硬めのパンを浸して柔らかくしながら食べるのが最高。
サラダが、トレントの根とローパーの触手のマヨネーズ和えだけだと少なかったかなぁ。
まぁ、最近野菜多めだったし、おやつもリュフコンだったし問題ないか。
そして食後、お酒を飲まない組が寝た後、アベルとラトと三人で、肉詰めリュフコンとササ酒で乾杯。
肉詰めリュフコンはアベルが絶対好きだと思ったのだ。
味が濃く、非常にジューシーなサラマンダーの肉と、砂糖醤油の甘辛味の相性はいい。その上、リュフシーの地下茎のシャクシャクとした食感も最高。
そして、これは米が欲しくなる。米の用意をしておけばよかった。
いや、さすがに夕飯の後に更に米はまずいな。ラトに続いて俺まで丸くなってしまう。
その後、肉詰めリュフコンは予想通り、ラトとアベルで取り合いになって、食べ尽くされてしまった。
ジュストのお弁当に入れるのはまた今度だな。
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