第255話◆早春の味

「こちらの森は随分育って、土壌も豊かになってますわ」

「この空間魔法をかけた洞窟の中で採れる鉱物の種類が、どんどん増えているみたいね」

「草原を開拓して畑を広げましたけどぉ、まだ足りないみたいですねぇ。キノコさん働き者ですねぇ」

「うむ、畑が足りなければ増やせばいい。ここに大樹を置いて空間魔法をかけて、中を畑にしよう」

 朝食の後、今日もせっせと三姉妹とラトが箱庭を弄っている。


 俺が王都に行っている間、箱庭の世話を三姉妹達に任せていたのだが、すっかりハマってしまったようで、毎日せっせと弄っている。

 王都から戻って来て、箱庭用の台を作ったので、箱庭はコタツの上から日当たりの良い窓の側に移動した。

 元々、三姉妹達がおままごとするのも可愛いなとか思っていたのが、三姉妹とラトがすっかり箱庭ガチ勢になっている気がする。

 そして、ラト。お前、何かやり過ぎ感のある木を植えてないか!?

 箱庭の縮尺で見ると、ラトの植えた木がデカすぎて、ご神木みたいになっているぞ!?

 三姉妹とラトによって弄られた箱庭は、すっかり畑が広がり、森も大きく育って、キノコ君が忙しそうにスローライフを満喫している。

 スローライフはやはり忙しいようだ。

 まぁ、なんだか楽しそうだし、好きなようにやらせておくか。


 キノコ君は相変わらず毎朝お裾分けをくれる。

 最初のうちは果物や野菜を少量だったのが、日に日にその量と種類が増え続けて、最近では薬草や鉱物も混ざり始めて、毎朝何がもらえるかちょっとした楽しみになっている。

 受け渡しに使うキノコ君の不思議な箱も、だんだん容量が増えている気がしている。


 薬草が混ざり始めたので、最初の頃は受け取ってくれなかった薬草の種を渡してみたら今度は受け取ってくれて、その薬草がお裾分けに混ざるようになったので、もしかするとキノコ君には耕作スキルがあって、その条件を満たした種や苗なら受け取ってくれるのかもしれない。

 コショウはまだ受け取ってもらえないが、いつかコショウを受け取ってくれるようになったらいいなぁ。


「ねぇ、グラン? 俺の勘が正しければ、あの箱庭このまま続けると、間違いなくとんでもない事になると思うんだけど?」

 リビングでお兄様から任せられた本を翻訳しながら、箱庭の様子を見てアベルが目を細める。

 俺でもわかる、アベルの勘はおそらく正しい。

 しかし、キノコ君のくれる物には興味があるし、手に入りにくい物なら少量でもキノコ君が作ってくれるなら大歓迎なので、しばらくはこのまま見守ろうと思う。

「そんな気はしてるけど、今のところ問題ないし、せっかく楽しそうだからしばらく様子見でいいかな?」

「グランはのんきすぎ。何が出てくるかは俺もちょっと気になるけど。ところで今朝は何をもらったの?」

「うん? 今日はコロコニーって薬草の蕾をもらったよ」

「その薬草、知ってる。すごくえぐくて苦いやつだよね。そのままだと蓄積型の毒があるやつだけど、薬の材料にもなるやつ」

「そうそう、でもちゃんと処理すれば根は毒消しのポーションになるし、蕾や葉柄の部分は美味しく食べられるんだ」


 コロコニーは雪解けの季節になると、地下茎から蕾が地上に顔を出す。

 この蕾が少し苦みがあるのだが、爽やかさのある苦みでやや癖になる。

 花が終わると、地下茎からニョキッと葉っぱが出てくるのだが、この地下茎と葉っぱの間の葉柄も食べる事ができる。

 そのままだと毒のある植物で、地下茎や根は特に毒が強いが、正しく処理をすれば解毒用のポーションにもなる。

 まさに毒にも薬にもなる植物である。

 苦みがある為好き嫌いは分かれそうだし、そのままだと毒のある植物なので、お金持ち層の食卓にはあまり上がらないのかな?

 早春から水辺で大繁殖する為、田舎の平民にとっては、春先に楽に手に入る馴染みの深い食材である。

 少し苦みがあるからアベルは苦手かもしれないなぁ。

 俺は蕾が一番好きかな。その蕾を渡して来るとは、キノコ君はよくわかっている。


「へぇー、美味しいのかぁ……、気になるけど、コロコニーは薬草だから実質野菜だし、苦そうだしなぁ」

「よし、じゃあ今夜はコロコニーの蕾を使った料理にしようか」

「うげっ! あの苦いの料理に使うの!?」

 アベルがものすごく嫌な顔をしているが、今夜はコロコニーの蕾を美味しく召し上がろう。

 キノコ君がくれた分だけだと物足りないから、森の小川でコロコニーを採って来るかな。






 春が近いと言っても、まだ森の日当たりの悪い場所には雪が残っており、薄着で出歩ける程の暖かさではない。

 コロコニーを採る為に、森の中の小川へと向かっていると、日当たりの良く少し暖かい場所に新芽が出てきたヨモ草が目に入った。

 ヨモ草は、日当たりの良い場所ならどこでも生えている身近な薬草で、春先から初夏にかけてが効果の高い旬の時期である。

 暖かくなり始めた今の時期は、ヨモ草の新芽が出てくる季節だ。

 葉が大きくなるとやや苦みが出てくるヨモ草だが、葉が柔らかい新芽のうちは苦みが少なく、食用に向いている時期だ。

 せっかくだからヨモ草も今日の夕飯にしてしまおう。

 根元から抜かず、葉っぱだけ千切って持って帰れば、また時間が経つと新しい芽が出てくる。


 おっと、ヨモ草に夢中になってしまった。コロコニーの生えていそうな水辺に行かないと。

 お、こっちには菜の花系の薬草が蕾を付けているぞ。よしこれも採って帰って夕飯のおかずだ。

 ヨモ草を摘んだ後、少し歩いた場所でまだ蕾の菜の花系の花を見つけた。

 川が近付き森が開けて日当たりが良く、暖かい場所だ。

 それも思わず立ち止まって回収してしまったが、目的地はすぐそこだ。


 ん? あれはアンサルピエルナじゃないか。

 アンサルピエルナは日当たりが良い湿気のある場所に生えるシダ系の薬草で、冬の間は葉を枯らしているが、春が近くなると新芽が出てくる。

 今がその季節で、先端がくるくると巻いたアンサルピエルナの新芽が、小川のすぐ手前の日当たりの良い場所に生えているのが目に留まった。

 こいつは新芽のうちは灰汁がほとんどなくて美味しいんだよな。よし、持って帰ろう。

 本格的な春はまだだけれど、少しずつ暖かくなってるから、早春の薬草を見かけるようになって、森の散策が楽しいな。

 あ、また道草をしてしまった。目的はコロコニーだった。




 少々道草を……いや、夕飯の追加食材が増えてしまったが、コロコニーの蕾も見つけて収穫してきた。

 今日はこのコロコニーの蕾と採ってきた薬草達を天ぷらにするのだ。

 野菜ばかりだとアベルが嫌な顔をしそうだし、ロック鳥の肉の天ぷらを追加するかな。


 コロコニーはそのままだと、えぐみと苦みが非常に強く、即効性ではないが体に良くない毒があるのでしっかりと灰汁抜きをしなければならない。

 コロコニーの灰汁抜きは、塩を加えて茹でた後、流水で冷やして水に晒してしばらく放置。時々水を換えてやればいい。

 アベルは苦いのが苦手だから、アベル用のは塩ではなく、重曹……いや、魔法の粉で茹でておいた。こちらもその後の処理は同じだ。

 灰汁抜きが終わったコロコニーの蕾は、まだ開いていない花弁部分を、丁寧に開いておく。


 ヨモ草とアンサルピエルナは新芽なら灰汁抜きの必要はなく、水で綺麗に洗うだけだ。

 アンサルピエルナの新芽は先端がくるくると巻いているので、丁寧に洗わなければいけない。

 ヨモ草もアンサルピエルナも、洗いながら茶色くなっている部分やゴミを取り除いて、下処理は完了。

 下処理が終わったら、打ち粉をして衣を付けて揚げるだけだ。


 ロック鶏の肉の天ぷら――ロッ天でいいか?

 これはささみの部分を使おうかな。

 コットリッチの肉と迷ったのだが、ロック鳥の肉の方がコットリッチの肉よりさっぱりしており、天ぷらにはロック鳥の方が向いていそうだった。

 唐揚げやフライドチキンにはコットリッチの方が、ジューシーに仕上がりそうな感じだ。

 というわけで、今回はロック鳥のささみで天ぷらだ。


 具の準備ができたら、天つゆだ。

 これは基本に忠実に醤油とイッヒ酒と削り節だ。

 ホント、醤油がたくさん手に入ったのはありがたいな。

 オーバロに行ったおかげで、作れる料理が一気に増えて、とても料理が楽しい。


 下準備が終わって、夕飯の時間にはまだあるのだが、今日は少し早めに料理を仕上げる事にした。

 下ごしらえの済んだ材料に打ち粉と衣を付けて、熱々の油の中に入れていく。


 ジュワアアアアアアアアアアアッ!!


 衣を付けて熱した油の中に具材を入れると、油の音だけでお腹が減ってくる。

 何て思うのは最初のうちだけ。

 揚げ物って、ずっと揚げていると、それだけでお腹がいっぱいな気分になるんだよな。


 つまり、他人の揚げた天ぷらが食べたい。ついでに後片付けも他人に任せたい。

 そんな事を思っても、揚げるのは自分しかいないから自分で揚げるしかない。

 マルゴス辺りに天ぷらの作り方を教えて、揚げてもらうか?

 ダメだ。削り節とイッヒ酒はどうにかなっても、醤油の安定供給がないと、天つゆで困りそうだ。

 バーソルト商会にお願いしたら、天ぷらをメニューに加えてくれないかなぁ。でもやはり、醤油の運送でコストが跳ね上がりそうだな。


 他人の揚げた天ぷらを食べる方法を考えているうちに、どんどん天ぷらが揚がっていく。

 揚げ終わって油が切れた物から、皿に移して収納の中に。

 全て揚げ終え収納にしたが、早めに取りかかった為、夕飯までにはまだしばらくある。

 それまで他の事をしていれば、揚げ物をして油の匂いでお腹いっぱいになった気分も収まるはずだ。その為に、少し早く作業に取りかかったのだ。

 収納の中に入れておけばホカホカサクサクを維持できるからな。

 ありがとう、収納スキル大先生!!









「これは薬草、こっちも薬草、こっちも薬草だ。野菜じゃないけど薬草多すぎない!?」


 案の定、夕食時、全員が揃ったテーブルに天ぷらを並べると、アベルが微妙な顔になった。

「うん。でもアベルの分はアベルの為だけに苦くならない方法で処理したから、とりあえず食べてみて?」

「え? 俺のだけ違うの? ふーん、わざわざありがとう。うん、グランがそう言うなら食べてみよ」

 チョロい。

 最近悟った。下手に誤魔化すより、アベルの為に手間をかけた事を強調すれば、だいたい機嫌良く食べてくれる。

 実際、一手間かけてるけど。


 今日の夕飯の献立は天ぷらの他に、オーバロのダンジョンでアベルが仕留めた巨大ウツボの肉のお吸い物。

 森で採ってきた菜の花系の花の蕾はおひたしに。

 同じくオーバロのダンジョンで手に入れたヒジキをソジャ豆と小さく刻んだニンジンを醤油とイッヒ酒で煮付けた。

 それから、オーバロで買ってきた魚の塩焼きと、トレントの根っこのキンピラ。プラス白米。

 すごく、前世の記憶にある日本風の献立だ。

 飲み物もそれに合わせて、トレントの根っこを煎じた香ばしい感じのお茶だ。

 俺とアベルとラトは、徳利とおちょこでササ酒の熱燗。

 懐かしさのある献立にジュストの目がキラキラしていて、うっかり日本語をポロリしそうだが大丈夫か!?


「あ、ホントだ。このコロコニーの揚げ物、少しだけ苦みがあるけど、衣の味と合うから、苦みがアクセントになって気にならないし、このサクサクした歯ごたえがすごくいい」

 お、コロコニーの苦みはアベルが苦手なタイプだと思ったが平気だったみたいだ。

「ヨモ……ヨモ、ヨモ草は揚げ物にしても食べられるんですね」

「おひたしにしても美味いから、次はおひたしもやろうな」

 ヨモ草は日本にもそっくりなのがあったからな。ジュストが間違いそうになるのもわかる。

「うむ、この薬草の揚げ物のほろ苦さで酒がすすむな」

 酒好きのラトは、コロコニーやアンサルピエルナのほろ苦さが好きそうだと、思っていた。


「黒い! 何これ!? 初めて見るわ!」

「海のお野菜ですねぇ。海のお野菜は不思議ですねぇ」

「見た目はすごいですけど、苦みと臭みは全然ないですわ。おショウユの味でおコメがすすみますわ」

 ヒジキは見た目が真っ黒だからなー、初見だと抵抗あるのが普通だよな。

 味はほとんど癖がないし、醤油ともよく合って食べやすいし。


「え? これトレントの根っこだよね? 何これ、ショウユと合わせたらこんな味になるの? トレントの根っこなんて野菜の仲間なのに、これならたくさん食べられる。ニンジンが混ざってるけど……これなら気にならない……かな? トレントは揚げても美味しかったし、植物系の魔物だけど魔物だから、実質肉でいい気がしてきた」

 などとアベルがとんでも理論を展開しながら、トレントのキンピラを食べている。

 キンピラならニンジンも平気なのは意外だし、トレントの根っこを気に入るなんて意外だな。

 お貴族様なら、木の根っこなんて嫌がるかもしれないと思っていたのに。

 まぁ、キンピラは美味しいよなぁ。ごはんがすすむしな。俺もキンピラは大好きだ。


「く……こっちは魚のスープか……でも骨は取ってあるの? 骨が気にならないなら大丈夫かな。うわ、歯ごたえすごい。オーバロのダンジョンにいた魔物の肉か。こっちは菜の花の蕾? あ、ちょっと苦い……でもいける」

 アベルがブツブツと独り言を漏らしながら、とりあえずちょっとずつ食べてみている。

 今日はアベルの苦手な物が多いメニューだったけれど、思ったよりすんなり食べてくれたな。


 なんだろう、この好き嫌いの多い子供を持った母親みたいな気分は!?

 

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