第259話◆強欲の剣
「え? アベルさん、今なんて? え? ギフト?」
アベルの言葉にキルシェが混乱気味になり、リュフシーの葉を刈り取っていた風の刃の制御が乱れる。
俺も思わずリュフシーを引き抜く手を止めて、キルシェの方を見た。
え? ギフト? キルシェに?
「キルシェちゃん、ギフト持ちだよ?」
おい! お前それ、絶対初対面の時から知っていたよな!?
アベルは初対面の相手をとりあえず鑑定する癖がある。
あまり趣味のいい事ではないが、それがアベルの自己防衛で、それで何度も助けられているので、仕方ないと思って見て見ぬ振りをしている。
アベルも見知らぬ人の個人情報を覗く事に思うところがあるのか、必要以上にその情報を口にする事はない。
いや、アベルの場合、他人に興味がないだけで、無害そうならどうでもいいだけかもしれない。
「ほえぇ?」
アベルの発言に混乱したのか、キルシェがすっとぼけた声を出した。
それもそのはず、ランクの高い冒険者にギフト持ちは比較的多いが、一般的にはギフト持ちは多くない。
しかも、生きている者に対する鑑定が使える者は少なく、あまりお目にかかる事はない。俺もアベル以外に、生き物に対しての鑑定が使える者は知り合いにはいない。
大きな町の機関や神殿に行けば、鑑定して貰う事もできるが、その際には多額の費用がかかる。
その為、持っている事の方が稀なギフトを確認する為に、高い金を出す余裕がない平民は、ギフトを持っていてもそのギフトに気付いていない者が多い。
「うん、"強欲の剣"ってギフト。商売に関するギフトで、直接戦闘には関係ないけど、理解力や記憶力にも恩恵があるから魔法とも相性がいい。それと、運がすごく良くなるみたいだね。もしかすると、こっちの方がすごいかもしれない」
「運?」
「うん。君、日頃からすごく運がいいでしょ? もしくは、そう思う時ない?」
アベルとキルシェによって、俺達の周囲の水面から顔を出しているリュフシーの葉は、ほぼ刈り取られた状態になっており、二人は風魔法を放つ手を止め話し始めた。
「すごく運がいい……ですか?」
考え込むように顎に手を当てるキルシェを横目に、水の中に手を突っ込んで葉を刈り取られたリュフシーの茎を引っ張る。
「自分だとわかり難いかもね。例えばクジ運がいいとか、商人なら……そうだね、掘り出し物をよく見つけるとか、何となくいつもと違う事をしたら何か良い事があったとか、偶然の出会いに良縁があったとか、危ない場面で偶然が重なって助かったとか」
「どうでしょう? 父ちゃんが臥せっている間、他の町に買い出しに行ってましたが、時々掘り出し物的な物はあった気がします。偶然の良縁といえばグランさんですね。グランさんと出会えたのは本当に幸運でした。おかげでアベルさんにも出会えて、父ちゃんも元気になりましたし」
そういえば、キルシェと出会ったのは本当に偶然だったよなぁ。
あの日、ピエモンに行かなければキルシェに出会わなかったし、少しでも時間がずれていたらキルシェの馬車が倒れているところに遭遇しなかった。
確か、ロックパイソンとグレートボアが戦っているところに出くわしたんだよな。
グレートボアは人間に対して積極的に攻撃するタイプの魔物ではないが、ロックパイソンは肉食なので飲み込めるなら人間でも捕食する。
ロックパイソンの方が生き残っていたらキルシェは危なかったかもしれない。
ん? 五日市の時も特賞だか当てていたよな?
そうだ、五日市でキルシェといる時に、醤油やササ酒を手にいれてオーバロの事を知ったんだよな。
そして、俺と出会った事で、アベルとも知り合う事ができ、パッセロさんの病気の原因もわかり回復した。
誘拐されかけた時も、相手が油断していたのとキルシェの備えもあったが、事なきを得た。そこからロベルト君とタヌキ商会との繋がりもわかった。なんていう商会だったかな、忘れちゃったな。
小さな偶然の重なりだが、そこから物事が良い方向に転がっていると言えなくもない。
「ふふ、俺の兄がグランの家に来た日、偶然キルシェちゃんがいたのもギフトの恩恵だったりして」
アベルがめっちゃ黒い笑顔になっている。
「ほえ~。全然気付きませんでした。でも、運が良くなるっていうのは、過信したらいけないやつですよね」
「うん、そうだね。運が良いというのは強みだと思うけど、それは日頃の行動の地盤があっての話だからね。ギャンブル運もいいと思うけど、あくまで運がいいだけで、絶対じゃないからね? 無理な事はやっちゃだめだよ」
「もちろんです! えへへ~、運が良くなるのか。だったら、掘り出し物や珍しい物を見つけられる確率も上がるんですかね~」
ぬ? もしかしてキルシェと一緒にダンジョンに行って宝箱を開けまくれば、何か良い物が出るのでは!?!?
あーいやいや、よく考えたら、ギフトがバレたらそういう理由でキルシェを連れ去ろうとする者も出てくるかもしれないな。
しっかりした隠蔽用の装備を作っておこう。
「そうだね。キルシェちゃんが気付かないうちに、そういう物にたくさん出会ってるかもしれないね」
「ですね、僕としてはグランさんに会えたのは最高に幸運でしたね」
嬉しい事を言ってくれるな!?
よし、次にパッセロ商店に行く時は差し入れをいっぱい持って行こう。
「よっ!」
キルシェの言葉にご機嫌になりながら、リュフシーの茎を引っ張り、水底の泥に埋まっている地下茎を引き上げる。
この時、リュフシーが激しく抵抗して茎を蔓のように絡み付け、水中に引きずり込もうとしてくる。
ここで力負けして水中に引きずり込まれると、水底に沈められ溺死して、リュフシーの養分になってしまう。
葉っぱや花を切り落としたからといって、油断してはいけない。
リュフシーが大発生する季節は、地下茎を引き抜こうと水の中に入った時に、複数のリュフシー茎に絡まれ水の中に沈められる危険がある。
茎を引っ張って一匹引き抜くと、周囲のリュフシーが次々と俺の体に茎を巻き付けて、水中へと引っ張り始めた。
「おっと」
少し体勢が崩れたがすぐに立て直す。
「グランさん大丈夫ですか!?」
少し離れた場所にいたジュストがこちらに来ようとしたのを手で制する。
「大丈夫だ。リュフシーを引き抜くのはむしろこの方が効率がいいんだ」
俺の体を水中に引きずり込もうとする力に耐えながら身体強化を発動し、そのまま水の上へと跳んで地面に着地する。
俺にガッツリと絡み付いたリュフシーも、俺と一緒に地上に引きずり出されて、地面に転がった。
地面の上に引きずり出されて、慌ててずりずりと水中に戻ろうとするリュフシーの茎と地下茎を切り離して魔石を抜き取る。
今夜のおかずがいっぱいだな!!
「さすがグランさん。これDランクの魔物ですよね? 纏めて一気にやっつけるなんてすごいです」
リュフシーを体に巻き付けて水中から出てきた俺を見て、キルシェが目を丸くしている。
せっかくAランクになったのだから、キルシェの前でもいいところ見せておかないとな。
「まぁ、こいつらちょっとアホの子だからな。適当に体に巻き付かせて、纏めて引きずり出したら楽なんだ」
俺的めっちゃ効率の良い戦法。
「いいかいジュスト、これは脳みそまで筋肉の人がやる戦法だからね。力が足りないと逆に水の中に引きずり込まれるから、無理にまねしなくていいからね?」
「は、はい! もっと筋肉を付けてからにします!!」
脳みそまで筋肉なんじゃなくて、AランクだからDランクの魔物にはこれくらいの事はできるの!!
ジュストも毎朝一緒に鍛錬をしているからな、すぐにできるようになるはずだ。
雪解け水と一緒に、山から土砂が流れ込んで養分が多いせいか、品質の良い魔石が多い。
リュフシーは水属性以外にも聖属性も持っており、特に浄化とは相性が良い為、リュフシーの魔石はお守りとしても人気がある。
素材も無駄になる部分は少ないし、依頼の報酬以外にも儲かるな。
リュフシーを狩りながら、時々出てくる他の魔物も倒しているうちに、気付けば時間は昼になっていた。
お腹空いたな。
今日はジュストの弁当をすでに作っていたので、出発前に大慌てで人数分の弁当を追加で作った。
湖の傍にはちょうど木に花が咲いて、景色の良い場所もあるし、お昼は弁当を食べながら花見かな?
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