第229話◆初夏の森
十五階層のボスを倒した後、軽く昼ご飯を挟んで十六階層へ。
ここは森のエリアで、優秀な材木……の元になるエンシェントトレントが多く棲息している。
トレント以外にも、植物系や獣系、鳥系の魔物が多い。薬草や果物、キノコ類も多く、気候は初夏程度で空気も気持ちよく、俺的にはすごくお気に入りのエリアだ。
難点といえば虫が多い事くらいだ。そりゃあもお、小さいのから大きいのまで。
クキョキョキョキョキョキョキョッ!!
カナカナカナカナカナナカナカナカナッ!!
ミーンミーンミンミンミンミンミンッ!!
虫やら鳥やら多いので非常に鳴き声がうるさい。
時々季節感を無視した奴もいる。虫だけに。
そこでミンミン鳴いてるお前だよっ!!
「うるさいっ!!」
「ミ"ッ!!」
うるさいだけで襲っては来ないのだが、サイズがデカイ分、鳴き声もデカイ。
近くの木にとまっていたセミの魔物にアベルが氷の矢を放った。
この世界のセミの寿命は知らないが、前世のセミと同じで成虫になってからの命が短いなら、素材にもならないしむやみな殺生は可哀想な気もする。しかし、うるさいので仕方ないな。
ダンジョン産の魔物だし、深く考えたら負けだろう。
ミンミンうるさいセミに、アベルが片っ端から氷の矢を放っていた。
「ミミミミッ!!」
「うわっ!? 水が降ってきた!! こいつ水魔法なんて使うの!?」
アベルに狙われた事に気付いたセミが、短く鳴きながら飛び去っていった。
よかった、俺にはかからなかった。アベルよ、それはおそらく水魔法ではない。
「ジュスト、小さな虫もいるからうっかり踏んだりしないようにな」
「はいっ!」
馬鹿デカイ虫もいるが、小さな虫もいる為、うっかり踏んでジュストの呪いが進行したらいけないので、足元注意だ。
「そういえば、エンシェントトレント地帯に行くんだっけか?」
「ああ、そうだよ」
「お、じゃあアノ木あるよな? アレアレ」
あー……。カリュオンが親指と人差し指でわっかを作って、クイッと飲む仕草をしたのを見て思い出す。
「ああ、アレね。でもアレ人気だから残ってるかしら?」
「あー、アレ。木に咲いている花の蜜が酒なんだったよね」
そう、エンシェントトレント地帯にある、とある木の花の蜜が酒なのだ。
同じく植物から採取できるポラーチョの酒と違って生臭さがなく、甘くて美味しい。酒精はそこまで強くなく、そのまま飲む事もできる。
メインルートから外れた森の奥の方に生えており、辿り着くまでの距離があるが、比較的簡単に採取できる為、人間にも魔物にも人気がある。
そう、魔物にも人気がある。
魔物といっても小型の可愛い魔物なので、無理に戦う必要もなく穏便にお酒を譲ってもらえる。
「花の蜜がお酒なんですか?」
ジュストがコテンと首をかしげた。
「あんま強くないし、甘くて美味いからジュストも飲んでみるか?」
おい、そこのバケツ、子供にお酒を勧めるな。
「僕は故郷では未成年扱いでしたし、お酒は飲んだ事ないです」
「じゃあ、ちょっと舐めるところからだな!」
おいこらバケツ! 日本人は酒に弱いんだ!
ユーラティアには特に酒の年齢制限はない為、十代半ばには酒を飲んでいる者が多い。
俺も普通に酒を飲むし、前世よりずっと酒に強い。おそらくユーラティア人、もしくはこの世界の人間が、個人差はあるものの比較的酒に強い人種なのかもしれない。
そもそも俺だって、日本人基準だとまだ未成年だもんねー!!
まぁ、舐めるくらいなら大丈夫か……どっちにしろ、飲めるように処理をして、安全な場所でだな。
エンシェントトレントが密集して棲息している場所は、メインルートを逸れ奥に進んだ先にあり、次の階層に直通した場合にエンシェントトレントと遭遇する事は滅多にない。
住み処から出て来て、単体で徘徊している個体と稀に遭遇するくらいだ。
エンシェントトレントとは見た目は葉っぱを青々と茂らせた大きな広葉樹で、動いていなければただの大きな木にしか見えない。
トレント系の魔物はダンジョンだけではなく、普通の森にも棲息しており温厚な種が多い。中には長い時を生き多くの知識を得て、数々の言語を操って意思疎通が可能なトレントもいる。
しかし、ダンジョン産のトレントはダンジョンが生み出す魔物の為か、あまり知能も高くなく意思疎通もできない上に、そのほとんどがダンジョンの外から来た者に対して、敵意をむき出しにして襲いかかってくる。
そして、こいつらは雑食である。
根から栄養を吸収するだけではなく、植物や動物も食べる。もちろん人間も捕食対象だ。
長い腕のように自由に動き回る枝で捕獲されると、吸収されるように木の中に取り込まれてしまうので、なかなかエグい。絶対捕まりたくない。
そんなエンシェントトレントだが、このダンジョンには二つの大きな群れがあり、十三年おきと十七年おきに大量発生を繰り返している。
俺が冒険者になって五年目くらいに、この二つの群れの大量発生が重なった年があり、アホみたいにエンシェントトレントを狩る事ができた。
材木、すごくうまかった。
その材木は今住んでいる家の、改修に非常に役に立ってくれた。使いすぎてそろそろ在庫が心許なくなってきた為、今日はしっかり補充して帰る予定だ。
そのエンシェントトレントの棲息地の少し手前に、タヴェル・ナパルムという植物が群生している場所がある。
高くても三メートル程度のこの木に咲く花の蜜が酒なのだ。
少し酒癖の悪い魔物が酒を飲みに来るのだが、小型の魔物なので少々酒癖が悪くても可愛い。
エンシェントトレントの棲息地に行く前に、タヴェル・ナパルムの群生地へ寄り道。
地面に伏せられたボウルのような半球状の表面に細かい葉っぱをびっちりと茂らせている木、それがタヴェル・ナパルムである。
その葉っぱの隙間から、俺の手のひらよりも大きいピンクや白のラッパ型の花が、無数に顔を出して咲いている。
その木の周囲には全長五十センチ程のネズミのような魔物が数匹、背伸びをしたり木に登ったりしてせっせと花を毟っては口に運んでいる。
セカセカと花を毟って口に運んで、花の下側からチュウチュウと蜜を吸っている姿は非常に可愛い。
ちょうど、他に人もおらず、のんびりと蜜を採る事ができそうだ。
「わ、可愛い!」
ブルタンを見た、ジュストが目をキラキラさせている。
ネズミの魔物――ブルタンはあまり大きくなく、見た目も可愛いのでつい油断してしまうが、非常に酒癖の悪いネズミだ。
たいして強くはないのだが、非常に酒好きで酒に対しては意地汚い。タヴェル・ナパルムの花を摘もうとすると、攻撃をしてくる。
「タヴェル・ナパルム花の中は蜜が溜まってるんだ。これが甘くて美味いんだよなあ」
カンッ!!
花を摘んだカリュオンが、早速ブルタンに跳び蹴りを食らった。
もちろんそんな事でひるむカリュオンではないのだが、跳び蹴りをした後そのままカリュオンの肩に乗って、バケツをカンカンと殴っているブルタンの手の方が痛そうだ。
「お? やるか? そんな攻撃は効かないぞぉ?」
さっぱり効いていないブルタンの攻撃を放置して、カリュオンはのんびりと花を摘み始めた。
そこにどんどんとブルタンが集まってバケツを殴っているのでカンカンうるさい。
攻撃が効かない為、されるがままになっているカリュオンは心が広い。
ちなみにカリュオン以外の普通の人が殴られると、多少は痛い。複数に殴られると流石にボコボコになる。
あんな堅いバケツをずっと殴っていると、ブルタンが可哀想だからそろそろ止めてやるか。
「おーい、そんな物殴ったら怪我するぞー! 酒のつまみと交換で花を摘ませてくれないかな?」
スッと収納からクラーケンの干物を出すと、カリュオンを殴っていたブルタン達がその手を止めて、こちらを見た。
釣れたかな?
ブルタンはタヴェル・ナパルムの花を他の者が採ろうとすると、攻撃してくる。それはただ単に縄張り意識と酒好きな性格だからだ。
そして酒も好きだが、酒のつまみも好きだ。ダンジョンの中で食べ物が限られているせいか、このエリアで手に入らない物を出すと、快く花を採らせてくれる。
「他にも色々あげるから、たくさん採っていい?」
クラーケンの干物以外にも、ミミックの干物や、オーバロで買ってきた魚の干物などを出すと、カリュオンにたかっていたブルタンがわちゃわちゃと俺の方にやって来て、つまみを受け取って別の木に移っていった。
どうやら交渉は成立のようだ。
「相変わらずブルタンの扱い上手いよね?」
アベルはそんな事を言うが、酒好きが好きそうな物を渡すだけだ。
「つまみを渡すだけだから、上手いも下手もないだろ」
「ええー、俺いつも無視されるんだけど?」
アベルは過去に何かやって、ブルタン達に悪い意味で覚えられているんじゃないのか?
「私も猫系だからブルタンには嫌われるのよねぇ」
あぁ……、ブルタンはネズミ系だし、リヴィダスは見た目はかなり人間に近いが猫系の獣人だし仕方ないな。
「嫌われてるなら、そのまま殴らせとけば?」
「そんなのカリュオンだけだよ!」
それについては、全面的にアベルに賛成である。
って、お前なに花の蜜吸ってんだっ!? こんな場所でバケツの隙間から無理矢理飲酒してんじゃねえ!!
ちなみに、ブルタンからタヴェル・ナパルムを横取りする為に、ブルタンを攻撃してしまうとメチャクチャ臭い分泌液を出す。
その匂いで周囲の花は萎れてしまい、花の中の酒が採れなくなるのでここに来る意味がなくなってしまうのだ。
逆に言うと、ブルタンの好きそうな酒のつまみを持ってくれば、簡単に花を摘む事ができる為、無理にブルタンと戦う必要はない。
カリュオンのように殴られても平気なら殴られながら採取しても問題ないが、やっぱ平和的な方がいいよな!?
摘んだ花は、ラッパ状の花の下側から蜜が垂れてくるので、容器にラッパ状の下の部分を挿して回収する。ポーション用の容器や、空いた酒瓶を使うのが便利だ。
そのままでも飲めるので、そのまま下側からチューチューしてもいいけど、一応魔物のいる場所なので飲酒はしない。
それに花粉とかも混ざっているので、飲む前に一度漉した方が口当たりが良くなる。
「ネズミさん可愛いですね。僕も何かあげたかった」
魔物を餌付けするのはあまり推奨される行為ではないのだが、ブルタンは別だ。
いや、これは餌付けではない。ギブアンドテイクだ。
「何かあげとけば、ブルタンは賢いから次に来た時に警戒されにくくなるぞ」
「ホントですか!? じゃあ僕も何か渡してきますー。ネズミさーん、次来た時もよろしくお願いしますねー」
収納からどこかで買って来たと思われるお菓子を出して、ブルタンに渡すジュスト可愛い。
そのジュストにたかるブルタンも可愛い。何だこの最高に和む光景は。
たくさん採ったタヴェル・ナパルムの蜜は、そのまま飲んでもいいし、帰って何か香りのいい果実や花を漬け込んでもいいな。
そこまで強い酒でもなく、蜜なので甘くてトロッとしているのでお菓子にも使い易い。
三姉妹とラトにはいい土産になりそうだ。
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