第260話◆ランチタイムの珍客

「花を見ながらのお昼ご飯も悪くないね」

 少し大きめの弁当箱の中身を、フォークで掬いながらアベルが言う。


 昼時になりお腹も空いて来たので、リュフシーの駆除作業を一旦中断し、湖の近くに生える木の下でランチタイムだ。

 白に近いピンクの小さな花をたくさん付けた木の下に座り込んで、早春の湖を眺めなら四人でお弁当を広げている。

 天気が良くぽかぽかとした日差しの下で、時折風が吹いて小さな花びらが宙を舞う光景は、その中に精霊や妖精が混ざっていてもおかしくない雰囲気だ。

 ちょっとしたお花見気分で酒が欲しくなるけれど、依頼中だから酒は自重だ。

 お花見風味になるのなら、それっぽい弁当にすれば良かったな。いや、急な事だったし仕方ないか。


「魔法を使った後はすごく空腹感がー、そしてグランさんの料理が美味しくて、食べても食べても物足りない気分になります」

 弁当だけでは物足りないかと思って、別に用意していたコットリッチの唐揚げを、皿に山盛りにしてあり、それをキルシェがせっせと口に運んでいる。

「魔力を使うと腹が減るからな。キルシェはまだまだ成長期だし、遠慮せずにたくさん食べるんだ。デザートもあるからな、遠慮しなくていいぞ」

 女の子だから食事の量は気になるだろうが、魔力を使うと腹が減るのは仕方ないし、その分食べても太る事はまずない。

 魔力はカロリーでできていると勝手に思っている。

 キルシェは成長期なので、魔力も消費した分も合わせてしっかり食べないといけない。兼業と言っても冒険者は体が資本である。

「そうだよー、魔力を含んだ食べ物は魔力の素にもなるからね。お肉をいっぱい食べていっぱい魔法を使うと、魔力はどんどん増えるから、魔法を使うならいっぱい食べないとダメだよ。ほらジュストも、もっと食べなきゃ」

 確かにアベルの言う事は正しいのだが、お前は肉と甘い物に偏りすぎだ。

「ちゃんと食べてますよ、ってアベルさん盛りすぎ!」

 ちまちまと食べているジュストの弁当箱の上に、アベルが転移魔法で唐揚げをポイポイと載せていく。ついでに自分の弁当箱の中の野菜も移動させている。

 唐揚げと一緒にどさくさで移動させていて、ジュストは次々に追加される唐揚げを食べるのに必死で気付いていないが、俺の目はごまかせないぞ!!


 あーもう、追加しすぎてジュストの弁当箱で唐揚げが山盛りになってるじゃないか。

 食べ物で遊ぶな! 崩れて地面に落ちたら勿体ないだろう?


 ポロッ!!


 あー、もうほらっ! 落ちたじゃないか!!

「おいこら! お行儀悪いし、勿体ないから食べ物で遊ぶな!! アベルの晩飯だけ野菜フルコースにするぞ!!」

「ごめん、やりすぎた。もうやらないから、野菜フルコースはやめて」


「キュッ!」


 アベルにお説教をしていると高い鳴き声が聞こえて、小型の魔物が走って来て唐揚げを咥えて走って行った。

 ジュストの弁当箱から転がった唐揚げを持って行ったのは、薄いピンク色をした体長三十センチ程の二足歩行のトカゲのような魔物。その体の半分くらいは尻尾である。

 首の周りには花びらを思わせる襟巻き、小さな前足は羽のようになっており、体の大きさのわりに長い尻尾の先端は百合の花を思わせる形になっている。

 ピンクのトカゲは俺達から少し離れた場所の日なたまで走って行って、そこで小石の上にちょこんと座って、羽のような前足で器用に唐揚げを挟み、もちゃもちゃと食べ始めた。

「あれ? フラワードラゴン?」

 少々とぼけた顔をしているが、その行動はあざとく、キルシェがそのピンクのトカゲを見て首を捻った。


「今日は何か良い事があるかもしれないな」

「へー、フラワードラゴンかー。冒険者をやっていてもあまり見ない魔物だけど、キルシェちゃんは見た事あったの?」

「ええ、ピエモンで時々黄色いの見かけますよ。魔物避けが効かないのか、町の中にも入って来てるのを時々見かけますね」

 フラワードラゴンは下級の亜竜種で、強さはDランク程度であまり強い魔物ではなく、人間の前には滅多に姿を見せない。

 性格も温和で、フラワードラゴンの方から人間に襲いかかって来る事はほとんどない。

 体の色は棲息している環境によって違うのだが、基本的にパステルカラーで可愛い色である。

 花のような襟巻きに、花が咲いているような尻尾が名前の由来である。

 その花が咲いているような可愛らしさと、人間の前にはあまり姿を見せない珍しさから、幸運の証しのような扱いになっている。

 会えたらその日は良い事があるとか、お互いの幸せを祈ってフラワードラゴンの鱗を贈り合うとか。

 また、真偽は不明だがフラワードラゴンを傷つけたり殺したりすると、不幸になるという話まであり、魔物というより妖精みたいな扱いの魔物である。

 俺もフラワードラゴンには数える程しか会った事がない。

 そんな幸運の証と言われるフラワードラゴンに偶然会えたのは、キルシェのギフトのおかげだったりして?


「キュッキュッキューッ!」

 拾った唐揚げを食べ終わったフラワードラゴンが、あざとく首を傾げながら鳴いている。

 何だ、こいつ、催促か? 仕方ないな、可愛いからおかわりをやろう。

 皿の上の唐揚げを一つ摘まんで、フラワードラゴンの方へポイッと放り投げると、フラワードラゴンはピョンと跳ねてそれを口でキャッチして、前足で掴みつつ食べ始めた。

 可愛いな、おい。

「花が咲いてるみたいで可愛いですねー」

 小さくてあざといパステルカラーのドラゴンを、ジュストが目をキラキラさせながら見ている。

 食べているものは唐揚げだが、日なたにちょこんと座っている小型のドラゴンは、まさにメルヘンである。


「キルシェちゃんはフラワードラゴンをよく見るの?」

「よくって程じゃないですけど、うちの手伝いをしてたりすると馬車の中で寝てたり、台所の窓に張り付いてたり? 魔物に餌をやったらいけないのはわかってるんですけど、可愛いのでつい……ピエモンの子はいつも黄色い子なので毎回同じ子かなって?」

 その黄色いフラワードラゴンは、キルシェに餌付けされてしまったのでは。


「キュキュッ?」

 唐揚げを食べ終わったフラワードラゴンが、再びあざとく首を傾げている。

 何だよおねだりかよ。

 くらえ、次は甘い卵焼きだ!!

 自分の弁当箱の中に残っている卵焼きを投げると、フラワードラゴンはクルリと一回転してそれを口で受け取った。

 おのれ、芸達者で可愛い奴め。


「まーたグランが餌付けしてる。って、それよりキルシェちゃんは他にもフラワードラゴンに会った事はある?」

「うーん、ちょっと見かけただけならアルジネで水色の子とソーリスで白い子を見た事ありますね。後は、仕入れで他の町に行く道中で時々?」

 流石にそれは会いすぎでは? これがキルシェのギフトの効果なのか? 言われなければわかり難いが、言われて見ると明らかにおかしい。

 キルシェの答えにアベルが難しい顔をしているが、これは俺でもわかる。

「キルシェちゃん、その事誰かに言った事はある?」

「いえ。子供の頃は見かけた時に家族や友達には話してましたが、見つけてすぐに友達に言っても、友達が見た時にはすぐに姿を消していて、信じてもらえないので言わなくなりましたね。あ、でも家の台所とかにいるのは家族と一緒に見た事あるので、家族は信じてくれてますね」


「わっ!」

 キルシェとアベルが話している横をすり抜けて、フラワードラゴンがピョコンとジュストの腕に飛び乗り、ジュストの弁当箱に山盛りになっている唐揚げを一つ咥えて、そのままジュストの腕の上に座って食べ始めてしまった。

 厚かましいけれど可愛いな。唐揚げが気に入ったのかな?

「そのフラワードラゴン、すごく厚かましいね。人の前に姿を見せる事すら稀なのに……、グランが餌付けするから」

「え? 俺?」

 俺は悪くない。あざといフラワードラゴンが悪い。


「ところでグラン、帰ったら早急にキルシェちゃんに、隠蔽用のアクセサリー作ってあげて」

「あー、うん、それは俺も思ってた。言われないと気付かないけど、気付いたらかなりまずそうなギフトだな。収納スキル持ちだし、指輪に隠蔽効果付与してたけど、もっと強い効果のがよさそうだな」

「え? え? そんなまずいものなんですか?」

 アベルと俺の会話を聞いて、当事者のキルシェがオロオロと戸惑う。

「そうだねぇ。フラワードラゴンって冒険者でも滅多に遭遇する事のない魔物だからね。これがキルシェちゃんのギフトの恩恵なら、君が思っているより運に対する恩恵は大きいかもしれないね」

 アベルが険しい表情で顎に手を当てて、諭すようにキルシェに言う。

「運が良いって言うのは、偶発的に大きな利益を得やすいって事だから、それがキルシェがそこにいるだけでそうなるなら、キルシェのギフトの恩恵を得ようとする奴も出てくるだろ? そうだな、俺だったらキルシェを高ランクのダンジョンに連れて行って、宝箱を開けまくるな。稀少素材がある場所でもいいな」

 いや、これは例え話だから実際にはそんな危険な事はやらないよ!!

「グラン、めちゃくちゃ欲にまみれた顔になってるよ。わかってると思うけど、それはやっちゃダメだからね? たとえギフトの恩恵がキルシェちゃんにしか利のない恩恵だとしても、キルシェちゃんのギフトの恩恵欲しさに、どっか危険な場所に無理矢理連れて行こうとする輩もいるかもだからね。スキルやギフトを見る事のできる人はすくないけど、いないわけじゃないから念の為に隠蔽しておこう。ただ俺の予想だと、そういう事態もギフトの恩恵で回避されてる気がするけど、念の為だね」

「は、はい。お願いします」

 今まで本人も気付かず何事もなかったのは、運が良くなるっていう体感し辛い効果と、ギフトを見抜ける者に遭遇しなかったか、遭遇しても本人の話を聞かなければ効果がわかり難かった為だろう。

 目に見えないだけで、想像以上に大きな恩恵のあるギフトなのかもしれない。

 アベルですらギフトには気付いていても、本人の話を聞くまでは興味を示さなかったしな。


「そんなに食べたらお腹壊さない?」

「キュキュキュー……」

 ジュストはすっかりフラワードラゴンにメロメロのようで、腕に載せたまま弁当を食べながら、時々フラワードラゴンにねだられるがままに唐揚げを与えている。

 このフラワードラゴン、唐揚げ好きすぎないか!?

 そのフラワードラゴンは唐揚げを食べ過ぎてお腹がいっぱいになったのか、ついにジュストの腕の上で腹を上にして転がってしまった。




 ご飯も食べ終わってぽかぽかとした気持ちの良い日差し。

 食後に少し休憩して、リュフシーの駆除を再開するつもりだったが眠くなって来た。

 午前中にノルマ分は終わっているし、もう少しのんびりしてもいいか。

 木にもたれかかってうとうととしていると、フラワードラゴンの鳴き声が聞こえて来た。


「キュッキュッキューッ!!」

「うわ、空間魔法!?」

 直後にアベルの驚いた声がしたと思うと、目の前がピンクの花びらで埋め尽くされた。

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