第248話◆後悔しない為に

 魔力を持っている生き物は魔物と呼ばれているが、熊は魔力を持っていないただの獣でありながら、大型で獰猛な種は低ランクの魔物よりよっぽど強い。

 魔力を持たないだけで、対抗手段を持たない人間にとっては、魔物同様に脅威となる生き物だ。

 そのパワー、堅さ、タフさ、五メートル級となれば、Cランクの魔物に匹敵する強さの可能性もある。

 高ランクの冒険者ですら、大型の熊の攻撃をまともに食らえば無事ではすまないだろう。普通の人間なら間違いなく即死である。

 そして、熊の骨格は急所が非常に狙い難く、大型の個体は分厚い毛皮に覆われた表皮も硬く、生命力も強い為、中途半端な攻撃ではなかなか倒れてくれない。

 五メートル級の熊なんて、ピエモン周辺でよく見かける小型や中型の魔物なんかより、間違いなく強力で脅威な存在である。



 南の森へ向かう道はいくつかあるが、一番大きくて整備されている道が最短ルートの為、余程の事がない限り他の道は使わない。

 南の森はピエモンから然程離れていない為、最短ルートをワンダーラプターに乗って駆け抜けると、すぐに到着する。


 森に到着し周囲の気配を探るが、近くで探索をしている冒険者らしき者の気配をいくつか拾ったが、キルシェ達らしき気配も大型の生物の気配も感じられない。

 そして多くの生物がいる場所では、魔力を持たないただの獣は、魔力を持つ魔物よりも特定し難い。

 それに、ジュスト達が採取作業をしているなら、気配を殺しながら作業をしている可能性が高い。

 ジュストは俺達とずっと行動していた事もあり、気配を消すのは昔に比べずっと上手くなっている。本気で気配を消されると、簡単には見つける事ができないだろう。

 キルシェは……、キルシェの気配もさっぱり感じないぞ!? もしかして、俺の予想以上にキルシェも気配を消すのが上手くなっているのかもしれない。

「ジュスト達の匂いは残っていないか? もしわかるならそっちに進んでくれ」

「グエエ?」

 人間よりもワンダーラプターの方が何倍も鼻が利く。気配は感じられなくとも、匂いは残っているかもしれない。

 ワンダーラプターに声をかけると首を傾げた後、グェグェと鳴いて森の奥へと進み始めた。



 森の入り口付近は人の出入りが多い為、人の通る道は上から踏まれて足跡はほぼ消えていたが、奥に進むと二足歩行の亜竜らしき足跡が残っていた。

「ん、これかっ!?」

 この少し大きい足跡は三号のか、こっちの鳥みたいなのはオストミムスだな。

 まだ寒いこの時期、動き回る生き物の数は少ない。集中すれば見つける事ができるはずだ。

 ワンダーラプターに足跡を辿らせながら、自分は周囲の気配に注意を払う。

「あ、これだ」

 ジュストとキルシェは気配を消しているようでよくわからないが、一生懸命気配を殺そうとして失敗している風なこの感じ、三号だろっ!?

 まだ距離は離れている、かなり森の奥の方まで行っていたようだ。

「これは……何か近くにいる」

 その三号に、大型の獣らしき気配が近付いている。

「グエッ!!」

「急ぐぞ!!」

 一号が鳴いた直後、ジュストが魔法を使った気配がした。

 しかし、これは……。

 一号も気付いたのだろう、俺が進みたい方向へ向かい走り始めた。



 間に合ってくれと祈るが、感じる戦闘の気配からは嫌な予感がヒシヒシと感じ取れる。

 ジュスト達の方へ近付くにつれ、踏み潰された茂みや大きな足跡が目に飛び込んできた。

 そして、魔法の痕跡に大きな血だまり。 

 戦いの気配はもう目の前。


「ジュストッ! キルシェッ!」

 名を呼びながらワンダーラプターを駆ってその場に飛び込むと、腹にぽっかりと穴が空き地面に崩れ落ちる大きな熊と、その返り血を浴びて肩で息をしているジュストの姿が見えた。

 その後ろの茂みの前には、背中に引っかかれたような爪痕のある三号が、傷口からダラダラと血を流しながら立っていた。

 三号の後ろの茂みから、ピョコッとオストミムスが緊張感なく顔を出して、クエエと鳴いた。

「グランさんっ!?」

 オストミムスに続いてキルシェが茂みから顔を出した。

 どうやら、全員無事なようだ。


「ジュスト、よく頑張ったな。間に合わなくてすまなかった。怪我は?」

 腹に穴の空いた熊が息絶えているのを確認しながら、返り血にまみれたジュストに声をかけた。

「グランさんっ! 僕は大丈夫です、それよりワンダーラプターの手当をしないと。グランさん、熊の回収とキルシェさんをお願いします」

「わかった。これはジュストが倒したのか?」

 腹部に強い攻撃を受け絶命した熊を回収しながら、ジュストに確認した。

「はい。僕は大丈夫です。全員で生き残れたので、僕は何も後悔してないので、大丈夫です」

 俺の懸念を察して、ジュストが俺にだけに聞こえる声で答え、三号の手当に向かった。

 そのジュストの表情は、答えの通り全く後悔している様子はなく、それが何故か妙に俺の胸に刺さった。


「キルシェ、大丈夫か? よく頑張ったな、無事で良かった」

「だ、大丈夫です。ジュストさんに茂みに隠れているように言われて、僕はでっかい熊が怖くて何もできなくて隠れてました」

「ああ、それで正解だ。ジュストはヒーラーだが強いからな」

 熊の死体を回収して、茂みから出てきてもまだカタカタと震えているキルシェに声をかける。

 時折冒険者として活動しているといっても、普段見る事のない大型の凶暴な獣を目の前にすれば当然の反応だ。

 そして、ジュストに言われた通り茂みの中に隠れていたのも正解だ。

 戦い慣れしていない者が下手にウロウロすれば、戦っている者の足を引っ張ってしまう。

 無駄に動き回らず、キルシェが大人しくしていたから、ジュストも戦いやすかったのだろう。


 ジュスト達は依頼の対象の薬草を採取していたらしい。その中にシュガーラゴラもあり、少し森の奥の方まで入ったという。

 シュガーラゴラなら、殺さずに根の部分だけ刈り取れるので、ジュストでも問題なく採取できる。

 採取作業を終えて、帰る途中であの大きな熊と遭遇してしまい、それに追われて森の奥に逃げる事になり、隠れてやり過ごそうとして失敗して戦闘になったそうだ。

 熊と戦える者はジュストとワンダーラプターしかおらず、ワンダーラプター一匹で対処できる相手ではなくジュストも一緒に戦ったが、ワンダーラプターが負傷してしまった為、ジュストがとどめを刺す事になったようだ。

 この事でジュストの呪いが進行する事になってしまったが、全員無事なのは本当に良かった。






「ごめんね、僕が迷わなかったら怪我をしないですんだのに」

「グエ? グエエ?」

 ピエモンに戻り、冒険者ギルドに熊の討伐の報告をし、キルシェを家まで送った後、少し暗くなり始めた空の下、ジュストと並んで家へと向かう。

 その途中、誰も乗せないで横を走る三号にジュストが話しかけた。

 それに三号が気にするなとでも言っているかのよう答える。

 三号の背中の傷はジュストの回復魔法で塞がり、傷があった場所だけ鱗が新しくなってる。


「ジュスト、呪いは大丈夫か?」

「ええ、ぱっと見わからない程度です。倒した時に肩の辺りが少しゾワゾワしたので、その辺が毛深くなってるかも?」

 心配になって尋ねれば、あっけらかんとした感じでジュストが答えた。

「そうか、みんな無事だったのはジュストのおかげだな。もう少し俺が早く到着していれば良かったのだが、すまない」

 俺がもう少し早く到着していれば、ジュストの呪いが進行しなくてすんだのが、非常に悔やまれる。

「いえ、グランさんが謝る事じゃないですよ。むしろ僕が無駄に逃げ回らず早く倒していれば、ワンダーラプターも怪我をしなかったし、キルシェさんにも怖い思いをさせずにすんだんです」

 確かにそうだが、ジュストは生き物を殺すと呪いが進行してしまうので、ギリギリまで戦う判断を延ばす事になったのは仕方ない。

 獣以下になる事はないとはいえ、生き物の命を奪えばジュストは獣に近付く。

 なのに、ジュストは何かスッキリしたような表情をしている。


「僕、今日わかったんです。呪いが進んで人間から離れた姿になるのは怖い。でもそれ以上に、力があるのにそれを使わないで、誰かが傷つく方がもっと怖いって。もしまた、僕が戦わなければいけない時があったら、その時はもう僕は迷いませんよ。結果がどうあっても、やれる事をやらないで後悔するのは嫌なので」


 ああ……。


「もちろん、できる限りそういう状況は回避するようにしますし、無駄な殺生はしませんよ」


 まさか、自分より年下で、冒険者歴もこの世界で過ごした時間も、俺よりずっと短いジュストに教えられるとは思わなかった。


「そうだな、やれる事をやらないで後悔するのは嫌だな」














 その翌日、俺は朝からピエモンの冒険者ギルドを訪れた。

「ギルド長がいるならAランクの昇級試験をお願いしたい」

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