第247話◆冬が終わる気配
俺がAランクになって、アベルと同じ場所に行く事ができるようになっても、俺よりアベルの方がずっと強い。
アベル達と一緒にダンジョンに行くのは楽しいが、難易度の高い場所に行くと、俺はお荷物になってしまう。
相性の問題があるとはいえ、ワイバーンクラスの魔物で、俺はやる事がなくなっていた。
たとえアベル達と同じ場所に行く事のできる資格を手に入れても、俺が役立てるかは微妙だ。
先日の襲撃事件の時は、たまたま俺の立ち位置が良く相手の攻撃の前兆に気付いた為、ナイフを止める事ができた。
その後の追撃では、足止めはできたものの最終的には、アベルが殲滅した。
俺達は子供じゃない。いつもずっと一緒にいるわけではない。同じランクになったからと言って、いつも一緒に行動するわけではない。
俺がいない時にアベル達が何らかの事件に巻き込まれる事なんて、今まで何度もあった。
同じランクになったとしても、一緒にいない時にアベル達が何かに巻き込まれる事だってあるだろう。
それにAランクしか行けない場所なんて、立ち入れる者は限られている。
そういう場所に立ち入れる者はランクの高い冒険者や、国やお役所の関係者で身元のしっかりした者ばかりだ。
先日のような連中に襲われる事はないはずだ。
仮にそういう場所に立ち入れるような冒険者に襲撃された場合、俺の方が格下の可能性が高く、俺は足手まといになってしまう。
Aランクになれば、きっとアベルが喜々としてAランクしか参加できない、ダンジョンや遺跡の調査に誘って来るだろう。
その時、俺はちゃんと役に立てるのだろうか?
収納もあるし、料理は好きだけど、そこまで行ってAランクの荷物持ちの飯炊き係は、ちょっと辛いな。
やっぱ、俺、Aランクになる必要がないよなぁ。
それと同時に、俺の行けない場所で再びあんな出来事が起こり、親しい者に何かあったらと思うと不安がこみ上げてくる。
冒険者なんて、ランクが上がれば上がるほど、命の危機と背中合わせなのはわかっている。
わかってはいるが、妙にモヤモヤとした気持ちが、あの襲撃事件以降ずっと燻っている。
モヤモヤとした気持ちを抱えて受付ロビーに戻り報酬を受け取り、依頼が貼り出されている掲示板の前で次に受ける依頼を物色していた。
入り口の方でバタバタと音がしたので振り返ると、中年の冒険者が十人近く纏まって戻って来た。
この辺りは魔物も弱く、ギルドの依頼も採取や弱い魔物の討伐が中心の為、人数の多いパーティーで活動する者は少ない。
ソロもしくは二人か三人程度で行動する者ばかりである。
固まって戻って来たのは偶然一緒になった感じかな?
依頼に出ている冒険者が戻って来るにはまだ早い時間だが、この時間に戻りが被るなんて珍しいな。
「南の森の入り口付近で、大きな熊系の魔物らしき痕跡を見かけたんだ。最近暖かい日が増えたから、冬眠から目覚めたのかもしれない」
「熊の爪の跡や新しい糞が残ってて、近くにいるようだったから、俺達は採取専門であまり大きな魔物と戦うのは無理だし、周囲にいた奴らに声をかけて引き上げて来たんだ」
「普段は熊なんて森の奥まで行かないと遭遇しないのにな。冬眠から目覚めたが、まだ雪のある時期で餌がなくて、森の浅い位置まで来たのかも」
「足跡や木の幹に付いた爪痕からして、五メートルはありそうだったな。あんなのが森の入り口付近をウロウロしてたら、恐ろしくて近寄れないな」
戻って来た冒険者達は南の森へ行っていたらしく、大きな熊の痕跡があった事を、口々にギルドの職員に報告している。
冬が終わりに近付き、暖かい日が増えるこの時期、少し気の早い魔物や野生動物が冬眠から目覚め、食料を求め冬の森を徘徊し始める。
しかし、まだ冬が終わったわけではないこの時期、森に食料は少ない。
そして彼らは、冬眠明けの空腹を満たす為、雪深く日当たりの悪い森の奥より、日当たりが良く雪の少ない森の外側へと行動範囲を広げる。
森の外側は人間の出入りの多い為、そこで冬眠明けの生き物と人間が遭遇してしまう危険がこの時期にはある。
「わかりました、報告ありがとうございます。早急に討伐の依頼の方を出しましょう。それから、五メートル級の熊系でしたら、魔物でも動物でもしばらくの間、南の森にはランク制限をかける事になりますね」
受付のお姉さんが、戻って来た冒険者達に落ち着いて対応をしている。
春が近付くこの時期は、こういった事情で冬眠明けの魔物や動物の討伐の依頼が増える。
推定五メートル級の熊かー、動物にしろ魔物にしろDからCランクの依頼になりそうだな。
魔物ではなくとも、危険な野生動物の駆除は冒険者が請け負う事がある。
狩猟が盛んな地域では狩猟ギルドがあり、冒険者ギルドと仕事を棲み分けている地域もあるが、ピエモンは狩猟ギルドがない為、野生動物の駆除も冒険者ギルドの仕事になる。
「そういえば、パッセロさんとこのお嬢ちゃん達は戻って来てるかい?」
ん? キルシェ達の事か?
南の森から戻ってきた冒険者の一人の言葉に、少し嫌な予感がした。
「いえ、こちらでは、まだ見てませんね」
「そうか、午前中に森で会ってちょっと挨拶をして別れたんだが、獣人の子と一緒に森の奥の方に行ったみたいだったからな」
「ああ、戻る前に一応声をかけようと周囲を探してみたけど見当たらないから、もう戻ったのかと思って俺達も引き上げて来たんだ」
「おい、それは本当かっ!? どの辺りで会った?」
男達の会話を聞いて、カウンターに駆け寄った。
「うおっ!? 兄ちゃん、キルシェちゃん達と知り合いかい? 彼女達なら森の入り口付近で会った後、シュガーラゴラを採取に行くと言って奥に行っているのを午前中に見たよ」
「わかった。心配だから迎えに行って来る。もし行き違いで戻って来たら、ジュストには家に戻るように伝えてくれ。ついでに熊らしき獣だか魔物を見かけてたら、倒せそうならやってくる」
行き違いになっても、ジュストが家に戻ってアベルに伝えれば、ストーカー機能付きマジックバッグを頼りにアベルが迎えに来てくれるはずだ。
怪しげなバッグだが、役に立つ時もあるなっ!
「わかりました。お気を付けて、無理はなさらず」
受付のお姉さんに伝言を頼み、冒険者ギルドの獣舎に預けていたワンダーラプターに乗って南の森へと急いだ。
ジュストは呪いのせいで生き物を殺す事ができない。キルシェがどれほど戦えるかわからないが、魔物でなくても大型の熊は非常に危険な生き物である。
ワンダーラプターが一緒だが、五メートル級の熊となると体力もパワーもあり、ワンダーラプターよりも大きい為、いくらうちのワンダーラプターが賢くて強くても単騎で正面から戦えば苦戦しそうだ。
「無事でいてくれよ」
春が近付き、少し暖かさのある午後の陽の光を浴びながら、南の森へ続く道を駆け抜けた。
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