第262話◆ピンクの花の咲く木の下で

 花畑の中をまっすぐ貫くように丘の上へと続く道を進む。

 時々風が吹き抜け、花びらが舞う。

 どういう空間なのかわからないが、ぽかぽかと春のような暖かく柔らかな陽気と、花の甘く爽やかな香りが非常に気持ちいい。

 丘のてっぺんにポツンと生えている大きな木は、葉も花もなく枝だけなのが少し寂しい。

 たまに花畑からローパーの触手が伸びて来るので、引っ掴んで引き寄せて触手と魔石を回収している。その体内からは相変わらず高確率でローズクォーツが出てくる。

 たまに何も入っていない時もあるので、必ずローズクォーツが出てくるわけではなさそうだ。





「グラン」

「ああ、気付いてる。ジュストとキルシェは、アベルの後ろまで下がってろ。アベル、頼んだ」

 アベルの声に、先頭を歩く俺は一度足を止める。

 丘の頂上が近付き花畑が途切れ、道の周囲が下草ばかりになった頃、丘の上にある大きな木の手前に何か大きな魔物の気配を感じた。

 土の中にいる為、ここまで近付くまで気付かなかった。

「でっかいローパーですか?」

 ジュストは気付いたようだ。

「ひええ、僕は全くわかりません」

 キルシェは冒険者になって間もないからな、周囲の気配を探るコツを早めに教えておこう。


「ちょっとだけ時間稼ぎよろしくー」

 俺の後ろにいるアベルが腕を上にかざすと、大型のローパーが埋まっている辺りの上空に冷たい魔力が集まっているのを感じた。

「ジュスト! 物理防御系の魔法を! ローパーは魔法を使わない!」

「はい!」

 ジュストに指示を出し、ロングソードを手に前へ出るのと同時に、アベルの魔力に反応して地面から、俺の腕よりも太い触手が何本も飛び出して来た。

 魔法を使おうとするアベルの方へ向かう触手を、次々に切り落とす。

「キルシェは安全になったら触手の回収だ。それまでは待機」

「わかりました」

 このサイズのローパーだとCランクを超えていそうなので、キルシェは戦闘よりも支援を任せる。


 そして、アベルに向かう最後の一本の触手。

 剣を収納に戻し身体強化を発動して、最後の一本の触手を脇で抱えるようにして受け止めた。

 うおおおおー、さすがにこの大きさのローパーだと、麻痺毒も強烈なので装備の上からでも、肌がピリピリするうううう!!

 まぁ、ピリピリするくらいなのでたいして問題はない。

 俺に捕まれた触手は、アベルに向かうのは諦め俺の体に巻き付き締め付けてくるが、ジュストの防御魔法のおかげであまり痛くない。


「うおらああああああああああっ!!」


 体に巻き付いた触手を抱えて、身体強化最大で後ろへと思い切り引っ張った。


 ボコッ!!


 俺に触手を引っ張られて、ローパー本体が土の中から姿を現した。

 その大きさは、胴体部分の太さが二メートル半程。ローパーにしてはやや大きめである。

「そろそろいくよ!!」

 アベルの声を聞いて、腰のショートソードを抜いて、体に巻き付いている触手を切って収納に投げ込み、後ろへ大きく下がった。

 空中には大きな氷の杭が三つ浮かんでいる。

「はーい、おしまい」

 アベルの間延びした声の後に、空中に浮かんでいた氷の杭がドスドスとローパーの本体に刺さり、刺さった箇所からローパーが凍っていく。

 最後にアベルがパチンと指を鳴らすと、凍ったローパーがパァンと弾けて、粉々に砕け散った。

 氷の杭だけでもオーバーキルだったと思うのだが、念には念を入れすぎである。

 胴体は素材にならないからいいけど、中身は無事かな。


「ひええええー……、グランさんもアベルさんも強い! あんなでっかいの引っ張り出しちゃうなんて、グランさん力持ち。氷魔法って水魔法の上位ですよね? あんなでっかい氷を三つもすごい」

「うんうん、すごいでしょ。俺の事はもっと褒めていいよ。氷魔法は水魔法の上位だね。水よりも燃費が悪いんだけど、魔法攻撃と物理攻撃で使い分けられるから、有効な敵が多いんだ。キルシェちゃんの魔力がもうちょっと増えて、水魔法の扱いに慣れたら、氷魔法を教えてあげるよ」

 キルシェに褒められて気を良くしたアベルが、キルシェに魔法を教えようとしている。物騒すぎる魔法を教えないか心配だな。

「俺のは身体強化のスキルだな。魔力操作ができればわりと簡単にできるから、時間がある時に教えるよ。基礎体力がないと使いこなせないから、体を鍛える必要があるけど、冒険者をやるなら体力を付けておいた方がいいしな、簡単な筋トレも教えるよ」

「は、はい。お手柔らかにお願いします!」

 キルシェは女の子だし適度な運動は体にもいいから、ムキムキにならない程度の筋トレを教えよう。


「キュキュッ!」

 ジュストの肩に乗っていたフラワードラゴンが、ピョンと地面に飛び降りて氷の破片になったローパーの所まで走って行った。

「キュー」

 フラワードラゴンが大きく息を吸い込むと、氷の破片がどんどんフラワードラゴンの小さな体に吸い込まれて、その体がぷっくりと丸く膨れる。

 吸い込んだ量と膨らんだ大きさが合っていないが、空間魔法か何かか?

「キュッキュッキュ」

「あ、魔石とローズクォーツが残ってますよ」

 ジュストが指差した先には、氷の破片がなくなり地面にこぶし大のローズクォーツと魔石が転がっていた。

 そしてぷっくりと膨らんだフラワードラゴンは、羽状の小さな前足をパタパタとさせて宙に浮かび、重そうにふらふらと丘の頂上の大きな木の上まで飛んで行った。


「もう魔物の気配はないし、追いかけてみるか」

「待って。あのでっかい木、俺の鑑定が弾かれる」

 アベルの鑑定が弾かれるなんて、なんだあの木は。

「キューッ! キュッキュッキュッ!!」

 大きな木の方に飛んで行っているフラワードラゴンが、こちらを振り返り何かを訴えるように鳴いている。

「なんだか呼んでいるみたいですね」

「キュッ!」

 ジュストの言葉を肯定するように、空中で頷いたフラワードラゴンがパタパタと、木のてっぺんへと飛んで行く。

「俺が先頭を行くよ。みんな少し遅れて来るといい。俺の勘だが、大丈夫な気がする」

 根拠はないが、なんとなく大丈夫そうな気がする。念のため先頭は俺だ。


 地面に散らかっているローパーの触手と、本体の跡に残った魔石とローズクォーツを回収して、俺が先頭で丘の上へと向かう。

 その先の木のてっぺんでは、フラワードラゴンが俺達を待っているように、じっとこちらを見ている。

「キュッキュッキュッキューッ!」

 俺達が丘の上まで来た時、木の上でフラワードラゴンが鳴きながらピョンピョンと跳ねて、吸い込んでいた氷の破片らしきものを一気に吹き出した。


「何をするのかと思ったらこれはすごいね」

 フラワードラコンが吹き出した氷が、キラキラと宙を舞って枝だけの木に降りかかる。

「あれを見てください」

 キルシェが指差した方を見ると、フラワードラゴンが吹き出した氷が降りかかった枝から、ピンク色の花の蕾が次々と出てきて膨らみ、花びらを開き始めた。

「あー……これはー」

「サクラ……ですか?」

 ジュストが俺のすぐ横で小さな声で言った。

 俺はそれに小さく頷く。

 バラ科の植物でチェリー類は存在しているが、そのチェリーの花に比べてピンク色が濃い。

「ジュストはこの木を知っているのかい? 俺の究理眼でも鑑定できないけど」

「ええ、故郷にあった木とよく似てますね」

 アベルでも鑑定できないという事は、ただの桜でなはいのかな。

 この場所自体、ダンジョンに似たような雰囲気の場所だ。何があってもおかしくない。

 もしかすると、フラワードラゴンは魔物よりも妖精に近い存在なのかもしれないな。

 見上げているうちに、枝から無数の蕾が生えて次々と花開き、枝だけだった木はすっかり満開になっていた。


「キューキュキュキュッ!」

 満開の花の中を突き抜けて花びらを散らしながら、フラワードラゴンが降りてきてジュストの肩にとまった。

「キュッキュッキュ」

 そして、ジュストの肩の上で嬉しそうに体を揺らしている。

「なんだかよくわからないけど、綺麗だからいいんじゃないかな?」

 元日本人的には桜が綺麗なので、何でも許せる気がしてしまう。

「もー、グランは暢気なんだから。でもこれは確かに綺麗だね。舞っている花びらがピンクの雪みたいだ」

 アベルには呆れられたが、そのアベルも、満開のピンクの花と舞い散る花びらを見入っている。


「キュ? キュキュキュ?」

「キュキュキュ?」

「キュー」

 満開の桜の木と舞い散る花びらに見とれていると、木の上からフラワードラゴンの鳴き声がいくつも聞こえて、花の中からヒョコヒョコとピンク色のフラワードラゴンが何匹も顔を出した。

 ジュストの肩の上にいるフラワードラゴンに比べて半分くらいのサイズだ。

「ええ、フラワードラゴンがめちゃくちゃいっぱいいる!?」

 アベルが驚くのも無理がない。

 ただでさえ見かけないフラワードラゴン。見かけても単体。そんな珍しい生き物が団体で目の前の木にいるのだ。

「フラワードラゴンのおうちなんですかねぇ」

 キルシェは肝が据わっているというか、落ち着いてるな!?

「キュッキューッ!!」

 ジュストの肩の上に乗っていたフラワードラゴンが、嬉しそうな声を上げて木の上にいるフラワードラゴンの所へと飛んで行き、木の上にいたフラワードラゴン達も集まった。

 再会を喜び合っているのか?

 キュッキュッと鳴きながら団子のように固まっているフラワードラゴンは、何を言っているのかわからないが嬉しそうなのはなんとなくわかる。

 警戒していたアベルも、すっかり毒気を抜かれたような表情でその光景を見ている。


「俺達にあのでかいローパーを倒して欲しかったのかな?」

 フラワードラゴン達の様子を見ながらアベルが首を傾げる。

「フラワードラゴンの住み処に、でっかいローパーが住み着いて困ってたんですかねぇ」

 キルシェが言う事がだいたい正解な気がするが、フラワードラゴンと言葉が通じない為、本当のところはよくわからない。

「さぁ? そもそもここがどこかもわからないし、この木の正体もよくわからないし、言葉もわからないからなんともだな」

「ところで、これ、元の場所に戻してもらえますよね?」

 ジュストが少し不安そうだが、多分、戻してもらえるんじゃないかなぁ。

 戻してもらえなかったら、ここでローパーを食べながら暮らす事になる。

 景色は綺麗だが、さすがにそれは嫌だ。


「多分戻してもらえるんじゃないかな? まぁ、フラワードラゴン達が落ち着くまで花見でもするか」

 木の上でキュッキュッとはしゃいでいるフラワードラゴン達が、久しぶりの再会を喜び合っているのなら邪魔をするのも可哀想だ。

 せっかく、桜のような花も満開だし、落ち着くまで花見も悪くない。

「もー、グラン暢気すぎ。でも空間魔法で作られた場所だから、俺の転移魔法も使えないし、フラワードラゴンが落ち着くまで待つか」

「リュフシーはもうノルマ分駆除してるし、花を見ながらのんびり午後のおやつタイムでもいいな。デザートは俺が用意するから、アベルはお茶を頼む」


 収納から野営用のテーブルセットを出し、更に収納の中からフルーツタルトやプリンを取り出してテーブルに並べていく。

 紅茶は俺が淹れるより、アベルに任せる方が間違いない。アベルなら安物紅茶でも、不思議なくらい美味しく淹れるからな。

 せっかく、花が綺麗な場所にいるのだ、お花見をしないのは勿体ない。





 この後、おやつの存在に気付いたフラワードラゴン達の襲撃を受け、もみくちゃにされた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る