第242話◆閑話:それが嫌いな理由
ピーマンは苦いから嫌い。毒草みたいな味だから。
ニンジンは青臭いから嫌い。毒草みたいな匂いだから。
メラッサは色が嫌い。紫色が毒薬の色と似ているから。
スピッチョは葉っぱの形が嫌い。毒草を混ぜられるとわかりにくいから。
肉は好き。自分の手で倒したものなら毒が入っていないから。
魚は細かい骨が嫌い。魚の中には時々縫い針が入っていたから。
ゴーストは音もなく突然現れるから嫌い。夜の闇に紛れてやって来る奴らを思い出すから。
人格があるゴーストは何かを訴える表情が嫌い。無力な自分を思い出すから。
西の空が赤く染まる時間、下位貴族の屋敷が立ち並ぶ区画の外れにある、貴族の持ち物というにはやや質素なこぢんまりとした屋敷の門の前にふわりと降り立った。
レンガ造りの塀に重厚な鉄の門が取り付けられているが、門の外に警備の者はいない。
最低限の使用人しか雇わない下位の貴族なら珍しい事ではない。
門の横の呼び鈴を押すと、玄関の開く音がして門の方に人が走ってくる足音がして、門の向こうから若い男の声が聞こえた。
「はーい、どちら様ー?」
「アベルだよ。ちょっと遠くまで行ってたから、お土産を持ってきたよ」
「わ、お久しぶりです。ちょっと待って下さいね、今開けます」
重い鉄の扉が音を立てて開き、扉の隙間から赤茶色の髪をした青年が顔を覗かせた。
「ちょっと最近バタバタしてて顔を出せなかったけど、元気にしてたかい?」
「はい、母も妹も元気ですよ。お茶を出すので中に入って下さい」
「じゃあ、頂いていこうかな」
門の中に招き入れられると、門の脇に古い型の甲冑を身につけた騎士が一人立っており、無言で俺に深々と頭を下げた。
俺はそれに視線だけで応える。
無言で騎士の前を通り過ぎ、屋敷の中へ。
「妹は学園が冬の休暇で、母の実家の方へ帰ってるんです」
「そうかい。君は今年で卒業だったよね」
「はい、お陰様で卒業と同時に爵位を継ぐ事ができそうです。何から何までありがとうございました」
「ううん、君が頑張ったからだよ、おめでとう。これ、シランドルに行ってたお土産。それとこっちは、そこのダンジョンで仲間がハチミツをいっぱい採っていたから、分けてもらったんだ」
小綺麗に整えられた応接間に案内され、手土産を渡した後ソファーへ腰を下ろす。
「いつもありがとうございます! 母を呼んで来るので、ちょっと待ってて下さい」
そう言って、赤茶色の髪の青年はパタパタと部屋を出て行き、部屋には彼の後ろを門から無言で付いてきた騎士と、俺が残された。
身に纏う甲冑の型こそ古いが、ピンと背筋を伸ばし無言でドアの横で控えているその姿は、良く訓練された騎士の姿そのものである。
ここは、俺が子供の頃、侍女として身の回りの世話をしてくれていた女性の家。
「君は相変わらず真面目だね」
騎士に話しかけると、少し困った顔になって苦笑いをされた。
「ホント、お人好し。俺なんかに関わらなければ、今頃は王宮で騎士として出世してただろうに。もっと俺の事を恨んでくれていいのに」
母親の記憶は、ほとんど残っていない。その顔も、その声も、全く覚えていない。
ただ、自分と同じ眩しい銀髪が印象に残っているだけだ。
他の兄弟は父親に似た金髪なのに、俺だけは母譲りの銀髪だった。
幼い頃はそれが嫌だったが、今は父親に似るくらいなら母親に似て良かったと思っている。
この髪色が父親と同じ色だったら、また違った未来もあったのだろうか。
俺の母は平民で、俺が幼い頃に亡くなったと聞いている。その話について誰もが詳しくを語ろうとしなかった。
俺も記憶にほとんどない母の事などあまり興味がなく、あえて聞こうとしなかった。
父に寵愛され、正室に睨まれた妾の身に起こった事など、想像に難しくないし、使用人が口を噤むのは当たり前だ。
その父は俺の母を寵愛していたが、俺には興味がなかったようで、母が亡くなってからは父は俺とほとんど関わる事はなかった。
しかしそれでも、使用人に囲まれた不自由のない生活で、貴族社会で生きる為に必要な教育を受ける事ができた。
後になって思い返せば、上の兄が手を回してくれていたのだと思う。
その使用人の中に、先ほどの青年の母とこの騎士がいた。
父が囲った愛人の母が亡くなると、後ろ盾のない俺に付けられた護衛の数は少なく、この騎士は数少ない護衛の一人だった。
若くて人当たり良い腕の立つ騎士だったが、実家の爵位が低かった為、俺の護衛に回されたのだ。
正室の目がある中、兄が少しでも腕が立つ者をと、この騎士を俺に付けてくれたのだろう。
実際、彼には何度も危ない場面を救われた。
正室やその関係者に疎まれていた為、物心ついた頃から細かい嫌がらせは多かった。
俺が魔法関係のギフトを二つ持っている事が発覚した後は、それが激しさを増し、嫌がらせの域を超えるような事も起こった。
ユニークスキルの究理眼が発現してからは、食事に盛られた毒や他人の素性を見抜けるようになった事が幸いし、毒やくだらない嫌がらせは、ほとんど回避できた。
魔法に特化したギフト持ちだった事も良かった。自分の身を守る為の魔法を次々と覚えた。
気分の良いものではなかったが、日々続く嫌がらせは、たいして俺には効かなかった。
それがまた、正室の気に食わなかったのだろう。
俺が成長するにつれ、嫌がらせは更に激しさを増し、俺が魔法を使えなければ命を落としていたような襲撃もあった。
証拠がない為、疑惑はあっても主犯が特定される事はなかった。
そんな状況でも父は俺に興味がないようで、見て見ぬふりだった。
妾の子など、そういうものなのだろう。むしろ後継問題が絡むと、邪魔でしかなかったのかもしれない。
兄達は父や正室と違い、俺の事を気にかけ、父や正室を牽制してくれていたようだが、当時はまだ父や正室の実家の方が力があり、兄達の力では限界があった。
襲撃者は夜の闇に紛れて、気配なく襲って来る。
自室で眠っている時に襲われ、夜が怖くて眠れなくなった。
暗闇は嫌い。
何かが潜んでいる気がするから。
それが突然飛び出して来るから。
ギフトのおかげで魔法が得意でも、まだ子供だった俺は、自分の身を自分だけで守る事ができる程、強くなかった。
そんな俺を、使用人達が命を賭して守る。
俺の代わりに犠牲になった者もいた。
白い床に広がる血の海に、見知った顔の者が息をせず倒れている光景は、今でも鮮明に記憶に残っている。
俺はここにいるべきではない。
力を付けて、必ずここから逃げだそうと思ったのは、その時だった。
多くの攻撃魔法を覚え、苦手だった結界の魔法を身につけ、自分の居場所を守れる程になっても、すでに犠牲になった者は戻っては来ない。
ノックの音がして茶色い髪の中年の女性がティーセットを持って部屋に入って来た。その横には、息子の赤茶色の髪の青年。
二人はドアの傍らに立つ赤茶色の髪の騎士の前を素通りし、俺の前で頭を下げた。
「お久しぶりでございます、エスクレントゥスで……」
「今はアベルだよ。久しぶりだね、元気そうで何より」
この茶髪の女性は、あの状況の中で俺が冒険者になる直前まで、身の回りの世話をしてくれていた侍女だ。
その夫は俺の護衛の騎士で、繰り返される襲撃で犠牲になった者の一人だ。
彼女が慣れた手つきで紅茶を淹れ、俺の前へ置く。
「やっぱり、君の淹れる紅茶は美味しいな」
久しぶりに飲む彼女の紅茶は、懐かしい味がした。
母と友人だったという彼女は、母がいなくなった後、夫がすでに俺の護衛騎士だった為、その伝手で俺の侍女になった。
俺より二つ年下の彼女の息子とも、よく一緒に過ごした。
世間知らずの俺が家出する時に、手引きしてくれたのも彼女だった。
最初は猛烈に反対されたが、それでもあそこにいるよりは冒険者になる方が安全だと、最終的には協力してくれた。
その後は侍女を辞め、夫の残したこの家で息子と娘と暮らしている。
亡くなった夫の実家は男爵家で、彼が爵位を継ぐ予定だったがその前に亡くなってしまった為、その息子が継ぐ事になった。
しかし、国の法律で爵位を継ぐのは、学園を卒業後になる。
そして、その息子はまもなく学園を卒業する。
「アベル様に支援をして頂けたおかげで、この子も無事に爵位を継げる事になりましたので、天国の夫もきっと喜んでくれている事でしょう」
「俺は世話になったお礼を返してただけだからね。君達が頑張ったんだよ」
殉職した夫の残した遺産で質素な暮らしをする彼らの様子を時々見に来て、ちょっとお土産を渡していただけ。
そして、お世話になった分の恩を少しずつ返していただけ。
俺のせいで一家の主を失った彼らに、あの状況で最後まで味方でいてくれた彼女に、俺ができる事をやっただけ。
「そうだね、きっと彼も喜んでるんじゃないかな。そして、これまでもこれからも、君達の事を見守ってくれてるんじゃないかな」
扉の傍らに立つ赤茶色の髪の騎士と目が合い、彼は深々と俺に頭を下げた。
ゴーストは嫌い。
何を考えているかわからないから。
俺のせいでそんな姿になって、恨んでくれてもいいのに感謝するなんて。
彼も、彼の奥さんも、彼の子供達も、いっそ恨んでくれた方が楽だったのに。
屋敷を出ると空はすっかり夜の色になっていた。
夜は嫌い。
暗闇から何かが出てきそうだから。
だけど、グランの家は安心して眠れるから、あの家なら平気。
冒険者になって以降、あの手の者から襲撃される事はほとんどなくなった。
なのに、最近また俺の周りをチョロチョロしている奴らがいる。
ねぇ、誰の差し金?
俺はもう、あの頃とは違うから。
逃げる事しかできなかったあの頃とは違うから。
覚悟はいいね?
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