第208話◆イルヲハカリテイズルヲナス

 扉を抜けた先の通路は、やや青みがかった岩肌だが、壁や天井がほんのりと光り視界は良かった。

 ふわりとした光を放つ壁や天井は幻想的である。

 背後の扉が閉まった事はやや不安だが、この先に宝箱があると思うと期待感の方が大きい。


 一本道の通路を進むと突き当たりが小部屋になっていて、そこに大きな祭壇があり、その上に宝箱が三つ置かれていた。

 用心の為に近づく前にガーゴイルの破片を投げて、ミミックチェックをしておく。全くいいところのなかったガーゴイル君は、ちゃんとここで役に立ってくれた。

 衝撃を与えてもウンともスンとも言わないので、正真正銘の宝箱なのだろう。

 宝箱の周囲に罠がないかもしっかりと確認しておく。ダンジョン探索は、最後まで気を抜いてはいけない。


「ハック、任せていいか?」

「おぅよ! こういうのはプロの俺に任せろ」

 宝箱はミミックではなくても、罠が仕掛けられている可能性がある。

 俺も宝箱の罠の解除はできるが、せっかくその道のプロもいるし、任せてしまおう。

「作業を見学してもいいですか?」

「おう、坊主、宝箱の罠解除に興味あんのか? いいぜ、プロの俺が教えてやろう。おっと、あんまり覗き込むと罠があると危ねーからな、気を付けろ」

「は、はい! ありがとうございます、お願いします!!」

 ジュストは相変わらず勤勉だなぁ。俺もプロの仕事を見学させてもらおう。

 ハックが念入りに宝箱をチェックしながら、罠確認の手順をジュストに教えている。

 さすがプロ、仕事が丁寧だ。俺も見習わなければ。


「うーん、罠はないようだが、ここにある穴に指定された魔力を含んだ素材を入れないと箱が開かないみたいだ」

 ハックが指差したのは宝箱の蓋の縁部分。丸い穴が複数開いていて、穴の上には付与でよく使う古代語で文字が書かれている。

 おそらくその文字が、要求される素材だ。

「魔力を含んだ素材って事はだいたいは魔石で解決するな」

「あ、穴の下にも何か書いてありますね。えーと"イルヲハカリテイズルヲナス"」

 ジュストが穴の下にある小さな文字に気付いた。それは古代文字ではなく、俺には読めない文字だった。それをジュストが声に出して読んだ。

 あー、これ重大なヒントだ。ジュストを連れて来て正解だった。

「これも古い文字だな。イルヲハ……なんだっけ? なんじゃそりゃ?」

 ジュストが解読した言葉にハックが首を捻る。

「"入るを量りて出ずるを為す"――収入の目安を立てて、それに応じた支出をしろって事だな」

 書かれていた言葉はおそらく日本の言葉を、この世界の古い言語で書いた物だったのだろう。

 ハックにわかるようにこちらの言葉で言い直した。

「兄ちゃん、詳しいな。語学の知識もあんのか」

「いや、たまたま知ってただけの遠くの国のことわざだな」

 嘘ではない嘘では。

「入って来る物に応じて、出す物を決めるってことです??」

「かな? 入れた物で中身が変化する系っぽいな」

「なるほど、つまりたくさんぶっ込むほどいい物が出てくる可能性があるってことか?」

 ハックはワクワクしているが、このことわざの元の意味的に欲を掻かない方がいい気がする。

 このことわざは、自分の収入を見越し、計画的な支出をしろという戒めの言葉だ。

「そうだろうけど、元のことわざの意味的に、入れすぎてもあまりいい結果にならない気がするな」

 妖精基準に可変されている可能性はありそうだが。


「とりあえず魔石を入れてみるか。魔石ならミステリーリザードに張り付いているのがたくさんあるからそれを使うか。ジュスト、ちょっと魔石を剥がすの手伝ってくれ」

「はい!」

 収納に投げ込んでいたミステリーリザードの死体を取り出し、ジュストと一緒にそれに張り付いている魔石を剥がす作業に取りかかる。

「じゃあ俺は、その魔石を箱の穴に入れていくか。お? 穴に物を近づけると吸い込まれるのか面白いな」

 三つある宝箱のうち、まずは一つ目を開ける作業にハックが取りかかる。

 箱の穴はあまり大きくないので、大きな魔石は砕かないといけないかと思っていたら、その必要はないらしい。宝箱というか魔道具のようだな。

 この箱を開ける為に要求されているのは、魔力を含んだ素材で、属性が指定されている他に条件がない。

 残りの二つは、属性以外にも何かしら条件がある物が含まれているので後回しだ。


「えーと、光と闇と土か。ここで拾った魔石で解決しそうだな。お、なんか留め具が光ったな」

 ハックの言葉に、ミステリーリザードから魔石を剥がす作業を止めて宝箱の方を見ると、宝箱の留め具が淡い光を発している。

「これで更に、魔石を追加するとどうなるんだろうな。まだあまり魔石を入れてないよな?」

「ああ、まだ少しだけだな。入れた量で変わるなら追加でもう少し入れてみるか」

 宝箱の縁の穴に追加でハックが魔石を入れると、留め具の光が更に強さを増した。

「光ったら箱を開けられる状態って事ですかね? 入れた素材の魔力の量で光の強さが変わる感じです?」

 おそらくジュストの予想通りで、この光の強さが中身の目安なのだろう。

 どこまで光が強くなるのか、要求された素材以外を入れるとどうなるのか、ものすごく試してみたい。

 しかし"イルヲハカリテイズルヲナス"という言葉があったので、やり過ぎは良くない気がする。

 とりあえず、このダンジョンで手に入れた分を使うなら大丈夫かな?

「ミステリーリザードならまだあるから、もっと魔石を入れてみようか」


 一体目のミステリーリザードの魔石は全部入れて、二体目のミステリーリザードを取り出して、光と闇の魔石を更に追加した。

 光と闇の魔石だけではなくガーゴイルから手に入れた土の魔石を追加すると、宝箱の中から光のような靄が溢れ始めた。中からかなり強い魔力が発せられているのがわかる。

「何事も引き際が重要だな。この辺でやめて開けてみるか」

 ハックが宝箱の様子を窺いながら言った。

 俺もそろそろこの辺が限界な気がする。こういう時の勘にはしたがった方がいい。

「だな、ハック頼む」

「おう、じゃあ開けるぞ。罠は無さそうだが、念のため防御系の魔法を張っておいてくれ」

「わかりました。何が入ってるか、ワクワクしますねー」

 ジュストが防御魔法を使った後に、ハックが慎重に箱を開けた。

 箱を開けると中から魔力の靄が溢れ出した。中に何か高魔力の物が入っている証拠だ。


「お、短剣が二振りか? 見た目からして対になっている物のようだな」

 中から出て来たのは、白い刃の短剣とそれより一回り大きい黒い刃の短剣だ。同じような作りなので、二振りで一セットなのだろう。

 刃は半透明でおそらく宝石系だと思うが、見ただけでは素材が何かわからない。

「鑑定してもいいか?」

 箱を開けたハックから短刀のセットを受け取って鑑定をしてみた。


【陽光】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

素材:クリスタル

属性:光

状態:良好

耐久:22

魔石魔力:20/20

<付与効果>

威力強化

イルヲハカリテイズルヲナス。

宵闇と対になる短刀。



【宵闇】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

素材:クリスタル

属性:闇

状態:良好

耐久:22

魔石魔力:20/20

<付与効果>

魔力吸収

イルヲハカリテイズルヲナス。

陽光と対になる短刀。


 鑑定してみると、やはり対になる短刀のようだ。

 使ってみないことには詳細はわからないが、効果の感じからして、宵闇の方は攻撃した相手から魔力を吸収出来るようだな。ものすごく強そう。そして陽光の方は魔力による威力強化だろうか。光属性と言うことはアンデッドにも強そうだな。

 感じからして、宵闇で魔力を吸収しつつ、陽光を使えという事か? 癖はあるが面白そうな武器だなぁ。威力次第ではものすごく良い値段になりそうだ。


 そして、要求された素材が光と闇と土属性の魔力素材で、出来上がったのが光属性と闇属性の武器。

 宝箱の解錠に要求される物が、中身に関係してくるのかな?

 一つ目の箱が終わったので次は二つ目の箱だ。

 やはり同じように"イルヲハカリテイズルヲナス"と箱には書かれている。

 が、こちらは必要な素材に魔力素材の他に、属性指定なしの繊維素材が指定されているな。投げ込んだ繊維素材の属性が反映された、装備品が出てくるのだろうか。

 何だか楽しい箱だな!? ワクワクしてきたぞ!!


「繊維か? 何か持ってるか?」

「うーん、シランドルで買った織物とか、あとは毛皮や鳥の羽の類と蜘蛛糸系ならあるな」

「グランさんに貰ったこのローブなら」

 ジュスト、それを脱いで入れるのはいいが、戻ってこなかったらパンツ姿で帰る事になるぞ。

「ジュスト、それは服が出なかった時がまずいから、オーバロで買ってきた藍染めの布を入れてみよう」

「必要な魔石は光と闇か。これはトカゲの魔石でいいな。そういえば俺も必要のない聖属性のローブあるぞ。やべぇ、何かすげー楽しいぞ!!」

 何でそんなローブを持っているのか気になるが、ハックもこの宝箱の仕様を理解したようで、金糸の刺繍の入った高そうな神官用のローブをマジックバッグから出してきた。

「あ、僕、闇の魔石あります! グランさん達とパーティー組んだ後、倒したドラゴンゾンビの魔石です」

 あー、そういえばそんな事があったな。あのドラゴンゾンビはジュストが一人で頑張って倒したので、素材は全部ジュストに渡した。

 闇の魔石ならミステリーリザード産のもまだあるが、ジュストがドラゴンゾンビの魔石を使いたいのならそれでもいいだろう。

「お、坊主が魔石を出すなら、この箱から出て来たのは坊主の取り分でいいんじゃねーか? どうせ箱は三つあるしな。一人一個だ」

「そうだな、そうしよう。光の魔石はミステリーリザードの魔石を入れよう」

「え? いいんですか? でもローブと布を出したのハックさんとグランさんですよ」

 ジュストが申し訳なさそうな表情になるが、俺の布はそんな高い物ではないので気にしない。ドラゴンゾンビの魔石の方が圧倒的に高価だ。

「売り払い難いローブで、もてあましてたしな」

「それに、一人一個ずつ出してるから、平等だな?」

 ハックも賛成したので二つ目の箱はジュストの取り分だ。ワクワクしながら宝箱の穴に素材を突っ込んで行く。


 そして、出て来たのは。

「少し悪乗りしすぎたか……」

「いや、光と闇、聖と邪が合わさり最強って感じで、めちゃくちゃ強そう?」

「ちゅ、厨二病……」

 出て来たのは黒に近い紺色が、裾の方に行くに連れ白にグラデーションしている、丈の長いローブ。

 元の神官用のローブの装飾を反映しているのか、綺麗な金の刺繍が入っているのだが、ドラゴンゾンビの魔石の影響か肩の辺りに骨素材のショルダーガードが付いている。そしてボタンにあたる部分が全て竜の牙のような形をしている。すごく強そう。そして悪そう。



【混沌の聖衣】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

素材:魔シルク/骨

属性:光/闇/聖/沌

状態:良好

耐久:18

<付与効果>

魔力耐性上昇A

物理耐性上昇A

シンデモイノチアルヨウニ。


 いろいろぶっ込みすぎたせいか、属性が大変な事になっているし、最後に気になる言葉があるぞ? これはドラゴンゾンビの魔石のせいか!?

 効果はよくわからないが、あまり試してみたくない一言だな。

 それでも付与効果を見ると強そうだから、このままジュストが使ってもよさそうだ。


 そして、最後の一個の箱。

 要求されている素材に呪い品があるんだけど!?!?!?

 ものすごく不穏!!!

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