第218話◆顔はなんとなく覚えている

 ノリノリでウーモとジュストの装備を考えていたら、ジュストが遠慮したのか、もう十分だと言うので、ブーツには特に仕掛けをつけなかった。

 代わりに便利な付与をいっぱいしておこう。

 ジュストの装備は細かい調整もあるので、また後日引き取りに来る予定だ。

 明日からダンジョンに行く予定なので、その帰りに寄ればできているだろうとの事。


 武器と防具はウーモのところでだいたい揃ったな。アクセサリー関係は、細工と付与の練習になるし一緒に作るか。それに細工はタルバに頼るのが確実だろう。

 他にはポーションだが、これも薬調合の練習ついでに一緒に作ればいいな。


 とりあえず、冒険者ギルドで何か良い素材がないか物色するかー。

 魔物を狩る事と素材の採取の仕事が多い冒険者ギルドには、多くの素材が集まり、冒険者に登録していると、それらを一般市場に出る前に少し安めで売ってもらえる。運が良ければ、珍しい魔物素材を安く手に入れる事もできる。

 そして王都の周辺には複数のダンジョンがあり、ダンジョン以外にも森や草原といった狩り場もある為、王都の冒険者ギルドの抱えている素材は種類も量も非常に多い。


 また、冒険者ギルド内には冒険者向けの売店があり、装備やポーション、素材などを販売している。大規模な専門店に比べれば品揃えは少ないが、癖が少なく誰でも扱い易い物を中心に販売されているので、駆け出しの冒険者ならここで買い物をすれば騙される事もぼったくられる事もなく安心して買い物ができる。

 ピエモンのような小規模な冒険者ギルドの支部には小さな売店しかなく、一般の商店の方が品揃えが良かったりするが、王都の冒険者ギルドは規模が大きく、売店はそれだけで一つの建物があり、その品揃えは中規模商会の店舗並みである。


 そして王都の冒険者ギルドの売店の良いところは、大規模な中古品コーナーがある事だ。

 ユーラティアで最も規模の大きい、王都ロンブスブルクの冒険者ギルドには多くの冒険者が集まり、高ランクの冒険者も多い。

 強い装備が手に入ると、古くなった装備を売ってしまうのが普通だ。高ランクの者の中古品は、中ランク以下の者にとっては使い古されていても、十分すぎる性能の事が多い。

 その中には稀に掘り出し物もあり、中古品を漁るのはちょっとした宝探しのようで、とても楽しいのだ。



 そんなわけですごく久しぶりに王都の冒険者ギルドにやって来た。

 去年の春くらいに思いつきで引っ越して、もうすぐ季節が一回りしてしまう。

 時々バーソルト商会との商談で王都には来ていたが、冒険者ギルドには立ち寄っていなかったので、このバカでかい建物を見るのはすごく久しぶりに感じる。一年足らずなのに何だか妙に懐かしい気がする。


「これがユーラティアの王都の冒険者ギルドですか。でっかいですねぇ……公民館みたい」

 俺と二人だからジュストは少し気が抜けているようだ。まぁ、言いたい事はわかる。

 さすが大国の王都の冒険者ギルドだけあって、ピエモンやシランドルで立ち寄った冒険者ギルドとは規模が違う。

「こっちの棟が本館で、一般業務が行われてる方だな。隣にくっついているのが、別館で売店というかギルド直営の冒険者用品店と素材屋だ」


「あれ? もしかしてグランさんじゃないっすか!?」

 冒険者ギルドの前で、ジュストにギルドの施設について説明していると、ギルドの別館から出て来た鮮やかな橙色の髪の毛の少年が、俺に気づいて駆け寄って来た。

 えぇっと、誰だっけ? その鮮やかな髪の毛に、ものすごく見覚えがあるんだよなぁ。顔もなんとなく記憶にあるのだが、名前が出てこない。

 俺の事を知っているようだから、おそらく知り合いなのだろう。話しているうちに思い出すかもしれない。

「お、おう久しぶりだな!」

 名前が全く思い出せないけど。

「急に王都からいなくなったって聞いて、俺が原因かなって不安だったんっすよ。ほら、パーティー組んだ時に俺が失礼な態度取っちゃって。やっぱり、俺だったりします? あの時はホントすみませんでした」

 エッ!? そんなことあった!? 

 急に頭を下げて謝られ、戸惑ってしまう。失礼な事をされた記憶なんて全くないし、なんとなく見覚えはあるのだけれど、名前がどうしても思い出せない。


「いやいやいやいや、君が原因じゃないよ。ちょっとのんびりしたくなって、衝動的に引っ越しただけだから。あ、これ久しぶりに王都に来たから差し入れだ。男の手作りクッキーで悪いが貰ってくれ」

 とりあえず、知り合いに会ったら渡そうと思って作って来た、クッキーの入った袋は橙髪君に渡した。

「わ、ありがとうございます! 大事に食べます!」

 橙髪君が大事そうにクッキーの袋を懐にしまった。

 いや、焼き菓子だからさっさと食わないと湿気るしカビるぞ!?

 うーん、なんかもう少しで思い出せそうなんだけどなぁ……。やべー、思い出せないけど気になる。


「うげっ! アベルッ! さんだ。あ、すみません! ちょっと急用を思い出したんで、また! また、機会があったらパーティー組みたいっす! じゃっ!」

 橙髪君は何やら急用を思い出したようで、慌てて走り去って行った。

 結局、誰か思い出せなかった。もう一回会えば、次こそ思い出せるかもしれない。


「やっと来た。なかなか来ないからウーモとこまで行こうかと思ってたよ。ところで今話してた子は知り合い?」

 橙髪君が走り去って行った直後、背後からアベルに声を掛けられた。

「ああ、悪い。装備の事をウーモと話してたら時間くっちまった。橙髪君はー、多分知り合いなんだけど、名前が思い出せない」

「誰かわからないで話してたんですか……」

 一年近く王都の冒険者ギルドには来ていなかったから、仕方がないよな!?

「ふーん、そっか。あ、そうそう、さっきカリュオンに会ったから、明日の事伝えておいたよ。もちろん行くって。リヴィダスも多分来れると思う」

「了解ー、カリュオンに会うのは久しぶりだし、楽しみだな。そうだ、王都のギルドの人達に差し入れ渡してくるよ」

「まぁた、そうやって餌付けする」

 餌付けではなく、円滑な人間関係の為の賄賂だよ。

「そういえばさっきの人にも、クッキーを渡していましたね」

 決して餌付けではない。ちゃんと、挨拶せずに引っ越した詫びを兼ねた差し入れなのだ。



 アベルとジュストと一緒に冒険者ギルドの本館に入って、受付カウンターへ行くと、久しぶりに会う受付のお姉さん達に歓迎された。

 冒険者ギルドの受付にいる女性職員さんって、みんな優しいし美人揃いで目の保養になる。

 綺麗なおねーさんだらけだが、冒険者ギルドの職員って採用基準がものすごく厳しくて、内勤でも戦闘力を求められる為、この綺麗なおねーさん達はみんなCランク以上の実力者揃いなんだよな。

 絶対に怒らせてはいけない。


 あまり受付に長居すると仕事の邪魔なので、差し入れを渡して暇そうな職員さんに簡単に近況報告だけして、別館へ買い物に行く事にした。

 ギルドのロビーには見覚えのある冒険者もいたが、声を掛けられたりはしなかった。特に親しかったわけでもないし、一年近く王都のギルドには来てなかったし忘れられたのだろう。

 そういえば、王都にいた頃はアベルやドリーのパーティーのメンバー以外にあまり親しい人はいなかったな。

 ガキの頃から登録していたからいろんな人に良くしてもらっていたけれど、仲良かった人は案外少ない。


 あれ? 俺、六年も王都で冒険者をしていたのに、友達少なすぎない!?

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