第235話◆未知の食材
十八階層ではアベルの声真似をしたゴースト相手にびびる事になったが、無事ミスリルの岩石も手に入れて十九階層へ。
十九階層と二十階層は普通の洞窟エリアで、特にトラブルもなく二十階層のボス前のセーフティーエリアに到着。
二十階層のセーフティーエリアには、ダンジョンの入り口に戻る為の転移魔法陣が設置してあり、今日はここで一泊して、明日は二十一階層を少し探索してこの転移魔法陣で帰る予定だ。
「お、赤毛のー……えっと、グランだっけ? また会ったな!」
「お? またお隣さんだな。ジャッジだったよな」
セーフティーエリアに到着して夕飯の支度をしていると、見覚えのある茶色いモフモフ髪に声をかけられた。
今朝一緒に朝飯を作って、その後エルダーエンシェントトレントで共闘したパーティーと、このセーフティーエリアでもまたお隣さんのようだ。
同じようなペースで進んでいたら、セーフティーエリアの場所は限られているから被るよな。
「いやー、森の階層以後ここまで洞窟やら墓地ばっかりで、キノコくらいしか食べられそうな物なかったぜ」
スタートが俺達と一緒だったから、途中で会わなくても今日探索した場所は、同じ階層だよな。
今日は洞窟と墓地だけだったから、手に入れた素材は鉱石や魔物素材ばかりだな。ミニトカゲ君とミスリルの岩石のおかげで、儲けはすごく良かったけれど、食材はさっぱりだ。
よって、今日の夕飯は持ち込んで来たものと、昨日以前に手に入れた食材だ。
昨夜、必死で魔物解体したからな!
以前ピエモンの冒険者ギルド長に、ギルドで使わなくなった血抜き用魔道具を売ってもらったおかげで、非常に解体がはかどった。
「ああ、十六階層が美味すぎだからなぁ。これから夕飯作るところだけど、また一緒にやらないか?」
「お? こっちから頼みたいくらいだ。今回もよろしく頼む。いやー、簡単な料理を教えてもらえるのはありがたいな。一手間かけるだけで、遠征中の飯事情が良くなる。で、今日は何を作るんだ?」
「今日はトレントの根とサラマンダーの肉を使おうかなって思ってた」
「トレントの根なんて食えるのか? ちょっと荷物を片付けたら、食材持参でまた来るよ」
「おう、のんびり下ごしらえしながら待ってるよ」
ダンジョンだけの付き合いだけれど、料理仲間がいるのは楽しいな。
こういう一期一会の出会いがあるのも、冒険者の醍醐味である。
トレントの根っこは苦みと土臭さが強く、そのままポーションの材料にする事が多い素材で、できあがったポーションは効果は高いがめちゃくちゃ不味い。
この苦みと土臭さがこそが、ポーションの成分だ。
そして、この苦みと土臭さを抜いてしまえば、ポーションの材料にはならなくなるが、食材としても使えるようになる。
そのままだと繊維質で食べにくい為、料理に使うには少々手間がかかる。
根っこは皮を剥いで中身の繊維質の部分だけにして、食べやすい大きさに切り、一晩は水に晒さないといけない。
それだけでもまだ苦みも土臭さも消えないので、小麦粉と塩と一緒に茹で、更にその後、何度も水を取り替えながら冷水にしばらく浸しておく。
手間はかかるのだが、これで随分食べやすくなる。
あまり大きく切ると、繊維が気になって食べにくいので、細く切るか、薄くスライスするかがいい。
まずは一つ目、細長に切ったトレントの根っこを、同じく細長く切ったニンジンと細長い豆と一緒に、薄くスライスしたサラマンダーの肉でぐるぐる巻きにして、味の濃い魚介系のソースとイッヒ酒を絡めて焼いた。
今回使った魚介系のソースは醤油に比べて酸味があるが、炒め物や焼き物と非常に相性のいいソースだ。
近所に匂いテロになってはいけないので、醤油は自重だ。俺は、ちゃんと学習できるのだ。
焼き上がった後、真ん中で輪切りにすれば切り口がカラフルで見た目もいい。
アベルが嫌いなニンジンが入っているけれど知らない。最近は何だかんだでニンジンも、ちょろちょろ食べている気がする。
二つ目はスライスしたトレントの根っこを、ポーの葉っぱの上にもっさりと広げて、その上に薄切りにしたベーコンを並べてトマトソースをかけて、上からどっさりとチーズを載せて、網の上で焼いた。
具に火が通って、チーズが溶けるとトマトソースと一緒に具材の隙間に入り、その重さで平べったくなるので、食べやすい大きさに切って食べる。
三つ目は薄くスライスをしたトレントの根を、脂で素揚げするだけ。カリッカリに揚がったら、油をよく切って塩を振って完成。
このトレントのカリカリ揚げはシンプルだが、延々酒がすすむし、夜のつまみ食いにもいい。
ダンジョンの中だから、今日は酒が飲めないのが残念だ。
「ほー、トレントの根でも色々作れるんだな。揚げるだけのやつは俺でも出来そうだし、この塩味とカリカリ食感は手が止まらなくなりそうだ」
味見用に渡したトレントの根っこのスライスカリカリ揚げをペロリと平らげて、ジャッジが名残惜しそうに皿を見ている。飯を食べ終わった大型犬かな?
「灰汁抜きのやり方と、簡単なレシピを纏めておいたよ」
灰汁抜きを終えたトレントの根をお裾分けついでに、小さな紙に簡単にメモをしたレシピをジャッジに渡した。
「ああ、ありがたいな。じゃあ、次は俺の持ってきた食材だな」
そう言ってジャッジが出してきたのは、保存食用の瓶。
中身は少し黄味がかった液体に漬けられた、やや青っぽい皮が残る切り身で、一緒にレモンの輪切りや赤唐辛子、ハーブなどが入っているのが見える。
「んん? 青魚系?」
「いんや、キマイラの尻尾のビネガー漬けだ」
「キマイラの尻尾って、あのキマイラの蛇の部分だよな?」
切り身にしてあり原型を留めていない為、ぱっと見には蛇には見えない。
鑑定させてもらうと、確かに"キマイラの尻尾のビネガー漬け"と見えた。
「そうそう。一度軽く煮た後、ビネガーに漬けるだけだぜ。少し白ワインと砂糖を足してあるのが俺は好きだな。これが保存も利くし超美味いんだよ。俺の国にはキマイラだらけのダンジョンがあって、キマイラ料理がたくさんあるんだ。あいつは部位によって風味も食感も違うから、一匹で何度も楽しめるんだぜ」
何それ、キマイラ面白い。
そういえば、キマイラ自体には遭遇した事はあるが、食った事はないな。胴体がライオンっぽいから、少し抵抗があったんだよな。
キマイラとは胴体の上半分がライオン、下半分は山羊、頭はライオンと山羊と竜がそれぞれ一つずつで計三つ、尻尾は蛇という姿をした魔物である。
BからAランクの肉食の魔物で、非常に好戦的で凶暴である。ダンジョン以外にも人間があまり踏み込まない、森や荒野や高い山に棲んでいる。
好んで人間を食べるわけではないが、腹が減っていたり、縄張りに踏み込んだりすると襲ってくる。
その尻尾の蛇のビネガー漬けとな!?
ジャッジが瓶の蓋を開けると、強いビネガーの匂いがしたが、嫌な匂いではない。
むしろ、食欲をそそる系の酸っぱい香りだ。
「切り身を取り出したらビネガーを拭き取って、適当な大きさに切って、水に晒したスライスタマネギを巻いて食べるんだ。色々教えて貰った礼だ、貰ってくれ」
「ありがとう! 早速今日の夕飯に使わせてもらうよ」
手渡された瓶をありがたく受け取る。これは今日の夕飯に一品追加だな!
貰ったビネガー漬けの端っこを、少しちぎって味見をしてみると、甘さのある酸味にレモンとハーブの爽やかさがあり、すごく口の中も胃もすっきりする感じがした。
そのままマリネに使っても美味そうだし、酢飯と一緒に握ったら間違いなく美味い。
やばい、キマイラ狩りに行きたい。
ジャッジの国にはキマイラだらけのダンジョンがあるのか。西の方ってどこの国だろう。
ユーラティア王国の西側はごちゃごちゃと小さい国がいくつかあり、その一部は紛争地帯だったりするので、行った事のない国もある。
その辺りで俺が行った事あるダンジョンで、キマイラだらけの所はなかったから、俺の行った事のない所だな。
「そのキマイラだらけのダンジョンがあるのってどこの国だ?」
「ん? キマイラの尻尾は美味かったか? ベシャイデンだよ。普段は王都の周辺で活動してるから、もし来る機会があったら立ち寄ってみてくれ」
ベシャイデンはユーラティア王国から見て西側にある小国の一つで、陸路で行く場合は途中に他の国の領土を通る事になる。
航路ならば、王都から一番近い港町からベシャイデン行きの船が出ている。
「ベシャイデンかー、行った事ないなぁ。西の方あんま行った事ないんだよな」
「まー、あの辺はちょいちょい戦争をしてる国もあるからな。キマイラダンジョンは王都の近くで平和だから、気が向いたら遊びに来いよ」
「おう、キマイラ料理も気になるし、一度行ってみたいな」
また、アベルを巻き込むか。
「ベシャイデンかー、あの辺ちょっと国同士の情勢が難しいんだよね。ベシャイデンとその周囲の国はユーラティアと友好国だけれど、その先にある国はあまり仲が良くないっていうか、実際は敵対国。間に他の国があるし、直通ルートは海を挟んでいるから表だっては敵対はしてないけど、何かあると戦争になりそうな国だね。あそこら辺りは、細かい国が複数あるからちょっと複雑なんだよね。その辺の国は元々ユーラティアの一部だったのが独立した国だよ。あ、でもキマイラの尻尾のビネガー漬けはもっと食べたいな」
さすがアベル、詳しいな!!
夕飯を食べながら、ジャッジから聞いたキマイラがたくさんいるというダンジョンの話をしてみた。
アベルが難しいそうな顔をしているが、やはりキマイラの尻尾のビネガー漬けは美味かったようだ。
俺は西の方の国は行った事のない国が多く、政治的な情勢なんてなんとなく仲がいい国と仲が悪い国くらいの感覚でしかわからない。
「ベシャイデンの辺りは、細かいダンジョンが多かったよな。キマイラの尻尾でタマネギを巻いたやつは好きだな。あっさりしてて朝飯にも食いたい」
「あっちの辺は、国境越えが多くて、その度に手続きが面倒くさいのよね。キマイラの尻尾のビネガー漬け、お酒がすすみそうね。ベシャイデンまで買いに行こうかしら」
カリュオンとリヴィダスもキマイラの尻尾が気に入ったようだ。
「ちょっと甘酸っぱい感じで青魚っぽいところが、なんか懐かしい味でした」
あー、わかる。すごく日本の酢の物と相性良さそうだった。
トレント根っこ料理も好評だったが、それ以上にキマイラの尻尾のビネガー漬けに、みんな夢中だった。実際すごく美味かった。
尻尾以外の部位も気になるなー。ベシャイデンまでキマイラグルメツアーかっ!?
ユーラティア王国のある大陸は、東にシランドルがドーンとあり、西にはユーラティアの領土だが、大陸の西の端っこから南西部にかけては、海を囲い込むように大きな半島状になっており、その辺りは細かい国が複数ある。
ベシャイデンも、その半島にある国の一つだ。
複数の小国が連なっている為、国境を越える移動が多くなり、出入国の手続きやら税金やらが面倒くさい。
そのせいであまり西の方には行っていなかった為、行った事のない国がある。ベシャイデンもその一つである。
いい機会だから、行った事のない国に行ってみるのもいいなぁ。
シランドル旅行も楽しかったし、知らない土地に行くのはやはり楽しい。
もちろん、きな臭そうな場所には近寄らないけど。
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