第257話◆グランのスローな朝
昼間は暖かい日が増えたと言っても、朝晩はまだまだ寒い。
前世だと仕事以外で朝早く起きる事はなかった。
今では夜遅くまで起きていてもやる事があまりないせいか、早寝の習慣がついてしまい、早く寝るので朝も早く目が覚める。
夜明けの遅いこの季節、まだ少し薄暗い時間にベッドを出て窓の外を見ると、家からラトが白いシャモアに姿を変え、ゆっくりと森へ向かって歩いて行くのが見えた。
ラトはうちで一番早起きだ、朝は必ず森の見回りへ行き、色々と季節の食材を持って帰って来てくれるので、とてもありがたい。
服を着替えて外に出ると、朝の空気は冷たいが気持ちいい。
最近、家に引き籠もりっぱなしのアベルを早朝の鍛錬に誘ってみたのだが、秒で断られた。
夜遅くまで頑張っているみたいだし、仕方ないか。
軽く体をほぐした後、剣を振っているとジュストもやって来た。
最近ではすっかり、ジュストと二人で早朝に鍛錬する事に慣れてしまった。
二人だと、手合わせもできるので、一人でやるよりも為になるし、一人より二人の方が楽しい。
最近ではジュストが腕を上げて来たので、手合わせがだんだんヒートアップして、お互い細かい傷ができる事が増えた。
ジュストの成長が早くてこのままでは追いつかれてしまいそうである。
ジュストは生き物を殺すと呪いが進行する為、殺さないようにしているだけで、決して弱いわけではない。
俺もAランクになったわけだし、うっかりジュストに追い越されないように精進しなければ。
ジュストと一緒にしばらく体を動かした後は、獣舎へ行って騎獣達の朝ご飯だ。
が、朝ご飯の前に少し遊んでやる。
ワンダーラプター達はどんどん動きが良くなって、頭も良くなっている気がする。
今は、三匹纏めて相手をしてやっているが、連携がどんどん巧みになっていくので、そのうち三匹同時に相手にするのは厳しくなってくるかもしれない。
いや、飼い主としてそれはダメだな。
ワンダーラプター達に負けないようにして、上下関係ははっきりさせておかないとな!!
「グエエエーッ!」
「ンギャッ!」
「ギョヘッ!?」
おっと、そんな事を思っていたらやり過ぎてしまった。
「クエエ?」
俺がついやり過ぎてしまって、地面にへたり込んでしまったワンダーラプター達に気付いたオストミムス君が、こちらに走って来た。
オストミムス君の世話はジュストがやっている。
俺がワンダーラプターと遊んでいる間、ジュストはオストミムスと遊んでいる。
「クェクェ」
遊びながら回復魔法を教えたのか、オストミムス君は効果は低いが回復魔法を使えるようになっている。
へばっているワンダーラプター達に、オストミムス君が回復魔法をかけてやっているのは、とてもほっこりする。
シランドルでも一緒に旅をしていたし、うちでもずっと一つ屋根の下で暮らしているので、すっかり仲良しのようだ。
ワンダーラプター達と遊んで、ちょっぴりエキサイトしてしまったが、騎獣達に朝ご飯をあげた後は畑へ。
周囲はすっかり明るくなっているが、気温はまだ低いので水遣りはもう少し暖かくなってからだ。
とりあえず朝食用の野菜の収穫だ。
今日はスピッチョかな。
スピッチョの季節もそろそろ終わりで、スピッチョを植えていた場所がスカスカになってきている。
次は何を植えようかな。三姉妹の加護があるけれど、あまり連続して植えない方が良いかな? 少し休ませてから何か植えるか。
スピッチョを収穫していると、フローラちゃんがヒョコヒョコとやって来た。
「フローラちゃんおはよう」
声をかけるとユラユラと揺れて返事をして、少し小さめのタマネギを俺の方に差し出した。
「お、森タマネギかい? ありがとう、朝のサラダに使わせてもらうよ。タマネギならアベルも食べるからな」
タマネギ系は、数少ないアベルが平気な野菜の一つである。
森タマネギは森に生えている野生のタマネギで、生のままでも辛みが少なくサラダ向きのタマネギだ。
アベルが大好きなフローラちゃんは、こうしてアベルが平気そうな野菜を毎朝渡してくれる。
フローラちゃん健気すぎないか!?
「アベルは最近ずっと難しい本と睨めっこしてて、おそらく目も疲れて肩も凝ってるし、ずっと引き籠もって精神的にも疲れてそうだから、疲れが取れそうな香りの花がおすすめかな? リラックス効果が強いと眠くなりそうだから、リフレッシュ効果の方がいいかもしれないね」
フローラちゃんは、時々アベルの部屋にこっそりと花を飾っている。
アベルは妖精のいたずらか贈り物だと思っているのだが、フローラちゃんはそれでいいらしい。
むしろ、フローラちゃんがおいていると知られるのは、恥ずかしいようだ。
フローラちゃんなら、最近引き籠もりがちで疲れているアベルにぴったりな、リフレッシュ効果のあるお花を贈ってくれるだろう。
野菜の収穫が終わったら、家に戻って朝食の準備だ。
その前にキノコ君の箱庭を覗いて、今日のお裾分けを貰う。
日々色々な物をくれるのだが、その量も種類も増えて来ている。大きさもだんだん大きくなっている気がする。
なんか少しずつ嫌な予感がしているが、三姉妹とラトが主に弄っているからな……仕方ないな。俺は何も悪くない。
キノコ君が今日も野菜と果物をくれたので、これも朝食に使ってしまおう。
ん、野菜以外にも何かあるぞ?
おっ! 小さいがアメジストが混ざっているぞ!
アメジストは聖属性と相性が良く、その中でも破邪や耐呪効果に優れている。
そういえば、ジュストの装備は呪いに対する耐性がいまいちだから、ジュスト用に耐呪アクセサリーでも作るか。
またどこかで変な呪いもらったら困るしな。
おっと、キノコ君にお礼を渡さないと。
ん、コーヒー豆を渡したらどうなるのだろう。受け取ってくれるかな?
お、受け取ってくれたぞ!? もしかしてこれは、箱庭にコーヒーの木が生えるか!?
コーヒーはシランドルまで行かないといけないから、アベルにお願いしないといけないからなぁ。
レイヴン達にもたまには会いに行きたいけれど、気軽に行くには少し遠い。
おっと、朝食を作らないとアベルや三姉妹達が起きてくる。
朝食を作りながら、昼間は冒険者ギルドの仕事へ行くジュストの弁当も一緒に作る。
最近はキャラ弁という物にハマっていて、前世の記憶を掘り返しながら、色々作ってみている。
「グ、グランさん! キャラ弁は食べるのが勿体ないので、できれば普通のお弁当でお願いします!! すごく手間もかかりますし普通ので!!」
「ん? 手間ってほど手間でもないぞ? わりと楽しいし?」
ジュストの弁当用に卵を焼いていると、横で朝食の準備を手伝ってくれていたジュストが、鬼気迫る表情で言った。
「いえ! 凝ったものは崩すのが気が引けるから普通ので!! 是非とも普通のお弁当で量を多めでお願いします!!」
あ、なるほど! 年齢的に可愛さより量のお年頃か!
なんだか、お年頃の子供を持つお母さんになった気分だな。
朝食はバターロールにミミックのクリームスープ、ベーコンとスピッチョのバター炒め、ふわふわオムレツ、それに加えてキノコ君がくれた野菜のサラダとフルーツだ。
アベルと三姉妹達が起きて来て、ラトが森のパトロールから戻って来たら、いただきます。
今日も平穏で平凡な一日が始まる。
……はずだった。
「ねぇねぇ、アルジネの南に大きな湖あるの知ってる?」
「あー、あるな。あの辺りって水が豊かで、ユーラティア内陸部きっての農業地帯で、湖周辺でも漁業も盛んなんだっけ?」
朝食の席での、アベルとの何気ない会話。
「へぇ、グランにしては詳しいね」
俺にしてはって何だ!? 行った事ないけれど、自分の住んでいる場所の近くの事は知っているぞ!!
「あそこの湖さ、春先になると大発生する水棲植物系の魔物がいるんだ。Dランクの魔物だけど、発生する数が多いからAランクで受けても嫌がられないはずなんだ」
高ランクの冒険者が低いランクの依頼を受けると、その依頼のランクが適正な冒険者の仕事を奪う事になる為、自分の前後一ランクの依頼を受けるのがマナーみたいな風潮がある。
ただし、人手が足りず依頼が余っている場合はその限りではない。
気温が上がる春先から、多くの魔物が繁殖期になる初夏にかけては、魔物の数が増える時期なので、討伐系の依頼がどこの地域でも多い。
「だからさ、朝食の後、行ってみよ?」
いきなりだな、おい!?
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