第237話◆空からの襲来
水魔法によって地面が潤い、その事で芽吹いた植物の命は短い。
天頂から照りつける強い日差しで地面が乾く前に、花が散り種をばらまいて再び種として次に芽吹く日まで乾いた地面の中で眠る。
次に芽生えるまでは時間を要するようで、もう一度地面を濡らしてもすぐには生えてこない。
芽生える時期の種の眠っている地面を、運良く濡らす事ができたら、この荒野の花園に出会えるのだ。
すぐに消えてしまう花園の為、薬草の回収は急がねばならない。
いちいち鑑定なんかしている暇はねぇ! 帰った後で選別すればいいので、それっぽいものは片っ端から回収していく。
それでもはっきりと雑草や毒草とわかるものは放置だ。
大雑把なカリュオンやリヴィダスは、根こそぎ回収している。この二人に比べればアベルとジュストは丁寧な方だ。
花園半分くらいを毟ったところで、花が散り始めたのでそろそろ採取タイムも終わりだなと思い始めた時、複数の魔物の気配が上空からこちらに向かって来ている事に気付いた。
「空から、何か来ているな」
作業をやめて気配のする方の空を見上げると、翼を広げて空を飛んでいる黒っぽい魔物の群れが見えた。
「ワイバーンかな?」
アベルが目を細めてその群れを見上げ、ニーズヘッグの杖がスッとその手に現れた。
空中にいるものに対して雷魔法は強いからな。
ワイバーンとは前足が翼になっているBランク亜竜種で、翼を広げた大きさは三メートルから十メートルと幅があり、ボスクラスの個体になると更に大きくなる。
こいつの厄介なところは、空中からの攻撃もあるが、Bランクという強さで群れている事だ。その群れのボスとなるとAランクを越える強さなのが常だ。
「ワイバーンの縄張りって、ここからかなり離れてるのに、なんだって群れでこんな場所に向かって来てるんだ? 俺、飛行系の魔物嫌いなんだよね」
棍棒で殴り回すのが主力のカリュオンは飛行系の魔物が嫌いだ。
近接主体のスタイルだと飛行系の魔物相手は面倒くさいんだよね。
俺は弓を使えるが、ワイバーンの群れを処理できる程の腕も火力もない。
ロングソードを腰に掛け、弓と矢を取り出してワイバーンの襲来に備える。
一発目だけ威力の高い大弓を使って、それ以降は軽量のロングボウを使う予定だ。
「タンブルウィードで広範囲を燃やしたり、水を流したりしすぎたからかしら? 騒ぎに反応してここまで来ちゃったのかしらねぇ?」
リヴィダスが首をかしげながら全員に物理防御系の強化をかける。
確かにワイバーンの住み処はこの場所から随分離れている。ワイバーンは面倒くさいので触りたくなくて、奴らの縄張りから遠い場所を探索していたのだが、派手にやり過ぎたのかなぁ。
しかし、来てしまったものは仕方ないので始末しておかなければ、周囲の冒険者にも迷惑になる。
「ジュスト、ワイバーンは空中からの爪や牙による攻撃の他に、炎のブレスと風系の魔法を使う。火と風の耐性の強化を頼む」
「わかりました!」
炎のブレスに関しては、暑い場所での活動の為、熱に強い装備で固めているので、あまり脅威ではないが、ワイバーンは上空から風を巻き起こして攻撃してくるので、そちらの方は厄介だ。
しかも竜巻なんか巻き起こされると、周囲の岩や砂を巻き込んでそれらがぶつかって来る危険もある。
戦闘準備をしているうちにワイバーンの群れはどんどんこちらに近付いて来て、その姿をはっきりと見る事ができるようになった。
翼を広げて五メートル前後の個体が十五匹程度、その真ん中辺りに一匹だけ十メートル越えの大きな個体が混ざっている。コレがこの群れのボスだと思われる。
あれだけデカイと俺の腕でも当てられるかっ!? いや、周りが邪魔で狙いにくいな。
「とりあえず、一発いくよ!」
アベルが杖を振るうと、その先端から鞭のような雷が発射され、先頭のワイバーンに当たりそこから連鎖するように、周囲のワイバーンに雷光が伸びた。
アベルの雷魔法をくらったワイバーン達が少し怯んで高度を落とすが、距離が遠くあまり大きなダメージにはなっていないようだ。
しかし、アベルが放った雷魔法をくらった先頭のワイバーン達が高度を下げた為、ボスのワイバーンの前が空いた。
「今だ!」
ボスのワイバーンに向かって矢を放つが、あっさりと風魔法ではたき落とされてしまった。
うそん、俺の中では威力の高い攻撃のはずなのに。
大弓をしまい、代わりに軽量のロングボウを取り出す。あの弓の攻撃をあっさり相殺されたので、こちらの弓はボスには効かないな。
デカイのはアベルに任せて、俺は素直に小さいの狙うか。
「半端な攻撃は意味がなさそうだね」
「ああ、もっと引きつけないとダメだな」
先制攻撃はあまり意味のないまま、ワイバーンの群れはこちらに近付いて来て、ワイバーン達が魔法を使おうとしているのが見えた。
まずは先頭を飛んでいた二匹のワイバーンが、風を纏いこちらに突進する体勢を見せた。
「来るぞおおお!! 俺の後ろは安全だからそこに隠れてろおおおおおお!!!」
カリュオンが大盾を体の前に構え、パーティーと向かって来るワイバーンの間に立った。
ドスンと地面に突き刺すように構えたカリュオンの大盾が白く輝き、それを中心に分厚い光の壁が形成され、突進して来たワイバーンがそこに続けて衝突し地面に落下した。
その二匹のワイバーンに俺とリヴィダスが、それぞれとどめを刺す。
そして、回収回収。ワイバーンの皮は防具素材としてすごく人気がある。
「うおおおおおおい! ワイバーーーーーンッ!! 不甲斐ないぞおおおおお!! もっと本気で来いよ!! それでもBランクかよおおおおお!!!」
カリュオンが上空のワイバーンに向かって叫んだ。
魔物に話しかけているが言葉は通じるのか!?
と思うのだが、どうやら挑発系のスキルを使ったようだ。
上空でワイバーンがギャアギャアと鳴いているのが聞こえる。しかし先の二匹が光の壁に衝突してあっさり倒された為、警戒しているようで突っ込んでは来ない。
上空でギャアギャアと言っていたワイバーン達が、こちらを見下ろしながら翼をバタバタとさせ始めた。
ボスワイバーンは警戒しているのか、その様子を少し後ろから見ている。
あのボス、知能が高そうだ。ランクはA以上はあるだろうな。他のワイバーンとは明らかに雰囲気が違う。
バサバサと羽ばたいているワイバーン達の翼から竜巻が巻き起こり、それらが合体して巨大な竜巻になった。
竜巻は周囲の岩や石を巻き上げならこちらへ進んでくる。
ジュストとリヴィダスが風耐性の強化魔法を全員にかけ、竜巻に備える。
アベルはカリュオンのすぐ後ろで大きな魔法を用意しているようだ。
俺は、やる事がなくて応援をしている。
相手は空を飛んでいるし、前には竜巻が来ているし、弓はあの大弓ですらボスには効かなかったし、俺にできる事が全くない。
やる事がないからといって、変に前に出ても竜巻があって何もできないし、巻き込まれて怪我でもしたらヒーラー組に無駄な仕事を増やす事になる。
できる事が待機しかない!!
巨大竜巻は岩や石を大量に巻き込みこちらに迫るが、カリュオンの後ろは少し強い風程度で、踏ん張っていれば吹き飛ばされる事もない。時々、巻き上げられた砂がピシピシと当たるくらいだ。
大盾に吸い込まれるように、竜巻がカリュオンの出した壁にぶつかる。
ガリガリという金属を岩がこする音と、ガンガンと岩が壁にぶつかる音が響き、竜巻がみるみる小さくなっていく。
竜巻が盾にぶつかる程、カリュオンの盾が纏う光が強くなっていく。
カリュオンの盾が完全に竜巻を防ぎきり、竜巻が消滅した後、その盾からは真っ白い光が溢れ出していた。
「中々いい攻撃だったぜえええ!! 今度はこっちの番だあああああ!! いっくぜ!! ジャスティスカウンターーーー!!!」
カリュオンの盾から溢れていた光が収束して、盾の中心から一直線の太い光の帯となって、ワイバーンの群れに放たれた。
光の帯は一瞬でその軌道上のワイバーン達を蹂躙して、後ろのボスワイバーンに迫る。
ボスワイバーンはそれを上昇して躱し、光の帯が通り過ぎて消えた後、俺達を睨むように見下ろしていた。
「逃がさないよ」
アベルが腕を振るうと、カリュオンのカウンター攻撃に巻き込まれなかった、細かいワイバーンがバタバタと落下して、ドスンと音がして地面に叩き付けられた。
重力の魔法だ。
ボスワイバーンは魔力抵抗が高いようで、アベルの重力魔法でもやや高度を下げただけで、落下せず空中で羽ばたいている。
しかし空中に残っているのは、ボス一匹だけだ。
あー、俺何もしてねぇ。ドリーのパーティーにいる時によく感じていたこの置物感、すごく懐かしい。
できる事がなさすぎて、地面に落ちたワイバーンの回収でもしようかと思っていると、ボスワイバーンが大きく息を吸い込むのが見えた。
炎のブレスの前兆だ。だが火属性の耐性の高い装備をつけ、なおかつ耐性上昇の強化魔法もかけられている為、炎の攻撃はそこまで怖くない。
しかも、ブラッディバケツの時のカリュオンは、炎攻撃はほぼ無効化してしまう。いざとなったらカリュオンの後ろに逃げればいい。
大きく息を吸い込んだワイバーンの口の中に燃えさかる炎が見えた。それと同時にワイバーンの体に何か黒い靄がかかっているのが見えた。
「あのワイバーン操られてるよ」
アベルも黒い靄に気付いて鑑定したのか、眉間に皺を寄せて厳しい表情をしている。
「どういう事だ?」
操られて俺達を攻撃しているのか?
「炎が来るぞ!」
カリュオンが盾を構えた直後、ボスワイバーンが巨大な火球を吐き出した。
俺達の方へではなく、ワイバーンのいる位置よりやや後ろの大きな岩場がある場所に向けて。
火球が直撃した岩場が崩壊し、周囲に僅かに生えている植物にも火が燃え移った。
そして、俺達ではなく岩場に炎を吐いたボスワイバーンの体が黒い炎に包まれて、地上に落下していった。
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