第261話◆フラワードラゴン君と秘密の花園

 目の前がピンクの花びらまみれになった後、ふわりとした浮遊感があった。

 空間魔法と言っているアベルの声が聞こえたので、おそらくどこかに移動させられたのか?

 直後、空中に放り出される感覚がして、すぐに地面に尻餅を突いた。

 目の前の花びらの密度が下がって、視界が戻ると目の前にピンクの花畑が広がっていて、その中を細い道が延びている。

 その先は丘のようになっており、丘の上には枝だけの大きな木が見える。

 

「ペッペッ! 花びらが口の中に入った。って、何なんだこれは!?」

「くそっ、フラワードラゴンだと思って油断してた!」

「キュッキュキュッキューッ!」

 体に付いた花びらを払いながら立ち上がると、俺と同じように花びらまみれのアベルが、俺のすぐ横で尻餅を突いていた。

 近くにはジュストとキルシェも地面に尻餅を突く格好で、花びらまみれになっている。

 そして、ジュストの肩の上でピンクのフラワードラゴンが、楽しそうにピョンピョン跳ねている。

 コイツの仕業かっ!!


「あいてててて……、うわ!? 花畑!?」

「すごい広い花畑ですねぇ。ってここどこですか?」

 ジュストはキョロキョロと周囲を見回して混乱しているが、キルシェは妙に落ち着いている。肝が据わってるな!?

 それにしてもどこだここは?


「空間魔法で転移したというか、空間魔法で仕切られている場所に連れて来られた感じだね」

 アベルが周囲の様子を注意深く窺っている。

 水中のリュフシーを狩る為に外していた腰回りの装備を着けながら、俺も周囲の様子に注意を払う。

 細かい魔物のような気配がチラホラあるな。しかし、これだけ花が咲いていると綺麗だし、薬草も混ざっているかもだし、少しワクワクする。


「空間魔法で仕切られた場所って事は、ダンジョンみたいなものか。でもこれだけ花が咲いてるって事は、薬草や食材があるかもしれないぞ」

「何を呑気な事言ってるの? 魔物の気配もするの気付いてるでしょ?」

「お、おう。雰囲気的に、前に妖精君に連れ込まれた小型ダンジョンみたいな場所なのかな?」

「キュッキュッキュッ」

「ん? 先に進めってか?」

「キュッ!」

 俺達を促すようにフラワードラゴンがジュストの肩の上で鳴いている。


 花畑の真ん中を伸びる細い道。

 そこを歩けば、周囲の花畑の中に潜んでいる魔物からは、恰好の的になりそうだな。

 このまま進むなら花畑の中に潜む魔物には注意しなければならないな。

 そして、後ろ。

 前には小高い丘とそのてっぺんに生える大きな木が見えるが、俺達の後ろにも道が延びていた。

 しかしその先は、ピンクの霧のようなものがかかっておりよく見えない。

 なるほど、空間魔法で仕切られていて、後ろには進めないという事かな?


「前に進めって事みたいだけど、周囲から狙い撃ちされてそうで罠っぽくない? ジュスト、防御系の魔法をしっかりお願い。先頭はグランで俺が一番後ろ、キルシェちゃんは俺の前ね」

 メンバー的にそういう並びになるよな。ランクが一番低いキルシェが一番安全な場所だ。

 そして俺が一番危険な先頭で、背後からの奇襲に備えてアベルが一番後ろ。

 くそぉ、こういう時にバケツがいれば、とりあえず突っ込ませてみるのに。

「はい、防御魔法をかけますね」

 ジュストが全員に防御魔法をかけたのを確認して出発!!


 なのだが、少し気になって花畑に入ってみた。

「ちょっと、グラン!? 道なりに進むんじゃないの!?」

「少し気になったから……薬草ないかなって?」

 アベルにめっちゃ睨まれた。

 いや、これは薬草以外にも、花畑に魔物が潜んでいないか偵察なのだ!!


「もー、俺達はここで待ってるから、あんまり奥まで行かないでよ」

「おう、わかってるよ。ちょっとだけ、ちょっとだけだから……ん? どわっ!!」

 花を踏み潰すのは気が引けるので、できるだけ花を踏み潰さないように、花と花の隙間を歩くように花畑の中に入ったのだが、すぐに地面の中に魔物の気配を感じて後ろに下がって剣を抜いた。


 俺が後ろに下がった直後、俺がそれまで立っていた場所に地面の中から細い触手が何本も飛び出したのが見えた。

「うっわ、ローパーいるじゃん。グラン、早く戻って来なよ」

 後ろでアベルが呼んでいるが、とりあえず出てきたローパーだけやって帰りたい。

 ローパーはイソギンチャクを巨大化させたような魔物で、触手が素材になるし、体の中に捕食したもので消化できなかったものを貯め込んでいる。

 たまーに、ローパーの体内から稀少な鉱石や高そうな宝石の原石が出てくる事がある。

 また、ダンジョンのローパーからは装備品の類いが出てくる事もあって、出所を考えるとちょっぴりホラーだ。

 ローパーは見た目は少々気持ち悪いが、なんとなくお得な魔物なのだ。

 ここなら多分、遺品の類いは出て来ないだろうし、気持ちよく狩れそうだ。

 この花畑にいるのは、あまり大きなローパーではないようなので、触手は食材かなぁ。


「おっと」

 触手を料理するか考えていると、ローパーがピュンピュンとこちらに触手を振るって来たので、それを掴んでグイッと引っ張る。

 ローパーの触手には麻痺性の毒があり、対策をしないで触れてしまうと麻痺してしまい、麻痺した所を触手でチュウチュウと体液を吸われてカラカラになり、最後には本体にある口でバリバリと美味しく召し上がれてしまう。

 対策をしていなければやっかいな敵だが、俺はちゃんと対策をしているし、目の前のローパーは触手の太さから察するに、あまり大きくないので多少絡まれても問題ない。

「そぉれ!」

 掴んだ触手をグイッと引っ張ると、小型のローパーの本体が土の中から出てきた。

 触手を引っ張って本体を引き寄せ、剣で突き刺して止めを刺す。

 手早く触手を切り落とし、魔石を取り出して回収。一応体内を探ってみると、中から小さなローズクォーツが出てきた。


「ギュッギュッ!」

 ローパーの回収を終えると、道の方からフラワードラゴン君の鳴き声が聞こえてきた。

「ん? あぁ、花畑が荒れちまったな。ごめんごめん、魔物もいるしすぐ戻るよ」

 少し不機嫌そうな鳴き声なのは、前に進まず花畑に入ったからなのか、ローパーと戦った時に花畑を踏み荒らしてしまったからなのか。

「んなっ!?」

 戻ろうとすると、地面から触手が何本も出て来て、次々に俺の体に巻き付いた。

 ローパー多いな!!

「グラン、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫。このまま全部やっちまう」

 アベルが魔法を使おうとしたのを手をあげて制止し、次々と地面から延びてくるローパーの触手を体に巻き付けながら身体強化を発動した。

 麻痺対策はしているが、あまり巻き付かれすぎると麻痺耐性を貫通して麻痺するので危険だし、触手が多すぎて物理的に動けなくなっても困る。

「そぉれ!」

 動けなくなるほど巻き付かれる前に、地面を蹴ってアベル達のいる方へと跳んだ。

 大きく跳んだ俺に引っ張られて、触手を俺に巻き付けたローパーが次々と地面から引っこ抜かれる。


「おう、触手をたぐり寄せて止めを刺すから手伝ってくれ」

 アベルの横に着地して、体に絡まっているローパーの触手をたぐり寄せる。

「まぁた、そういう狩り方する。ローパーの触手には麻痺毒があるから、ジュストもキルシェちゃんも真似しちゃだめだよ」

「はい、絶対に真似しません!!」

「僕もローパーに絡まれるのはちょっと……」

 すごく効率のいい狩り方なのに、キルシェにもジュストにも不評だな!?

 まぁいい、ローパーの触手がいっぱい手に入ったので、近いうちにローパー料理だな!!



「すごい、全部のローパーからローズクォーツが出てきた。ここのローパーがそういうものなのか、キルシェちゃんのギフトの影響なのかまではわからないけど、ちょっと得した気分だね」

 俺が引っ張ってきたローパーに止めを刺した後、触手を回収して体内を探ると、全てのローパーから小さなローズクォーツが出てきた。

 サイズが小さいので儲けは大きくないが、それでも得した気分だ。

「ほえ~、生きているローパーなんて初めて見ました。僕のギフトの影響でちょっと儲けが増えるなら嬉しいですねぇ」

「これがキルシェのギフトの影響なら、ますます早めに隠蔽用の装備を作らないとまずそうだな」

 アベルの言う通りここのローパーがローズクォーツを体内で作るか貯め込む性質があるのならともかく、偶然全てのローパーの体内にローズクォーツが入っていたとなるとまずい。

 これだけだと儲けとしてはそこまで大きくないが、塵も積もれば山となると前世のことわざにもあった。

「そうだね。帰ったら早めに作った方がいいね。ところでグラン、もう一回ローパー釣りする? もちろん餌役はグランだけど」

 釣りって何だよ釣りって!!

 しかし、これだけローズクォーツが出るなら、釣り餌になってもいいな。

 ローズクォーツは聖と火属性とも相性が良く、精神防御系向きの宝石である。また愛と美の象徴の宝石とも言われ、女性の間で恋愛成就のお守りとしても人気がある。


「ギュギュギュー」

 もう一回花畑に行こうとすると、フラワードラゴン君がジュストの肩の上でピョンピョンと跳ねて、大きな木のある丘の方を前足で指した。

「あの丘に早く行きたいみたいですねえ」

「キュッキュ」

 ジュストの言葉にフラワードラゴン君がうんうんと頷いた。

「まぁ、ローパーだしいいかー。丘の上に何かあるのか? 行ってみよ」

「そうだな、あっちにもっと何か良い物あるかもしれないしな」


 フラワードラゴン君に急かされ、ピンク色の花畑に囲まれた丘へと続く道を進む事にした。


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