第249話◆ランクアップ試験

 冒険者のランクアップの試験は、筆記と実技と面接がある。

 ランクアップにはこの三つ全てを合格しなければならない。知識、技能、性格全ての条件を満たさなければならないのだ。

 当然の事だが、ランクが上がれば上がるほど試験は厳しくなる。

 Bランク以上は特に厳しく、Aともなれば受かる者の方が少ない。

 Sランク? 知らない。Sランク冒険者なんて見た事がない。

 そういえば、王都のギルドではドリーが一番Sランクに近いとか言われていたな。アベルは性格面でSは無理だろうとも言われていた。


 ランクアップ試験は条件を満たした状態で、受付カウンターで申請すれば受ける事ができる。小さな冒険者ギルドだと高ランクの実技試験を行える職員がいない場合もあり、その場合は大きな町の冒険者ギルドを紹介される。

 ピエモンなんて小さな町だと、Aランクの試験は無理そうに思うのだが、試験の申請をするやいなや、バルダーナがニヤニヤしながら奥から出てきた。

 わかる、このおっさん絶対Aランク以上の資格を持っている。日頃はヘラヘラしているが、ドリーによく似た威圧感がある。


「お? Aランクになる気になったか?」

「まぁ、なれるなら……な」


 正直なところ、Aランクになりたくないわけではなかった。Aランクという肩書きに気後れをしていたのだ。

 それを何だかんだと理由を付けて、誤魔化していた。

 そうだよな、冒険者ギルドの試験は厳しい。Aランクに足りない実力なら、落とされる。合格できたなら、そういう事だ。


 そして、昨日のジュストの言葉で決心が付いた。

 できる事をやらないで後悔するのは嫌だ。


 いつも共に行動するわけではないが、行こうと思えば共に行ける。

 もし俺がAランクだったら一緒に行けたはずなのに、一緒に行っていれば、どうしてBのままだったんだ――なんて後悔はしたくない。


 Aランク、合格するぞ。






 冒険者ギルドには、冒険者の為に様々な施設がある。

 その一つが闘技場だ。普段は冒険者達の訓練や研修に使われており、ランクアップ試験の時はここで実技の試験が行われる。

 簡単には壊れないように保護系の魔法がかかっているが、うっかり壊すと修理費を請求されるので気を付けなければいけない。

 ピエモンの冒険者ギルドは規模は小さい為、闘技場も狭めだが、近接同士で一対一の模擬戦をするには十分な広さだ。


 俺はアタッカーなので、実技試験は模擬戦用の魔道具を装着して、試験官との模擬戦となる。

 Aランクの試験の為、試験官はAランク以上。バルダーナが出てきたという事は、バルダーナが、そのAランク以上の試験官という事だ。


 試験用の魔道具は二つ一組の魔道具で、魔道具を付けた者同士の攻撃を無効化し、一定以上の攻撃を無効化すると、アラームが鳴る仕組みとなっている。

 つまり攻撃無効化の魔道具を装着して、模擬戦をするのだ。

 魔道具を付けた者同士に限られるとはいえ、攻撃無効化の魔道具なんてめちゃくちゃ高価で燃費も悪い為、この魔道具を動かす為に使われる魔石代は試験の料金に含まれている。

 聞いた話では空間魔法と時間魔法系の付与でダメージをなかった事にする仕組みだとかなんとか。さすが冒険者ギルド、高度で金のかかっている魔道具だなっ!!


 そんな理由で攻撃力が高くなる高ランクほど、試験を受ける為にかかる費用は高くなる。

 Dランクまでは良心的な値段だが、Cからはやや高め、Bで跳ね上がり、Aになると受験料は金貨五枚だ。しかも合格すれば、事務手数料で更に金貨二枚も取られる。

 金貨五枚といったら、一般的な平民の一ヶ月の収入が金貨三枚から四枚くらいだから、それより高い。高ランクの冒険者の収入がいいといっても高すぎ!! やるなら一回で合格したい!!

 何度も試験に落ちたら、心が闇に墜ちてしまいそうだ。

 ランクアップには金がかかるが、AになってしまえばAランクの高報酬の依頼も受けられるし、指名料もくそ高い為、試験料の元はすぐに取れる。

 それにAランク以上の特権も多いので、Aランク以上を目指す冒険者は多い。





「準備はいいか?」

「おう、いつでもいいぞ」

 ギルドの建物の地下にある闘技場に案内され、模擬戦用の魔道具を付け、闘技場の真ん中付近でバルダーナと向かい合う。


「それではルールは大丈夫ですね? 制限時間になるか魔道具のアラームが鳴ったら終了です。攻撃は無制限ですが、施設や模擬戦用の魔道具を破壊した場合は修理費用が請求される場合がありますので、お気を付けください」

 説明してくれているのは、職員のお姉さん。このお姉さんが俺とバルダーナの模擬戦の審判をしてくれる。

 おっとりとした優しそうなお姉さんだが、冒険者ギルドの職員は皆、Cランク以上の実力者だ。


 模擬戦用の魔道具は現在、緑色に光っており、攻撃を受けるとこれが黄、橙、赤と変わっていき、一定までダメージが蓄積するとアラームが鳴る。

 模擬戦用の魔道具で攻撃はほぼ無効化されるが、攻撃に当たった事を認識できるように、多少の衝撃が残るように設定されている為、何だかんだで痛いし、でかい攻撃をくらえば衝撃もでかい。

 また、魔道具の許容を超える高火力攻撃は、攻撃無効の効果を貫通する為、必ずしも安全とは言い切れない。

 ちなみに、この魔道具をうっかり火力超過で壊してしまうと、めちゃくちゃ高いので無駄に高い火力を出してはいけない。

 多分、年単位でただ働きをして弁償する羽目になる。

 まぁ、以前王都のギルドで見た時はアベルの魔法も普通に無効化していたから、そんな簡単に壊れる物ではないのだろう。


 実技の合否判定は模擬戦の勝敗ではなく内容で決まる。

 相手に与えたダメージ、自分が耐えた時間、そして立ち回り、とっさの判断、全て考慮される。

 そりゃそうだ、高ランクのギルド職員に勝つのは難しい。

 あのアベルですら、Aランクの試験を受けた時は王都のギルド長に負けて、ものすごく悔しそうだった。


「それでは、カウント後、合図で開始です。三、二、一」

 職員のお姉さんが、戦闘開始前のカウントを始める。


 ピーーーーーーッ!!


 笛の音と共に身体強化を発動し、ミスリル製のロングソードを抜いた。

 ダメージ制なので、武器は本気の武器を使う。


 バルダーナは、ドリーのような筋肉質でゴリゴリマッチョな体格の為、一見パワー系に見える。

 しかし、装備は軽量の鎧と、腰には二本の大型のダガー。腰回りには、投擲武器がいくつも入ったホルスターが見える。

 よく見ると腕防具が他の部位に比べて妙にごつい。腕防具にも何か仕込んでありそうだ。

 このゴリマッチョ、パワー系と見せかけてスピード系だな!?


 俺が剣を抜いた直後、バルダーナの姿が消えた。

 透過系のスキル持ちかよ!!

 透過スキルは隠密スキルの上位スキルで、己の姿を消すスキルだ。

 姿が消えるだけで、存在はしているので、消えていても気配や痕跡はあるし、攻撃も当たる。


 真っ先に地面を確認する。

 闘技場の地面は砂地である。姿が消えていても砂の上を動けば足跡が残る。

 しかし、バルダーナが最初にいた場所以外、地面の砂に乱れはない。地面が乱れていないという事は上だ!!

 俺は後ろに大きく跳びながら、収納から小さめのニトロラゴラを取り出し、自分が元いた位置に投げつけた。


 ドーンッ!!


 俺が元いた位置で小爆発が起こり、砂埃が舞った。

 小さめのニトロラゴラなので爆発も控えめだ。このくらいなら、施設を壊す心配もない。

 舞い上がった砂埃の中にうっすらと人型の空間が見えた。

 そこに向けてスロウナイフを投げるが、これはあっさりとダガーではたき落とされる。

「いきなり爆弾かよ!」

 透過からの攻撃をしようとしたバルダーナが、砂埃の中に姿を現す。

「さすがにその攻撃は、わかりやすすぎだ」

 初手透過からの攻撃は小手調べか?


 次はこちらの番だ。

 俺はバルダーナの手の内を全く知らない。一方、バルダーナはギルドの登録情報で、俺のおおまかな戦闘スタイルは知っているはずだ。

 仕事の振り分けの為、ギルドの登録情報にはある程度、自分の戦闘スタイルを申請しなければならない。

 魔法の使えない、片手剣と投擲武器を併用した、スピード型の近接アタッカー。

 確かそんな感じで登録していた気がする。実際は他にも使える武器はあるが、メインは片手剣と投擲武器である。

 手の内がバレているのは少々厳しいが、他の武器を使うよりは使い慣れている剣をメインで戦った方が動ける。


 まずはこちらも様子見で、軽く踏み込んでミスリルのソードを振るう。

 あまり近付きすぎると、おそらく防具に細かい武器が仕込んであり、それによる反撃が来る。

 バルダーナの装備と初手の動きから推測すると、俺と同じスピード型で投擲武器併用の手数勝負の近接アタッカーだ。腰に大型のダガーが二本あるところを見ると、おそらく二刀流の瞬間火力型だ。

 ただし、俺との決定的な違いは、魔法を使って来る可能性が高いという事だ。


 浅い踏み込みの攻撃は、斜め後ろに下がってあっさりと躱されるが、それは予想済み。

 空いている左手の中に収納から、樹脂で作った小さな弾を出し指で弾いて飛ばす。

 予備動作なしの指弾には反応できなかったようで、飛ばした弾がパスパスと音を立ててバルダーナの防具に当たる。

 音からして革系の防具かな? 防御はそこまで高くなさそうだ。


「おっと、当たっちまったか。予備動作なしの指弾はやばいな」

「たいしたダメージじゃねーだろ」

 小さな弾が鎧部分に当たっただけなので、ダメージはほとんどないはずだ。


「俺もお前も、一発の火力より手数勝負のスタイルだな。これは、楽しい昇級試験になりそうだな」

 バルダーナが腰に下げたダガーを一本だけ抜いた。

 二本抜けば両手が塞がるから、片方だけか? 手数系なら両手が塞がるのは不利だからな。


 そして、似たようなスタイルなら魔法が使える分、バルダーナの方が手数は多いはずだ。

「こっちは楽しんでる余裕なんかないっつーの」



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