第236話◆不毛の大地
二十一階層、そこは乾いた赤茶色の大地に大きな岩がゴロゴロと転がる、不毛の地。
この階層を照らす疑似的な陽の光を遮る木々のないこの階層の気温は高く、強い日差しに晒される為体感温度は更に高い。
光に照らされて熱くなった地面からの熱もあり、この階層での探索は体力をゴリゴリと削られる。
足元には砕けた岩や石がゴロゴロとしており、これまでの階層に比べ足場も悪い。
この階層は常に昼間で、ダンジョンが太陽を模して作り出したと思われる光源が、常に天頂から乾いた大地を照らしている。
砂漠ほどではないが、過酷な環境下の行動になれていない者には非常に辛い階層である。
普通に行動すれば辛い階層なのだが、過酷な環境でも行動できる装備を常備しておくのが冒険者である。
今回はここまで来るつもりはなかった為、ジュストに荒野用の装備を用意するように言っていなかった。
だが、問題ない。何かあった時の為に予備くらいは持っている。予備の予備くらいまで持っておくのが冒険者の嗜みだ。少し大きいが、ジュストには俺の予備の装備を渡した。
冷却効果の付与された外套を頭からすっぽり被れば、暑さはさほど辛くは感じない。
そして暑さ以外にも、乾いた熱い空気と地面から巻き上げられる砂埃で目がシパシパするし、口の中が砂っぽくなる。ついでに、頭上からの強い光が非常に眩しい。
その為、俺もジュストも普段は滅多に付けないゴーグルを付けている。
厨二病ローブの上に、すっぽりとローブ付き外套を被って、ゴーグルを付けている犬獣人、なかなかかっこいいな?
「ジュスト、魔力に余裕があるなら無理して外套を羽織らなくても、魔法で熱耐性を上げちゃえばいいよ」
そりゃ、魔力が有り余っているアベルなら、魔法で耐性を常時上げておけるだろうが、それはアベル基準だろ!?
そう言っているアベルも、日焼けを避ける為、ローブのフードをすっぽりと被っている。
「ジュスト、王都ならオシャレな装備もたくさんあるわよ。どうせ買うならオシャレで実用的なのにしなさい?」
おい、リヴィダス、なんだその日傘!? 断熱と遮光効果の付いた魔道具っぽいけれど、もしかしてそれ、いざとなったらぶん殴る用の武器になったりするのかな? 突き刺しても強そうだな。仕込み杖ならぬ仕込み傘か!?
そしてバケツ。
「いやー、ここのエリアは水とか氷属性魔物が出ないから、特化装備でいいから楽だよね」
いつもの白っぽいバケツから、火耐性特化の真っ赤なバケツに着替えたカリュオン。
金属のフルプレートバケツで普通に考えるとクソ熱そうなのだが、この真っ赤なバケツは火耐性に特化しており、全く暑さを感じないらしい。羨ましい。
ちなみにこの真っ赤なバケツ、俺の中でこっそりブラッディバケツと呼んでいる。
「すごいですねー、あんまり暑くないです」
ジュストが少しダボダボの外套を被って、不思議そうに布を見ている。
「ダンジョンの中は、いろんな気候のエリアがあるからな。帰ったらジュストの装備も一緒に作ろうな」
「はい!」
いくら魔法でも防げると言っても、魔法が使えない場所だってあるからな。それに、装備を自作できる技術はないより有った方がいい。
今日はこの荒野エリアを昼くらいまで散策した後、二十階層に戻って、セーフティーエリアにある転移魔法陣で帰還する予定だ。
気温が高く空気も乾燥した岩だらけの荒野で、植物の姿も生き物の姿もほとんど見えないが、こんな場所でも植物は生えているし、魔物も潜んでいる。
一番よく見かけるのがタンブルウィードという、枯れ草の塊のような魔物。
枯れ草の塊が、風に吹き飛ばされてポンポンと転がるように回転しながらぶつかって来る。
魔物なので風がなくても転がってくる。
ぶつかるだけなら、少し大きな枯れ草の塊なのでたいしたダメージはないのだが、こいつ肉食である。
転がって来る奴にぶつかると、枯れ草の塊のような体の中に大きな口があって、ガブッといかれるので気を付けなければいけない。
一匹だけならたいして強くないのだが、こいつらは集団で転がってくる。転がってくるうちにタンブルウィード同士で合体して大きくなる。
大きな個体なら人間なんか一口でぱっくりといかれてしまう。
そんな、ゴロンゴロンと軽快に転がって来るタンブルウィードを切り捨てて、魔石を回収しているのだが、数が多すぎて面倒くさい。
進んでいる前方から、延々と転がって来る。
「あー、もうめんどくさっ! 燃やしていい?」
風魔法でサクサクと切っていたアベルだが、数の多さに面倒くさくなったようだ。
タンブルウィードは枯れ草なのでよく燃える。纏めて燃やしてしまうのが一番楽だ。
「近くに人の気配も燃える物もないし燃やしていいんじゃないかな? バケツが楽しそうに遊んでるから巻き込まないようにな」
岩がゴロゴロする荒野なので、燃える物は転がって来ているタンブルウィードくらいだ。
背の低い草がチョロチョロ生えているが、大火災になる程ではない。まぁ、何かに引火したらアベルが水魔法で消火するだろう。
荒野の探索も兼ねてメインルートから離れて、人の少ない場所に来ているので、周囲に人の気配はない。
やってしまって問題ないな!?
「カリュオーン! 戻って来てー!! 面倒くさいから纏めて燃やしちゃうよー!!」
「了解! っておい!?」
前方でタンブルウィードを棍棒で叩き潰していたカリュオンにアベルが警告するや否や、炎魔法を転がってくるタンブルウィードに向かって放った。
警告と同時に攻撃したら警告の意味がないと思うが、今のカリュオンは火耐性特化だから平気そうだ。
何ならアベルに燃やされながら、タンブルウィードの魔石の回収ができそうだ。
「あっはっはーーーっ! 火魔法超楽しいーーーっ!!」
アベルの放った炎は長く大きな龍の形となり、大きな口を開け飲み込むようにタンブルウィードを燃やしていく。
日頃、大規模な火属性の魔法を使う事があまりない為、アベルは非常に楽しそうだ。
アベルは超楽しそうなのだが、そのとばっちりを食らいながらカリュオンがこちらに走って戻って来た。
無事で何より。
「馬鹿野郎!! 避難する前にあんなデカイ炎放ちやがって!! 眩しいだろ!!」
熱いじゃなくて、眩しいなんだ。
枯れ草の燃えカスが付いているがカリュオンは元気そうだ。恐るべしブラッディバケツ。
「って、こんな広範囲で燃やすと魔石を回収するのが大変そうだな」
あんま高ランクの魔物ではないから諦めてもいいけれど、なんか勿体ないな。
「あー、それなら枯れ草の真ん中辺りに、重力球を作れば全部そこに集まるだろ? 任せろ」
カリュオンは筋肉質だが、エルフの血を引いているので魔法も得意だ。
確かに纏めたら回収は楽なのだが。
「ちょっとまっ……」
俺が止める前に、アベルの炎に蹂躙されているタンブルウィードの真ん中に、黒い球体がドーンと現れた。
土属性の重力魔法である。
あー、燃えさかるタンブルウィードが次々に重力球に引き寄せられて合体して、そこだけ大火災だよ。
回収は楽になるけれど、他にも色々吸い寄せられているし、その中には普通の枯れ草も混ざっている。
周囲に人がいなくて良かったよ。ホントにいないよな!?
人はいなさそうだけど、そろそろ消火した方がいいんじゃないかな?
チラリとリヴィダスを見ると、俺の言いたい事を察してくれたように頷いた。
「はいはい、もうほとんど燃えたから消火しましょうね。ジュストも手伝ってちょうだい」
「はいっ!」
リヴィダスがパンパンと手を叩いてアベルに言った後、燃えている辺りにジュストと一緒に水魔法で雨を降らせた。
アベルが炎の龍を消した後も、燃え上がった炎は思いのほか大きくなかなか火が消えず、アベルも水魔法で雨を降らし始めた。
「あんまり雨を降らせると、魔石が流れそうだな」
「それは大丈夫。見える範囲だけだけど、空間魔法で回収しておくよ」
さっすがアベル。
あれ? 俺の仕事が何もなくない?
なかなか火が消えなかった為、最終的にカリュオンまで加わって雨を降らせた為、地面に降り注いだ水が川のようになり、ひび割れた岩地の上を低い方へと流れて行った。
タンブルウィードを燃やした火が完全に消え、水が引いたその後。
「うわあああああ……、すごいっ!」
目の前に広がった光景にジュストが感嘆の声を上げ、目をキラキラさせた。
乾いた地面が降り注いだ雨で潤されたその直後、それまでお情け程度で背の低い草が生えていただけの場所に、一斉に植物の芽が吹き出し緑の絨毯が広がった。
そして、更にその緑の絨毯の中に、色とりどりの花が咲き始めた。
まるで絵の具をぶちまけたように広がる緑と、それを追うように咲いていく色とりどりの花が、赤茶けた大地を明るい色に変えていく。
二十一階層は水魔法で地面を濡らすと、時折このように植物が一気に芽吹く事がある。
ただの草花の時もあれば、薬草の時もある。稀少な薬草が生えてきたら儲けものである。
「ここの階層はコレでアタリを引けると楽しいねぇ。アタリじゃなくても、荒野が緑に塗り替えられる光景は楽しいけどね」
「ジュスト、この中に高い薬草があるかもしれないぞ!」
「はい! 採りましょう!」
綺麗な花畑だが、この花畑の寿命は非常に短い。
枯れてしまう前にこの中から、薬草を回収しなければならない。
「ここは全員でやるぞ!」
日頃、あまり採取作業に参加しないアベルとカリュオンとリヴィダスも巻き込む。
枯れる前に薬草は回収するんだよおおお!!
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