第256話◆所詮庶民ですから
「やぁ、久しぶり」
「いらっしゃいまっ……しぃい」
王都に行っていたり、帰って来て収納の整理に追われたり、冒険者ギルドのランクアップ試験を受けたりで、バタバタしていて少し日が空いてしまったが、今日は久しぶりにコーヒーの美味しい喫茶店リーパ・フルーミニスを訪れた。
店に入ると店主のリリーさんが笑顔で迎えてくれて……あ、噛んだ。
ジュストは相変わらず冒険者ギルドの仕事を頑張っているので、今日はアベルと二人だ。
今日ここに来た理由。
「あー、リリーさん。早速だけど何かすごく甘い物を、アベルに出してやってくれないか。俺はブラックコーヒーと何かそれに合うデザートで」
ダンジョンを禁止された上に、お兄様に言い渡されたという外国の本を翻訳する為、アベルはずっとうちに引き籠もっていた。
渡された本の数も多く、それでも期限までに翻訳して持っていくと、次を渡されるという繰り返しらしく、流石のアベルもげっそりとした顔になっていた。
ずっと家に引き籠もっていて、ストレスも溜まっていそうだから、今日は無理矢理引っ張り出してリリーさんのお店に連れてきた。
連れてきたと言っても、アベルの転移魔法でだけどね。うん、転移魔法便利だから仕方ないね。
「もー、甘い物は食べたいけど、やらないといけない事が山積みで、ホント嫌になっちゃうよ」
引き籠もり生活が続いてアベルの機嫌が非常に悪いし、ここのところ表情も険しい。家の中に引き籠もりっぱなしで、陽の光にもあまり当たっていないので、そのうち頭からキノコが生えてきてもおかしくない気がしてくる。
そんなわけで、アベルの気分転換も兼ねて、リリーさんのところに甘い物を食べにやって来たのだ。
「まぁまぁ、甘い物食べて気分転換した方が、頭がスッキリして効率が上がるんじゃないかな?」
「うん、そうだね。リリーさん思いっきり甘いやつ、たくさんお願い」
もう、その言葉だけで胸焼けしそうな甘さを連想してしまうが、頭を使い続けていると甘い物が欲しくなるのは仕方ない。
「かしこまりました。そういえば、先日お預かり致しましたコ・ピアの方、加工が終わりまして、いつでもお飲みいただける状態になっておりますが、いかがいたしましょう」
あー、あのピンクのクソ鳥のアレか。そういえば、預けていた事をすっかり忘れていた。
「あー、じゃあそっちでー。アべルも俺が持ち込んだ豆のコーヒーにする?」
「ん? 持ち込んだ豆って何か持ち込んだの? あ、まさかアレ? え? アレ? いや、俺は普通のでいいかな。あ、コーヒーはミルクとクリームはたっぷりでね」
アベルも思い出したか。俺も初めて飲むし、どんな物なのか少し怖いから巻き込みたかったのに。
「お待たせいたしました」
アベルが思いっきり甘いやつをたくさんとか言ったので、アベルの前には甘そうなスイーツがいくつも出て来た。
コーヒーもいつものクリームもりもりのやつで、ものすごく甘そう。
「これ王都で最近流行りだしたシュークリームっぽいけど、中にクリームが入ってるんじゃなくて挟んである感じなんだね。クリームが溢れるくらい入ってるし、イチゴも載ってるしいいね。こっちはレアチーズケーキの上に、イチゴのムースが載ってるのかな? すごく食欲をそそる可愛い色だね。こっちのピンクのパウンドケーキもイチゴ? そろそろ春だけどイチゴだらけで贅沢だねぇ……はー、甘いー、やっぱ、滅入ってる時には甘い物だね」
出てきたスイーツをパクパクと口に運びながら、表情を緩ませている。
最近ずっと眉間に皺が寄っていたから、これで少しは機嫌がよくなりそうだ。
でも、引き籠もってあまり動いていないし、魔法も使う頻度が低いので、食べてばっかりいると太りそうだな? 早朝の鍛錬にアベルも誘うか?
そうだな、またどこかで変な奴に絡まれるかわからないし、体は鍛えておいた方がいいよな。
俺はドリーみたいな筋肉信者ではないが、ないよりある方がいいな!! 明日からアベルも誘ってみよう!!
「こちらがコ・ピアを使ったコーヒーになります。まずはドリップで。それから、こちらが加工の終わった豆でございます」
コトンと俺の前に置かれた一杯のコーヒーと、豆の入った袋。一緒にイチゴのタルトも出てきた。
「へぇ、これが? 見た目では違いがわからないな。香りはー……」
やべぇ……前世から通して高級なコーヒーなんて飲んだ事がないから、違いがよくわからないぞ!!
ただあまり香りが強いといった感じではなく、ふわふわして少し甘い感じだろうか?
とりあえず、飲んでみよう。肝心なのは味だ。
…………。
やや酸味があるのかな? あまり香ばしさが強く感じないのは、焙煎の加減なのだろう。
苦みはあまり強くないし少し甘味がある。飲んだ後は口の中にコーヒーの味と香りが、しつこく残らない。
さっぱりした感じの後口だが、こういうブレンドのコーヒーだと言われたら、普通のコーヒーだと思ってしまうだろう。
つまり、違いがわからない。
やばい、庶民舌すぎて高級品の味がわからないぞ!!
「コ・ピアはコットリッチの食べた豆の種類によって味が変わるんです。なので、コーヒー自体の味は元の豆の味で変わってくるのですよ。色々なブレンドのコーヒーを試された事があるなら、逆に違いがわかりづらいですね。次は淹れ方を変えますね」
「う、うん。庶民すぎて高級品の違いがわからないや」
なんだかもったいない気分だな!?
「見た目は全然変わらないね。香りは果物的な甘い感じ? あの変な鳥のアレだなんて言われなきゃわからないね」
うおい、あの鳥のアレだなんて、俺が飲んでいる時に言うなよ。
横で甘い物を食べていたアベルが、俺のコーヒーを覗き込んできた。
「アベルも淹れてもらう?」
「ううん、やめとく。あ、でも豆はちょっと見てみたいかも」
飲むのは拒否するが、豆には興味があるらしい。
俺も豆には興味あるし、ちょっと見てみよう。
「お、これは流石にわかるな」
袋を明けるとふわりと中の豆の香りがした。
何だろう、少し苦いチョコレートに、何かフルーツ系のフレーバーを足したような香り。
「あー、うん、これは今まで飲んだ事あるコーヒーに比べて、香料……いや、なんか果物が近くにずっと一緒にあったような香りだね。コーヒーの香りがまろやかになった代わりに、甘酸っぱいような香りがまざってるね」
流石アベル。普段からいい匂いの物に囲まれているお貴族様。
「飲んでみる?」
「気になるけど、遠慮しとくよ」
頑なだな!!
豆は劣化しないように、収納の中にしまっておこう。
いまいち味の違いがわからないし、コーヒーとして飲むよりポーションの材料にしてみようかな。
「お待たせしました。二杯目は粉末にした粉に、直接お湯を注いでかき混ぜたものです。底の方には粉が溜まっておりますので、最後の方はお残しになれた方がよろしいかと。それとドリップ式と比べて苦みが強く出ますので、苦いようでしたら甘い物をご一緒に召し上がるとよろしいかと思います」
コトリと小さな音を立てて、俺の前に二杯目が置かれた。
ええと、前世で俺が住んでいた辺りでは、あまり馴染みのなかった淹れ方だけれど、こういう淹れ方をする国もあったのが、記憶の片隅に残っている。
香りは相変わらずふんわりとして、ほのかに果物っぽい香りがする。
「あっ……」
これは、一杯目より苦みが強くて味がはっきりしているな。
粉に直接湯が注いである為、コーヒーを口に入れると香りを強く感じ、ドリップ式に比べて随分野性味のある味である。
確かにこれは甘い物が欲しくなる。
甘い物が欲しくなって、先ほどのイチゴタルトをコーヒーの後に口に入れた。
イチゴタルトの酸味と甘味が口に広がり、再び苦い物が恋しくなる。
交互にいくと口の中が程よく苦くなったり甘くなったりで、コーヒー豆の粉を直接湯で溶いた苦みも気にならない。
底に近付くにつれて、沈殿している粉が口に入るようになったので、二杯目はそこで終了。
「三杯目はこちらになります。甘いコーヒーになりますが、わたくしのおすすめでございます。よくかき混ぜてお召し上がりください」
次にリリーさんが持ってきたのは、耐熱効果付与されたグラス。グラスの底の方に三分の一ほどミルク……いや、コンデンスミルクが入っており、その上にコーヒーの層がある。
今世のコンデンスミルクは保存の利く乳製品という扱いで、砂糖も使う為やや高めで、庶民にとってはあまり馴染みのない食品である。
そんなコンデンスミルクに、高級豆コ・ピアを注いだコーヒー。
「へぇ、これはコンデンスミルクか。甘くて美味しいから好きなんだよね」
そこまで甘党ではない俺ですら、前世ではコンデンスミルクのチューブを啜るのが好きだった。
当然のようにアベルもコンデンスミルクは大好きである。
「試しに飲んでみろよ」
「う……」
アベルの前にコーヒーカップをスーッとスライドさせると、アベルの葛藤しているのが見える。
「むしろ普通のコーヒーより飲みやすいかもしれないぞ」
「く……、せっかくだし飲んでみる」
アベルがスプーンでコーヒーをかき混ぜ、恐る恐る口へと運ぶ。何か手がカタカタしているぞ!?
そんな、めちゃくちゃびびらなくても。
そして少し口を付けて、固まった後、チビチビと続きを飲み始めた。
「苦みが嫌みじゃない、香りもほんのり甘いし、コンデンスミルクの甘味以外にも果物ぽい甘さを感じる……何これ不思議。コンデンスミルクの甘さと、このフルーティーなコーヒーがすごく相性いい。家でも飲みたい。でもアレのアレだし……自分で拾うのは嫌だし……でも、飲みたいし……グランに拾って来てもらおうかな」
アベルが何かブツブツと言っている。最後に不穏な事が聞こえたが、これは好みだったやつだな。
「リリーさん、こっちの豆から俺のも、淹れてくれないかな」
「…………」
俺のをアベルに渡してしまった為、リリーさんに追加を頼もうと声をかけたら、リリーさんがカウンターに立ったまま動かなくなっていた。
「リリーさん? 大丈夫か?」
「ふぇあ!? あ、す、すすすす、すみません。情報量多すぎて放心しておりました。大丈夫です、戻って参りました」
「情報量?」
アベルの独り言の事か? なんかすごい勢いでブツブツ言っていたしな。
「おおおおおおおお気になさらず。追加のコーヒーすぐに淹れて参ります。豆をお預かりいたしますね。ししししし失礼いたします」
なんだか妙に噛み噛みになりながら、リリーさんは豆を受け取ってカウンターの奥へと入っていった。
「グランこれ……」
「これのコーヒーはおそらく特殊な淹れ方で専用の器具が必要だから、うちではちょっと難しいかも。や、仕組みはなんとなくわかるからいけるか?」
アベルがなんだかこのコンデンスミルク入りのコ・ピアのコーヒーを気に入ったようだが、俺の予想が合っているなら家で淹れるには器具がない。
タルバに相談すればいけるか!?
三杯目もおそらく俺の前世の記憶に、少しだけ残っている淹れ方だと思う。
二杯目は単純な淹れ方だが、それでも前世で同じ淹れ方があった。
リリーさんのお店で出てくるコーヒーはサイフォン式がメインだが、ドリップ式とエスプレッソもある。
どれも俺の前世の記憶に残っているコーヒーの淹れ方ばかりだ。
すごいな、今世のコーヒー産業に携わった人の中に転移者か転生者がいるのかな?
もしかしたら、今でもこの世界のどこかに、俺やジュストのように別の世界の事を知っている人がいるかもしれない。
いるなら、ちょっと会ってみたいし、共通の話題で盛り上がってみたいな。
……なんて事を思った。
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