第243話◆閑話:人使いの荒い上司

「やぁ、ドリアン君おかえり、ご苦労だったね。じゃあ、早速報告を聞かせてもらえるかな?」

 超問題児二人とのシランドル旅行から戻り、その後すぐ旅行中にあったゴッタゴタの事後処理に駆り出され、それも漸く片付いて王都に戻って来る事ができた。

 そして、超問題児やら、旅行中の諜報活動やら、そのゴタゴタの処理やらを、俺に押しつけた本人の所に報告にやって来た。


 高い身分の家系にはよくあるお家騒動に、隣国からの麻薬の密輸まで絡んで、ちょっと問題児達と一緒に国外に観光のはずが、帰国後事後処理という名の仕事が山のように降ってきた。

 俺は諜報員で情報収集が主な仕事なのだが、どうして北方の貴族の粛正に強制参加なんだ!? 諜報員だから目立ちたくないんだよ!!

 え? 俺が持って帰ってきた情報だから? シランドル絡みだし東部だからうちの実家の力が使えるだろって?

 もういい知らない。了解、全て蹂躙して、さっさと冒険者……いや、諜報活動に戻る。

 

 シランドルの東部で巻き込まれた獣人の誘拐事件から、芋の蔓のようにシランドルからユーラティアへの麻薬密輸が発覚し、旅行の終盤から帰国後にかけてその処理に追われる事になった。

 シランドルの方はあちらの貴族と協力して、麻薬の栽培製造元はほぼ潰した。

 もう少し強気に出られる交渉もあったのだが、こちらも色々と痛い腹があり、多少譲歩する事になった。

 それに便乗してアベルがシランドル東部との取り引きを纏めていたな。オーバロでは大人しいと思っていたら、奴なりに仕事をしていたようだ。

 時々頭のネジがどこかへ飛んでいくが、奴も貴族としての自覚が芽生えたのか、最近では自分の地盤固めを怠らないようになっている。

 結婚もまだなのに、なんだか息子の自立を見守る父親の気分だ。


「えー、あちらの方は密輸に直接関係しておりました者と、それらの取り引きに関係しておりました者はほぼ抑えましたが、証拠が固まったのは末端の者ばかりですね。申し訳ありません」

「まぁ、そうだろうねぇ。でもルートと生産地は潰せた?」

「そうですね、今あるシランドル方面のルートはほぼ潰せたかと」

 今回発覚したのは、とある貴族による東の隣国シランドルからユーラティアへの麻薬密輸。

 それを実行していた貴族は、俺の目の前におわすお方の母方のご実家……の派閥に属する貴族。

 そして、それを取り引き、運搬していたのも同じ派閥。

 規模が大きく、摘発を終えた後もその事後処理と裏付け捜査に非常に時間がかかってしまった。

 そしたら、出るわ出るわ、更に追加で余罪が出たり、他の貴族との繋がりがあったりで、予想以上の数の貴族が処罰の対象となった。

 しかし母君方の家までの繋がりは見つからず、処罰の対象となったのは末端の貴族だけだったが、ともすればこの方の地盤を揺るがしかねない程の貴族が処罰の対象となった。

 おそらくこれで、母君方のご実家は今回の件でかなり勢力を削られた事となる。

 しかし目の前の人物は、その事は目論見通りとばかりに、冷ややかな笑みを浮かべている。


「それから、あの地域にある貴族の別荘地で大規模な雪崩が発生しました件で。幸いこの時期は道が雪で埋まり、近付く者もほとんどいなかった為、人的被害はありませんでしたが貴族の屋敷がいくつか潰されておりました」

 丁度、俺達が引き上げる直前の出来事だった。

 雪深い地域で、貴族の私有地が多く中々手出しのできない場所だったのが、深夜に大規模な雪崩が起こった為、帰還予定をずらして現地を見て来た。

「あー、あの雪崩ね。話を聞いてすぐに被害調査の人員を送り込んだけど、役に立ったかい?」

 執務室の机に頬杖を突き、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。


 冬場は雪に閉ざされ、外部からは手の出しづらい貴族の私有地。

 雪崩のおかげで立ち入る口実ができてしまい、滞在期間が延びてしまった。良いタイミングの自然災害であったが、俺の仕事は増えた。

「はい。被害の調査をしていたところ、麻薬ならびに不審な金品が雪の中から出てきましたね。雪崩が大規模だった為、まだ持ち主の特定には至っておりませんが、被害にあった貴族の別荘の特定が終わればそちらも判明するかと。その中にかの公爵家の別荘も含まれてますね。ただその辺りが最も被害が大きく、調査には少々時間がかかりそうでした」

「そう。すごくいいタイミングの雪崩だったけど、ドリアン君、何かやった? 防音魔法がかかってるし、怒らないから素直に言ってごらん?」

 相変わらず、意味ありげな笑顔で何かを探られている、いや、確認されているという感じだ。

「いえ、自分は何もしておりませんが?」

 確かにタイミングの良すぎる雪崩。疑われても仕方ないが、俺は何もやっていない。

「だよね。ドリアン君はそういう事するタイプじゃないよね。一応確認しただけだから気にしないで」

 何かを納得したように、うんうんと頷く姿にすら圧を感じる。


「ま、今回の件で彼らの資金源と発言力は削られたからね。ついでに雪崩の跡からまだ何か出てきそうだし、屋敷が被害にあった貴族は復旧でまたお金使う事になりそうだし、この件はこれでいいよ。それと、君が王都を離れている間の話は聞いた?」

「何かあったのですか?」

 帰ってきてすぐに報告に来た為、俺が王都を離れている間の事はまだ何も確認していない。

 俺に振られるって何だ? 俺がいない間、アベル達が何かやらかしたのか?


「やー、何かね、西の方の冒険者がダンジョン内で、エクシィのパーティーを攻撃したみたいなんだよね。誰かが依頼したみたいなんだけどね? 繋がりがわからなくて、まだ誰の手の者かまでは、わからないんだ。ほら、今回ドリアン君に行ってもらってた、うちの母親の実家。あれって北東部じゃない? 南西方面の外国と、繋がりがあるとは思わないでしょ?」

 は? 攻撃した? ダンジョン内で攻撃されたという事か?

 ダンジョンに行くときはカリュオンやリヴィダスと一緒だと思うが、無事なのだろうか。

 この方の落ち着き方だとおそらく事なきを得たのだろうが、後で情報を確認しなければ。

「それでその西の冒険者達は?」

「ああ、エクシィ達のパーティーを襲撃したけど、ボコボコに返り討ちにされて捕まったって。その後の事は、上の弟が処理してくれたよ。ベシャイデンの冒険者ギルドの所属らしくて、あっちでも悪さをしていたみたいだからね。一旦はあっちに返さないといけないけど、事が終わったらこっちにくれるって」

 アベル達にボコボコにされて生きていたのか……頑丈な奴らだな。まぁ、そのおかげで情報が引き出せたのだろう。

 しかし、西か。

 この方の母君の実家とは真逆の方向だな。繋がりがあるかどうかは微妙なところだな。


 ユーラティア王国の領土は東西に長く、その端から端までは陸路なら一月近くかかる。その先の西部諸国となると更に時間がかかる。

 しかし、転移魔法陣を使えば大都市から大都市への移動は一瞬だし、王都にも彼らの屋敷はあり、手の者はいる。

 あちらにも情報網があり、アベルがシランドルにいた事も戻って来た事も知っているだろう。

 今回の件、アベルが麻薬のルートを潰したと思われ、その報復か? それとも、アベルが社交界で着々と力を付けているからか?

 この方の母君が、病的なまでにアベルを敵視している。

 正確にはアベルの母を敵視していた。それが彼女が亡くなった後、対象が同じ髪の色をしたアベルに変わった。

 アベルと同じ眩しい銀髪に、この世のものとは思えないほどの整った顔した女性だったのが、僅かに記憶に残っている。


 アベルが冒険者になったばかりの頃は、時折あやしげな者が周りを探っている事もあったが、この方の父上が政治の一線を退き、この方が後を継いでからは、それもなくなっていた。

 いや、依頼主がそうと決まったわけではないな。

「一応あの方々の周辺も探りましたが、自分が行った時期にはこれと言った動きはなかったですね」

 このお方の両親、俺が今回行っていた地方で、表向きは静養という形で過ごされている。

 先日、雪崩があった場所から比較的近い場所だ。

「もし繋がりがあるとしたら、時間的にドリアン君が行く前だろうね。エクシィが帰国してこちらで活動を再開するタイミングを見計らって、呼び寄せたのかな。そうそう、その事件のすぐ後にあの雪崩が起こったんだよね」

 ん? んんんん? んんんんんん?

 すごく、嫌な予感がしているが、俺は何も気付かなかった事にしたい。


「ま、エクシィも無事だったし、アイツらもこれから色々出てきたら、じっくりと締め上げられるし、一旦これはいいや。それより、あんな事があったのに、エクシィが今度はベシャイデンに行きたいとか言っているみたいだけど、ドリアン君はどう思う?」

 は? はあああああああああ? なんでこのタイミングで!?

 わかる、わかるぞああああ!! グランに何か唆されたなっ!!

 ベシャイデンを含む西の細かい国々は情勢が微妙なのは、わかっているだろおおお!?

 何を考えているのだ!!

 飯か!? 素材かっ!?

 シランドルより西諸国の方が何かやらかしたらまずい。

 俺の実家は東端の辺境伯だから東の情勢には詳しいし、それなりにシランドルにも影響力はあるが、西はさっぱりだからどうにもならないぞ!!


「ベシャイデンまでならともかく、その先は……」

「だよねー。まぁその辺までならいいかな? でも今はちょっとね。先日の事もあるし、ダンジョンはしばらく禁止にしたよ。それに、僕に隠れていたずらをしたみたいだし、ちょっとお仕置きしないとね。タイミングはすごく良かったけど、報告連絡相談を怠ったのはダメだよね」

 ダンジョン禁止という事は、アベルはしばらくグランの家に入り浸りそうだな。

 って、アベルは何をやっているんだ!!

 よく調べもせずに報復をしたのか?

 いや、あの雪崩がアベルの仕業と決まったわけではない。本当に偶然の自然災害かもしれない。

 被害も人のいない家屋ばかりで、わかっている範囲では人的被害はなかった。ただちょっと、あの母君の実家に不利な物品が色々と出てきただけだ。

 西の冒険者との繋がりも不明だし、警告のつもりか? 随分と派手で被害のデカイ警告だなっ!?

 それよりもアベルがグランの家に入り浸る事になるなら、早めにジュストを引き取りに行って、うちの実家の職業訓練施設に入れないとな。いつまでもグランとアベルに預けておくのは不安しかない。

 ジュストの為にも早めに迎えに行かなければ。

 とりあえず、仕事増やされる前にさっさと逃げてゆっくり休もう。


「あ、そうだ。帰って来て早々で悪いんだけど、ドリアン君はその間に西の方ちょっと見て来てくれない? ついでにベシャイデンまでお手紙届けてきて? できれば、エクシィにちょっかいかけた冒険者どもの経歴調べて来て」

 逃げる間もなく仕事が降ってきた。

 西は伝手が少ないのに無茶な事を言わないで欲しい。

「帰って来る頃には、エクシィもダンジョン禁止に飽きてそうだし、帰って来たら休暇をあげるから、エクシィ達とのんびり東の方にでも観光に行ってくるといいよ。君の実家の領地にでっかいダンジョンが少し前に見つかったよね? そこでもいいし、シランドルに新しい交易ルート獲得したみたいだし、どっちでもいいからゆっくり羽を伸ばしておいで」

 間髪なしに追加も降ってきたぞ!!

 それは休暇ではなく仕事だよな!?


 心の中で抗議をするも断るすべもなく、またしばらく王都を離れる事になった。

 ジュストがアベルとグランに変な影響を受けない事を祈るしかない。

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