第207話◆かくれんぼがすごく上手な子
トンボ羽君の声がしたものの、広い部屋には俺達以外に何もおらず、目をこらしても周囲に違和感のある箇所はなく気配すら感じられない。
かくれんぼだから仕方ないのだろうが、俺の気配察知のスキルでは部屋の主を見つける事は難しそうだ。
「ハック、わかるか?」
「すまねぇ、さっぱりわからないな」
ここまでの道中、俺が見落としていた魔物を見つけていたハックですらわからないのだから、俺がわからないのは仕方ないな。
しかし、いくら気配を消して隠れていても、動き始めると何かしら気配がするはずだ。周囲の様子を注意深く探る。
気配を消した状態からの奇襲攻撃なら、動き出す瞬間を捉える事ができなければ危険だ。
部屋の天井や壁、床はやや青みのあるゴツゴツとした岩で、そこにほんのりと光を発する苔が生え、それの光が周囲を照らしている。
不自然な箇所はないように見えるが、不自然だと思えば全てが不自然に見えてしまう。
命懸けのかくれんぼはやめろと言ったが、あくまで妖精基準なうえに、死ななくても重傷を負わないとは限らない。
「ん?」
足元で空気が動いた気がした。
「地面だ!!」
ハックの声がして、反射的に今いる場所から飛び退いた。
周囲の苔が発するほんのりした光に照らされて地面に落ちた俺の影から、いや俺の影があった場所から黒くて太い爬虫類の尻尾のようなものがニュッと生えて来て、俺が元いた場所の周囲をグルンとなぎ払った。
影に擬態していたのか!?
飛び退きながら、腰のホルスターからスロウナイフを抜いて、黒い尻尾に投げつける。
しかし尻尾はすぐに床の中に引っ込み、俺の投げたナイフは空を切って床に転がった。そして再び魔物の気配が感じ取れなくなった。
「くっそ! 今回は真面目にかくれんぼが上手いな!! ハック、どこにいるかわかるか!?」
今までのやつが下手すぎ君が多すぎただけかもしれないが。
「ダメだ! 同化されるとわかんねぇ! って、うおっ!?」
周囲を警戒するハックの背後の壁に落ちる岩の影から、黒い触手のようなものが飛び出して来て、ハックがギリギリでそれを躱した。
なるほど、影から飛び出して攻撃してくるのか。
「ジュスト! ライト系の魔法で明かりを複数出してくれ! って、足元!」
魔法の明かりを複数出して影を消すようにジュストに指示をしようとした矢先、ジュストの足のしたからニュッと細長い尻尾が出て来て彼の足を払った。
「わっ!」
足を引っかけられバランスを崩したジュストが、こけそうになりながら後ろに下がり踏ん張った。
「グギャッ!」
後ろに下がった拍子に出て来た黒い尻尾を踏んだようで、鳴き声が聞こえて影から一メートル程の黒いほっそりとしたトカゲがポロンと姿を表した。
すかさずそこにハックが弓を撃ち込んでトカゲにとどめを刺すと、影のように黒いトカゲはサラサラと砂のように溶けて消えてしまった。
まずは一匹かな?
先ほど俺の足を払おうとした黒い影はもっと太い尻尾だった。おそらく他にも潜んでいる魔物がいる。
ジュストが踏んで姿を現した魔物、そして影――もう、これしかないよなぁ!?
最後の部屋は、カゲフミかよおおおおおおお!!
しかし、こちらが踏む側のようで安心だ!!
「ジュスト! やっぱ光魔法はなしだ! 影踏みだ!」
「あ、なるほど。 影から出たところを踏めばいいんですかね?」
さすがジュスト、察しがいい。影踏みを元にしているなら、踏んだら出てくる気がする。
「あん? どういうことだ? 俺にもわかるように説明してくれ」
「おそらく魔物が擬態している影を踏めば、正体を現す。とりあえず影がおかしな動きをしたら踏むぞ。あっ!」
説明している間に、ハックの後ろの影がゆらりと揺れた。身体強化を発動してその影の方へと飛んで、バンっと足を下ろしてハックの影を踏んだ。
「ブギュウウウウ……」
空気の抜けるような気持ち悪い鳴き声がして、ハックの影から黒いイソギンチャクのような魔物が出て来たので、ロングソードを突き刺してとどめを刺した。
「おっ?」
俺がイソギンチャクにとどめを刺している間に、ハックが俺の後ろに回り込んで俺の影を踏んだ。
影からピョコンとカエルのような魔物が飛び出して来て、それをハックがナイフでとどめを刺す。
仕組みがわかってしまえば何と言うことはない。
攻撃を仕掛けて来たやつはもちろん踏むが、そこら辺の影も適当に踏んでみる。
いるわいるわ、影という影に様々な形をした魔物が潜んでいた。そして、そのどれもがとどめを刺すと、サラサラと溶けるように消えて行く。
影を踏んでいるうちに気付いたのだが、どうやら一度魔物を踏んだ影からは、魔物は出てこないようだ。
かなりの数の魔物を仕留めたのだが、何も残らないからつまらないな、飽きてきた。
飽きて来たのだが、影踏みをやめるわけにはいかない。
なぜなら、これだけ倒して未だに、最初に俺の影から出て来た太い尻尾の魔物らしきやつがいないのだ。
あの尻尾の太さからして、おそらく大型の爬虫類系だと思うのだが、今のところ影から出て来ているのは、大きくても二メートル足らずの魔物ばかりだ。
そして、倒せばサラサラと消えてしまい、あまり倒したというには少し違和感がある。
どこかに本体がいる気がする。あのデカイのが本体か?
どこだ。
床や壁の影はほとんど踏んだ。
どういうスキルなのかハックは天井や壁に張り付けるらしく、壁の影はほとんどハックが踏んでいった。
サイクロプスの目に矢を当てた時に使っていたスキルだ。壁とか天井を移動できるなんてマジでニンジャでは!?
俺も壁の影をいくつか踏みに行ったが、俺の場合踏むというか跳び蹴りだった。俺では咄嗟に跳び蹴りを入れられる位置が限られる為、高い位置はハックに任せるしかなかった。
壁や天井だけではなく床にも生えた光る苔が、柔らかい明かりで足元から広い部屋を照らす。
「上だ!!」
頭上からの気配に叫ぶ。
でこぼこした岩肌の天井にできる薄い影から、爬虫類っぽい太い足が出てくるのが見えた。
影は踏むものであって、影に踏まれるのはまっぴらご免だ。
「ほらよ!」
その瞬間、天井に張り付いていたハックが足が生えた影を踏んだ。
天井に張り付いて影を踏むとかものすごくシュールな光景である。
直後、その影から五メートル程のワニのような形をした、真っ黒い魔物がドスンと音を立てて降って来た。
おそらくコイツが最初に俺に尻尾アタックをして来たやつだ。
ロングソードで首を切り落とすと、ワニの魔物も他の魔物同様にサラサラと消えていった。
コイツが本体だったわけじゃないのか。
となると……。
影は光がなければできない。
「ジュスト、ライトの魔法で明かりを作っておいてくれ」
「はい」
「おい兄ちゃん、あのデカイのが本体じゃないのか?」
ハックが天井からヒラリと下りて来て俺の横に立った。
「いいや、本体はこの部屋にある光る苔だ!! 燃やすぞ!!」
収納からヴァーミリオンファンガスを取り出すと、周囲の苔がプルプルと震えて、一斉にズゾゾゾゾゾゾゾと動き出して部屋の奥の方へ向かって高速で逃げ出して行った。
「あ、こら! 逃げんな!!」
動く苔気持ち悪ぃ。
『あー、見つかっちゃったー。グラン達の勝ちー!!』
逃げる苔を追いかけて纏めて燃やしてしまおうとすると、トンボ羽君の声が聞こえてきた。
部屋の入り口の方で光る苔が纏まってもごもごとしている。降参宣言か?
光る苔が照らしてできた影から、影で作った魔物が出て来ていたようだ。
この苔も妖精の仲間か何か? もう何でもありすぎて、常識が仕事しねぇ。
『宝の地図だから、最後に宝箱があるはずだよー。その先に出口もあるよー。じゃあ、僕は先に帰ってるねー』
トンボ羽君がそう言うと、部屋の奥の方に逃げていた光る苔達が壁を照らし、そこに影のように真っ黒い扉が現れた。
お、漸くゴールか? 本物の宝箱か!?
「この先に行けって事か?」
俺の言葉に、団子のように集まった光る苔がもそもそと揺れる。
多分肯定かな?
扉は影でできているように見えるが触ることができた。そのまま扉を開くと奥に続く道があった。
「お? ついにお宝か?」
「クリア報酬ってやつですね」
ハックとジュストの声が弾んでいる。
少し危ない場面もあったけれど、美味しくて楽しいかくれんぼだった。
さぁ、ついに最後のお宝タイムだーーーー!!
ウキウキとした気分で扉の先の通路に踏み込んだ俺達の頭上から、トンボ羽君の声が聞こえてきた。
『出口もかくれんぼしてるから、頑張って探して出て来てねー!』
おいいいいいい!?!?!?!?
バタンッ!!
背後で扉の閉まる音が聞こえた。
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