第230話◆俺の存在意義

 タヴェル・ナパルム群生地から少し奥へ行くと、高い木が生い茂る鬱蒼とした場所に辿り着く。

 今まで通ってきた森とは違う雰囲気――分厚く茂った木々の葉で薄暗い不気味な森。

 そこがエンシェントトレントの森だ。

 この辺り一帯で、背が高く幹が太い広葉樹はほぼエンシェントトレントだと思っていい。

 そのエンシェントトレントを狩る為、森の奥の方に俺達は来ている。アベルとカリュオンが何かやらかしてもいいように、人があまり来ない森の奥の方だ。


 動き回る大木、それがトレントだ。そのトレント系の弱点は火だが、森に棲むトレントに火を使った攻撃をすると、森林火災の原因になり災害規模の被害が出てしまう。

 ダンジョン内なら環境破壊の心配はしなくてもいいが、他の冒険者を巻き込む危険があるし、自分達も危険な為、森では火を使う攻撃はしてはいけない。

 森だけではない燃えやすい物の多い場所や閉所でも、火を使った攻撃は危険である。

 一見、攻撃向きで使いやすそうに見える火魔法だが、自分や周囲を巻き込む危険がある為、案外使いどころは少ない。

 あのデストロイヤーアベルですら、火魔法を攻撃に使う事は滅多にない。

 それに、燃やしてしまうと素材が回収できないから、やっぱり火魔法はダメだな!!


 火で燃やせないならどうやってトレントを倒すかっていうと、伐採だ。

 そう、伐採用の斧で切り倒すのだ。

 枝で殴ってきたり、巨大な体で押しつぶしてきたり、魔法だって使ってくる為、それを躱しながら伐採作業をしなければならない。

 実はものすごく厄介な魔物である。

 厄介だし、大木なので持ち帰るにも場所を取る、その為トレント素材の買い取り価格は高い。

 このダンジョンにいるエンシェントトレントはトレントの中でも上位で、素材の質も良く大きさも大きい。

 装備品の素材にもなれば、建築素材としても需要がある。また葉や実は調合の素材としても需要があり、捨てる部分のない素材として大変優良な魔物である。


 さぁ、頑張って伐採するぞー!!

 あんまデカイ奴は大変だからほどほどの奴だな!!

 エンシェントトレントの攻撃を躱しながら、幹が根っこに変わる辺りより少し上の部分に、伐採用の斧を何度も叩き込む。

 トレント系はこの辺りに魔石があり、魔石より少し上の場所で伐採してしまえば、トレントは魔石の残っている切り株だけになる。

 この状態で魔石を取り出せばトレントは完全に死んでしまい、切り株のまま逃がせば時間が経てばまた大木に戻る。

 どうせダンジョン内だし、倒してもそのうち湧いてくるので、今回は魔石を回収する。

 ちなみに根っこも調合の素材になるし食べる事もできるので、根っこも回収してしまう。


 俺がせっせと小型のトレントを伐採している間、他のメンバーは何をしてたかって?

 リヴィダスとジュストは強化魔法をかけた後、近くで薬草や果物を集めていた。

 アベルとカリュオンは……。

「おいいいいいいい!! それは流石に当たったらやばい!!」

「ジュストが教えてくれたこの方法めちゃくちゃ強くない? 超楽しいんだけどおぉ!?」

 デカイトレントの攻撃をカリュオンが受け止め、その背後からアベルが円盤状の水を、大きなエンシェントトレントの根元に向けて、何発も飛ばしている。

 その円盤はよく見ると高速で回転しており、飛ばされている円盤の軌道上に伸びた枝は、スパスパと切り落とされていく。

 ジュストよ……アベルに何て事を教えたのだ……。

 すごくよく切れそうだなぁ。流石にカリュオンもアレには当たりたくなさそうだな。

 よく切れそうな円盤だが、流石に大型エンシェントトレントを簡単に切り倒す事はできないようで、連続で何発も同じ場所にぶつけている。

 カリュオンはそれを器用に躱しながら、エンシェントトレントの攻撃も防いでなおかつ反撃までしている。

 冷静に考えてものすごく器用な事をしている。さっすがAランクのタンクだなぁ。

 いや、それよりそのデカイのやっちゃうんだ……。


 エンシェントトレントは個体差が激しい。

 俺が伐採しているのは伐採しやすい、エンシェントトレントにしては小型な五メートル以下の個体だ。あまりデカイと伐採するのに時間がかかるからな。

 アベル達が遊んでいるのは高さが十メートル……いや、それ以上あるな。


 あ、そろそろ倒れそう。

 おー、倒れたなー。カリュオンがいる方向に。

 おお、受け止めた。流石カリュオン、ゴリラタンク。

「グーラーンー!! 回収よろしくううううう!!」

 受け止めた大木を両手で抱えながら、カリュオンが俺の方を見た。

 ものすごく、嫌な予感がする。

「取りに行くからそのまま待て!! いいか、待てだ!! 待て!! おすわり!!」

 あんな物投げてよこされたらたまらないので、急いでカリュオンの所まで走って行って回収した。

 危なかった。

 しかし、でかいエンシェントトレントが手に入ったのはよかった。

「じゃあ次行くぞおおお」

「あの水魔法、結構魔力を食うから、でっかいのはあと五匹くらいね」

 防御ゴリラと魔法ゴリラが、次の獲物を見つけて走って行ってしまった。

 ええ、そんなデカイのあと五匹も持ってくるつもりなのか……。

 俺は凡人だから小さいの伐採するよ。


 この後、大型のエンシェントトレントが五匹ほど俺の元に届けられた。

 ホント、お前らゴリラ。


 うん、収納しておくよ。

 あれ?


 あっ!! ああああああああああああああっ!!


 自分が倒したエンシェントトレントを全て回収した後、アベル達が倒したのを回収した時に少し違和感があった。

 この感じ、非常に久しぶりである。

 収納に物を入れた瞬間に、何かつっかえるような感覚、無理矢理回収したらゴリッと魔力を持っていかれてクラッとした。


 やべぇ! もしかして収納いっぱいになった!? このタイミングで!?


 こっそりと、インベントリ・リストを開いて中身を確認する。

 うげえええええええええ!! 容量に空きがない!!

 容量いっぱいでも無理矢理突っ込めば入る事は入るのだが、その時は大量に魔力を持っていかれる。

 やべぇ、最後に整理したのいつだ!?


 オーバロのダンジョンで、土砂系やいらない材木はかなり放出したから、余裕はまだまだあると思ったんだけどなぁ。

 帰る前にオーバロの海で塩を補充したけど、アレは誤差だと思いたい。

 ダンジョンで土砂放出して収納に余裕できたし、何かに使うと思って海水も持って帰ったのは、ちょっとまずかったか。

 帰って来てからは何か変な物回収したかなぁ。

 獣舎を作るのに材木とかレンガとかも結構使ったのになぁ。それ以上に何か回収したか?

 そういえば、妖精のダンジョンでトカゲを回収したの、解体しないでそのままなのがまだまだあるな。結構な数がいたんだよね。

 サイクロプスの棍棒もデカかったし、そういえばガーゴイルの瓦礫とか回収したな。

 箱庭作った時に素材を放出したけど、大きさ的にはそこまで大きくなかった。

 あ、森切り開いた時の材木が、ジュストが引き取った余りを入れたな。でもそれはそこまで多くないよな?

 ギルドで色々買ったけれど、それも誤差だろ?

 うーん、あとはここに来てからサラマンダーの群れを面倒くさくて丸々突っ込んだな。

 そういえばドラゴンゾンビも丸ごと回収したな……。

 それからミミックとか蜂の巣とかニトロラゴラ。これらはそこまで大きくないから、数があってもノーカンだよな?

 ボーンゴーレムは少しデカかったかなぁ? ゴーレムにしては小型だったんだけどなぁ?

 タヴェル・ナパルムの花なんて誤差だし、エンシェントトレントはデカイな。

 他にも色々細々した物を回収したな。


 そんな事より、収納いっぱいになったとか、やべぇ。

 荷物持ちできないなんて、俺の存在意義がっ!!

「グラン、どうしたの?」

 予想外の出来事に、混乱してしばらく硬直していた為、アベルが不思議そうに声をかけてきた。

「しゅ……マジックバッグいっぱいになっちゃった」

 そういえば、カリュオンとリヴィダスには収納スキルではなく、マジックバッグという体にしてあるんだった。バレてそうだけど。

「は? 何でもかんでも回収してるから、こまめに整理してるものだと思ってたけど、整理してなかったの!?」

「う、うん。最後に整理したのアベルが手伝ってくれた時かな? 丸ごと突っ込んでる魔物はこまめに解体してたけど、ここ来て色々回収したからなぁ」

「はーーーー、とりあえず、岩とか水とかは捨てよ?」

 エッ!?

 ものすごく大きなため息をつきながら言われた。


「なになに? グランのあのおもしろマジックバッグいっぱいになったんだ」

 おもしろってなんだよ!!

「グラン? もしかしてオーバロから海水を持って帰って来たの?」

 リヴィダス鋭いな。

「僕が少し持ちましょうか?」

 ジュストはホントいい子だなぁ。


「うん、じゃあジュストに少し持ってもらおうかな?」

 いったんジュストに持ってもらって、セーフティーエリアでゆっくり整理しよう。

 一番場所を取っているのは、おそらくオーバロから持って帰ってきた海水だと思うけれど、ここでは出せないので、とりあえず岩とか瓦礫関係かな? これならいざという時にジュストの武器になるし。


「それ、そのままここに置いて行こっか?」

 エッ!?

 地面に岩とか瓦礫を出したら、非常に良い笑顔のアベルに言われた。

「そうね、岩とか瓦礫はまた別の所でも手に入るし、ダンジョンから出る前に余裕があれば、その辺から持って帰ればいいわよね?」

「まぁ、確かに投げると強そうだなぁ」

 カリュオンが少し大きめの瓦礫を拾って、ヒュッと近くの木に投げた。

「ギャッ!!」

 その瓦礫は木の中にいた罪のない鳥の魔物に当たったようで、木から鳥がドスンと地面に落ちてきた。

 荷物が増えちゃったじゃないか。


「グラン? 瓦礫と岩は最低限を残してここに置いて行こうか? 海水の他にも、ただの水なんかも入れてたりしないよね? というかそのグランの収集癖をジュストに感染させたらダメだよ」

「うっ!?」

 流石、付き合い長いだけあって鋭いな。それと、感染ってなんだ!? 収集癖は伝染病じゃないぞ!!

「この森の裏側を抜けるルートでセーフティーエリアに行くと、途中に広い岩場があるでしょ? そこなら魔物も資源も少なくて人も滅多に来ないし、いらない水系はそこで捨てようか?」

 く、名残惜しいが仕方ない。水ならまたどっかの川で回収すればいいな。

 ダンジョン内なら物を捨てても、ダンジョンに吸収されるから環境破壊にはならいないし、この先、素材たくさん持って帰りたいし仕方ない。


 収納の中にあった岩や瓦礫は最低限を残して、エンシェントトレントの森に放置した。

 通行の邪魔になりそうな量だったが、訪れる人もあまりいない奥の方だったから、迷惑になる前に吸収されるだろう。

 水系は森を抜けた先の岩場で、こちらも必要分を残して流した。

 水は洪水になるとやばいので窪地になった場所に捨てたけれど、溢れてしまって道を思いっきり冠水させてしまった。

 資源も魔物も少なく人の少ない区画でよかった。何匹か魔物が姿を見せたが、水に押し流されてしまって素材を回収しそびれたけれど、まいっかー。



 思ったよりいっぱいあって、俺自身がびっくりした。そりゃ、収納溢れるわな。

 水と土砂を大放出したら、ずいぶん収納が広くなったな!!

 めっちゃすっきりして、すがすがしい気分だ!!

 やっぱたまに整理はしないといけないな!!




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