第239話◆単独追撃
フード付きの外套に身を包んでいる為、正体はわからないが、あまり大柄ではなく機動力のある相手だと思われた。
気配の消し方の完璧さといい、暗殺者系か?
しかし、こちらには自前の身体強化以外に、リヴィダスにかけられた加速系の強化魔法がかかっており、追いつくまでに時間はかからなかった。
外套の中に武器を隠していそうなので直接取り押さえず、収納から取り出した投擲用の槍を、逃げている奴の足元に向けて投げる。
刺さるような投げ方ではなくていい。走っている足に絡まればそれでいい。
俺の投げた槍は、思惑通り相手の足に絡まり、槍に足を取られた相手が勢いよく地面に転がった。
そこに、麻痺毒のポーションをかけようとしたら、左右から挟むようにワイヤーが飛んで来て腕に絡みついた。
くそ、まだ他にも潜んでいたか!?
相手の数が多いなら深追いは無理だ。
この階層まで来ているという事はBランク以上の強さは見ておいた方がいい。
周囲の気配を探るが、わかるのは逃げていた一人と、左右から出てきた二人だけ。
左右の二人が攻撃してくるまで気配に気付かなかったという事は、他にも完全に気配を消している者が潜んでいるかもしれない。
腕に絡みついたワイヤーを即座に分解して、その場から後ろに下がろうとした直後。
三方向から縄状の雷魔法が飛んで来た。
「ぐおっ!!」
避ける間もなく雷属性の縄が体に巻き付いて、バリバリと音がして防具が焦げる焦げ臭い匂いがした。感電して行動不能になりそうな威力だ。
ただし、雷属性に耐性が低い者に限る。
多少の衝撃とピリピリしたしびれがあったが、ニーズヘッグの鱗で雷耐性を付与した防具のおかげで、すぐに動く事に問題はない。
さっすが、サンダータイガーママの挨拶電撃を片手で受け止める事のできる装備だ。
「残念だったなっ!」
三人がかりの雷魔法を耐えた俺に、何が起こったかわからない風の男三人に隙ができる。
捕まえるのは一人だけでいい。話を聞く為に最低一人確保できればいい。
こいつらが何者なのか? 何故、俺達に攻撃をしてきたのか?
じっくり話を聞かせて貰いたい。
お前に決めた!!
アベルにナイフを投げたお前だよ!!
麻痺毒が塗ってあるスロウナイフを三本、その男の腕を狙って投げた。
強烈な電撃攻撃を喰らったにも関わらず、すぐに動き出した俺に反応できず、男の腕に投げたナイフが全て刺さった。
一本でも毒耐性が低い者なら動きを止める事ができるくらいには強烈な毒だ。三本も刺されば毒に対して強い耐性が無ければ、ほぼ確実に動けなくなるはずだ。
俺の投げたナイフが腕に刺さった男が、ガクリと地面に膝を突く。
ああん? 思ったよりしぶといな。
暗殺者とかなら毒耐性がありそうだし、自害されたも困るから追加いっとくか? いや、あんまやり過ぎて心臓まで麻痺したらやばいから睡眠系のポーションなげとこ。
男の足元の地面を狙い、睡眠ポーションが入った瓶を叩き割った。
男が地面に倒れ、とりあえずこれで一人。
残りは二人。いやまだ他に隠れているかもしれない。相手の人数が正確にわからない為、非常に戦い難い。
いや、この状況で出て来ないって事は打ち止めか?
二対一なら上手く立ち回ればやれるか?
来るなと言って先に単独で走ってきたが、俺の戻りが遅いとアベル達が追いかけて来るだろう。
防御重視で慎重に立ち回って時間を稼ぐか。
頭からすっぽりと黒い外套を被った男二人と睨み合う。
その直後、背後から空気が震えるような咆吼が聞こえて、背中に熱を感じ反射的に横に大きく跳んだ。
その横を真っ赤な火球が通り過ぎ、俺と睨み合っていた男達の手前の地面にぶつかった。
地面に倒れていた男はその火球に巻き込まれたが、他の二人は後ろに逃げてそれを避けた。
巻き込まれた奴、生きているかな。まぁ、先に仕掛けて来たのはそっちだから、自業自得だよな!?
炎が飛んで来た方に視線をやると、傷ついたワイバーンの姿が見えた。
あのデカワイバーンは、黒い炎に焼かれたが生きていたようだ。
魔物使いが瀕死になって、隷属効果も切れたようで、低い位置をバサバサと羽ばたきながらこちらに向かって来ている。
しかし、黒い炎によるダメージは大きいようで、ぐらぐらと空中で体が揺れている。
この状況、ワイバーンに狙われた方が不利である。
男達よりも俺の方がワイバーンとの距離は近く、男達とワイバーンの中間に俺がいる感じだ。
男達もそれに気付いたのか、くるりと向きを変えて逃げ出した。
「くっそっ!」
男達が逃げ出した為、ワイバーンは一番近い俺に狙いを定め、低空でこちらに突進してくる様子を見せた。
そして、ワイバーンから十分な距離を取った男達がこちらに向かって魔法を撃とうとしている。
ならば、こうだ!
今ならまだリヴィダスにもらった強化魔法の効果が残っている。
くるりと身を翻し、男達に背を向け突進してくるワイバーンの方へと走る。
背を向けたが、もちろん背後の気配への注意は怠らない。
背後からこちらに何か攻撃魔法が放たれたのを感じつつ、そのまま、低空で飛んで来るワイバーンの下を滑り込むようにくぐり、その背後へ。
男達と距離が離れ、今逃げられると捕まえるのが困難になりそうだが、自分の命が最優先だ。
俺がワイバーンの下をくぐり抜けた直後、ワイバーンに男達が放った魔法が当たった音が聞こえた。
小さな氷のかけらが飛んで来たので氷系の魔法だったようだ。
そして、俺がワイバーンの後ろに回り込んだ事により、立ち位置が変わり、どちらが狙われるかわからなくなる。
男達の攻撃はワイバーンに当たった事で、注意があちらに向く事を期待する。
信じてるぜ、ワイバーンちゃん!!
低空飛行で突進して来るワイバーンの下を、スライディングでくぐり抜け崩れた体勢を立て直そうとした時、僅かな殺気と共に弓の弦を引く音がすぐ近くで聞こえた。
まだ他にいるのか!?
殺気を感じた方を振り返ると、岩陰に黒いフードが見え、矢が放たれた。
この体勢から、近い距離で放たれた矢を躱すのは厳しい。とっさに左腕の防具でガードしようとした。
貫通と毒が怖いが仕方ない。
直後、飛んで来ていた矢がまるで重い金属のようにゴトンと音を立て地面に落ちた。
その後、ワイバーンもドスンと音を立て落下し、地面にめり込んだ。
「ねぇ、君達、誰かの差し金?」
上空からアベルの冷ややかな声が聞こえた。
「バッカ! なんでそんなとこに、浮いてるんだ!?」
先ほど狙われたばかりなのに、なんでそんな狙われやすい場所に、プカプカ浮いてんだよ!!
重力魔法で矢をはたき落としてくれたのは助かったけれど、目立ちすぎだろ!!
案の定、岩陰からヒュンッと音がして、矢がアベルの方に向かって飛ぶのが見えた。
「狙われてるのがわかってるなら、当たらないよ」
矢が放たれた直後、うめき声が聞こえた。
あー、あのインチキ空間魔法で、攻撃をそのまま返したのか。矢に毒が塗ってあるなら、生きているかな。
残っていた男二人がその様子を見て逃げ出そうとしたが、すぐに何かに押しつぶされるように地面に膝を突いた。
「まだ他にもいる? 面倒くさいから攻撃するなら纏めて攻撃してよ。ま、出て来ないならそれでもいいよ? ここら一帯の空気を抜かれるのと、重力で押しつぶされるのとどっちがいい?」
さらっと皆殺し宣言をしてるな?
話を聞きたいから、皆殺しはさすがにまずいんじゃないかな!? もしかして、最初にワイバーンの火球が直撃した奴が生きて確保できた?
とりあえず、巻き込まれない場所まで逃げとこ。
相手が殺意のある攻撃をしてきている以上、手加減は命取りになる。
すでにアベルが蹂躙モードに入ってしまっているが、他にも仲間がいれば予想外の攻撃が来る可能性もある。
周囲の気配を広範囲に念入りに探る。
少し離れた位置に、複数。早足でこちらに向かって来ている気配がある。
しかし、これは……。
「はい、時間切れ」
その気配に気付いた直後、上空からアベルの声がして、目の前でグシャリとワイバーンが潰れ、離れた場所から男達の悲鳴が聞こえた。
重力魔法えげつない。
多少は加減しているようで、男達は死んではいないようだが、面倒くさい事になったな。
こちらに向かって来ている気配はもうすぐそこまで来ている。振り返るとその姿を目視できた。
あちらは随分前から俺達に気付いていたようで、軽く手を上げるのが見えた。
「やぁ、グラン。その賊達を捕まえたいから、彼を止めてもらえるかな?」
「一応手加減しているみたいだし、多分そろそろ止めるんじゃないかな? でも、どういう事か説明してほしいな」
仲間と一緒にこちらに近付いて来たジャッジが、申し訳なさそうな表情で肩をすくめ、俺はアベルの方を見上げた。
「一応じゃなくてちゃんと手加減したんだから、後始末よろしく」
ものすごく渋い顔をしたアベルが、ストンと音を立てて俺の横に降り立ち、ジャッジ達を睨んだ。
なんか面倒な事に巻き込まれた予感がするけれど、とりあえずワイバーンは俺達がもらっていいかな?
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