第202話◆それはかくれんぼではない

「ええ、マジかよ……ここダンジョンだぜ?」

「おう、ダンジョンだから簡単なものですまんな」

「魚のフライとタルタルソースは最高の組み合わせですね!!」

 というわけで、今日のお昼ご飯は白身魚のフライを、たっぷりタルタルソースと千切りキャベツをパンで挟んだ、タルタルフィッシュサンドだ。


 やー、もう突然トンボ羽君がかくれんぼしようとか言い出すから、何が起こってもいいように、お弁当を用意したよね。

 と言ってもあまり準備時間がなかったので、急いで白身魚のフライを揚げて油を切って、収納につっこんで来た。

 収納の中から長細いパンを取り出して、食べやすいサイズに切って、簡易コンロの上に焼き網を載せて少しだけ暖めた。固めのパンなので、冷たいままだと硬くて噛み切り難い。

 真ん中に切れ目を入れて、そこに千切りにしたキャベツを投入。その上に揚げてきた白身魚のフライを挟んで、昨日作ったタルタルソースの残りをかけて完成。タルタルソースは多めに作ったから、余ってたんだよね。

 揚げたてを収納につっこんで来たのでホッカホカだ。


 ハックはセーフティーエリアではない場所で飯にするのは抵抗があったようだが、結局食欲の方が勝ったようで、はふはふとタルタルフィッシュサンドを食べ始めた。

「タルタルソースが苦手なら、トマトソースもあるぞ」

「この白いソースはタルタルソースって言うのか。いや、これでいい。何これ、美味い。キャベツのシャキシャキと、フライのサクサクの歯ごたえ、ちょっと酸っぱいソースが美味すぎるぞ!! というかこのソースだけでそのまま食えそう」

 ああそっか、マヨネーズがメジャーじゃないから、タルタルソースが知られていないのは当然か。


 人の手が入っていないダンジョンの為、セーフティエリアなどないので、簡単に食べられるものにした。

 かくれんぼしながら、楽に食べられるものがいいかと、パンに挟めるものを用意して来て正解だった。

 そしてやはり、白身魚のフライにタルタルソースはいいな。揚げたての白身魚のフライ最高。


 白身魚をサックサクしていると、何か視線を感じたのでそちらを見ると、手のひらよりも小さな青紫のキノコのような生き物が何匹も、ジュストの張った結界の外でもごもごとしながらこちらを見ていた。

 手に持っているタルタルフィッシュサンドを動かすと、キノコ達の視線がそれを追う。え……何この可愛い生き物は。


「うわ、魔物か? 隠れていたのが食い物に釣られて出て来たのか? やっちまうか?」

「え? 悪い魔物じゃなさそうですよ?」

 ハックは警戒しているが、ジュストは珍しそうにキノコを見ている。

 ジュストの結界の中に入って来られないようだし、そこまで強い魔物ではないのだろう。

「いいか、坊主。魔物は見た目で判断しちゃならねぇ。どんなに可愛い見た目でも、いきなりガブッと来る時の方が多いからな? 特に正体不明の魔物には特に警戒が必要……って、アンタ何やってんだ!?」

「何って? 可愛いからつい」

 あまりに可愛いので余っているパンと白身魚のフライを皿に載せて、キノコ達の前にスススと出して、キノコ達がそれに群がってわちゃわちゃとしているのを、結界の内側からしゃがんで見ていた。

 おそらく飯に釣られて姿を現しただけで害はないと思うんだ。多分……。


 わちゃわちゃと俺が出したパンと魚のフライを食べていたキノコ達は、皿の上に何もなくなるとどこかへと消えて行った。

「無害な魔物だったようだな」

「キノコの魔物さん、可愛かったですねぇ」

 うむ、すごく可愛かった。キノコ達が帰って行って、ジュストも残念そうだ。

 帰って行く時、背景に溶け込むように、スーッと消えていったので、あのキノコもかくれんぼをしている系の魔物なのだろう。

「まぁ……無害ならいいんだけどよ。いや、よくないよな?」


 ハックが腑に落ちない様子で首を捻っているが、可愛いは正義だから仕方ないな!!

 確かに、時々可愛い顔してめちゃくちゃやばい奴もいるから、ハックの言う通り可愛いからと言って油断してはいけない。

 一応ちゃんと魔物の気配を探って強さは確認したからな? 今回はセーフ!

「腹ごしらえもしたし、奥に進むかー。もう少しでこの階層の終点かな?」

 探索スキルで探った感じだと少し先の行き止まりに広い部屋があるので、そこが終点だと思われる。

「ああ、奥の方はさらに魔力が濃いな。何か強い魔力を垂れ流してる物がありそうだ」

 確かにハックの言う通り、入り口付近に比べてこの辺りの魔力は濃いし、ミステリーリザードが張り付けている魔石の品質も、入り口より高くなっている。

 奥にある強い魔力を垂れ流している物か……高そうな物だといいなぁ!!





「ここがこの階層の最後の部屋かな?」

 入り口からここまで、あまりごちゃごちゃした分岐もなく、すんなりとこの階層の最後の部屋らしき場所まで辿り付いた。

 そりゃ、空間魔法のかかった魔道具で作ったダンジョンなら、魔力の量的にそんなに広くないわな。

 それでもただの地図一枚から、単純な構造とは言えダンジョンが作り出されるのだがら、トンボ羽君の持ち出して来た地図は人知を遙かに超えている。

 アベルがいたら、興味を示しそうだったなぁ。


「お、アレがここら一帯の魔力を濃くしているようだな」

 ハックが指差した先には、俺の身長より少し高いくらいの、細長い青紫の石で出来たモノリスのようなものが立っていた。

 そしてそのモノリスの下に階段のような空間があるのが感じられた。

 このモノリスをどかせばいいのかなぁ? 高そうだし回収するか? いや、その前にまず鑑定だな。

「ん? これ鑑定阻害されるな」

 モノリスを鑑定しようと思ったら、何かに邪魔をされていると言った感じで、何もわからなかった。

「僕の鑑定でもダメですねー」

「俺の鑑定でもダメだな」

 宝探し専門のトレジャーハンターの鑑定ですらダメなら、無理だろうなぁ。ラトかアベルがいたらいけたかもしれないなぁ。

「モノリスに何か文字が書いてあるな」

 モノリスに何か文字が彫られているが、学のない俺には読むことが出来ない。

「んんー、俺もわかんねーな……古い魔道具に書いてある文字に似ているから、古い種族の文字だろうなぁ」

 ハックにも読めないようだ。アベルなら読めたかもしれないなぁ……。

「あ、僕の翻訳スキルで読めますよ」

 そういえば、ジュストには自動翻訳とかいう、転移者らしいチートスキルがあったんだった。

「お、坊主そんなスキル持ってんのか? すげーな! それで何て書いてあるんだ?」

「ええとですね……ダルマサンガコロンダ?」


 は?


 その言葉を聞いて少し嫌な予感がした。

 ダルマサンガコロンダ――俺の知らない言語に同じ発音の言葉が別の言語でなければ、前世の記憶にある遊びで使うフレーズである。

 そして、それは多くの日本の子供達に馴染みのある遊びのフレーズである。

 なんで、そんな言葉が古い種族の文字で書かれているんだ!?


 過去に俺達以外にも転生者や転移者がいたと思われる痕跡は、世界各地に残っている。

 これもその一つではないだろうか。

 妖精の祭りに行った時も、妖精達が人間に教えてもらったと言って、将棋をやってたよなぁあああああ!! 俺が知っている将棋とはちょーーーーーっと違ってたけど。

 もし、その妖精達が人間にダルマサンガコロンダを教えてもらっていたら……そして、古い種族の文字って妖精の文字じゃないの!?


 頼む、俺が知っているダルマサンガコロンダであってくれ!!

 いや、それでもこんなダンジョンでダルマサンガコロンダとか、嫌な予感しかしねーぞ!!


 そう思った直後、背後でドーンという音がして、振り返ると十メートルを超える大きなキノコが横向きに倒れ、ゴロンゴロンと転がり始めた。

 部屋の入り口付近の天井が高くなっているので、このでっかいキノコは天井にかくれんぼしてたのかな!?


 そして転がっているのはダルマじゃない、キノコだ!! というかダルマサンガコロンダの転んだって、そういう意味じゃないだろ!?

 おい、そこの転がっているキノコ!! それは"転んだ"じゃなくて"転がった"だあああああああああ!!!

 それと、ダルマサンガコロンダなら、こっちが振り返ったらちゃんと止まってくれないとルール違反だぞおおおおおお!?

 あ? やっぱり止まらない?? やっぱこっちに向かって転がるつもりだったりする???


 それもう、ダルマサンガコロンダじゃねーから!!

 というか、かくれんぼはどうした!?

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