第213話◆キノコの箱庭

 このキノコ、アベルとラトの結界を抜けて来たのか。

 まぁ、妖精は結界に阻まれ難いようで、ちょいちょい家の中に妖精の痕跡が残っている。

 このキノコもきっとそういう類なのだろう。キノコ妖精はトンボ羽君の友達みたいだし、気にしたら負けだ。


「妖精のダンジョンにいたキノコだよな?」

 ほんのりと光っている独特の青紫の体に、顔のようにも見える模様と凹凸。ダンジョンにいたキノコよりかなり小さく、俺の親指ほどのサイズなのだが、見た目からしておそらく同じ種類のキノコだ。

「ミステリーマッシュルームだって。妖精の類みたいだね。今のところ敵意はなさそうだけど、妖精だし悪戯感覚で何をされるかわからないよ」

 アベルがキノコを鑑定したようで、やはりダンジョンにいたのと同じ種類のやつだ。

 可愛い顔して巨大なキノコになって降って来たり、退路を塞いだり、壁に擬態してバレると飛びかかってきたり、ダンジョンではキノコ達のせいで何度かヒヤリとさせられた。

 何かとあざといキノコだが、やはり危険な妖精なのでは!? 


 チラッとキノコの方を見ると目が合って、ぶんぶんと傘の部分を振って、なんとなく上目遣いっぽい角度でこちらを見ている。

 何だ? 悪いキノコじゃないアピールか?

 キノコはちょこちょこと、俺が弄っている模型の前に歩いて行き、俺の方を振り返ってものすごくあざとく首、いや胴体をコテンと曲げた。

「ん? これで遊びたいのか?」

 ぶんぶんとキノコが傘を縦に振った。

 三姉妹のおままごと用と思ってたけど、妖精の箱庭って言うくらいだから、妖精が遊ぶ為のおもちゃなのかな?

 妖精と三姉妹が一緒に遊ぶのは何だか微笑ましいな? いやいや、見た目は微笑ましいが、やってる事と結末が絶対微笑ましい事じゃ済まなくなりそうだな?

 うーん、どうしよう。って、おい、そんな上目遣いっぽく訴えるようにこっちを見るな! プルプルするな!!

「あー、もう! 遊びたけりゃ遊んでいいよ。でも、変な事はするなよ!? いいな!?!?」

 あまりにあざとく訴えられて、あっさり折れてしまった。

 ミニチュア模型で遊ぶくらいなら……うん、大丈夫。きっと大丈夫。


 俺が許可すると、キノコはちょこちょこと模型の中へと入っていった。ダンジョンにいた奴らより小さいせいか、模型のサイズにぴったりである。

 キノコはしばらく庭でうろうろして、ブランコで遊んだ後、家の中へと入っていった。

 家の中には家具はないようなので、家具を作ってやるか。いや、でもすぐに全部作るのは無理だな。

 とりあえず、机と椅子とベッドか? キッチンはあるみたいなので、調理器具や食器を作ってやるのもいいな。小さすぎるけど作れるかな? 無駄に細工系のスキルが上がりそうな作業だな!?


 ん? キノコが家から出て来て畑へ向かったぞ。作るだけ作って、植える物がない家庭菜園だ。

 あれ? 何かやってるな? もしかして、何か植えてるのか!?

 水遣り用の桶と柄杓があった方がいいかな? このサイズで如雨露を作るのはちょっと難しい。

 魔法鉄の切れっ端を加工して、小さな桶と柄杓を作って模型の中のキノコに渡した。

 キノコは喜んでいるのかぴょんぴょんと跳ねて、草むらに作った池に水を汲みに行った。

 なんだよ、可愛いな、おい。


「グランがまたそうやって、変な生きもの構ってる。快適にしすぎるとこのキノコ、このまま住み着いちゃうんじゃないの?」

 アベルが呆れた風に言うと、箱庭の中からキノコがふるふるとしながらアベルの方を見上げた。

「そんなあざとい事しても、俺はグランみたいにチョロくないからね」

 待て、俺そんなにチョロいか!?

「でも、キノコさん可愛いですよ。僕も何か簡単な物を作ってみてもいいですか?」

「君らキノコに釣られ過ぎじゃない!? もー、グラン、ジュストにあんまり変な事教えちゃダメだよ? 妖精は可愛くても、人間とまったく感覚の違う存在だから、油断しちゃだめだよ」

 変な事ってなんだよ。可愛いものに釣られるのは仕方ないんだ。


「んー、何か不思議な魔力の気配がしますぅ」

 コタツで寝ていたクルがムニャムニャと体を起こした。箱庭に遊びに来た妖精の気配に気付いたようだ。

「なになに? グランがまた何かやらかしたの?」

 起きるなりヴェルの言い草が酷い。

「あら、それは何ですの?」

 ウルも起き上がって、箱庭を物珍しそうに覗き込んだ。

「何だ、騒がしい。また、妙な物があるように見えるが、妖精の悪戯の一環か」

 三姉妹と一緒にラトまで起きてしまった。ラトはこの箱庭が何かわかるのかな?


「こないだ妖精が持って来た宝の地図のダンジョンに行ったって言っただろ? その時に手に入れた物なんだが、よく出来た模型だなぁって思って弄ってたら、このキノコが遊びに来たんだよな。ラトはこれが何かわかるか?」

「む? これは、妖精のおもちゃだな」

「おもちゃ」

 思わず復唱した。散々高価な素材突っ込んで、おもちゃ。

「箱庭と書いてあるだろう? 小さな妖精の遊び場だな。気に入れば住み着くかもしれぬな。まぁ妖精の事だ、気に入って住み着けば、何かしら礼をしてくるかもしらん。悪い物ではないから、そのまま妖精の遊び場にしておいても問題なかろう」

 そのお礼、物騒なやつじゃないよな? トンボ羽君をハックが引き取ってくれてようやく、朝起きて窓際にニトロラゴラやヴァーミリオンファンガスが置いてある生活から解放されたんだ、またそれに逆戻りは勘弁して欲しいぞ!?


「おもちゃだけど、すごくよく出来てるわね」

「本物が小さくなっただけですわね」

「せっかくなのでぇ、お庭の中に小さな森を作ってあげましょう」

「森を作るなら、森を育てる水も必要だから川や湖も必要だな。その池では小さすぎる、ここに山を作ってそこから水の魔石の破片で水を湧かせて池に流し込んでしまおう。その規模ならこの池は湖にする方がいいな」

 え? それ水溢れないのか!? というか、ラトや三姉妹達が本気で弄り始めると、とんでもない事になりそうなんだけど?

「湖に小さな水の魔石を入れて、山の水の魔石と繋いで循環させてしまうのがよさそうですねぇ」

 なんか無駄に効率を上げ始めたぞ。

「水があるなら、風が吹いた方がそれっぽいですわ。箱庭の隅っこに風の魔石を入れて空気の循環をしましょう」

 だんだん家の周囲の草原が、自然溢れる姿になってきた。

「池の真ん中に島があると格好いいわ。島を作ってそこに秘密の洞窟を作って探険出来ると楽しいわね」

 おい、ヴェルそれは大丈夫なのか!?


「放っておいたらとんでもないことになりそうだけど、大丈夫なの?」

 アベルの心配は正しい。俺もすでに嫌な予感がし始めている。

 三姉妹だけだと不安だったが、まぁラトがいるならやり過ぎる事はないよな?

「大丈夫だ。全てはこの箱庭の中で収まる話だから問題ない」

 ラトが大丈夫というなら大丈夫か。信じているぞ!!


 こうして、この日は箱庭を弄り倒して一日が終わってしまった。

 おかげでかなり本格的な箱庭が完成し、キノコ君が住み着く事になった。

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