第251話◆当然の義務

 炎をガードする為に出したガーゴイルの台座を収納に押し込み、バルダーナに向かい合う。

 俺もバルダーナも魔道具の色は橙。大きい攻撃に一発か二発当たったら、アラームが鳴ってしまう。


 俺とバルダーナは予想通り似たような戦闘スタイルで、このままだと爆発物の応酬になりそうだ。

 ランクアップ試験がそれでいいのか!?

 いや、爆発物ごり押しは評価が下がりそうだな。しかし、正面から攻めるにはバルダーナの隠し武器や罠が怖い。

 どうしたものか。


 どう攻めるか悩んでいると、先にバルダーナが動いた。

「まぁ、小細工ばかりじゃ実力がわかりづらいから、少し打ち合いをするか」

 そう言って、バルダーナが地面を蹴って突っ込んで来た。

 その言葉、信じていいのか?

 警戒をしつつ、バルダーナのダガーの攻撃を剣で受け流す。まだダガーは片手だけだ。

 バルダーナの攻撃はスピードもパワーもあり、受け止めると次の行動が制限され不利になる。

 その攻撃を払うように横に受け流す。そうすれば脇が空く。

 その脇に向かってロングソードではなく、左手に収納から取り出したショートソードを持ち差し込む。

 その攻撃をバルダーナが身を翻して躱し、最初の攻撃を受け流す為に剣を振って空いた俺の胴に向かって、バルダーナが右手のダガーを振るう。

 ショートソードを収納に納めながら、一歩引いてそれを躱すと、いつの間にか抜いたもう一本のダガーを持った左手が、下から打ち上げるように伸びて来た。

 その攻撃をロングソードで弾いたタイミングで、踏み込んで来たバルダーナの足に足払いをかける。

 これは、見切られて避けられるが、次に足が着く場所を狙ってマキビシを撒いた。

 人間、想定していた足場がいきなりなくなると、バランスを崩すものだ。

 そこを狙って、一歩踏み込む。


 カッ!


 何か踏んだ!?

 また罠かっ!? いつの間に!? いや、俺が踏み込む瞬間に足元に投げたのか!?


 慌てて下がると、俺が踏んだ場所から炎が上がった。

「あぶねぇ、小細工なしじゃねーのかよ!」

 バルダーナの左手のダガーはいつの間にか腰の鞘に戻っており、代わりに手の中には小さな黒いキューブ状の何かが複数あるのが見えた。

 あれが罠か? いや、踏んだら炎が上がる地雷みたいな物か? 先ほどの大量の罠もあれと同種の物か?

「いやいや、お前も十分小細工してるだろ!? なんだこの物騒なトゲトゲはっ!!」

「それは小細工じゃなくて戦略だな!!」

「おうよ、俺のも戦略だな!!」

 戦略って便利な言葉だな!?


 妙な罠や隠し武器を警戒しながらの打ち合いがしばらく続いたが、どちらもこれといった決め手がないまま、時間が過ぎていく。

 バルダーナも俺と同じく、火力より手数の戦い方の為、一発は小さいが攻撃が非常にいやらしい。そしてそれに嵌まると、間違いなく一瞬で持って行かれる。

 地味な攻撃の応酬が続いた後、仕切り直しとばかりにお互い一旦距離を取る。

 自分と似たようなスタイルの相手は非常にやりにくい。


「おい、グラン。そろそろ時間切れだ。決着をつけるぞ」

 バルダーナがマジックバッグらしきポーチから、大きめのポーションの瓶を取り出した。

 しかし中身は液体ではなく……黒っぽい粉?

 バルダーナの方からぬるりとした風が吹いたのを感じて、俺が反射的に距離を取ったのとほぼ同時に、バルダーナが瓶の中身をばら撒き、風に乗って空中に粉が舞った。

 それは、薄い煙のように見える程の量だ。

 バルダーナが後ろに下がりながら、その宙に舞う粉に向かい火球を放った。

 風に乗った粉は宙を舞いながらこちらに飛んで来ている。


 まずいっ!


 後ろではなく横に大きく跳ぶと、俺が元いた場所を舐めるように炎が伸びて、火の粉が散った。

 飛び散った火の粉はボトボトと地面に落ち、その後もくすぶり続けている。

 火薬か?

 先ほどの強烈な火魔法の正体もこれかっ!?

 あの時は爆風で砂が舞っていたから、風に乗って粉が飛んで来た事に気付かなかったのか。


 横に跳んで避けた俺のいる場所に再びヒュッと風が吹いて、バルダーナが粉をぶちまけるのが見えた。

 再び横に大きく跳んで避けると、炎の帯が俺が元いた場所に伸びているのが見えた。

 そして、相変わらず火の粉は地面に落ちても消えず、小さな赤い光が燻っている。


「反応はいいが、反撃しないと時間切れなるぞ!」

「くっそ! 近付けねーぞ!」

 横に避けて跳ぶと、着地場所にすぐに次の炎が飛んでくる。

 風魔法で可燃性の粉を飛ばして、それに火魔法で着火しているだけのようだが、単純な攻撃方法だけに、ほとんど魔力消費もなしに連打ができるようなので、めちゃくちゃ質が悪い。

 距離を詰めたいが、前に出たタイミングであの粉を浴びせられたら一発アウトだ。

 切り返す方法を考えながら、バルダーナの攻撃を避け続ける。

 模擬戦でこれだけ連打するって事は、あの粉もたいして高い物ではなさそうだなぁ。

 そして、その粉のだと思われる物が、相変わらず地面に落ちた後も火が消えず、チカチカと赤く光っているのが見える。

 飛んで来る炎を避け続けているうちに、俺とバルダーナの間の地面は、燻る赤い光でいっぱいになっていた。

 それは俺の計画通り、バルダーナを取り囲むように散らばっていた。


 そろそろか?

 足を止めて飛んで来た炎をガーゴイルの台座を出してガードする。

 台座に当たって弾けた炎の熱で魔道具の色が赤に近くなるが気にしない。

「お? 攻めて来る気になったか?」

「そろそろ時間だしな。これが最後になりそうだな」

「で、どうすんだ?」

 ブワリと風が吹いて粉が舞うのが見えた。

 ガーゴイルの台座を足場にして、大きく前方上空へ跳んでそこからバルダーナとその周囲を狙って、収納の中から大量に水をばら撒くように降らせた。

 最後に大きめの岩を出してそれを蹴って後ろへと跳んだ。


「おまっ!? 粉の正体知ってるのかよっ!?」

「こんだけばら撒けば、さすがに気付くわっ!」

 生産者舐めんなよ!?

 地面に落ちた火の粉がまだ赤く燻っている上に、俺のばら撒いた水が降り注ぐ。


 ボオオオオオオオオオオオオオッ!!


 水が地面に触れた瞬間、燻っていた火の粉が爆発的に燃え上がった。

 熱風を感じながら、俺はガーゴイルの台座の後ろに着地して、炎をやりすごす。

 この熱で俺の模擬用の魔道具は完全に赤色になるが、ギリギリアラームは鳴っていない。

 バルダーナの方もあの位置だと炎に巻き込まれていそうなのだが、まだ攻撃停止のバリアが張られないという事は、あの炎を躱したのか?


 バルダーナがばら撒いた粉の正体は、おそらく可燃性の金属を粉状にした物。あの量でこの火力になるという事は、炎と親和性の高い魔力を含んだ金属かな。

 それを風で俺の方に飛ばして、火魔法の火力を上げていたのだ。

 そしてこの手の金属粉は、燃え尽きるまで火が消えない。

 少量なら砂を上からかけてしまえばいいが、それでもなかなか完全には消えず、火が弱くなったと思って、砂を避けて空気と触れると、またすぐ発火してしまい非常に厄介だ。

 その上、消火しようと水をぶっかけると。より一層燃え上がるという大変危険な物である。

 炎が飛んできたからと言って安易に水で相殺しようとすると、逆に爆発的に燃え上がるところだった。

 ガーゴイルの台座ちゃん大活躍。マジ、備えあって、憂いがなかった。


 ピシッ!


 ん?


 ピシッ! ピシッ!


 何か高い音が聞こえる。これは……。


 パキッ!!


 音のする方――ガーゴイルの台座の方を振り返ると、小さなヒビが音を立てながら広がっているのが見えた。


 まずっ!!


 バキバキバキバキッ!!


 亀裂が広がってから台座が崩れるまでは一瞬だった。

 頑丈そうな台座だけれど、二度もあの炎を防いだ後に、この大炎上の盾にした為、限界だったようだ。

 ガラガラと台座が崩れ、まだ激しく燃え上がる炎と俺の間に障害物はなくなり、こちらに炎と熱風が押し寄せて来た。


 ビーーーーーーーーーーッ!!


「そこまで!!」

 審判の女性職員の声が響いた。

 マジかよ!!

 台座が壊れて、こちらに伸びてきた炎とその熱に触れ、俺の魔道具のアラームが鳴ってしまった。


 くっそ、俺の方のアラームが鳴って、戦闘終了のバリアが展開されたので、バルダーナの方は鳴っていないのか。

 バルダーナはどこだ?

 バルダーナがいた場所を見ると、何か細長い物が燃えているが、バルダーナにしては細いし小さい。


 は?

 よく見ると、それは短い丸太だ。

 バルダーナが元いた辺りの炎は、その炎を引っ張るように燃えている。

 丸太を身代わりにして逃げたのか? なんだあの丸太!? 忍者かよ!!


「いやー、危なかった、危なかった」 

 後ろからバルダーナの声が聞こえて振り返ると、魔道具が赤くなっているバルダーナが、ニヤニヤしながら立っていた。

「あれ、避けたのかよ」

「そりゃ、自分の撒いた炎の対策くらいはしてるわ。身代わり用の丸太を使わされるとは思わなかったな」

 なるほど、炎もしくは魔力を集める系の付与をした丸太か?

 魔力を持った金属が燃えている炎なので、バルダーナの周囲の炎は丸太の方に行ったというところか?

 面白い丸太だな!? 俺も作っておこう。


 くっそー、実技試験の模擬試験は勝つ事は合格の条件ではないが、負けるとやっぱ悔しいぞ。

「まー、予想はしていたが技能や判断力は合格ラインだな。火力を手数でカバーするタイプはAランクにもいる、手数が多いと臨機応変な対応ができる。周りが火力ごり押し系ばかりだとなおさらだ。尖った強さというものはどこかに大きな弱点もあるからな。それをカバーできるという意味でも、手数の多さは強みでもある。それと、問題があるとしたら詰めの甘さだな」

「うぐっ!?」

 敗因が台座の耐久を考慮していなかった事だから、詰めが甘いと言われても仕方ない。

「では実技はここまで、残りの筆記と面談をやるぞ」


「ギルド長! グランさん!」

 バルダーナに促されて残りの試験に向かおうとしたら、審判をしていた女性職員に呼び止められた。

「ん? どうした?」

 バルダーナが足を止めて職員の方を振り返る。

 俺もそちらを振り返ると、ニコニコと超笑顔の職員さんが見えた。


「これ、水で消火できないやつですよね? グランさんも色々ばら撒いてますよね? それにこの壊れた瓦礫も。使った後は片付けて帰ってくださいね? ギルド長であろうと試験であろうと、使った物の後片付けは使った人がやるのが決まりですよね?」

 言われて振り返ると、勢いは弱まったがまだまだ炎が残っているし、砕けたガーゴイルの台座もある。

 そして、俺がばら撒いた砂や石が残っている。水は金属と反応してなくなったかな!?


 次の試験に行く前にバルダーナと仲良くお片付けをする事になった。

 使った物は使った人が片付ける。

 うん、大人として当たり前だね。


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