第234話◆アベルの苦手なもの
「俺さ、十八階層嫌いだからさっさ抜けちゃお? ここたいした資源もないでしょ?」
と、ものすごーーーーくしっぶい顔をしているのはアベル。
アベルはこのダンジョンの十八階層が大嫌いなのだ。
十八階層、そこは一日を通して暗い夜のエリア。
ただ暗いだけではない、周囲には不気味な木が生え、その隙間には、廃墟のような小屋や墓石が点々と見える。
そう、ここは森に囲まれた夜の墓地。
墓地で出る魔物はもちろんアンデッドである。
そして、アンデッドはアンデッドでも実体のないゴースト系。それがこの階層の主な敵である。
ゾンビやスケルトンもいるのだが、とにかくゴースト系が多い。
ゴースト――つまり、幽霊である。
実体のないゴースト達は、神出鬼没だ。
気配は一応ある。何かそこにいる感じや、何もいない場所からの視線、よくわからない寒気など、そこに何かいるという感覚はある。
その姿は目に見えなかったり、見えても半透明だったりする。
更に質の悪い事に、ぱっと見に生きている者と見分けの付かない程、はっきりとした姿の者もいる。
生きている者に個性があるように、攻撃的な性格の者から友好的な者まで、ゴースト達にも個性がある。
ダンジョンの外なら、何らかの理由で死後ゴーストとなった者だが、ダンジョン内のゴーストはダンジョンが作り出したものである。
それらが人格のような個性を持っているのは、なんとも不思議で非常に戦い難く悪趣味である。
まぁ、ダンジョン内のゴーストは話が通じない者がほとんどなのだが。
その攻撃方法は、魔力や生命力を吸収する攻撃がメインで、魔法や呪いを使ってくる事もある。
魔法でその辺の物を飛ばしてくるポルターガイスト攻撃は、飛ばされてくる物によっては危険なので注意が必要だ。
そして実体のない彼らには、通常の物理攻撃は効かない。
アンデッドの弱点である、聖魔法、光魔法、もしくは聖属性が付与してある銀製の武器や魔道具、聖水などでしか、実体のないゴーストを倒す事ができない。
それでも、アンデッド対策をしっかりしていれば、その辺を徘徊しているゴーストはそこまで強敵ではない。
強敵ではないが、この不気味な空間で突然現れるのでものすごくびっくりする。
アベルは、それが苦手だったりする。いい大人なのに意外とびびりである。
いつもなら後ろの方を歩いているアベルだが、この階層だけは俺のすぐ後ろを歩いている。
俺の前にはカリュオンがいて、アベルの後ろにはリヴィダスとジュスト、つまり一番安全な場所にアベルがいる。
ザワザワと木が風に揺らされる音、よくわからない鳥の鳴き声。それらに混ざり、シクシクとすすり泣くような小さな声、気味の悪い笑い声が聞こえる時もある。
何かが近くにいる。そんな気配が無数にある。それはゴースト達の気配だ。
ゴーストの気配が多すぎて、他の魔物や人間の気配が非常にわかり難いのが、この階層の怖いところだ。
ゴーストの気配に紛れて、強力なアンデッドが近付いて来ていても、すぐ近くに来るまで気付かない事もある。
この陰鬱な空間で、周囲の気配に気にしつつ、突然現れるゴーストにびびらされ、非常に気が滅入る。
「ジュスト、大丈夫か?」
いい大人のアベルはどうでもいいが、この世界に来てまだまだ日の浅いジュストの方が心配だ。
「はい! ホラーゲームとか映画とか大好きでした!!」
ものすごく元気な声が返ってきたが、その発言はアウト寄りのアウトだ。
アベルがびびりでよかったな。ジュストの発言にかまう余裕はないようだ。
「ちょっと、グラン何か話してよ。静かだと気が散る」
周囲の不気味な雰囲気に誰もが口数少なくなっている為、暗く静かな墓地に不気味なざわめきとゴースト達の出す音だけが響いている。
静かで気が散るって何だよ。
「何か話せって何を? 何か怖い話でもする?」
「やめて!!」
「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました」
「やめてって言ってるでしょ!!」
ガシャーーーーーーンッ!!
「うわあっ!!」
前世の記憶にあるモモタロウを、こちら風にアレンジして話そうとしただけなのに怒られた。
直後、近くの小屋でガラスが割れたような音が墓地に響き、その音に驚いたアベルが、音のした小屋に向かって光魔法を撃ち込み、小屋があった場所が消し飛んで更地になった。
おそらく、小屋の周辺にいたゴースト達も消し飛んでそうだ。
聖魔法と違って光魔法はアンデッドだけではなく、この世のものにも効くからな。
うむ、アベルをからかうのはやめておこう。あれがこっちに飛んで来たら嫌だ。巻き込まれても嫌だ。
あの小屋の近くに人はいなかったよな? うん、周囲に生きている人っぽい気配は多分ないかな? ゴーストだらけでわかり難いけれど、多分、きっと、おそらく大丈夫だ。
アベルの言う通り、この階層はたいした資源もないし、さっさと抜けてしまおう。
足早に十九階層を目指す。
途中、ゴースト達が出す音がする度に、アベルの光魔法が炸裂していた。
近くに他の冒険者とかいないよな? まぁ、人気ないエリアだしな?
「べべべべ別にゴーストが怖いわけじゃないよ! いきなり出てきてびっくりするのが嫌なんだよ!!」
いきなり出てくるゴーストは確かに心臓に悪いから気持ちはわかる。
アベルが苦手なのはゴーストのような実体のないやつらだけで、同じアンデッドでもスケルトンとかゾンビのような実体がある奴らは平気らしい。
ゴーストは突然出てくるものばかりではない。
最短ルートで次の階層を目指していると、通路の真ん中にしゃがみ込んで小さな女の子が泣いている。
こんな所に小さな女の子なんているはずがない。ダンジョンは冒険者かダンジョンのランク相応の強さを持ったお役所関係者しか入れない。そして冒険者は十二歳を超えていないと登録できない。
つまり小さな子供は、どんなに生きているように見えてもゴーストである。
道の真ん中にしゃがみ込んでいる女の子が顔を上げてこちらを見上げる、その前にカリュオンの聖魔法で女の子のゴーストは霧散した。
「ゴーストってわかってても、なんだか複雑な気分になりますね」
その様子を見てジュストが困ったような表情をしている。
「ゴーストといっても、ここにいるのはダンジョンが作り出したものだからな。本物の人間のゴーストじゃないが、あまり気持ちのいいものではないな。まぁ、光属性や聖属性で倒したゴーストはちゃんと成仏するらしいから、成仏させてやってると思うんだ」
ダンジョン産の魔物なので作られた魔物だとわかっていても、人間の姿をしていて人格を感じさせる行動をされると非常にやり難いし、ゴリゴリと精神を削られる。
「ホント、それもあるから十八階層は嫌いだよ」
アベルはすでにゲッソリした顔をしている。
「あら? アレ、すごくない?」
先に進もうかと思った時、リヴィダスが何かに気付いて、墓地の奥の方を指差した。
「うお、まじか!?」
リヴィダスが指差した先にある物を見て思わず声を上げた。
「紫色の鉱石ですか?」
「あー、あれは、幻影とかじゃなくて本物だね。品質もすごくいい」
アベルがさっそく鑑定したようだ。
「おっ? 高そうなミスリル入りの岩石だな! 取りに行こうぜ!」
リヴィダスが見つけた物を見て、カリュオンは奥の方に駆け出しそうな勢いだ。
リヴィダスの指差した先には、うっすらと紫色の光を出している――ミスリルを含んでいる岩石が見えた。
「えー、でも周りが墓石だらけで、あの辺絶対ゾンビとかゴーストだらけだよ」
「でも、あれは持って帰りたいわね」
あのサイズのミスリルなら俺じゃなくても、丸ごと持って帰りたくなるはずだ。
「みんなで行けば怖くないな! がんばれ、アベル!」
カリュオンがドンとアベルの背中を押す。
「アベルさん、僕がんばってゴーストを追い払いますね!」
ジュストは相変わらずいい子だなぁ。
「ちゃっちゃと掘って持って帰るか」
俺はツルハシを持ち出して、ミスリル入りの岩石が見える場所へと向かった。
ダンジョン内はこんな風に、脈絡なく高級鉱石が混ざっている岩石が出現したりする。
それが罠の可能性があっても、とりあえず様子は見に行ってみる。
「あー、やっぱりゴーストやゾンビはいるね。土の中にゾンビが埋まってるよ」
「罠系はなさそうだな」
ミスリルの周囲にアンデッド系の魔物はいるようだが、探索スキルで周囲を探ってみた結果、罠らしき物はないようだ。
岩石はダンジョンの地面にしっかりくっついている為、掘り出さないと回収する事ができない。
結構でっかい岩石だから時間がかかりそうだ。
「じゃあ、周囲の敵は俺達が片付けておくから、ミスリルはグランに任せよう」
「わかった」
「俺はグランに寄って来るやつを殲滅するよ」
アベル、お前はゴーストのいる場所であまり動き回りたくないだけだろ。
まぁ、ゴーストだらけで周囲の気配を拾い難いから、そばで警戒してくれているなら、安心して掘れるな。
「じゃあ、私とジュストはカリュオンと一緒に、周囲の掃除するわね」
「行ってきます!」
カリュオン達が周囲のアンデッドの殲滅に向かい、俺とアベルはミスリル入りの岩石の方へ。
「グランの周りを見張っておくね」
「わかった、任せたよ」
周りを気にして、寄ってきた敵を倒しながらより、集中して掘った方が早いから背後を見ていてくれるのは助かる。
さっさと掘って、次の階層を目指そう。
あー、くそっ! ミスリルが入っているとやっぱ硬いな!
アダマンタイトのツルハシでもなかなか掘れないや。
強化前のミスリルならアダマンタイトの方が硬いのに。
というか、結構でかいなこの岩石。
「まだかかる?」
「うん、この岩石かなり硬い」
後ろからしたアベルの声に振り返らずに返事をする。
「周りは俺に任せて、そのまま掘ってていいよ」
「おう、助かる」
それにしても、めっちゃ硬いな。硬いって事はそれだけミスリルを多く含んだ岩石という事だ。
くっそ、硬くて疲れるな。
「辛そうだけど大丈夫?」
「おう、これくらい平気だ」
再びアベルが声をかけてきたので、振り返らずに返事をした。
前の階層で走り回ったせいか、妙に疲労感がある。
それでも、もう少しで岩石を掘り出せそうだ。
「ふふ、お疲れ様」
ポンっと肩に置かれた手が、装備の上からにもかかわらず、妙に冷たく感じた。
「グラン、あぶない!」
アベルの声がして振り返ると、目の前に血まみれの鉱夫らしき男の顔があった。
「うおおおおっ!?」
びびって声を上げた直後、血まみれの男が光に包まれて消えた。
三メートル程度離れた場所にアベルが立っていた。
あれ? もう少し近くから声がしていた気がするんだけど?
「ごめん、やたらゴーストが寄って来るから、その処理で少し離れちゃった。グランの真後ろいた奴は、姿を消しててすぐに気付けなかったよ」
「いや、俺もアベルが何度も話しかけてくるから、すっかり油断してた」
すぐ後ろでアベルの声がするし人の気配もしていたから、アベルが背後にいると思って完全に油断していた。
「え? 俺、話しかけてないけど?」
「え?」
「え?」
じゃあ、俺が話していたのは……?
先ほどの血まみれゴーストがアベルの声まねをしていた……のか? ああ、時々そういうゴーストもいるよな……。
やだ……、早くミスリル回収して十九階層行こ。
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