第245話◆パッセロ商店の片隅で
「おはようございますー、あれ? 今日はパッセロさんが店に出ているのか」
「やぁ、グラン君、よく来たね。キルシェは今日は店に入らない日だから、朝からジュスト君と冒険者ギルドへ行ったよ」
「ああ、だからジュストは今朝、ワンダーラプターを連れて行ったのか。あっと、これ今日の分だ。確認してくれ」
今日はパッセロ商店に、商品を納品する日。
開店前の店に入ると、パッセロさんが開店の準備をしていた。
パッセロさんが復帰して、時間に余裕ができたキルシェは、冒険者ギルドに登録して、空いた時間で冒険者ギルドの依頼を受けているらしい。
少し心配したけれど、町から近い場所をジュストと一緒に回っているらしい。
町の付近なら強い魔物もいないし、ジュストとワンダーラプターも一緒なら安心だろう。
ジュストはワンダーラプター達と拳で語って、仲良くなれたようで、キルシェと一緒に依頼を受ける時は、オストミムスと一緒にワンダーラプターを一匹連れて行っている。
こないだ見た時は、ジュストがオストミムスに乗って、ワンダーラプターにはキルシェが乗っていたからびっくりだよね。
そこ、逆じゃないんだ。
ジュストに聞いたら、ワンダーラプターが乗せるならキルシェの方がいいとごねたらしい。
拳で語ってわからせたんじゃなかったのか!?
キルシェは俺達がシランドルに行っている間に、三姉妹やフローラちゃんとすっかり仲良くなったようで、俺が戻ってきてからも時々うちに遊びに来て、スライムの世話や畑の手入れを手伝ってくれている。
時々、騎獣達の世話もしてくれていたので、その時に仲良くなったのだろうか。
「いつも助かるよ。ポーションにマニキュアと着火剤と軟膏だね。計算するから少し待っててくれ」
「ああ、じゃあ俺はいつものように店の隅っこを貸してもらうよ」
パッセロさんに商品を渡すと、代金の計算を始めたので、俺は店の隅っこの間借りしているコーナーの準備へ。
パッセロ商店に納品に来る日は、午前中だけ店の隅っこを借りて、ネイルアートや装飾品の付与をしている。
自分のスペースの準備をしながら、ふとカウンターの上に置いてある新聞が目に付いた。
新聞といっても、前世の新聞のように毎日あるわけではない。紙もやや高い為、金銭に余裕がある層向けに、週一くらいの間隔で発行されている情報誌みたいな感じだ。
たまたま目に付いたのは、ピエモンのあるソートレル子爵領から北へ行った辺りの雪深い地方で起こった雪崩の記事。
冬も終わりが近付き、寒い日の間に暖かい日が増え始め、雪の積もる山間部では雪崩が起こりやすい時期だ。
北の方はまだまだ雪解けの季節は遠いと思っていたが、あちらの辺りも雪崩の季節かー。この時期の雪山は怖いな。
チラリと見えただけだが、避暑地や休養地として貴族の別荘が多くある地域で、冬場の無人の別荘が複数巻き込まれたようだ。
避暑地だからこの時期は人はいない季節なのかな?
犠牲者については触れていないので、物的被害だけだったのかな?
地方の新聞にも載る程って事は、大貴族の屋敷が巻き込まれたかな?
俺は平民だからその辺の事はすごく疎い。
前世と違って情報の伝達にも時間がかかる為、実際に雪崩が起こったのは少し前の話だと思われる。
雪の多い地方は大変だなー。
この辺りも雪は降るが、雪崩が起こるほどは降らないし、そういう心配のある山もない。
んん? あー、もうすぐ王様の即位四周年か。
雪崩の記事のすぐ脇に、春に開催される国王陛下の即位四周年記念式典の予告記事が見えた。
俺が王都にいる頃、王様が変わったんだよな。新しい王様はすごく若い王様、といっても俺よりも上だけれど。
平民の俺は王様を直接見る機会なんてないから、実物は見た事ない。噂によるとめちゃくちゃイケメンだとかなんとか。
即位された時にはすげーデカイ祭りがあって、王都が人だらけだから祭りに行かないで、アベルとダンジョンに避難していたな、懐かしい。俺もアベルも人混みはあまり好きではない。
確か王様が即位した年には、表が王様の肖像で、裏が王族の紋章に使われている聖獣が彫られた記念硬貨が発行された。
金貨だけではなく、庶民向けに銀貨も発行されたのを覚えている。
一周年は表が王様で裏が王妃様の記念硬貨だったな。三周年は確か表が王様で裏がすぐ下の王弟殿下だったかな。
弟殿下は国でも指折りの騎士らしくて、噂では何かすごいギフト持ちだとか。王族で騎士かー、すげーかっこいいなー。
今年は四周年だから硬貨はないのかなぁ……あるとしたら来年かな?
次は、その下の弟殿下になるのかな? お世継ぎができたら、そちらになりそうだけれど、確かお世継ぎまだだったよな?
第三王子……ああ、今はもう王弟殿下だったな――は病弱で公の場には全く姿を見せないらしい。
更にその下に成人前の双子の弟殿下と妹殿下がいたような。兄弟多いなっ!
おっと、そんな事より俺のコーナーの準備だ準備。
商業ギルドの職員に女性が増えたみたいで、昼休憩で来てくれる人が多い。商業ギルドのお姉様方は美人が多くて、まったくもって眼福だ。
パッセロさんから商品の代金を受け取って、自分のコーナーの準備が終わったら、店の開店準備も手伝う。
開店前のこの時間、アリシアは奥でお得意様宛の書類を作成している事が多い。
アリシアが経理担当で、パッセロさんが仕入れや店番、キルシェはその手伝いといった感じだ。奥さんのマリンさんは家の事が終わったら店に出てくる。
パッセロさんが臥せっていた間、キルシェが仕入れに行っていた為、今でも近い場所はキルシェが行く事があるらしい。
キルシェは冒険者ギルドに登録して、ジワジワとランクも上げているようで、戦う商人でも目指しているのだろうか。
だが仕入れで他の町まで行くなら、魔物の対処方法を知っていた方が、何かあった時に生き延びる確率が上がる。
キルシェは、収納スキルを使った護身術も使いこなせているみたいだし、きっとセンスがある。
店が開店すると、チラチラとお客さんがお店を訪れ始める。
毎週決まった曜日にパッセロ商店でやっている俺のコーナーを目的に、来てくれるお嬢さん方もいてかなり嬉しい。
ネイルアートや希望の付与を付けたアクセサリーは、思ったより需要があって、始めた頃は午前中だけのつもりだったのだが、最近では毎回昼過ぎまでやっている。
最初にやって来たのは、常連の冒険者のお嬢さん。
以前にどっかで会った事ある気がするのだけれど、思い出せないなぁ。
「今日もいつもと同じでいいかい? それとも別の色にする?」
「いつもと同じでお願いします!!」
「了解。濃いめのピンクと銀のキラキラが入った白のグラデーションでよかったよな? で、金色系の模様だっけ?」
「はい! それでお願いします!」
彼女は濃いめのピンクと白のグラデーションが好きなのか、いつもこの組み合わせだ。それに金色でワンポイントの模様を入れるのがお気に入りだ。
金色の液は、キラキラさせる為に魔石の欠片をたくさん入れるので、やや割高なのだが、それでも彼女は金色がお気に入りだ。
彼女だけではない、女性達の間で流行りなのか、この組み合わせを希望する人が一番多い。
確かに濃いめのピンクとキラキラした白のグラデーションは、爪の色としても自然でケバケバしさもなく、服に合わせやすいのかもしれない。
この日も順調に、やってくるお客さんのリクエストに応えていた。
パッセロ商店に買い物に来た女性客が寄っていってくれる事もあるし、俺の所に来た女性客がお店で買い物をして帰る事もあるので、俺もパッセロさんもホクホクとしている。
パッセロ商店の売り上げに貢献できているようで俺も嬉しい。
「このガーネットのネックレスいただけますか?」
何人か捌いた後にやって来たのは、初めて見るお嬢さんだった。小綺麗な格好をしているから、旅行者かなぁ。それとも町の住人の親戚とかなのかなぁ。
「この赤っぽいのでいいかい? これは付与込みで大銀貨三枚だけどいいかい?」
「はい!」
「ガーネットは防御や耐性系の付与ができるけど、何か希望はあるかな? 特になかったら、物理耐性と毒や呪いの耐性を付けておくよ」
以前、五日市では大敗北だった、お買い上げ頂いた装飾品に付与をするサービス。五日市の露店ではイマイチだったが、パッセロ商店で借りているスペースでやったら、思いのほか好感触だった。
付与するだけならそんなに時間かからないし、ぶっちゃけネイルアートよりも楽だ。
「はい! それでお願いします!」
人気のあるのは赤みの強いガーネットを使ったアクセサリー。土台は魔法銀が一番人気がある。
ガーネットは赤みが強い物でも、光の加減でオレンジに見える物が一番人気だ。赤とかオレンジのガーネットって、ダンジョンで結構取れるのでコスパもいい上に、ガーネットはどの属性にも相性がよく付与の幅が広い。
その中でも防御系や耐性系の付与と相性がいいので、お守り代わりにもなる。
その為か、赤みの強いガーネットを使ったアクセサリーが人気がある。
「はい、できた」
お代と交換にネックレスを彼女に手渡す。
「ありがとうございます! やった! 推しカラー!」
「オシカラー?」
「あ、何でもないです! ありがとうございます! また来ます!」
そう言って彼女は足取りも軽く帰っていった。
オシカラーって何だろう? 最近の女性の間の流行語かな?
前世でも若い女の子が意味不明な言葉を話していたしな。おじさんにはわからない言葉かもしれない。
ハッ! 違う俺はまだ十代だ!! 少し前に十九歳になったけれど、まだ後一年は十代の若者なのだ!!
この後昼時に、商業ギルドのお姉様方もやって来て、色々お買い上げ頂けた。
商業ギルドのお姉さん達が、昼休憩を利用して来てくれるので、終わるのが昼過ぎになる。
丁度昼時にお店のお客さんが増えるようになって、パッセロさん達もお昼ご飯が少し後にずれ込むようになった。
「お父さん、グランさんご飯にしませんか?」
商業ギルドのお姉さん達が帰った昼過ぎ、丁度お客さんが切れたタイミングで、奥からアリシアがひょこっと顔を出した。
パッセロ商店で間借りした日は、お昼ご飯をごちそうになるのがすっかり日課になっている。
「いつもありがとう、頂こうかな」
いつも作っている側なので、振る舞われる側なのは何だか新鮮である。
そして、巨乳美人の手料理。断るはずがない。
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