第244話◆とある平和な午後

『でさー、ドリーはカリュオン達連れてどっか行っちゃって、仕方ないからダンジョンに行こうとしたら、俺のギルドカードが使えないとか酷くない? 職権乱用だよ! ホントサイテー!!』

『えーと? ごめんなさい、もう一度お願いします』

『ドリーがねカリュオン達とどっか行って暇なの! ダンジョンに入ろうとしたら、俺のカードでダンジョン入れなかったの! 兄上サイテー! ハゲちゃえばいいのに!』

『なるほど、おめでとうございです?』

『違う! 全然おめでとうじゃないよ! あとそこは"です"じゃなくて"ます"』

 うげっ! 適当に返事をしていたら間違ってた!!

 チリパーハ語、難しいな!!


 最後にトラブルもあってげっそりしたが、久しぶりにカリュオンのおもしろバケツ無双が見れたし、思う存分素材も集めたしで、それなりに満足でダンジョンから帰宅して約半月、俺はアベルにチリパーハ語を叩き込まれている。


 後で聞いた話によると、ダンジョンに入った初日から、あの強盗パーティーに目を付けられていたらしい。周りをずっとうろちょろしていたようで、何度か襲撃をしようとして自爆していたとかなんとか。

 全然気付かなかった。危ない。

 周囲には気を使っていたつもりだが、気配を消すのが上手い奴らだったし、俺もまだまだ未熟だ。慣れているダンジョンで、他のメンバーの強さに安心して油断していた部分もあった。

 どんなに慣れている場所でも、決して油断してはいけない。


 そんな事があった為、実家がお貴族様のアベルは、お兄様からしばらくダンジョン禁止令が出されたとかで、ここのとこずっと俺の家で過ごしている。

 ドリー達もダンジョンに入れないアベルを置いて、外国へ行ってしまったらしい。

 ドリー達は急な依頼で外国に行く事になったらしく、ジュストはもうしばらくうちにいる事になった。


 で、置いて行かれてやや不貞腐れ気味のアベルはというと、リビングでゴージャスなティーセット片手に、俺にチリパーハ語を教えてくれている。

 ユーラティアとシランドルは同じ大陸の国の為、大陸共通語から訛った感じなのであまり問題なかった。ユーラティアの西の国々もだいたいそんな感じだと思う。

 しかし、チリパーハはユーラティアから遠く離れた、シランドルの東の端から更に海の向こう。

 完全に別の言葉だ。

 なんとなく文法が日本語に似ているのが、少しだけ救いだった。だが、それでも難しい。


 で、ダンジョン禁止令で暇を持て余しているアベルが、いずれチリパーハに行きたいと言っていた俺に、チリパーハ語を教え始めたのだ。

 チリパーハに行った事ないって言ってたよね? それなのになんで遠くの国の言葉ちゃんと喋れるの? あ、筆記もできる? 貴族の嗜みね、すみませんでした。


 自分の足でチリパーハまで行って色々見て回りたいので、いずれ言葉も習得しようと思っていたのだが、いきなりなので心構えができていない。

 しかし、アベルは容赦なかった。

 最初の二、三日は基礎と簡単な日常会話を教えてくれた。ついでに、どっさりと本を渡された。

 いやー、前世に比べて今世の紙は少し高いんだよねー。つまり、良い紙を使った本は、庶民からしたらお高い。なんだか綺麗な本だなぁー!! おっかねもちーーー!!

 そうじゃない、そんな一気に詰め込むのっ!?


 その後からは、毎日一時間ほどチリパーハ語以外禁止の雑談タイムを設けられた。

 他の事をしながら、ただ話しているだけなのだが、アベルがスラスラと早口で話すと、ついて行けなくて適当に応えてこうなる。

 助けて! 器用貧乏さん!! 語学もなんとかして!!


 アベルの指導は厳しいというか、頭のいいアベル基準の為、ついて行くのが非常にしんどい。それでも遠くの国の言葉を教えてくれるのはありがたいので、必死で付いていっている。

 覚えないと自分で買い付けに行けないし、ちゃんと会話できないと買い物する時に騙されても気付かないからな。




『あ、できた!!』

『何それ? 鉄扇? うわ、効果えげつないっ!』

 一日一時間のアベルとのチリパーハ語タイムは、チリパーハ語で会話をするという縛り以外なら、何をしていてもいいので、アベルと他愛のない話をしながら簡単な作業をしている。


 今日弄っていたのは、鉄の扇子。

 オーバロの露店で買ってきた鉄扇に、あれこれと付与をしてみた。

 魔法鉄素材で元から強度と重さはある為、そのまま殴ってもそこそこ強い。

 殴るのはいいが持ち歩くには重い為、普段は軽量化のされる付与を付け、鈍器として使う時はこの付与の効果を一時的に消せるように細工した。

 ここの土属性の魔石をポチッとしたら、通常の重さに戻る。

 で、殴っても壊れないように強化して、ついでに広げれば盾代わりになるように、物理耐性と魔法耐性を付けておいた。

 そして護身用に、魔力を込めて扇ぐと、少し鍛えたくらいの成人男性なら、尻餅をつく程度のつむじ風が出るようにしてある。

 扇子サイズなので、魔法職でも持ち歩きやすそうなので、少しだけ魔法の威力アップ系の効果を付けておいた。

 あれこれ効果を付けたら、魔法鉄だと土台に不安があったので、表面をミスリルでコーティングして、扇の留め具に魔石をはめ込んでみた。

 鎖も付けたら投げた後に回収ができて、戦い方の幅が広がりそうだけれど、そこまでやると持ち歩きが不便になりそうなので、鎖はとりあえず諦め。


『作ったけど、使う人がいない。リヴィダス向けだけど、リヴィダスにはモーニングスターの方が似合う』

『あー、わかる。リヴィダスはもっとこう殺意の籠もった鈍器っぽいイメージだよね。あ、いい事思いついた。その扇子、俺に売ってくれない?』

 アベルがリヴィダスについて何か言った気がするが、チリパーハ語なので俺には大まかな意味しかよくわからないな。俺もチリパーハ語の使い方を間違っているかもしれないが、勉強中だから仕方がない。

『これ? アベルが使う?』

『ううん、義姉上にプレゼントする。義姉上こういうの好きだからね。ふふふ、兄上は嫌がりそうだけど……ふふ、義姉上は喜んでくれると思うんだ』

 チリパーハ語だから俺は何もわからない。そう俺は何もわからないのだ。

『義姉上はあの胸板の女神様?』

『だいたい意味はわかるけど、胸板ちょっと違うかな? 思ったよりチリパーハ語の上達は早いけれど、まだまだ怪しいところあるね。毎日やってたら夏になる前には、チリパーハ語で難しい会話もできるようになってそうだね』

 え、これそんなに続けるつもりなの!?

 まだ、春と言うには寒い時期だよ!!


『ところで、アベルは何をしてるんだ?』

 俺が鉄扇を弄っている間、アベルも何やら外国の本を広げて、それをせっせと別の紙に書き写すような作業をしている。

『ん? これ? 南の方の国の本。ダンジョンしばらく禁止になって、暇だろうって兄上に翻訳を押しつけられた。期限付きでこの量は酷くない? これじゃ、どこにも遊びにいけないよ! そんな事、俺じゃなくて研究者にやらせればいいのに、兄上なんててっぺんからハゲてしまえ!!』

 最後の方はよくわからなかったけれど、ダンジョン行けない代わりに、仕事を任された事まではわかった。

『南にある島国? ええと、魔族の国?』

 確か南の海のど真ん中には孤島のように、ポツンと孤立した大陸があり、そこには魔族の国があると聞いている。

 魔族といっても見た目は人間とほとんど変わらず、人間や他の種族とも普通に交流がある。

 あまりよく知らないが、人間より古い種族で、人間より魔力が多く魔法の扱いに長け、ユニークスキルやギフト持ちが多い種族だとかなんとか。

 その代わり繁殖力が低く、人口は少なめだと記憶している。あと、美男美女が多い。

 見た目はほとんど人間と変わらない為、冒険者にも実は魔族という者がいるが、言われなければまず気付かない。


『うん。面倒くさいと思ってたけど、魔法史の本だから結構面白いよ。グランも言葉覚えるついでに読んでみる?』

『無理! チリパーハだけ!』

 やっとこさチリパーハ語を聞き取ってなんとなく意味を把握して、単語を繋げて会話できるくらいになったのに、これで別の国とか無理無理無理無理。

『思ったより上達が早いから、他の国もやる気があるうちにやれば、いけると思うんだけどなぁ?』

『むううううりいいいいいいーーーーー』

 これ以上詰め込んだら、覚えたチリパーハ語が頭からこぼれてしまう。

 俺とチリパーハ語で話しながら、他の国の言葉をユーラティア語に翻訳して書き取りをしているって、どういう脳みそしてんだ!?

 天才か!? ああ、天才だったよね? 頭良かったよね!! 少し分けてくれよ!!


 チリンチリン。


 テーブルの上に置いてある時計のベルが鳴った。

「あーーーー、終わった!!」

「もう、終わりかー。グラン、短い間で随分会話できるようなったね。すごいすごい。チリパーハ語の会話時間、もう少し延長する?」

「やだ。腹は減ったけど、気持ちはお腹いっぱい」

 一時間やれば十分だよ!!

 でも、褒められたのは嬉しいので、やる気が出るな。多少はまともに、会話ができるくらいになっているのだろう。

「確かにお腹が空いたね。もうすぐおやつの時間かな?」

「そうだなー、三姉妹達もおやつを食べに来そうだし、準備しておくかー」


 あー、やっぱなじみのある母国語がいい。脳みその使用率が下がって余裕ができた気分。

 この一時間ほど、椅子に座って指先を使った作業しかしていないのに、妙に疲れた気がする。やはり、頭を使うとお腹が減る。


 ソファーから立ち上がり、おやつの準備にキッチンへと向かう。

 頭を使いすぎたせいか、妙に甘い物が食べたい気分だ。

 今日なら生クリームが山盛り載ったスイーツでも、ペロっといけそうだ。


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