第240話◆西から来た者達

 二十一階層で襲撃して来た連中は、俺が遭遇した奴らで全てだった。

 すでに全員戦闘不能状態で、ボロ雑巾のようになっていたそいつらを捕縛して、ジャッジ達と一緒に王都まで戻って来た。


 ワイバーンに燃やされて死にかけてたり、自分の矢の毒で死にかけてたり、アベルの重力魔法で死にかけたりしてたけど、とりあえずギリギリ生きているようだ。

 さっすが、Bランクのダンジョンに入る事ができる冒険者だな! 頑丈でよかったな!!

 回復魔法をかけたらお話も聞けそうだし、せいぜいこの後厳しい取り調べでのたうち回って苦しんで、後悔しながら裁かれるがいい。

 いかんいかん、少しイラッとしてしまった。一発くらい蹴飛ばしておけばよかった。

 詳しい事情は王都に戻ってからと、王都に帰還後、冒険者ギルドの応接室を借りて、詳しい話をする事となった。






「ベシャイデンの王都ケルナーの冒険者ギルド、監査部のジャッジだ。改めてよろしく頼む」

 王都の冒険者ギルドの一室でテーブルを挟み、ジャッジと俺達で向かい合うように椅子に腰を下ろした。

 ジャッジのパーティーメンバーは、事後処理や聴取に行ったのかな? 俺達の前にいるのはジャッジだけだ。

「こっちの代表は俺でいいかな? ユーラティア王国王都ロンブスブルクの冒険者ギルド所属のアベルだ」

 ジャッジは他国の冒険者ギルドの職員みたいだし、難しい話し合いはアベルに丸投げしてしまおう。俺、傍観者。 


 二十一階層で襲撃して来た連中は、全部で五人。

 ワイバーンに火球をくらった魔物使い。アベルにナイフを投げた奴に、そいつを追っている時に現れた二人に、岩陰に潜んでいた弓使い。

 ジャッジの話によると、奴らは表向きは西の方の国々で冒険者パーティーとして活動をしていた者達だが、ダンジョン内での強盗や殺人の疑惑がある者達だったらしい。時には他者に依頼されて、暗殺者まがいの事もやっていたという奴らだった。

 そのパーティーがユーラティア王国の首都に移動したという情報を得て、ジャッジは奴らを追って来ていたという話だ。


「奴らがロンブスブルクの冒険者ギルド周辺をうろうろしていて、その後ダンジョンへ向かったという目撃情報があって、あのダンジョンへ向かったんだ。奴らのダンジョン入場記録があったから、俺達が囮になるつもりでダンジョン内を捜索していたのだが、セーフティーエリアでそっちのパーティーを見かけてな。奴らが目を付けそうな高価な装備品を付けているから、少し気にしてたんだ」

 なるほど、セーフティーエリアで毎回ご近所さんだったのは、そういう理由だったのか。

 それにしても、ジャッジのパーティーは、ヒーラーさん以外ムキムキで囮って感じじゃないだろう? ああ、みなさん監査部の人達? あ、対人慣れした人達なんだ。対人なのに斧とか大剣とかも使うんだ……こわ。


「ふーん。荒野に行くまでそんな奴らがいたの全然気付かなかったけど、グラン何か気付いてた?」

「いや、全く? 気配を消すのが上手い連中だったし、あそこで遭遇するまで全く気付かなかったな。それまでに、それっぽい事もなかったよな? カリュオンがずっと先頭を歩いてたけど何か気になる事はなかったのか?」

「さぁ、全然? 強盗っていったら、後ろから来るもんじゃねーの? リヴィダスとジュストの方が、何かあったら気付いてそうだけど」

「さぁ? 私は全く気付なかったわ。ジュストは?」

「僕は自分でいっぱいいっぱいで、全くわかりませんでした」

 みんな気付いていなかったって言っているし、いつから目を付けられていたのだろう。


「どこに潜んでいたのか、主なセーフティーエリアに入った記録もなかったし、奴らがダンジョンに入って以降の足取りは、ほぼ掴めていない。用心深い奴らだ、どこか人目に付かない場所を狙っていたのかもしれない。荒野のあの場所もメインルートから外れて、あまり人の来ない場所だったしな。この後、こっちのお役所と共同で自白剤を使って厳しく聴取する予定だ」

 セーフティーエリアって防犯の為、出入りした冒険者の記録が残るんだっけ? なるほど、ギルドの職員なら見る事ができるのか。

 ん? 自白剤? なんならクレージーアンヘルの麻痺効果付きの自白剤提供しようかな!?


「うーん、それだとあんな見通しのいい荒野に行く前に、森の階層とか、道が複雑に入り組んでる洞窟の階層とか、暗いうえにゴーストだらけで気配がわかり難い墓地とか、もっと襲撃に向いた場所があったのに。なんであのタイミングだったんだろう? 洞窟の階層なんか、散けた時もあるし、あの時に襲撃されてたら危なかったかも」

 アベルが腑に落ちない表情で眉を寄せ、首を傾げている。

 確かに、洞窟の階層は先走ってバラバラになったり、トカゲを追い回していたりでパーティーが分断されていたから、あそこで襲撃されていたらまずかったな。

 狙われなくてよかった。

 先走り絶対ダメ。


「そうなんだよな。君達にやられるまで奴らの足取りが全くわからないんだ。君達の前に他の場所で別の冒険者を狙っていたのかもしれない。その事も含めて、これから詳しく調査をする」

 あー、そっか俺達以外にも狙われた、いやもしかしたら、まだ発覚していないだけで被害者がいる可能性があるのか。

「ふーん、まぁいいや。調査が終わったらわかった事教えて欲しいな。西の国の奴らなんだっけ? 国跨いでるから面倒くさそうだね。そうだね、騎士団に知り合いがいるから、調査に協力するように口添えしておこうか?」

 さすが、アベル人脈が広いなぁ。

 国境跨いだ犯罪者なら調査も大変そうだな。なんか、思ったよりすごく複雑な話っぽいな。


「それは助かるな、ぜひ頼むよ。こっちに到着してすぐに、奴らがダンジョンに入った情報があって追跡を優先したから、冒険者ギルド以外の根回しがほとんど終わっていないんだ」

「へぇ、それは大変だったねぇ。任せて、調査がスムーズに行くように、この後すぐに連絡しておくね」

 うわ、アベルの笑顔がめちゃくちゃ胡散臭い。何を企んでいるんだ!?

「君達のおかげで、ずっと疑惑止まりで捕まえられなかった奴らを、纏めて捕まえられて助かったよ。奴らのターゲットは高ランクの冒険者が多くて、そのほとんどがダンジョン内で罠と魔物を使って、事故に見せかけた犯行で証拠が掴めなかったんだ。協力してくれた報酬を、後日ギルドから振り込まれるようにしておくよ」


 ああ、そういえばワイバーンを使役できるレベルの魔物使いがいたな。あのクラスの魔物を使役して冒険者を襲うなんて恐ろしいな。

 あれだけの腕があれば、まともに冒険者活動をしても稼げそうなのにな。

 専業の暗殺者ではないが、ダンジョン内での強盗殺人に暗殺行為か。たちが悪いな。

 そんな奴らが捕まったのはよかったな。犯罪者捕縛に協力したから、報奨金をもらえるし、それもよかった。


 しかし、そんな奴らに狙われるとは予想外だった。

 いや、冒険者は真っ当な者ばかりではない。油断していたのは俺の方だな。

 奴らが最初にアベルを狙ったのは魔導士っぽいからか?

 対人戦において、魔法職がノーマークになり好き勝手に魔法を使われるのが恐ろしい。そして、魔法職は軽装の者が多く、奇襲者は魔法職から狙う事が多い。

 外套を羽織っていたが、ワイバーンと戦っている時にアベルは魔法を使っていたし、それで魔導士なのがバレたのか?

 アベルは軽装だが、頭のおかしい高級素材に頭のおかしい上級付与がされまくっていて、下手な重装備より堅い。

 耐魔法も耐毒もガッチガチなので、ぶっちゃけ装備だけなら俺よりも堅い。それでも、攻撃をくらえば痛いし、毒を受ければ苦しむ事になる。


 この後、強盗冒険者達には厳しい聴取が行われるようで、その結果は後日また連絡をくれるようだ。

 どうして、俺達だったんだろうな?

 訪れる者の多い大規模ダンジョン、他にも狙い易そうな冒険者は、いくらでもいたはずだ。

 確かにアベルやカリュオンやリヴィダスは高そうな装備を付けているが、Aランクの冒険者が三人もいるパーティーを狙うなんて命知らずすぎる。

 ワイバーンを使役できるほどの魔物使いがいたから、いけると思ったのだろうか?

 遠距離攻撃手段に乏しいパーティーだと、あの規模のワイバーンの群をぶつけられると戦闘が長引いてグダグダになり、その最中に奇襲をされれば、高ランクのパーティーであっても一瞬で崩壊しそうだな。

 カリュオンとアベルのおかげで短期決着できなかったら、危なかったかもしれない。

 それに、あのワイバーンが魔物使いを攻撃しなかったら、あのまま奴らには気付かなかった。

 しかし、ワイバーンの群を退けた後、逃げずに攻撃して来たのは何故だ?

 仲間を助ける為? いや、残して行くとそこから、メンバーが発覚するからか?


 なんとなく、少しモヤモヤするものが残るのは、久しぶりに人間の強い殺意に直面したからか。

 少し皮膚が引き攣るような感覚が残る、左の手のひらを見る。

 回復魔法をもらって、バジリスクの毒で爛れた跡がうっすらと残るだけだが、あのナイフを掴んだ瞬間の、グローブが溶けて手のひらが焼けるような感覚は、まだはっきり覚えている。


「グラン、まだ手のひら痛い? あれ、当たってたら危なかったから助かったよ。ありがとう」

 アベルが横から俺の手を覗き込んだ。

「ああ、うん。手は大丈夫だ。バジリスクの毒に当たるの久しぶりだったから、あの毒の感覚は相変わらず気持ち悪いなって。傷はもうほとんど消えて痛くないよ」

 ヒラヒラと手を振って、うっすらと跡が残るだけの手のひらをアベルに見せる。

「そう。それならいいけど。あのナイフ投げた奴、ワイバーンに焼かれたんだっけ? ギリギリ生きてたって? どさくさで、とどめを刺しとけばよかった」

 おいおい、物騒な事を思っても、他国のギルド職員の前で言うなよ。ジャッジがすごく微妙な苦笑いをしているぞ。

 まぁ、気持ちはわかる。俺も一発くらい蹴飛ばしておけばよかったな。


 俺達は被害者だが、裁くのは俺達じゃない。

 被害者は俺達以外にもいて、犠牲者もいる。その者達の為にも、奴らの罪は明らかにして、その罪を償わせなければならない。

 そして、証拠隠滅を兼ねたダンジョン内の犯行は悪質で、どこの国の法でも極めて厳しい刑が待っているはずだ。

 この先、奴らは自らの罪をきっちり償う事になるはずだし、もはやどうでもいい。

 ただ、理不尽にぶつけられた殺意のせいか、何故俺達のパーティーだったのかという疑問のせいか、なんとも腑に落ちないモヤモヤした気持ちが残った。


 ダンジョン内での敵は魔物だけではない。今回の出来事はそれを改めて認識させられる事になった。


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