第210話◆別れの時
「あーあ、出口も見つかっちゃった。グランの持ってた鏡、ずるーい」
大量のキノコに飛びかかられて視界が真っ白になったと思った直後に、脳天気なトンボ羽君の声が聞こえてきて、視界が元に戻った。
周囲を見れば、見慣れた自宅の門の前。
キノコの大群に襲われた俺達は、そのままキノコ達にもみくちゃにされながら、押し出されるようにダンジョンの外に放り出されたようだ。
出口ってキノコかよ!!
キノコの大群に押し流されて、自宅の門の前で地面で尻餅を付いている俺達の周りに、キノコ達がわちゃわちゃとしていて、目が合うとそのまま森の中へとすごい勢いで走り去って行った。
更にその後ろをのたのたと光る苔も森の方へと帰って行っている。
なんだよ、こいつらもしかしてトンボ羽君とグルなのか? 最後の最後で酷い目にあった。
空を見ると日は天頂より西に傾いている。三時のおやつタイムくらいの時間かな?
「ずるいもなにも、出口見つけねーと帰れないだろ。まぁ、ちょうどいい時間だしおやつにするか」
「おやつ? おやつ? やったー!!」
空中をふよふよしていたトンボ羽君が、ぴょこんと俺の肩に腰掛けた。
「おやつを作るんですか? 手伝いますよー」
ジュストは料理が楽しいようで、いつもよく手伝ってくれる。
「ハックもおやつを食ってくか?」
「俺も家に行って平気なのか? なんだかものすごい、侵入者避けの結界の気配がするが」
「そういやそうだった。そこの呼び鈴を押してくれ」
あぶないあぶない、アベルとラトが結界を張りまくっているんだった。
入り口の呼び鈴がゲスト設定の魔道具になっているので、それに触れてもらいハックを進入許可設定にする。
「家には他に誰かいるのか?」
「多分みんな出かけてるんじゃないかな? おやつの時間だから幼女達が来るかなぁ?」
「幼女?」
ああ、こんな町から遠い場所に幼女が来るのはおかしいな。
「ああ、うちに滞在している子達なんだ。今は近くの森で遊んでるんじゃないかな」
「魔物がいる森に幼い女の子を行かせて大丈夫なのか?」
幼いのは見た目だけだからな。しかし変態馬がいるかもしれないから、一応気を付けないと。
よし、変態馬は早いうちに見つけ出して、三姉妹の安全の為に角を切っちまおう。
「多分大丈夫かな? 騎獣達が一緒に行ってそうだし」
ワンダーラプター達と毛玉ちゃんは、よく三姉妹と森で遊んでいる。
「あ……へぇ……」
「グランー! ジュストー! ただいまー!」
「おやつの時間間に合いましたぁ!」
「あらぁ? お客様ですか?」
「ホォ?」
「グギャア?」
「クェ……」
門を開けて中に入ろうとしら、森から三姉妹達がワンダーラプターに乗って戻って来た。毛玉ちゃんとオストミムスも一緒だ。
最近この面子で一緒にいるのよく見る気がする。
騎獣に乗る幼女は可愛いし、おっとりオストミムス君の背中に毛玉ちゃんが乗っているのも可愛い。
「うおっ!? フクロウ!?」
「ホォオ……」
毛玉ちゃんを見てハックが何故か驚いている。普通のフクロウよりでっかいからかな? すっかり立派なフクロウになったなぁ。
そんなハックを見て毛玉ちゃんは、頭が上下逆になりそうなくらい首を傾げている。
「とりあえず中に入って、おやつにしようか。騎獣達は獣舎に戻して、おやつをやっといてくれないか?」
収納から取り出した肉を三姉妹に渡して、騎獣達を任せ俺達は先に家の中へ。
ダンジョン帰りだから汚れているので、ジュストに浄化魔法をかけてもらって、着替えたらおやつの準備だ。
アカネ豆は買ってきて手を付けていないからまだ使えないし、ソジャ豆もそのままだな。
うーん、何にしようかなぁ……疲れているしすぐにできる物がいいな。
そうだ、醤油があるし海苔もあるから、アレにしよう!!
用意する物は、乾燥させて保存しておいたイッヒと醤油と海苔、そしてチーズだ。
おやつなので少し甘味があった方がいいかな? 醤油に砂糖とイッヒ酒を少しだけ加えておこう。
イッヒは一口サイズより少し大きめに切って、チーズは薄くスライスして下準備は終わり!!
焼きながら食べたいので、室内ではなく庭に野営用のコンロと椅子を用意する。
さすがに、部屋の中で炭火を使ったりはしない。
天気のいい日の昼下がり、少々空気は冷たいがそれでもこの時期にしては暖かい方だ。外で熱々のおやつを食べるにはちょうどいいはずだ。
コンロの上に金属の網を載せて、その上でイッヒを焼く。軽く焦げ目が付いたら、トングで摘まんで裏返し反対側の面にも焦げ目を付ける。
軽く焦げ目が付いたら、先ほど作った醤油ベースのタレを、ハケで両面に塗りながら、炙っていく。
イッヒが膨らみ始めたら、片面の中央部分に十字の切り込みを小さく入れる。そこから中身がプクーッとしたら焼き上がり。
イッヒの倍より少し大きめに切った海苔を載せた皿の上に置いて、焼き上がって熱々のイッヒの上にスライスしたチーズを載せる。
イッヒより大きい海苔を折り曲げて、イッヒを挟むようにして包めば完成。
甘辛味の餅チーズ、いやイッヒチーズだ。
「んお? 何だこの味? しょっぱいような甘いような。昼に食ったフライに付いてた白いソースといい、食った事のないソースだな。中はイッヒとチーズだよな? この黒いのは知らない食材だな。何だこれ、全然違う味と食感の物の組み合わせなのに、癖になる美味さだな……アチッ!」
ハフハフしながらハックはイッヒチーズを食べている。
餅に海苔と醤油は合うからな、当然のように餅そっくりなイッヒにも合うよなぁ!
「これは延々といけそうですわ」
「ほんのり甘いショウユ味にチーズのアクセントが美味しいですぅ」
「あーーーっ!! グラン! タレが服の上に落ちちゃった!!」
おい! 白い服に醤油はやばいからやめろ!! ってどうせ浄化魔法で綺麗になるじゃん。
醤油をこぼした白い服なんて、絶対に手洗いしないぞ!!
「も……イッヒチーズはいっぱい食べ過ぎると、夕飯が食べられなくなりそうですね。少し控えめにしたいけど、つい次を手に取ってしまう。醤油と海苔のセットはずるい」
わかる、餅は腹持ちがいいから食べ過ぎると夕飯まで響きそう。
「ホッホッホーッ!!」
「わー、のびーる!! おもしろーい!! おいしー!!」
毛玉ちゃんとトンボ羽君はイッヒがビローンと伸びるのが楽しいようだ。
大丈夫かな? 喉につまらないかな?
心配だけど普通に食べているので平気そうだ。毛玉ちゃんはフクロウだけど妖精だから、普通のフクロウとは違うからな。
普通のフクロウだったら絶対餅とかムリムリ、他の動物もダメだ!!
イッヒも餅と同様に、喉に詰まると危険な殺人食品になるからな。喉に詰まらせないように気を付けよう。
「やー、すっかり馳走になったな。ダンションも旨かったし、縁があったらまた会おう」
おやつタイムの後、妖精の地図の戦利品の山分けも終わり、ハックは町へ戻るそうだ。
素材系は俺が引き取る代わりに、その他の物はハックとジュストが多めに引き取った。そしてサイクロプスの棍棒、高そうなのだがデカすぎて邪魔という理由で俺が引き取った。ええ。俺もこれ使い道に困るんだけど……分解して素材に戻して他の物にするか!?
ミミックから出て来た硬貨は、結構いい値で売れるはずなので、ジュストもハックもほくほくとした笑顔だ。
ハックはピエモンに滞在していたところを、トンボ羽君に拉致されて来たらしい。
拉致される少し前にトンボ羽君と強制かくれんぼをしたとか何とかで、どうやら気に入られてしまったらしい。
「空き部屋あるから泊まって行ってもいいのに」
「いやいや、あまり世話になりすぎるのも悪いしな!! 俺は今日はピエモンに戻って、近いうちに別の場所にお宝探しに行く事にするさ」
なんともトレジャーハンターらしくて、楽しそうで俺も宝探しに行きたくなる。
「宝探し? 宝探し? 楽しそう!!」
宝探しと聞いてトンボ羽君のテンションが上がった。
「今日はもういっぱい遊んだから、宝探しはしないぞ!!」
釘を刺しておかないと、いきなり何が起こるかわからない。
「そっかー。お兄さんは宝探しに行くんでしょ?」
トンボ羽君の矛先がハックに変わった。
「今すぐじゃねーぞ。ここから遠い町に行くんだ。お宝がありそうな場所にな!!」
「え? 何それ楽しそう!!」
……あ。キラキラとするトンボ羽君の表情を見て、俺には関係無い事だけど嫌な予感がして、心の中で手を合わせておいた。
「僕も一緒に行くねーーー!!」
やっぱりーーー!! ハックはすっかりトンボ羽君に気に入られてしまったようだ。
「ちょっと待ったっ! 森に住んでる妖精だろ? 森を離れていいのか!?」
「うんー。僕達は自由だからね! 好きな事をやってるんだ! だからお兄さんと一緒に宝探しに行くー!!」
もう、こうなったらトンボ羽君が気の済むまで付き合うしかないな。がんばれ、ハック。
同情に満ちた生温い目でハックの方を見た。
「その哀れみに満ちた目はやめろ! 助けろ!!」
「いや、妖精は自由な生き物だからね。人間がどうこうする事はできないな。大丈夫だ、きっと心強い旅の供になってくれるよ!!」
色々な妖精に"お願い"をして回っているトンボ羽君は、おそらく妖精の中でも格の高い妖精なのだろう。
そんな、妖精が旅の供だなんて心強いなーーーー!!! 他人事で良かったなーーーー!!
「おい、お前! 絶対他人事だと思ってるよな!? それに妖精っ子はここを離れると、兄ちゃんの飯が食えなくなるだろ!?」
「あー、そっか。わかったー!」
おや? 諦めるのか?
「おやつを食べたくなったら、戻って来るねー!!」
そうだよな、ハックをここまで強制的に連れて来たのは転移魔法だよな。
「そうか、じゃあおやつを食べたくなったら、いつでも戻っておいで。でも世界には色んな美味しい物があるからな、ハックと一緒に色々見てくるといいよ」
「へー、美味しそう、楽しそう!! じゃあ、行ってくるねー!!」
「おう、いってらっしゃい!!」
「おいいいいい!! ちょっと買い物に行くような感覚で、とんでもないものを送り出してんじゃねえええ!!」
諦めろ、ハック。君はもうトンボ羽君に、気に入られてしまったのだ。
そして、おそらくトンボ羽くんがつまみ食いのお礼に置いて行っていると思われる、物騒なキノコやラゴラ系植物からこれで解放される。
「まぁ、時々遊びに来るといいさ」
満面の笑みでハックを見送る。
ハックの表情が、売られて行く子牛のような表情なのは気にしない。
ハックの旅路に幸あれ!!!
このお人好しでちょっと運が悪そうなトレジャーハンターハックが、実は王都周辺を騒がせていた正体不明の盗賊クイックで、後に妖精を連れた大トレジャーハンター"クイック・ハック"としてユーラティアに名を轟かせる事になるのを、この時の俺はまだ知らない。
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