第204話◆無慈悲な鬼さん

 サイクロプス――一つ目の巨人として非常に有名な魔物である。

 そのランクはAからA+で体長は十メートルを超え、その大きな体から繰り出される物理攻撃は、トロールやオーガの比ではない。

 元は下級の神であったという言い伝えのある魔物である。

 筋肉が隆々とした青緑の体に、顔の中央に大きな目が一つに、団子のような鼻、口から覗く太い牙。髪の毛のない頭頂部がこぶのように盛り上がっている。その左右には尖った耳とその少し上の辺りに小さな角らしき物が生えている。

 手にはなんだか高そうな、トゲトゲ付の巨大棍棒を持っている。素材まではわからないが、金ピカの上に魔石がいっぱい付いている。

 売ればめちゃくちゃ高そうだが、攻撃力もめちゃくちゃ高そうである。絶対に攻撃に当たってはいけない。

 サイクロプスのサイズには個体差があるが、目の前にいるのは十メートル級のサイクロプスだ。

 幸いな事にサイクロプスの知能は低く、魔法を使うという報告はない。とにかく脳筋である。

 そこは、ほんのちょっとだけ親近感を覚える。


 サイクロプスのランクはA。そして、俺のランクはB。魔物のランクは、冒険者のランクごとの平均的な強さを目安に決められており、自分のランクから見て戦うべきかそうでないか判断する目安となっている。

 つまり、サイクロプスは俺より格上だと言う事だ。

 ジュストは冒険者になって、まだひと月も経っていないEランク。ハックはCだと言っていた。パーティーのランク的にも厳しい相手だ。


 そんなやばいやつ出してくるなよおおおおおおおおお!!!


『スーパー鬼ごっこタイムー! はーじーまーるーよーーーー!!』

 トンボ羽君のとても楽しそうな声がどこからともなく聞こえて来る。

 やめろ、どう見ても死と背中合わせの鬼ごっこだ!!

 人間はか弱いってさっき言ったでしょ!! 妖精基準やめて!! ストップ・ザ・無慈悲で残酷な鬼ごっこ!!!



「うおおおおおい!! どうすんだこれ!? 兄ちゃんアレどうにかなるのか!?」

「あっちの方が格上だな。一度前の階層戻って考えるか」

 前の階層へ戻る階段は狭いので、サイクロプスは入って来られない。前の階層まで戻れば、通路に手や棍棒を突っ込まれても届かないはずだ。

 撤退を選ぶのも一つの勇気である。

 いざとなったら前の階層で時間切れまで待機だ。ハックの話ではダンジョンを形成している魔道具の魔力が切れたら、外に出されるらしいしな。

「あの階段の入り口なら、僕達が通路に入った後に、キノコさん達がモノリス戻してた感じがしましたよ」

 うおおおおおいい!! クソキノコおおおおおおおおおおおお!!!


 引き返す事はできず、通路にはサイクロプスが立ち塞がっている。幸いサイクロプスは、こちらを見ているだけでまだ動く気配がない。

 あ、もしかしてこちらから手を出さなかったら何もしない系?

 と思ったら、サイクロプスが壁から出っ張っている岩を、武器を持っていない方の手で鷲掴みにして剥ぎ取って、大きく振りかぶった。

 それやっぱ投げちゃうつもりだよね!?!?


 ブォンッ!!


「うおおおおおおおおっ!!」

 それを躱すと、俺達の横を通り過ぎて行った岩が、背後の壁に当たって粉々に砕けた。砕け散った破片が飛び散ってぶつかって痛い。

 やだ、あんなの絶対直撃したくねぇ。

「どうすんだよ、アレ。アレの横をすり抜けないと先に進めないぞ」

 ハックの言う通り、前の階層から降りてきたばかりの場所で、目の前は一本道。そこに一つ目の巨人、サイクロプスが立ち塞がっており、ゆっくりとこちらに向かって来ている。何とか躱して先に進んでも、間違いなく追いかけてくるよな!?

 非常に無慈悲で命をかけた鬼ごっこである。

「といってもどうにかしないと、ミンチコースだな」

 ギブアップって言ったら許してくれないかなぁ……いや、相手は妖精だしなぁ、人間の常識通じないよなぁ。

 やるしかないか。


「サイクロプスの弱点は目だ。一つしかない目を潰せば、奴の視界はなくなって戦いやすくなる」

 これは、サイクロプスと戦う時の基本である。

 パーティーで遭遇した時は、アベルの魔法でさっさと目を潰して倒すのが定番だった。

 しかし今はアベルもいないし、岩を投げて来る相手の為、動きを制限される大弓も使えない。

「僕が魔法で目を狙ってみます」

「わかった。外すとサイクロプスから狙われる事になるから気を付けろ!」

「は、はい!」

 弱点を狙えば、当然の如く狙った者に怒りの矛先が向く。一発で目が潰せなければジュストが狙われる事になる。

 非常に危険だが、この状況だとジュストの魔法による遠距離攻撃が最も確実だ。


 ジュストの魔法でサイクロプスの目を潰せなかった時の為に、俺はサイクロプスとの距離を詰める。

 そして俺が前に出た為、サイクロプスの注意は俺に向き、ジュストは完全にフリーの状態で魔法を使う事ができる。

 アベルとペアで、遠距離攻撃持ちの魔物を狩る時によく使う戦法だ。

 棍棒攻撃と投石攻撃に注意を払いながら、いっきに距離を詰める。巨人系と戦う時は半端な距離に居るのが一番危険だ。懐に入ってしまえば死角が多く、踏みつけ攻撃に気を付ければ、半端な距離を保つより楽に戦える。

 スルリと足元に滑り込みミスリルのロングソードを抜いて、サイクロプスの足首を斬り付ける。

 さすがミスリル製のソード、巨人の分厚い皮膚にあっさりと傷が付いた。足の腱を切る程の深い傷は無理だが、サイクロプスが少しよろめいた。

 時間をかければ足の腱を切る事はできそうだが、足元であまりもたもたしていると踏みつけ攻撃の危険がある。


 サイクロプスが足元でちょろちょろする俺に気を取られている隙に、ジュストが魔法を完成させてサイクロプスに向かって氷の矢を放つのが見えた。

 アベルがよく使う氷魔法に似ている。

 アベルの氷より小型で数も少ないが狙いは正確で、サイクロプスの目に向かってまっすぐ飛んで行った。

 が、サイクロプスはそれに気付き、手で氷の矢を払いのけた。そして、その事で注意がジュストの方へ向いた。

 サイクロプスが壁の岩に手をかけそれを剥がす。

 ジュストの方に投げるつもりだろう。それを止めるべく足を斬り付けるが、俺の事は完全に無視だ。

 スロウナイフを、岩を持つサイクロプスの手に向かって投げるが、あまり効いていなく無視される。

 投石を止めるのは無理そうだ。ジュストなら躱せると思うが、やはり心配である。

 何とか投石を止めようとサイクロプスの腕を見上げた視線の先、サイクロプスの頭上の天井から突然ニョキッと生えるようにハックが姿を現した。


 擬態か!? 全く気配を感じなかったな。さすがはトレジャーハンター。

 それにどうやって天井に張り付いてんだ!? トカゲか!? いや、ニンジャか!? 擬態スキルの高さも考えるとニンジャだな!!

 そして、天井から生えるように姿を現したハックの手には、ロングボウが握られていた。

 そこから三本の矢が同時に射られ、三本ともサイクロプスの目に刺さった。矢の刺さった箇所から、サイクロプスの眼球が紫色に変色していっている。

 矢に毒が塗ってあったのか? これなら、確実に目が潰れているだろう。

 ナイス!! すげー、いい仕事するな!!


 目を潰されたサイクロプスが、目に刺さった矢を抜こうと手にした岩を放り出した。

 視界を奪ってしまえば狙われにくくはなるが、目の見えないまま腕や武器を振り回されれば、それだけでも危険だ。

 暴れ回って踏まれる危険もあるので、さっさと足の腱を切って動きを封じてしまいたい。

 サイクロプスが空いた手で目に刺さった矢を抜こうとしながら、もう片方の手に持つ棍棒を無茶苦茶に振り回している。

 あんなものに当たったら一瞬でミンチである。そして、人間にとっては広い通路でも、巨体のサイクロプスにとっては広い空間ではない。

 振り回す棍棒が壁に当たり、壁の岩が砕けて破片が飛び散って、それがパシパシと俺に当たって普通に痛いし、破片が素肌に当たった箇所は皮膚が切れて血が出ていそうだ。


 とにもかくにも、足の腱を切って動きを封じてしまいたいので、振り回される棍棒を躱しながら、何度もサイクロプスの足首を斬り付ける。

 程なくジュストから身体強化の魔法が飛んできて、刃が深く食い込むようになった。粘ればいけるか!?


 ブチンッ!!


 踏まれないように足の周囲を回り込みながら、何度も斬り付けてようやく片方の足の腱が切れた。

 それでサイクロプスがよろめいて尻餅をつき、目の前にサイクロプスの持っていた巨大な棍棒がドスンと落ちて来た。

 高そうな棍棒はありがたく回収だあああああ!!

 そして尻餅をついた為に、サイクロプスの頭が直接狙える位置にきた。

 こんなデカイものの首を刎ねようなんて思わないし、足の腱一つ切るのにすら時間がかかったのだ、首を一発で落とすなんて絶対無理だ。

 だから、こうするんだよおおおおお。


着火ファイアッ!!!」


 尻餅をついているサイクロプスの口の隙間に、ラトや妖精達の手土産で貯まりまくっていた、ヴァーミリオンファンガスを数本、投げ込んで離れた。

 サイクロプスの目玉は魔術触媒としていい値段で取り引きされるのだが、格上相手にそんな悠長な事を言っている余裕はない。

 高そうな棍棒を手に入れたし、サイクロプスなら魔石だけでもいい儲けになるので、それで我慢だ。

 無駄な欲をかいてはいけない。


 俺がサイクロプスから離れた直後、ゴウッと音がしてサイクロプスの頭部が激しい炎に包まれて、熱気がこちらまで伝わってくる。さすがヴァーミリオンファンガス、よく燃える。

 ダンジョンの中で炎はあまり使いたくなかったのだが、確実にとどめを刺せそうな手段が他に思いつかなかったので仕方ない。


「グランさん、大丈夫ですか? すぐ回復魔法をかけますね」

「ありがたい」

 岩の破片がぶつかってできた傷に、ジュストが回復魔法をかけてくれる。回復魔法で傷だけではなく体力も回復するから、ヒーラーがいると安心して戦えるなぁ。

「何やったらあんなに燃えるんだ?」

 ジュストに回復魔法をかけてもらっていると、ハックが壁からスゥッと姿を現した。ハックの擬態はマジですごいな。気配すら全く掴めない。

「ああ、ヴァーミリオンファンガスっていうキノコだな。さすがよく燃える」

「巨人の口の中に何か投げ込んだのが見えたのは、それだったんですね」

「物騒なキノコ持ってんな、おい」

 俺だってそんな物騒なキノコ押しつけられて、始末に困ってたんだよ!!


 炎が収まると頭部から肩の辺りにかけて、ほぼ炭のようになって絶命したサイクロプスが残った。

 サイクロプスの素材は目玉と魔石以外は、角や牙、そして骨くらいしか素材にならない。つまり、肉は素材にならない。

 いや、食べられない事はないと思うが、人型の魔物を食べるのは少し抵抗がある。

 角と牙は燃えちゃったし、回収するのは骨と魔石くらいだな。肉はスライムやワンダーラプターの餌になりそうだけど、あまり美味しくなさそうだし、でかいしで持って帰らなくていいか。

 肉だけ分解するのは難しいので、魔石がある心臓部分にロングソードを突き刺して、魔石を回収。骨を回収しようと思うと、解体しないといけなくなるし、そこまで高価な物でもないので、肉と一緒にダンジョンに還ってもらおう。


 魔石を回収して、残ったサイクロプスを分解した後、天井の方へ向かって叫んだ。

「おーい! トンボ羽君、聞こえるかーーー??」

『んー、なにー? っていうか一つ目君を倒しちゃったんだ、すごーい!! かくれんぼのお兄さんも強いんだねー』

 すごーい! じゃねえええ!!

 確かにハックは強かったな、というか立ち回りが上手かった。Cランクと言っていたが、スキルを生かした奇襲攻撃が生かせる場所なら、Bランク以上かもしれないな。あそこまで完全に気配を消せる擬態使いなんて滅多にいなさそうだ。

 いや、そんなことよりもだ!!


「サイクロプスはやめろ! サイクロプスは!! 今のは何とか倒せたけど、あんなん何体も出されると普通に死ねる!! 命をかけたかくれんぼはなしだ!! かくれんぼは楽しく安全にで頼むよ!! 死んだらおやつが作れなくなるから頼むぞ!!」

 サイクロプスだらけのかくれんぼやら鬼ごっこは、命がけ過ぎるのでご遠慮願いたい。

『わかったー!! じゃあ、一つ目君はやめとくねー!!』

「サイクロプスより強いのもなしだぞ!!」

 しっかり釘を刺しておかないと何が起こるかわからない。

『わかったー、安全に楽しく、おやつが食べられるくらいだねー』

 そこ、おやつなのかよ!!


 これでとりあえずサイクロプスはもう出てこないだろう。サイクロプス以上の敵も出てこないと思いたい。

 信じているぞ、トンボ羽君!!

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